ゾンビーゾンビー 其の二

 タクヤは、ついに一線を越えた。


 星間飛行を可能とした彼に、もう誰も追い付く事は出来ないだろう。

 私は、前のタクヤが好きだった。

 仕事以外の時間は、自慰行為にふけっているタクヤが好きだった。


 ――なのに。


 ゾンビーゾンビー。


 まさかのゾンビ。


 大丈夫だよ。タクヤ。

 俺が最後の人間の友達として、盛大に見送ってやるからな!


「艦長に敬礼!!」


 俺がビシッと敬礼を決めると、タクヤが驚いて身を震わした。


「違う違う。後、うしろ」


 パッケージをひっくり返せとタクヤが言ってくる。

 裏を見てみると、ナース服を着た顔色の悪い女の子がいた。そこはゾンビもの。もちろんナース服は血だらけだ。


 ゲーム内の登場人物だろうか。

 長い銀髪、吸い込まれそうな大きな瞳。

 幼い顔立ちだが、大人に成りかけている表情が、なんともたまらない。血糊がなければ、もっと可愛く見えるだろう。


「タクヤくん。これだね? この子に会いたいんだね?」


「そうそう! 会える?」


「さあ、知らん。言っておくが、これは十八禁ゲームじゃないぞ。普通のMMOだ。って言っても分からないよな。つまり、例えこの子に会えたにせよ、この子はこれ以上脱がない。わかる? とっても健全なゲームだ。皆で遊ぶやつ。それで大丈夫?」


「大丈夫。その子を見た途端、ピンと来たから」


 銀髪の女性よ。可哀想に。

 君が魅力的だという前向き解釈で、すまんが、彼の息子が元気が出るように、少しだけ力を貸してくれないか?


「僕のパソコンで、できる?」


 タクヤの目がキラキラしている。

 オモチャをねだる子供のようだ。

 落ち着くんだタクヤよ。

 今、必要スペックを確認している所だ。


「さあ、どうだろう。ノートだよな? それだと、ちょっと厳しいかなぁ」


「いくらいるの?」


「うーん……。最高画質でプレイするなら、に、二十万? それぐらいはいるかな~」


 二十万。

 それは、課金中毒の俺や、オナニストのタクヤにとっては厳しい数字だ。

 

 お母さんは、よく言ってました。

 困った時のために貯金しときなさいと。

 お母さんは、今日、この日のために、口を酸っぱくして言っていたんだね。

 込み上げて来たよ。

 母の愛が、胸いっぱいに込み上げて来たよ!

 そして俺は叫ぶ!


「お母さ~ん! お母さ~ん! 俺が悪かったよ。お金貸して~!」

「ママ~! ママ~! 一生のお願い! お金貸して!」

「おかあ……って、タクヤのとこ、ママって呼んでるのか! そこはお母さんだろ!」

「うるさい! ママって呼んで何が悪い!」

「悪かないけど、何か腹が立つ」

「はあ? 何それ? てか、どうすんの? 買えないよ」

「ソフトは買えるだろ。今日はそれで我慢しろよ」


 タクヤと喧嘩していると、背中をトントンされているのに気がつく。

 タクヤ側からは、トントン妖怪の正体はもう見えているようで、イケメンが青ざめて硬直している。

 

 振り返るとやつがいた。

 皆さんご存知の美人店員。ただ、とても切れやすい。そして、根にもつタイプだという情報が、俺の元に届いている。


「お前ら、うるさい」


 ですよね。俺もそう思います。


「これは、どうやって使うのかな~とか、相談してたんですよ~。まだまだ勉強不足で、知識が追い付かなくて。特にこれなんか」


 そう言いながら、俺は適当な商品を指差す。


「それは、前と後に同時に突っ込むやつだ」


 美人店員は、形の整った赤い唇から卑猥な言葉を紡ぎ出す。だけど、眉一つ動かさない。

 俺は何を指差してしまったんだ? 聞き間違いじゃないよな?


「えっ? ど、同時? じゃ、じゃあこれは!?」


「それは、女が女を犯すためのパンツだ。立派なのが付いているだろ」


「なるほど! こんなパンツはいて通勤できないや~とか、冗談で言ってたんですよ。そうかそうか、お、女が、お……」


 だめだ、二秒ともたない。

 タクヤは石になってしまったようだ。ダッチワイフを見詰めたまま動かない。


「ごめんなさい。もう騒ぎません」


 頭を下げると、美人店員の胸元が目に飛び込んできた。

 情報を追加しておこう。

 切れやすく、根にもつタイプ。

 そして爆乳だと。


「お前ら、それを買うのか?」


 俺が持っているゾンビーゾンビーを見ながら、爆乳姉さんが言う。


「もちろん、買うつもりだけど?」


 突然、石化から解放されたタクヤが、食ってかからんばかりに反応する。

 俺が二秒でやられてしまったというのに、なんという闘志だろう。オナニストの本能が、オカズを守れと、タクヤに命じているかのようだ。

 

「それは、あまりお薦めしない。違うのにしたらどう?」


「いや。これがいい」


 タクヤは臨戦態勢だ。

 俺を庇うように前に立ちはだかった。

 しかし、爆乳姉さんは淡々と続ける。


「親切で言っているつもりだが、本当にいいんだね?」

「これでいいって言ってるだろ。てか、なんでそんな事を?」

「いや、それを買って行った奴らが、二度と店にこない。ただ、それだけさ」


 それは、あんたが恐いだけでは? と喉まで来ていたが、我慢して飲み込む。俺には、もう少し休憩が必要だ。タクヤ。しばらく耐えてくれ!


「で、どうするの? やっぱ買うの? 別にお前らがどうなろうが、知ったこっちゃないけど」


 大きなウエーブがついた髪を、くるくると指先で転がしながら、早く決めてくれという不遜な態度だ。

 忘れていたけど、客だぞ俺達は。

 こやつを注意する、上司的な存在は、ここにはおらんのか?

 タクヤは強く強く拳を握り締めて震えている。


「…………」


 タクヤダウン?

 タクヤダウン!?


「先に……」


 え? なんてタクヤ?

 本当にダウン!?


「……先に?」


 お姉さんが聞き返す。

 タクヤが大きく息を吸い込んだのが分かった。


「先にパソコンを買ってきます!!」


 タクヤ、ギブアッ~プ!!

 カン! カン! カ――ンッ!


 というか、その選択でいいと思う。

 遊べないなら、持っていても仕方がないもんな。

 素直に普通の電気屋さんに行こう。

 そこで、十年ローンを組んでもらえるか相談してみよう。きっと、五年ぐらいでパソコンって使えなくなると思うけど、残りの五年は、悟りの境地で乗りきってくれよな!

 

 ゾンビーゾンビーを棚に戻して、狭い通路を爆乳に当たらないように、すり抜ける。

 ここで、この爆乳地雷だけは踏んでは駄目だ。

 絶対に助からない。


「予約しとこうかな」


 タクヤが名残惜しそうに言う。

 別に大丈夫だろうと、俺は思ったが口には出さなかった。

 目の前でお預けってのは、結構辛い。

 子供みたいに、はしゃいでいたのを思い出して気の毒になった。

 今日も、彼の連勝記録はとまったままなのだ。


「あの、予約を……」

「無理。そんなシステムない」


 可哀想にタクヤ。

 ボロボロじゃないか。

 お姉さんもお姉さんだ。

 もうちょい、優しい受け答えがあってもいいと思う。


「この店と同じオーナーが、質屋をやってるから覗いてみれば? 質に入ったパソコンも置いていた気がする。闇だけど金も貸してくれるよ」


 これまた、物騒な提案を。


「ほれ、そこの名刺。一見いちげんさんお断りだから、マリアに聞いたと言えばいい」


「急に協力的になったな」


 矢面に立っていたタクヤに代わって、伝説の課金中毒者が目を覚ます。

 BGMを流しておくれよ! 今からこいつをぶっ倒す!


「それって、借金してこいって意味だよな。闇金紹介するって、何考えてんの? 次の給料日に、普通に買いにくるわい!」


「それで、いいと思うぞ。どうしてもすぐ欲しいって顔だから、教えてやっただけだ」


「ふん! やめとけって言ってたくせに、結局すすめとるじゃないか」


「はあ? それでも買うって言ったでしょ? もういいわ。頭が痛くなってきた。店閉めるわ。お前ら早く帰れ」


 ふん。勝ったな。

 爆乳モンスターは、尻尾を巻いて逃げ出し、そうそうに店を閉めるそうだ。

 今日は見逃してやろう。だが、次の給料日に必ず

お前を倒してやるからな。


 一時間後。

 俺達は、公園のベンチに腰かけていた。

 タクヤの手には、爆乳姉さんがくれた名刺が握られている。


「はあ……。どうしても、行ってみたいんだね~」


「……うん」


「質に入ってるやつなら、安いのが見つかるかもな」


「え? 一緒に行ってくれるの?」


「いくけど、借金はなしだ」


「わかってるよ。法外なんでしょ?」


「そういうこと。きっと借りたら人生破滅する」


「絶対に借りない。パソコンの値段だけ見に行く」


「よし。ではいきますか。その後で飯な」


「おう!」


 名刺の住所を見てみると、歩いて十分もあれば、たどり着けそうだ。


 質屋 満々金まんまんきん


 名前だけで、色々ぼったくられそうな気がするが、危なかったら即逃げてこよう。

 

 振り向けば、ビルの屋上から、カラスの大群が飛び立つところであった。

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