陽射し
窓の外は
だが、俺はどこにも行かない。
窓から入る光が、パソコンのディスプレイに反射するので、先程カーテンを閉めたところだ。
悲しい。非常に不健康だ。
《タクヤ。登録出来たか?》
《うん。出来たよ》
ヘッドフォンの向こうから、タクヤの明快な声が聞こえる。部屋の中とはいえ、こんな素晴らしい晴れの日に、彼はフルフェイス着用でいるに違いない。
パッと見、とても恐ろしい画だ。
タクヤママに見付からないように祈るばかりだ。
今はゾンビーゾンビーで課金するために、それぞれの家で、携帯番号の登録をしている。
昨日ノミのオヤジさんが換金してくれた金が、まるまる足元に積まれているからだ。
半々に別けて持ち帰ろうとしたのだが、タクヤが俺に任すと言ってきかないので、仕方なくだ。
こんな大金を近くに置いていると、まったく落ち着かない。泥棒被害にあうのもそうだが、俺の留守中に母親が勝手に掃除に来たりしたら、言い訳することが出来ない。
エロ本よりも更に高度なセキュリティをかけて保管する必要があるだろう。
マウスの横に置いてあったスマホが振動する。
メールの着信を知らせるバイブだ。確認してみると、携帯会社からの連絡であった。
《なになに。ゾンビーゾンビーに登録が完了しました。限度額を設定してください、だと》
《あ、こっちにも来たよ》
《よっしゃ。設定するかって、これ何? またなの?》
《もう、なんだか慣れて来ちゃったね》
俺とタクヤが乾いた笑いを浮かべているのは、ゾンビーゾンビーの非常識さのせいだ。
送られてきたメールを読んでいると、限度額の設定が、はじめは十億までと書かれている。どこぞの億万長者ならまだ知らず、こんな若造に十億だなんて……。そもそも限度額が億なんてあるはずがない。
きっとこれもゾンビーゾンビーが介入して、おかしなことになっているのだ。
もう、一体何なんだ。
いちいちビックリするのも疲れるんだよ……。
《早く銀行に入金しないとだけど、会社の休憩時間にいけるかな》
少しでも落ち着いた心を取り戻す為には、この金を早く安全な所に移動させなくてはいけない。
会社に持って行くのも気がひけるので、有給でも使うかと真剣に悩む。
《預けるだけなら、土日でもいけるんじゃない?》
《あ、そうか。機械でいけるか》
ナイスだタクヤ。
携帯電話料金の引き落とし口座に入金してしまえば、ヒヤヒヤする必要もない。さっそく後で持っていく事にしよう。
しかし、銀行までの道のりが大変そうだなぁ……。いや、重いとかじゃなくて、気持ち的にさ……。
《だめだ! 今すぐ行ってくるわ! 全然落ち着かない!》
《う、うん。お気をつけて……》
《無事に帰ってこれたら、連絡するから待っててね》
《そ、そんな大袈裟な……。僕もコンビニ行ってくるよ》
外に出てみると雲一つない快晴だった。
時間は三時前。明るい日差しの中、とても犯罪が起こりそうな雰囲気ではない。
だが油断は禁物だ。
犯罪者達は、思わぬ所で待ち構えているものだ。気を付けなくてはいけない。
大金を詰め込んだリュックを前に抱えて、国道を目指す。銀行の支店が十分ほど歩いた場所にあった。
たまにすれ違う人が、こっちを見ている気がして仕方ない。
原付の音が聞こえる度に、ひったくりではないかと振り返ってしまう。
落ち着け俺。
リュックを強く抱き締め過ぎだ。
【大事なものを運んでいます】と宣伝しているようなものだ。
ぴゅ~ぴゅ~……。
口笛を吹いてみる。下手くそで、雑音にしか聞こえない。
そもそも自然な振る舞いをしようとした時に、口笛しか思い付かない自分に愛想が尽きそうだ。
もう、別のことを考えよう。それがきっと自然な筈だ。
昨日、電気街で倒したゾンビは百体いかないぐらいか?
それで金貨を四十三枚回収できたのだから、もしあそこでシェルタンの邪魔が入らなければ、もっと稼げていただろう。
あのエセ警察官め……。二度と会いたくないものだ。
単純に一時間で一千万円の稼ぎ。
それが三時間あるのだから、うまくいけば三千万円までは獲得可能だということだ。
その内の半分を天狼に謝礼として払って、手元に残るのは一千五百万円。
もっと稼ぎたかったら、電気街から離れて、かやぶき工場前でゾンビを倒せばいい。ゲームの中では、電気街はスタート地点だ。
電気街から離れれば離れるほど、ゾンビは強くなり報酬も良かった。
おそらくそれは現実世界にも反映されているだろう。ただ、そうすると天狼の支援が受けられなくなり、吸血鬼に襲われたときに対処できなくなる。その時点で、永遠のゲームオーバーだ。欲をかいてショートカットをしても良いことは起こらない。
なので数億貯まるまでは電気街で辛抱だ、と今は思っている。
それにレベルアップがうまく進めば、もったたくさんの草原ゾンビを時間内に倒すことができるかもしれない。
まだ、一回目の金曜日を経験したばかりだ。
今は慎重さが求められるときだ。
「金が貯まったら、速攻でガチャだな」
億を超える金額でのガチャはさすがに興奮する。
今までの課金が屁だと思える金額だ。そして高級装備を揃えたら、ゲームの中でアストラを倒しに行く。
数か月はかかるだろう。課金だけじゃなくゲーム内でも装備やアイテムは随時更新していくつもりだが、それでも、それぐらいかかる計算だ。
「ふっ。とても気が重いわ……」
銀行のATMには誰も並んでおらず、すぐにタッチパネルを操作することが出来た。きょろきょろと辺りを見渡して、誰もいないことを再確認してから、札束を取り出す。
何度見ても恐ろしい、凄まじい金額だ。
写メでも撮っておこうかと思うが、いけない。さっさと入金だ。
十分後、銀行から出てきた俺は胸を撫でおろす。
無事に入金できた。こんな時に限って出現するアウトローにも遭遇しなかった。まずは成功を祝いたい気持ちだ。
ポケットの中でスマホが震えているのに気が付く。タクヤからだった。
「もしもし、今入金終わったぞ」
「大変だコウタ! 静ちゃんが出た!」
「ちょっと待て、お化けが出たみたいに言うな。そりゃ、同じ町内なんだから会うこともあるだろ?」
「いや、そうなんだけど、僕の首筋を見るなり、アストラに変身して飛んでいった!」
「ええええええ! マジで? と、飛ぶの? 静ちゃん?」
「マジでマジで! どうしよう!」
と聞かれましても、不肖私には適切な答えを用意出来ません。見送るしかないんじゃないでしょうか!
ちょうど3時だし、コンビニで甘い物でも買って、お茶にしたら?
「何かが起きようとしているのじゃ……」
「ちょっとコウタ! マジで怒るよ!」
「ええい! マジマジ言うな! どうしようも出来んだろ? 空飛んで追っかけるのか?」
「いやああ、それは出来ないけど、何か嫌な予感がするなー!」
俺もだよタクヤ。
嫌な予感しかしない。
というか最近は嫌な事しか起きない。だからこの予感は見事に的中するだろう。
昨日襲われたばっかりなんだよ。
少しは休憩させてくれ……。
燦々と降り注ぐ陽射しの中で、スマホを耳にあてがったまま、俺は暫く立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます