ゾンビーゾンビー

 次の日。


 タクヤに連れられてやって来たのは、この辺りでは有名な電気街だった。どんよりとした空の下、数ブロックにまたがって、電化製品を扱う店がひしめき合っている。


 俺も数年前まではよく来ていた場所で、オンラインゲーム用にビデオカードを買い換えたり、普通の店では取り扱いしない商品を、探しまわったりしていた。

 疲れたらゲームセンターで少し遊んで、裏通りのエッチなDVD屋を冷やかして帰る。

 風呂にも入っていなさそうな、汚ならしい男どもしかいない街だったが、俺もその中に混じって、楽しく過ごした場所である。


「よかったら来てくださいね❤️」


 短いスカートのメイドさんが、チラシを手渡してくる。チラシには店の宣伝文句が色々書かれているが、正直、気になるのはそっちのほうじゃない。


「なんだか、エロくなったね~」


 少し風が吹けば、めくれてしまいそうなヒラヒラの布を盗み見しながら、俺は鼻の下を伸ばす。

 いつの間に、こんなにピンクな街になったのか。

 タクヤが電気街に来たのも分かる気がする。だって、コアなオカズが、探せば見つかりそうな気がするもの。


 途中の電車の中で聞いた話しでは、あるゲームソフトを買いたいらしい。それが、オンラインゲームのようなので、俺に付き合ってもらったと。

 

 確かにゲームだけ買っても、動かなきゃ意味がない。必要スペックしだいだが、パソコンごと買い換える必要があるかもしれない。

 その時の金銭的負担に、タクヤは耐えれるのだろうか? きっと耐えれない気がする。知っているよな?

 俺は貸さないぞ。貸す金がない。


 街の大通りを南に下って行くと、道路に面して大きな公園がある。その公園を斜めに横断していくと、目の前に古びたビルが現れた。

 

 10階建てぐらいだろうか。


 見上げると、何枚かの窓が割れているのがわかる。外壁は、灰で汚れたように真っ黒で、ご丁寧に、屋上の手摺にカラスの大群が陣取っていた。

  

 これ廃墟?


 ぽかーん、と口をあけて突っ立っていると、タクヤが颯爽と入り口をくぐって行く。

 俺も続けて入ろうとしたが、入り口に赤いペンキで汚い言葉が落書きしてあって、第一印象がすごく悪い。

 俺は、思わず後ろから声をかけた。


「おい! こんなとこに店なんてないだろ!」


「ある!!」


 背中越しだが、俺がびっくりする程の大声でタクヤが返事する。

 狭い通路はまっすぐに奥まで伸びていて、突き当たりに金属の扉が見えているだけだ。照明もついたり消えたり非常に落ち着かない。


「いや! ないって! あっても絶対合法じゃないって! 本当にここか? ちゃんと見えてるか?」


「ここに間違いない!!」


 と言って振り返ったタクヤの顔は、ちょっと、ひいてしまうぐらい酷く醜い形相だった。はっきり言うけど俺より不細工だ。


 いけない。

 ここは呪われたビルだったのだ。

 仲間が秒で悪魔にされてしまったぞ。


「もう憑依されとるじゃないか!」


「されてない!」


「いや! 駄目だって! 目が血走ってるって!」


 ビルの入り口から、中にいるタクヤと大声で言い合っていると、タクヤの後に見えていた、突き当たりの鉄の扉が、ふいに半分ほど開いた。

 ぬっと白い顔が、そこから滑り出す。

 おっ美人! と思うやいなや、


「お前ら、うるさい!」


 と怒られてしまった。

 まあまあの大人が、見ず知らずの他人に頭越しに叱られると、次にどうしていいのか分からなくなる。

 固まったままの俺たちに、怒るのが大好きな美人は、「客なら黙ってみていけ! ちっ」と言い放って、また扉の中に引っ込んでしまった。


 タクヤと身振り手振りで、数十秒間やりあったあと、遂に俺は敗北してビルの中に入った。


「お店あったね❤️」

 初めての告白をしている少女のように、俺は頬を薄紅色に染めて、タクヤに話しかけた。

 タクヤも大袈裟に首を縦に振り、俺の告白を受け止めてくれたようだ。


「ここ不定休だから、やっててよかった。てか、休みのほうが多いかも」


 タクヤの声は、少なからず興奮しているようだ。よっぽど嬉しかったのだろう。


「コアだなぁ。ここに店あるってよくわかったな」


「さっきの美人を駅で見かけて、ついていった」


 タクヤ君。

 それは犯罪ですよ……。


(オナニーばっかりしてるから、常識が欠落しとんじゃい! ニュースを観ろ! ニュースを!)


 大声で言ってやりたいとこだが、またあの美人に怒鳴られそうだ。さっさと用事をすませる事にしよう。


 客の侵入を阻む、やたら重い扉を開けて中に入ると、すぐ左手のカウンターに、さっきの美人が腰かけていた。

 カウンターにはレジが設けられていて、こぶしだい程の髑髏どくろのオブジェクトが飾られている。それも二個だ。

 (あ、夫婦なんですね。恐いお姉さんといつも一緒で大変ですね。めっちゃ、痩せてはる(笑))

 

 その恐いお姉さんは、俺たちを一瞥しただけで、「いらっしゃいませ」とも言わない。

 どうやら根にもつタイプのようだ。


 気にせず奥に進んでいくと、頭にゴンゴン物体が当たる。避けても避けても次々出てくる。

 何が当たるのかといえば、天井から吊り下げている変なマスクなんだが、ちょっと設定が低すぎないか?


 これって、子供でも手が届く仕様ですか?

 だったら、右のケースに金属製の大人の玩具が置いてあるけど、教育上悪くないですか?

 それに向こうに見えてるのは、ひょっとして三角木馬さんじゃないですか?

 子供が間違って乗ったら、貴女は責任取れるんですか!

 また髑髏どくろが置いてあるけど、今度は三つですか! 子供連れの髑髏さんですか!

 だから子供は駄目だって、何度も言ってますよね?

 もういいです! 勝手にさせて頂きます!


 あちこちに激しくツッコミを入れながら、ここがアダルトショップであることを確認していく。

 しかもマニア向けだ。そうとう濃い連中がやって来る店だ。


 ……その中の一人なんだね。タクヤくん。


 もう驚かない。もう驚かないよ。

 君はもう、メジャーリーグのスター選手や、一流芸能人と同じぐらい、俺の中ではヒーローなんだ。だから君の友達として、いちいち驚いていたら友達失格だよね。


「よし。ゲットー。コウタ、あったよ」


「ああ、ヒーロー。サインください」


 俺が物思いにふけっている内に、ヒーローは目的の品を手にしたようだった。


「ヒーロー?」


「いや、何でもない。ちょっと見せてくれ」


 タクヤから受け取ったパッケージには【ゾンビーゾンビー】と書かれている。


「なんだこれ、まったく知らない」


 オンラインゲームの新作がでれば、必ず目を通すようにはしている。でもこんなゲームは、まったく存在を知らなかった。

 

 ゾンビーゾンビー。


 洋ゲーか?


 パッケージには、リアルなゾンビが人間を襲っているシーンが描かれていて、なんだか気味が悪かった。

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