公平と不公平
衝撃の事実に備えていたはずなのに、立派な椅子から転げ落ちそうになる。
タクヤなんて、一瞬立ち上がってすぐに座り直すという意味不明ぶり。
そりゃそうだろう。目の前の三人が吸血鬼らしいんだもん。俺も真似したいぐらいだ。
「ま、マジか! あんた達も血を吸うのか!」
慌てふためく俺の口から、白い泡が出ているだろう。黒い金属の壁に、声が五月蝿く反響する。
ノミのオヤジさんは大袈裟に右手を振った。
「あああ。御免なさい。元です。元。我々は元吸血鬼です」
「もと!?」
俺とタクヤは息ピッタリに問い返す。
元ってなんだ? 吸血鬼って転職するみたいに辞めたり出来るのか。
「少し長くなりますが、お話ししても宜しいでしょうか? きっと貴方達が巻き込まれている事を理解するのにお役にたつはずなんですが……」
「う、うん。俺達が先に話すつもりだったけど、なんか、先に聞いた方がいいのかも」
言いながら、吸血鬼って結構身近にいたんだと思った。そういえば、シェルタンという吸血鬼も警察官の制服を着ていた。静ちゃんにしてもそうだ。俺達の働く工場で総務課に勤務している。
「ではまず、吸血鬼についてお話ししましょうか。今から約六百六十六年前に二十一人の吸血鬼が生まれました。何故、吸血鬼が誕生したのか、それは私にも分かりませんので、説明はいたしません。その二十一人は第一世代、始祖と呼ばれる吸血鬼達です。そして現代までに第三世代までの吸血鬼が確認されています」
「ふむふむ。なるほど」
急に俺は、神妙な面持ちで相槌を入れ始めたが、内容を理解している訳ではない。そこは勘違いのないように。場の雰囲気作りだ。
「第一世代を一等星。第二世代を二等星と変えて呼びますが、先程貴方達が遭遇したのが三等星、第三世代の吸血鬼かと思われます。気を付けないといけないのは、三等星だからといって、必ずしも上の等星より脆弱であるという事ではありません。世代が違うだけで吸血鬼の強さはまちまちです」
「ふむふむ。(ようわからん……)」
「さて、吸血鬼は血を吸い延々と生きながらえます。遥か昔から現在に至るまで、社会の闇に潜みながら、その数を増やして来ました。ところが百年ほど前から、血を吸わず人間と共存する吸血鬼が現れました。ある思想に共鳴した者達ですが、それが我々です」
「アハン。あはん。(よ、ようわからん……)」
目をつむりながら、ハワイアン音楽を楽しむかのごとく相槌をうつ。
「人間をエサとしか思っていない奴等からしたら、俺達の思想は理解できねえだろうな。だから、いざこざが生まれて、戦争になっちまった」
身を乗り出して、竜二さんが話を続ける。
「今のところ、戦争だっつっても、縄張りを犯した吸血鬼を痛めつけて追い払うぐらいで、目立った行動はしてねえけどな」
「さてと、大丈夫ですか? 続けても?」
ノミのオヤジさんは、俺が心配なようだ。
どうぞ気にしないで続けて欲しい。左の耳から入ってきた情報は、脳を通過せずに右から出て行っているので。
後でタクヤに優しく教えてもらいます。
「我々はまず、特殊な方法で人間の血を断ち切り、餓死する寸前まで自分達を追い込みました。次に獣の血を吸い、それが馴染んできたら、人間と同じものを食べ徐々に身体を慣らします。壮絶な苦しみに耐える必要がありましたが、その代償として寿命を得る事が出来ました。そして同時に、吸血鬼特有の再生能力を失いました。しかし、それこそが私達が求めていたもの。有限である人生を、いかに
「あ~そうですか。それはそれは、ご苦労様でした~」
「ちょっとコウタ!」
「ん?」
「さっきから適当に返事し過ぎ!」
いやタクヤ君。君ならわかるはずだろう。
もう超えてるんだって! 俺の処理能力が間に合わないの! とにかく吸血鬼を辞めたんだね。寿命が出来て嬉しそうだけど、普通逆なんじゃないの? あってるよね? これで!
「話がそれましたね。我々の紹介はこの辺にしましょうか。実は今年の春先に、古い知り合いが訪ねて来て教えてくれました。吸血鬼の社会に大きな変化があったと」
ノミのオヤジさんは、先程からずっと喋りっぱなしだが、息ひとつ乱れていない。
なのに俺ときたら、頭がショートしてしまって、湯気が出てきそうだ。そんな俺を察してくれたのだろう。タクヤが代わりに返事をしてくれた。
「大きな変化?」
「ええ。何でも無差別に人を襲うのを止めたと言うのです。今迄なら、腹が空いたら自身のテリトリーに獲物を引きずり込んで捕食するというやり方でしたが、これを禁止にし、金曜日の夜のみ狩りを行う方法に変えたそうです」
「それって……」
「そして対象は無差別ではなく、あるゲームのプレイヤーに限られると言っておりました」
「ははは……。それが、ゾンビーゾンビーだ……。僕達は、そのゲームを始めてしまったんです……」
タクヤが呻く。
なんて事だろう。いつの間にか俺達は、吸血鬼が食事をするテーブルにのせられていたんだ。
吸血鬼の道楽なんてもんじゃなかった。
ゾンビーゾンビーという柵の中で、俺達は家畜のように出荷される日を待つ存在になったのだ。
「もしかして、ゾンビーゾンビーって、うちの店に置いてるやつ?」
マリアさんが、間抜けな調子で割り込んで来る。
「あ、そうだ! 思い出した! あんたの店で買ったんだぞ。えらいもん売り付けやがって、この野郎が!」
テーブルを両手で激しく叩きながら、俺は立ち上がる。大事な事を忘れていた。この狂ったゲームを販売していた張本人が目の前にいるのだ。後悔と悔しさで、思わず目頭が熱くなってくる。
「一体どうしてくれるんだ。どう責任とってくれるんだよ!」
「はあ? そんなん知るか! 私はやめとけって言ったのに聞かないあんた達が悪いんでしょ!」
「お前が仕入れて店に並べたんだろ? 人間と共存する元吸血鬼? ふざけるな! 殺人ゲームをばらまいとるじゃないか!」
「あんた、それは言い過ぎだろう……。私だって知らなかったんだ!」
マリアさんの長い髪が、独りでにフワリと空中に持ち上がった気がした。それから、ゆっくりと立ち上がる。静電気が弾けるようなパチパチといった音が聞こえた。
「そこまでじゃい!!」
広い金属部屋の隅々にまで響き渡る声で、ノミのオヤジさんは、マリアさんを一喝する。すみませんと言って、マリアさんは座った。
こ、こわ~。
普段物腰の柔らかい人が怒りだすと迫力がある。
殺気だったマリアさんが、急に大人しくなったぞ。
俺も熱くなりすぎた。
マリアさんは知らずにゾンビーゾンビーを扱っていたそうだ。
だったら、まだ許せる。
許せるけど、じゃあ助けて欲しい。
俺達の置かれている状況に、何だかんだで関わっているんだ。
今日救ってくれたように、これからずっと、このふざけたゲームが壊れて失くなるまで、力を貸して欲しい。
「マリアさん。ゾンビーゾンビーはどこで仕入れているんですか?」
タクヤが真剣な眼差しで、マリアさんを見ている。
「ごめん。出入りの業者が勝手に並べて帰ってるんだ。詳しくは分からない。だけど、戻ったら処分しておくよ。まさか吸血鬼の片棒を担がされているなんて、すごいショックだ」
「マリア。それは止めておいたほうが良いかも知れないですね」
「なんで、オヤジ?」
「処分しても意味がないからです。そのゲームは世の中に常に六百六十六本存在するように設計されているらしいのです。手元の数本を処分したら、おそらくどこかで、同じ数が誕生するのでしょう。だったら、誰にも渡らないように、隠してしまうほうが良い」
「そうですか……」
マリアさんが下を向く。
相当落ち込んでいるようだ。
「あの、ノミのオヤジさん。」
少し間を置いてタクヤが声をかける。
「なんでしょうか?」
「ゾンビーゾンビーは吸血鬼が作ったゲームですよね?」
「そうですね。一等星の吸血鬼達が作り出したゲーム。そして吸血鬼達の新しいルールです」
「その……、変な言い方なんですが、なんでわざわざ面倒な方法に変えたんですか?」
ノミのオヤジさんは、少し考えを巡らす素振りを見せたが、すぐに話し出した。
「それは恐らく、吸血鬼の中に人間を食事以外の目的で
「だとしても、遊び過ぎじゃないか? なんでゲームなんだ」
黙って会話が続くのを聞いていたが、俺は我慢出来なくなって声を荒げる。
「貴方達はゲームのプレイヤーになって、何か変わった事はなかったのですか?」
「さっき吸血鬼とゾンビに襲われた。んで、幽霊みたいになってた。そんぐらい?」
ふて腐れた子供のように、俺は口を尖らせている。
「戦ってたと竜二は言っておりましたが?」
「だから襲われたって言ったじゃないか。ん? ああ、そうだ。ゲームの中の武器とか防具が突然出てきて摩訶不思議だった」
「なるほど。つまりそれは、抗う手段を手にいれたということですな」
「抗う?」
「そうです。吸血鬼に対しては、人間は無抵抗だったのですよ。ですが、貴方達は戦っていた。これは無かった事です。貴方達は吸血鬼と戦う方法を身に付けているのですよ」
うーん。
よく分からん。
戦ったと言われても、シェルタンを木の棒で殴っただけだ。しかも全然効いてなかったし……。
確かに草原ゾンビは潰しまくったが、それが吸血鬼に抗ったといえるのだろうか。
「察するに、ゾンビーゾンビーはとても公平なゲームですな」
「公平? 一体どこが?」
今まで丁寧な説明を続けてきたのに、ノミのオヤジさんが、急にそれを投げ出してしまったかのように思えて、俺は抗議の声をあげる。
「貴方達はゲームをしながら強くなる。いつかは吸血鬼を越える強さを手にいれる事も出来るのではないですか?」
吸血鬼より強くって……。
そんな事が可能なのだろうか?
今は木の棒でペシペシやってるが、あれが魔法の武器とかだったら話が変わってくるのかも……。
それにレベルの概念だ。
戦っている間、寝不足が続いて疲れがたまっていたのに、どういう訳か調子が良かった。
力が沸き上がってくるような不思議な感じだったのだ。
救世主がレベルを上げておけと言ったのは、ゲームの中のステータスが現実世界で反映される事を知っていたからだ。どんどんレベルアップを繰り返してキャラを成長させれば、俺達も一緒に強くなって、消えるように高速で移動していたシェルタンも、捕まえる事ができるのだろうか。
「その公平なゲームを、辞める方法はないのか?」
金曜日がやってくる度に、こちらの都合に関係なく襲われるのだ。対抗手段があると言われても、そんなものに付き合ってはいられない。一刻でも早くゾンビーゾンビーから脱け出したい、誰だってそう思うだろう。
「それは静ちゃんが言っていたね……」
消え入りそうな声でタクヤが言う。
「静ちゃんって……? ああ、そうだった」
「うん。最初の画面で言ってた」
そうだな。確かに言っていた。
ラスボスのアストラを倒せばゲームクリアとなり、アカウントは無効になると。
武器も用意されて、身体的にもまだまだ強くなれる。ゲームを辞める方法もあるし、なるほど、とても公平なゲームだ。
だけど、賭けるチップが命なんだ。
吸血鬼は生きるために俺達の血を吸おうとするし、俺達は死にたくないから、それに抗う。
そんなやり取りを、ゲームを辞める日が来るまで、ずっと繰り返さないといけないのだ。
俺達の置かれている状況を打ち明けるつもりでいたが、ほとんど話す必要もなかった。頭はスッキリとしたが、絶望が押し寄せてすぐに動けそうにない。
一つだけだ。打ち明けていないのは一つだけだ。タクヤの彼女で、静ちゃんという吸血鬼。
ラスボスの正体と俺達の関係性を、この人達に伝えてもよいのだろうか。
一応タクヤの彼女の事だ。そんな関係は俺が思っているだけで、タクヤもエサ扱いされているだけかもしれない。相談しといて損はないはずだが、言うか言わないかはタクヤが決めるべきだ。
「ゾンビーゾンビーのラスボスを倒せば、ゲームクリアだと最初に説明を受けました。ノミのオヤジさんは、アストラという吸血鬼を知っていますか?」
タクヤは俺が何も言わないでいるので、一人で決断したようだ。
「知っていますよ。古い知り合いというのが、そのアストラです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます