藤咲ノミ
タクヤが止まっている。
時間にして数十秒。とても心配だ。このまま心臓まで停止するのではなかろうか。
天狼という組織のトップ、この藤咲ノミも昔は吸血鬼だったはずだ。そして恐らく第一世代。始祖と呼ばれる吸血鬼だったに違いない。
なぜなら、何でも知っている。竜二さんやマリアさんが知らないことでも、すぐに答えが返ってくる。
権力者には情報が集まるものだ。その情報を采配するのが権力者の仕事なのだ。そういう意味で藤咲ノミは条件を満たしているし、六百年も前から生きているとしたら、そりゃ大地主にだってなれるだろう。
「じゃあ、アストラさんに言っておいて貰えませんかねぇ。俺、タクヤの悪友みたいに思われてんだけど、貴女の態度が露骨過ぎて、頭に来てますって!」
「おや? 貴方達もアストラの知り合いで?」
ノミのオヤジさんの目が、驚きに満ちている。
「あ……」
「あ?」
タクヤに任せようとか考えてたくせに、ほぼほぼ先に言ってしまった。きっとストレスだ。冷静な判断が出来なくなっているのだ。
ノミのオヤジさんは、俺が固まってしまったので、待ちきれずに口を開いた。
「知り合いといっても、数十年に一度会うかどうかといった具合でして……。申し訳ないですが、自分で言ってもらえますか」
「静ちゃんって……」
一体何歳なの!?
タクヤ、可哀想に。もう息も絶えたえだ。
タクヤの彼女ってもの凄い歳上だったんだね。お婆ちゃんというか、ひょっとしたら、ご先祖様と付き合っているようなもんだ。
やっぱり美人にゃ秘密が多いよなー。
その美人を放ったらかして、オナニーばっかしているからこんな目に合うんだぞ。神様はちゃんと見ているんだから。
「静ちゃん……じゃなくて、アストラについて知っている事を教えて貰えないですか?」
倒れそうなタクヤは、最後の力を振り絞って質問を浴びせている。ノミのオヤジさんなら、望むような答えを持っているに違いない。
「古い知り合いですからね。あまりベラベラとお話することは出来ません。ただまあ……。特別な娘ですな。彼女だけが吸血鬼でありながら、ゆっくりと成長しているのです。それぐらいで勘弁してもらえますか?」
誰だって成長はする。
それが吸血鬼にとっては特別な事なのだそうだ。
延々と生きる方が、よほど希有だと思われるが、種族が違えば常識も変わるのであろう。
「もういいです。その、有り難うございました」
ペコリとタクヤが頭を下げた。
聞きたかった情報は何だったんだろう。
そしてタクヤは、アストラの事を今はどう思っているのだろうか。
少しの間、沈黙が続く。
重苦しい部屋の中にいるせいで、その時間が長く長く感じられた。
やがて、天狼という組織のトップ、藤咲ノミが静かに語りかけてきた。
「さて、これからどうなされますか? 電気街にいる限りは、我々でお守りすることは出来ますが……。ゲームクリアまで、そうされますか?」
「うーん。困った……。どうしたらいいものか……」
さすがにノミのオヤジさんでも、わざわざ俺達の為だけに、吸血鬼とやり合うつもりはないらしい。
あくまで縄張りを守る為、その為だけに天狼があるという事だ。
だけどそのついでに、俺達を守ってくれるというのだから、とても有難い話である。
天狼に大きな貸しはない。
藤咲ノミの信用を守った後、俺達はパソコンを貰っている。だから、それでチャラなはずだ。
この人達は、昔は吸血鬼だったと言った。
嘘か本当かは確認しようがないが、恐らく事実だろう。
だけど、滅茶苦茶良い奴らじゃないか。
損得を抜きにして、俺達に接してくれる。
これからの俺達の日常は、必死になってゾンビーゾンビーをプレイして、金曜日になったら、電気街に避難する。
悪夢の三時間を何とか耐え抜いて、またゾンビーゾンビーに戻る。
これをゲームクリアが出来るまで延々と繰り返すしか無いように思える。
狭くて細い道だ。
いつ転がり落ちても不思議ではない。
だけど、やるしかない。もう、生き残るために足掻くしかない。
「あまり、迷惑もかけれないし、ちょっと自分達でも考えてみる。しばらくは電気街から離れられないかもだけど、タクヤと二人で相談してみます」
ぎゅっと拳を握り締めながら、俺は言葉を紡ぎだす。格好をつけた言葉だろうか? だけどこれしか無いはずだ。この場に相応しいのは、こんな言葉なんだ。
「コウタ。無理すんなよ。この辺でウロウロしてる分には安全なんだから」
「りゅ、竜二さぁぁぁぁあん!」
急に優しく言われたもんだから、俺の鼻の穴から液体が吹き出る。もちろん目からは大量の涙が溢れ出していた。くそ、泣いてしまう。心細くて泣いてしまうぞ。
こんな不安な毎日が、いつまで続いていくのだろう。タクヤも声をあげて泣き出した。情けない。でも涙が止まらない。止まらないんだ。
だって、死ぬかも知れないんだ。
「す、すいまぜん……」
散々泣いた後、袖でくしゃくしゃになった顔を拭いた。そうしたら弾みで何かがポケットから落ちた。
小さな金属音がした方を見ると、それはゾンビから回収した金貨だった。ポケットの中には十枚ぐらいある。その内の一つが漏れ出たのだ。
屈んでつまみ上げると、ノミのオヤジさんが声をかけてきた。
「金貨ですね。それはどこで?」
「ざっき、ゾンビから取ってきだ……いっぱいあるよ」
鼻が詰まって、喋り辛い。
「ゾンビからですか。ちょっと見せてもらっても?」
「うん……。どうぞ……」
席をたって歩いていき、ノミのオヤジさんの前で全ての金貨を拡げる。何度見ても美しい、ゾンビから取り出した物とは思えない輝きを放っている。
ノミのオヤジさんは、その内の一枚を、懐から取り出したルーペで調べ始めた。
「ほほう。金ですな。百年ほど前に外国で発行された物に似ておりますな。どうします? 買い取りしましょうか?」
「え? 買い取ってくれるの?」
「ええ。もちろん。手数料は頂きますが、一枚二十五万円ぐらいで換金できますよ」
「に、二十五万!!」
急いでタクヤの所までいって、引っ張ってくる。
「タクヤだせ! いっぱい拾ってただろ?」
「う、うん。ちょっと待って。コウタのテンションについていけない」
「俺のテンションなんて、どうでもいいから早く!」
そうしたら出てくる出てくる。
ポケットというポケットから金貨が。
衣装チェンジした時に、よく落とさなかったものだ。
テーブルの上で一枚ずつ数えると、二人合わせて四十三枚の金貨になった。
マリアさんが金貨を見ている。
貴女にはあげない。絶対にだ!
「おいおい、すげえな。幾らになるんだ」
竜二さんが感嘆の声をあげる。
幾らだ? 幾らになるんだ?
スマホの計算機能を使って割り出すと、信じられない数字が出た。まじかよ。あってるのかこれ?
「一千七十五万円ですな」
「い、一千万オーバー!!」
俺達二人分の年収を軽く越えた金額に、ただただ大きな声を出すだけだ。なんともいかつい金額だ。マイホームの頭金みたいだ。
「どうされますか?」
「か……かん……」
チラッとタクヤの様子をうかがうと、猛烈に首を縦に振っている。
「換金してください!!」
なんだこれ。
もう感情がぐちゃぐちゃだ。さっきまで泣いていたのに、今は半笑いだ。
喜怒哀楽の起伏が大きくて、精神が持たない。
「竜二。すまんが用意してくれ。特に紙はいらないよ」
「へい」
暫くして竜二さんが持って来たのは、百万円の束だった。こんな大金は初めてみる。ほ、本物だよな?
「ちょっと待てよ……。これって……」
誰に言う訳でもなく、ただ呟く。
これ、電気街でゾンビを倒すだけで、大金持ちになれるんじゃないの?
凄いぞゾンビーゾンビー。
一体何なんだ。このハイリスクハイリターンのお手本のようなシステムは……。
「タクヤ。思い付いたわ」
「え? なに?」
「この金で課金するんだよ」
「でも、高過ぎるって……あ!」
「そうだよ。こんだけ有れば課金できる! ガチャだって出来るぞ。これでいけそうだ! これでいこう!」
暫くは、天狼に守って貰いながら資金稼ぎだ。もちろん謝礼は払う。稼いだ金額の半分を差し出しても惜しいとは思わない。そして課金しまくる。そうやって充分以上に強くなって、さっさとラスボスを倒しに行こうじゃないか。
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