天狼 其の二

 ブルーのライトが点いたコンビニの前を、竜二さんとマリアさんが通過していく。さっき俺達から取り上げた武器を持ちながら……。


 死闘を繰り広げていた駅前から、満々金までは、二キロぐらいだろうか。夜はすっかり深くなって、通りを歩く人もまばらだ。

 歩き出してすぐ気づいたのだが、俺達だけじゃなく、竜二さん達も幽霊化している。

 思い起こせば、さっきの戦闘中から、ずっとそうだった訳だが、当の二人は、その事を気にしていない様子だ。そこがまた不思議である。

 一体どんなからくりなのだろう。

 ゾンビーゾンビーとは関係ないのだろうか。


「ちょっと俺の棒を返して欲しいなぁ」


「なんで?」

 

 身体のラインが、やたら強調された黒のエナメル革に身を包んだ女性が振り返る。

 俺は竜二さんに声をかけたのだ。マリアさん。貴女ではない。貴女が担いでいるのはタクヤの棍棒ではないか。


「ゾンビが出てきたら素手だとヤバイでしょ?」


「もう出てこないんじゃない?」


 マリアさん。そんな適当に言われても困るんだ。少しでも可能性があるのなら、備えておきたい。

 この気持ち、貴女みたいに強い人には理解出来ないのかな?


「でも、それ俺のだし……」


「はあ? あんたもしつこいね。あの棒が、そんなに大切な訳?」


 ぐぐっとマリアさんが近づいてくる。

 大胆に開かれた胸元から、深い谷間が見えている。

 肌が白い、そしてきめ細かい。目を逸らそうにも逸らせない、魔性の誘惑が其処にはある。

 下腹部に血が集まりそうになるのを感じて、俺は慌てて本分を思い出す。


 ふぅ……。

 マリアさん。

 僕はね、借りたら返す。当たり前の話をしているだけなんだ。それに、あの棒はただの棒じゃない。伝説の木の棒なんだ。五千ゴールドもするんだよ。


「とにかく返して……!」


 と言ったら、頬に衝撃を感じた。

 信じられん。

 平手打ちをされた。


「まだ何か言いたいことがあるのかしら?」


「いえ……。何もございません……」


 タクヤが初めて宇宙人と遭遇した人類の顔をしている。俺もだよ。こんな手の早い人がこの世にいるなんて……。


 殴られた衝撃で目が霞んでいるのかと思ったが、違うようだ。二重に世界が別れていって、やがてくっついた。この感じ。電気街で九時をむかえた時と同じだ。

 

 すぐに街の喧騒が五月蝿いぐらいに飛び込んでくる。服装も元に戻っていた。成金ガウンはどこかに消え去って、家を飛び出した時の格好に戻っている。

 ってことは……。


「ぶ!」


「あんた、棒をどこにやった?」


 また殴られた。周りの人から小さな悲鳴が起きている。よかった。俺達が見えているんだな。無事に幽霊を卒業できたようだ。

 スマホを取り出して時間を確認すると、零時を過ぎたところだった。やはり日付が変わるとゾンビーゾンビーの意地悪設定が終了するようだ。

 時間にして九時から零時までの三時間。

 もしかして、これが毎週金曜日のルーチンなのか?


 だとしたら地獄だ。

 これから先、生きていけるとは考えにくい。

 今日だって、この二人がいてくれたから、生き延びられたのだ。

 十年二十年と人生は続く。そのなかで、金曜日は何回やって来るのだろう。そして何回目まで、俺達は生きていられるのだろうか。


 考えても解決しないことは、考えなくてもいい。ふいに鉄蔵さんの口癖が頭に浮かんだ。

 でもそれって普通の日常だったらの話だよな。

 俺達のは特殊過ぎて、当てはまらない気がするよ。

 まあ、考えても無駄なのは身に染みてわかる。

 俺達は囚われてしまったんだな。

 吸血鬼の道楽に。

 これから、あいつらを楽しませる為に、駒になって逃げ回る人生が待っているんだ。

 おそらく、そんな所だろう。


 絶望に暮れながら道を歩いていると、満々金にたどり着いた。電飾は消えているが、なのに何故か見た目がうるさい。店の前に立っていると妙に落ち着かないのは、下品だからだろう。

 ノミのオヤジさんは商売上手のようだが、外観のセンスだけは最低だと改めて思った。


「帰りました」


 竜二さんがドアを開けて入っていく。

 正面の帳場に、この間と同じようにノミのオヤジさんが腰かけているのが見える。もちろん閉店しているので店内は薄暗い。


「首尾は上々ですかな?」


「ええ。三等星らしき吸血鬼が一人。追い払いました」


「それはご苦労様でした。ん? おや、貴方達はこの間の……」


 と言って俺達をみる。

 相変わらずヒキガエルみたいな面構えだ。


「はい。少々事情がありまして、連れてきました。オヤジ、金庫を使わせて下さい」


 竜二さんが恭しく頭を下げて頼むと、ノミのオヤジさんは、何も聞かずに了承した。


「そうですか。分かりました。では、こちらへ」


 ノミのオヤジさんが、奥の通路に入っていく。

 俺達も行かなくてはいけないようだ。マリアさんが顎で催促してくる。

 あの通路は、この間ラリアットされたおっさんが、引き摺っていかれた場所だ。天井に昼白色の洋灯が吊り下げられているが、薄暗く奥までは見通せない。入るのが躊躇われるが、ここは覚悟を決めるしかないようだ。どうせ、既に最悪の状況なのだ。これ以上はなかなか悪くもならないだろう。


 ノミのオヤジさんを先頭に、次に竜二さん、その次に俺達。最後にマリアさんが続いて、絶対に逃がさないぞシフトで奥に進む。

 通路の幅は狭く、人がすれ違うのがギリギリの幅だ。爆乳持ちのマリアさんなら角度が悪ければ先っぽが当たってしまうだろう。

 それはそれで、おいしいシチュエーションかと思うのだが、その後に半殺しにあうのは間違いない。生きて帰りたかったら、余計な事はしないことだ。


 通路の左右対称に下へと続く階段が出てきた。

 それが等間隔で奥に進む度に次々と現れる。階段下も同じように先が見えないが、照明のスイッチも見当たらないので、もし降りるには手持ちの灯りが必要だろう。

 まあ、絶対に降りようとは思わない。

 そんな不気味な暗闇が底に広がっていた。

 

 行けども行けども、同じ景色が続き、いつまで歩くのか疑問を持ち始めた頃に、ようやく突き当たりが見えてきた。

 それは黒い金属の壁であった。

 目の前一杯に広がっている。

 人が通れるドアがあり、ノブの横に暗証番号を入力するタッチキーが設けられていた。


 ノミのオヤジさんが暗証番号を入力すると、ガチャリという錠が外れる音がして、軋む音を立てながら金属のドアが勝手に開く。


「さて、どうぞ。足元に段がありますので気を付けてください」


 ノミのオヤジさんが振り向いて言う。

 それからドアをくぐって行った。

 この中は部屋になっているのだろうか?

 まるで銀行の巨大な金庫のようだ。

 竜二さんも、頭を低くしながら入っていったので、俺達も後に続いた。


 はじめは真っ暗で何も見えなかったが、突然に明かりがついた。部屋は二十五メートルのプールぐらいあるだろうか、かなり広い。天井も高く、見上げると強烈な照明の光で目を背けてしまった。

 奇妙なのは四方が全て黒い金属で出来ており、窓のような物は一切ついていない。入ってきたドアだけが、この部屋と外界を繋ぐ唯一の隙間らしい。

 長時間いると、気がおかしくなりそうな圧迫感があった。

 そんな部屋の中央にO型のテーブルが設置されており、円の中心に向けて沢山の椅子が並べられている。

ざっと数えてみると、その数は二十一脚であった。


「どこでも結構ですので、お座りください」


 ノミのオヤジさんは俺達から見て一番遠くの席に座った。その両脇に、三脚ほど間隔を空けて竜二さんとマリアさんが腰を掛ける。俺達はノミのオヤジさんの反対側に座った。座った途端にバタン! と入ってきたドアが閉まったのでびっくりする。


「はじめに申し上げておきます。この部屋の中からは一切の情報が外に漏れません。ですので、何でもお気軽にお話しください」



 一番遠くに座ってしまったので、ノミのオヤジさんの声が若干聞こえにくいが、静寂が重石おもしをつけてのし掛かって来るような部屋なので、今のところ問題はない。

 それより心配なのは、アストラの事だ。

 前に俺達が警察署に行こうとした時に先回りされてしまったのだ。どうやって俺達の動きを掴んでいたのかが分からない。

 もしここで、洗いざらい喋ってしまったのがバレてしまったら、えらいことになる。

 そんな考えを巡らしていると、ノミのオヤジさんはこう言い出した。


「ここは隔離された空間です。世の中にあるブラックボックスです。例えば吸血鬼がサーチをかけたとしても、絶対に見つかることはありません。そういう部屋なのです。ご安心ください」


「って、オヤジが言ってんだから、観念して話せばいいぜ。悪いようにはしねえからよ」


 竜二さんは優しい眼差しで、俺達に語り掛ける。もう話してもいいような気がしてきた。

 ここまでが加点。

 一方でマリアさんは、眉間に縦の皺を作りながら、遠慮のない殺気を放っている。

 ここで減点。

 プラマイゼロだ。

 いや、ちょっちマイナスかも。


 よし。いいだろう。

 喋ってしまおう。喋って楽になりたい気持ちが押さえ切れない。自分達で判断することに、少し疲れてしまっていた。他人の意見を聞かせて欲しい。


 タクヤを見ると、コクンと頷いた。

 俺の考えに賛成のようだ。

 だが、一つ確かめておきたいことがある。

 俺が今からする話しは、誰にでも気軽に話していい内容ではないのだ。

 

「はじめに教えて欲しい。あんた達は一体何者なんだ?」


「我々の正体ですか? いきなりですね」


 ノミのオヤジさんが腕を組む。

 黙って思案にふけっているようだ。

 そんな様子を見かねて竜二さんが声をかけた。


「オヤジ。俺らが向かった先で、こいつらが三等星に襲われていたんです。はじめは吸血鬼の食事中にお邪魔したのかと思っていたんですが、どうも違うようで……」


「何が違ったのですか?」


「ゾンビが出たんですよ。初めて見るやつでした」


「ほほう」


「あんな形のゾンビは見たことがない。それに数が多すぎです。そんなゾンビと戦ってたんですよ。こいつら」


「なるほどねぇ。だいたい分かりました。では我々の正体を明かすとしましょう。他言無用に願いますよ」


 ごくりと生唾を飲む。

 ただの連中じゃないと初めから思っていたのだ。驚いて椅子から転げ落ちないように姿勢を正し両足に力を込める。さあこい。ヒヤリングテストも真っ青の聞く体勢は出来ている。


「我々は天狼という組織の一員です」


「ああ……。それはなんとなく……。さっき竜二さんが縄張りがどうとか言ってたから……。なあタクヤ。竜二さん、一番初めの登場シーンで言ってたよな?」


「言ってた。言ってた。すぐに何かの組織だって思ったよね」


「………」


 答え合わせを楽しむ女学生のように、俺達はキャいキャいする。


 ノミのオヤジさんは竜二さんを見ている。

 なんで言っちゃってるの? みたいな雰囲気だ。

 天狼ってなんだ? 有名なグループなのか?

 物凄く勿体振った割にはである。

 知らないので驚きようがない。


「夜の闇を切り裂き、不義理を許さず、己が信念を貫き通す。我らが天狼ってご存知ありませんか?」


 いくらか渋い表情で、ノミのオヤジさんは問いかけてくる。


「タクヤ。知ってるか?」


「うーん。ごめん。分からないや」


「テンロ~♪ テンロ~♪ 街の暮らしを守る~。テンロ~♪ テンロ~♪ テンロ~不動産~♪」


「あ! それ知ってます! CMで流れてた」


 タクヤが突然大きな声を出した。

 だけど驚いたのはそっちじゃない。

 テンロ~不動産~♪ とか言いながら歌っているのがマリアさんなのだ。とても綺麗な声で、聞いていると落ち着く。


「その声って、もしかして……」


「ピンポーン。私が歌ってます」


 マリアさんがはにかんでいる。

 なんだろう。とても可愛く見える。これがギャップ萌えというやつか。

 普段テレビを観ない俺には分からないが、そこそこ有名なコマーシャルなんだろう。

 しかしタクヤって、よくそんな時間あるな。

 仕事から帰ってきたら、オナニストのノルマを片付けないといけないのに……。


「そのテンロー不動産というのが、グループの表の顔でして、裏の顔が天狼といいます。私は質屋を営んでいますが、本職は不動産関係。実は、ここら辺一体の大地主なのです。で、これから紹介するのは裏の顔。天狼についてですな」


 ようやく凄さが理解できて来た。

 テンロー不動産。こんな都会の大地主って、相当儲かっていそうだ。でも、それが表向きって事は、裏側は何をしているの?


「裏の顔の天狼? というのは何なんですか?」


「天狼は、武闘組織ですな。我々の縄張りを守るために様々な案件を武力で解決しております。そして、ここが重要ですが、ある種族と対立しています」


「それって、もしかして……」


 俺の頭の中に、さっきの警察官が浮かぶ。


「お前らが襲われていた吸血鬼。あれが俺らの敵よ」


 最後に竜二さんが付け足す。

 吸血鬼と敵対しているって……。

 理解の後からじわじわと、驚きの波が打ち寄せてくる。

 街の暮らしを守る~♪ って、そういう事?


「それからですねぇ……。実はまだありまして……」


 もじもじは、していないんだろうが、凄く言い出しにくい雰囲気で、ノミのオヤジさんは、まだ何かを付け足ししたいようだ。


「はい。なんでしょう?」


 秘密暴露のバーゲンセールだ。

 こっちがぶちまける筈なのに、出鼻が挫かれている。

 この際、全部お聞きしましょう!

 タクヤ君。俺はいざとなると心が折れないように自暴自棄になってしまうから、許容範囲を越えたら、あとはよろしくね!


「我々も吸血鬼なんですよねぇ……」


「ふえええええ!!」

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