質屋 満々金

 その質屋は、百メートル先からでも、営業中なのが分かった。

 大きな看板の電飾が、昼なのにギラギラ輝いているし、店の入り口であろう場所から、何人かが出入りしているのが確認できたからである。


 店の真ん前まできて最初に思ったことは、とにかく派手。

 いたる所に、金、金、金。ひとつ空けて電飾。また、金、金、金。

 ショーウインドウの中には、高級そうな鞄が並び、次に時計、アクセサリーといった順で陳列されている。

 ぱっと見た感じパソコンはないようだが、店内に展示されているのだろうか。

 品の欠片もない、やらしい派手さが際立つ店構えだと俺は思った。

 

 おぼつかない知識だが、通常の質屋の客は、質として品物をあずけ、見合った金額を借り出していく。

 期日までに金を返せば、質にとられた品物は返ってくるはずなのだが……。

 それに、これだけ宣伝しておいて、一見いちげんさんお断りはないだろう。

 おそらく単純な金の貸し借り部分。

 闇金の利用が、初めてでは出来ないのだ。


「よし。理解したぞ。さあ行こうかタクヤ君!」


「え? ちょっ大丈夫?」


「すでに、理解したと言っている。あの爆乳の名前を出さなければOK」


「マリアさんだっけ? 出さないの?」


「出さない出さない。むしろ出したら負け。ちょー面倒臭いことになるわ」


 電飾まみれの扉をあけて中に入ると、四角い大きな部屋だった。正面の奥に看板が吊り下げられていて、

【満々金】と達筆で書かれている。

 その下に、この店の主人であろう、ヒキガエルのような爺さんが、床から一段上がった場所に帳場を構えていた。

 そこだけが、昔、時代劇で観たことのある商家の装いである。


 爺さんの背中には、奥に通じる通路が見えるが、暗くて先は見通せない。

 左右には、壁に沿って陳列棚が設置してあり、その中に、パソコンが数台並んでいるのが確認できる。

 二人ほど陳列棚を物色している先客がいたが、俺達と入れ替わるかのように、すぐに出て行ってしまった。


「いらっしゃい」


 ヒキガエルがしゃべった。


「お前のところのアダルトショップの店員。ちゃんと教育しといたほうがいいぞ。ちっちゃな事をいつまでも根にもつタイプだし、とにかく切れやすい。せっかく十万ほど使おうかと思っていたのに、アイツのせいで買う気が失せたわ。アイツ、勝手に店閉めたみたいだけど、大丈夫? ちゃんと連絡はいってんの~?」


 うん。もちろん俺の妄想です。

 声には出しません。さっさとパソコンの値段を確認して、駄目なら速攻離脱します。


 パソコンの前まで来て、品定めを始める。

 細かいスペックがディスプレイに貼り出してあって、読む限り、どれもこれも余裕で合格だ。

 ただ、どこにも値段が書いていなかった。

 

 はぁ~。ヒキガエルに確認しないといけないのか。


 チラッとヒキガエルに目を向けると、向こうもこっちを見ていた。

 客が俺達しかいないから、仕方ないのかも知れないが、あまり気分の良いものではない。


「このパソコンって、いくらですか?」


 スペックが高いほうが、当然値段も高いはずなので、一番能力の低いパソコンを選んで聞いてみる。


「はいはい。少々お待ちを」


 ヒキガエルは、元々目が細いのに、更に細めてパソコンを見ている。

 

 ちなみに、俺達の予算は十万だ。

 ここに来る前に確認したのだが、タクヤは十万という大金を用意していた。

 それだけ切実ということなのだろう。

 俺の気持ち的には、手に入れてやりたい。だけど、十万では届かないかも知れない。


 その時は、俺も協力するつもりだ。


 五千円。


 俺の全財産を、タクヤに渡そうじゃないか。


「十万八千円ですね」 


 微妙に足りない。

 ポケットに手を入れてみるが、いくら探しても、お札なんてあるわけもない。

 隣でがっくりと、タクヤが肩を落とすのが分かる。

また、このパターンかよ。届きそうで届かない。


 タクヤにとっては八千円足りないが、貸すと決めている俺にとっては、残り三千円である。なんとか交渉できないか、粘ってみる事にした。


「もう少し安くなりません?」


「安くですか。充分お安い筈なんですけどねぇ……」


「端数だけでもとれませんか?」


「う~ん。申し訳ございません。他に欲しいというお客様もおられますので、基本的に値引きはしていないんですよ」


「ケチ」


「え? なんですか? 聞こえません」


 腹が立つ。足元を見られている気分だ。

 だけども、仕方がない。向こうの方が、商売では一枚も二枚も上手なんだろう。

 このスペックのパソコンが、十万円台で買えるのが、すでに希少なのだ。

 電気街にも中古屋はあるが、絶対にここまで安くはない。分かるやつが見れば、すぐに購入していくだろう。そういう価格設定をしているのだ。


「コウタ。もういいよ。帰ろ」

 冷静に考えてみて、パソコンとゲームが買えなかっただけなんだが、二回連続のお預けのせいで、タクヤは涙声になっている。

 すまん、タクヤよ。

 昨日課金しちまって、円がないんだ。


 結局、両方手に入らなかった。

 ゲームだけでも買っておくべきだったか?

 あの爆乳姉さんが、変な事を言わなければ先に手にいれていたはずだ。


「うーん。悔しいな。もう次は売ってないかもだな」


 俺は、お手上げだという風に肩をすぼめる。


「少々高くても、他のでいいよ。あと八千円だったね」


「俺が五千円持ってるからな。あと三で良かったんだよ。くっそ~」


「ひょっとして、貸してくれるつもりだった?」


「そりゃ、さすがに貸すわ。持ってても課金するだけだし。しかし、五千円しかないとは……。俺も悲しくなってきた」


 男二人で、しばらく慰めあう。

(あ、タクヤ。そこはダメ。もうダメだってば!)

 

 一通り慰めあった後、俺達は出口へ向かおうとした。店内には、お爺さんと俺達しかいない。パソコン以外の商品にはまったく興味が湧かないので、長居する理由などなかった。すると、ガヤガヤと人の声が聞こえてきて、帳場の奥の通路から、三人の男が出てきた。

 

 三人とも大男で、着崩しているが迷彩色の制服を着ている。質屋には違和感のある格好だ。

 先頭の男は黒髪で日本人のようだが、あとの二人は外国人だ。金髪で瞳が青い。

 黒髪の男が屈んで爺さんと話しだすと、残りの二人は、いきなり俺達を睨みはじめた。

 

 あの、睨まれると動けないんですけど。

 ひょっとして、万引きするとか思ってます?


 店内には高級そうな、鞄や時計が置かれている。小物なら、ポケットに入れる瞬間さえ見られていなければ、持ち帰れそうだ。

 もちろん、そんな気はさらさらないので、遠慮のない視線を向けられて、少し腹が立った。


 帰るタイミングを失って、立ち尽くしていると、爺さんの方角から、時折会話が漏れてくる。

 逃げたとか、落とされたとか、なんだかキナ臭いワードだ。

 やばいやばい。

 これって、闇金関係の話をしているのかも。


 一歩。また一歩と後ずさりして、出口に向かう。

 なんだか、物々しくなってきた。こんな場所に長居は無用である。

 くるりと反転して扉に手をかけると、途端に「まて」と低い声が聞こえた。そのまま、外に出てしまえばいいものを、俺は律義に返事をしてしまう。

「はい。なんでしょうか~?」

 振り返るのも怖いので、声が聞こえた方には背を向けたままだ。


「こっちを向いてくれ」


 この声は、爺さんと話をしていた黒髪の男だったと思う。

 捕まった~。と一連の行動に猛省しながら振り返ると、一同の視線が俺達に注がれていた。

 いや。注がれているのは俺達じゃない。

 タクヤだ。あいつらはタクヤだけを見ている。


「まず、合格かと」


「そうですね。お客様の趣味にあうでしょう」


 爺さんと男が短い言葉を交わす。

 お客様の趣味? 悪い事しか浮かばない言葉だ。

 身構えた俺達を見て、爺さんは目を細める。それから軽く頭を下げた。


「すいません。お帰りになるところを呼び止めてしまって。あの……いきなりで申し訳ございませんが、そちらのお連れ様、大変、見目好い(みめよい=見た目が良い)そちらの方に、少々お力を貸して頂きたいのです」


 なるほど。ブサイクに用はないのだな。

 では、失礼致しました~。タクヤ君頑張って~。俺はブサイクだから先に帰るわ~。

 明日は日曜だから、ぷらぷら過ごすわ~。そして月曜になったら、あれ? タクヤ君は? って思い出すわ~。


「あんた達は、俺に失礼だな!」


 言ってやりました。ええ、言ってやりましたとも。この場の流れをひっくり返す、渾身の一言。

 悔しいよ。とっても悔しい。でも、お母さんが生んでくれたこの顔。俺は気に入ってるよ。


 俺の言葉を聞いて、爺さんは驚いた顔をする。大男三人もバツの悪そうな顔だ。

 やめて欲しい。お前いたの? みたいな感じ、やめて欲しい。

 爺さんが咳払いをする。きっと何かが喉につかえたのだろう。いい気味である。


「大変失礼致しました。そういう意味ではございません。貴方様も、大変意思が強い、精悍な顔立ちをされております。私が申しあげているのは、どことなく儚い、男性なのに、女性の色香があると申しますか、まあ、俗に言う、美少年といわれる方を探しているしだいでして」


「わかりました。わかりました。気にしてないので続きをどうぞ」


 タクヤはイケメンだが、美少年は言い過ぎだろうと思った。

 彼は普段、オナニーばっかしてるんですよ? そんな彼と握手できます? 俺は嫌ですよ。だって、何か付きそうじゃないですか(笑)

 そのような補足をしようかと思ったが、やめておいた。話がややこしくなる。



「短時間のアルバイトをお願いしたいのです。実は、私どもが手配していた者が、急に来られなくなってしまい、困っているのです。内容は簡単です。座って相手の話を聞くだけ。それだけです。ただし、条件がございまして、見目好い方に限られます」


「イケメン限定ね。でも、それって危ないんでしょ?」


 爺さんが下手に出てくれているせいもあって、俺は、思い付いた事を遠慮なくしゃべれている。

 だけど、タクヤはすっかり怖じけづいている様子だ。そりゃそうだろう。あれだけ不躾な値踏みするかのような視線をはわされたら、気味が悪い。

 おおかた、男色好みのジジイの相手をさせようというところか。まあ、普通にはないアルバイトだな。時給は良さそうだが、大切な物を失う可能性が大だ。


「まったく安全とは申しません。ですが、今回はこちらからお願いしている状況でございます。ですので、全力で守らせて頂きます。二時間でいいのです。二時間だけ、協力して頂けませんか? そうすれば次の者が参ります」


 これでもか、というぐらいヒキガエルは頭を下げてくる。内容は胡散臭いが、必死だという事は伝わってきた。


 だけど答えは、はじめからNOだ。


 今、この爺さんは、少しだが裏の顔を覗かせているのだろう。アダルトショップの美人店員から、闇金の話を聞いている俺達は、この依頼を簡単に引き受けてはいけない事がよく分かっている。

 どこに連れていかれるかも分からない。気がつけば密輸船に乗せられて、海の上なんてのも充分考えられるのだ。


「報酬は、先ほど見ていたパソコンでどうですか?」


 俺達の表情が硬いままなのに気がついてか、ヒキガエルは甘い吐息で誘惑してくる。

 パソコンが報酬か……。

 時給五万以上じゃん!


『タクヤ、どうする?』

 小声で話しかけた俺を、タクヤは信じられないという顔で見る。

『え? 何? やらそうとしてる? 嫌だよ!』

『だよな。でもパソコンが手にはいるぞ』

『もういらないよ! 早く帰りたい』

『わかった。わかった。確認しただけだ』


 ふう。危なかった。

 報酬に少し目が眩んだぞ。

 変な話し、俺がバイトするわけじゃないから、タクヤがどうしてもって、姿勢だったら、やってしまったかもしれない。


 深呼吸をして、冷静さを取り戻す。

 大丈夫だ言おう。アイツらが無理だと諦めるくらい、堂々と声高らかに! 想いの全てを詰め込んで言うのだ! お断りしますと!


「おことわり……!!!」


「いてえよぉぉぉぉ! 助けてくれぇぇぇ!!」


 俺の宣誓じみた台詞をかき消す、巨大な悲鳴が鳴り響いたかと思うと、奥の通路からトランクスいっちょの太ったおっさんが、急に飛び出してきた。

 その瞬間、俺もタクヤも驚いて叫んでしまう。

 それは、言葉にならない言葉。

 うわ――!! とか、ぎゃーー!! だ。

 

 飛び出してきたおっさんは、爺さんが座っている帳場を越えようとするが、黒髪の男にラリアットを喰らって、もんどりうって倒れた。振動が伝わってくるくらい、派手な倒れかただ。

 激しく倒れた後、おっさんはぴくりとも動かない。どうやら、気絶してしまったようだ。


「竜二。失態だな。さっさと連れていけ」


「へい」


 爺さんに竜二と呼ばれた男は、おっさんの両足を持って奥に引きずっていく。トランクスが股に食い込んで、ハイレグになっている。

 駄目だ。それ以上やると、おっさんのアソコが、おはようございます。してしまう。

 いや、今は昼だから、こんにちは、か。


「失礼致しました。それで、先ほどの続きなんですが……」


 大切な所が露出してしまったトランクスおじさんが、奥に消えていくのを見守ってから、爺さんが話を再開する。

 その間に、外国人の大男二人が、俺達のすぐ横まで来ていた。

 見てはいけない物を見てしまった気がした。

 とっさに、逃げるべきだったのだ。

 もう、すぐそこの扉さえ、簡単に開けることが出来なくなってしまった。


「どうぞ、怖がらないで。気を楽にお聞き下さい」


 足よ、膝よ。震えるな。

 身体中、汗びっしょりだ。タクヤは大丈夫か? なんとか立っているようだ。


 大の大人が、暴力によって吹き飛ばされるのを初めて生でみた。恐ろしい。なんて恐ろしいのだろう。


「私はこの場所で、かれこれ百年は商売をしています」


 百年って大袈裟な。爺さんは一体いくつだよ?

 普段なら、そう言っていたかも知れない。

 だが、今は無理だった。

 完全に相手の独壇場。

 さっきのは想定外の事故だったのだろうが、俺もタクヤもすっかり萎縮してしまった。


「百年も続けるには、秘訣がございます。それが何か分かりますか?」


「さ、才能ですか?」


 いざという時、まるで役に立たない俺に代わってタクヤが答える。

 やはり、一つの事を突き詰めた男は強い。

 一本の芯が、身体に刺さっているかのようだ。突き詰めたのは自慰行為でしたが、芯の強い男の子に育ちましたよ!


「才能も大切ですね。でも、もっと大切なこと。それは信用です」


「信用……」


「私は信用を一番大切にしてきたから、商売を続けられた。今、貴方達にお願いしている事も、その信用を守る為です。だからどうか、貴方達も私を信用してくれませんか?」


 少し気になる事がある。

 爺さんが言っていたのは、イケメン限定じゃなかったか?

 貴方達。あなた……達って!


 俺もかよ!!

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