ファイル2 さるかに合戦

『氏名、OBA。年齢、53歳。性別、女性。職業、農業』


 受付兼助手の高木加奈子から受け取った相談票の一行目を見て、おれは深く考え込んだ。この一行に、重大な事柄が隠されている事もあるので気が抜けないのだ。


 問題は氏名だ。相談者氏名の『OBA』が問題なんだ。日本人のイニシャルならば普通は二文字だろう。だが三文字イニシャルだから、もしかするとクリスチャンネームというんだっけ? ミドルネームが入った名前。太田バビロニア亜矢子みたいな名前かもな。


 それとも普通に大場さんかもしれないぞ。あるいは、ひねってローマ字読みで『おばさん』。全くもってひねっていないよな。正解になってないか?


 いや、待て待て。これは受付兼助手の高木加奈子28歳Dカップからの秘密のメッセージかもしれないぞ。『お願い暴力的に愛して』かもな。


 まずいな。氏名などはどうでもよくなったDカップしか考えられなくなったぞ。


『なんでもお悩み相談室』はかなり繁盛していて、相談者も多いんだよ。なんでも無料で相談できるという触れ込みだから、連日相談者で賑わっている。気前のいい話だよな少しはギャラ上げろよな

 まあとりあえず、相談者と話してみようか。


「ええ。すごいんです」

 何も聞いてないんだけどな。ここで、迂闊に何か言うと面倒なことが起きるんだよ。だから、肯定で話を進めていくんだ。相談員としては基本中の基本の姿勢だな。


「はい」


「まったく、すごいんです」

「ええ、そうですな」


「ホント、すごいんです」

はい、お察ししますな嘘とは言ってないだろ?


「すごい大きなカニが」

 ようやく本題に入ったみたいだぞたくさんカニチャーハン食べたいぞ。しかし、まったく意味が分からない。


「大きいカニですかい?」


「ええ。すごいんです」

全くすごいカニなんだな振り出しに戻ってるだろ


「ホント、すごいんです」


 もう我慢できない。応用テクニックでいこうとっとと本題に移れ


「大きいカニというとズワイガニぐらいですかい?」

「ズワイちゃんより小さいです」


「ケガニぐらいですかい?」

「ケガニちゃんより小さいです」


なるほど、ケガニより小さいとカニチャーハンが半人前になったな

「でも、すごいんですよ?」


「どうすごいんだい? カニの話だよな?」

「祈っているというか。激励しているというか」


「カニが祈ったり激励するんかいと意志疎通できるんじゃないか?」

「ええ。一心不乱に。叱ってもいるようです」


「カニがおめえさんのことを叱るのかい?」

「いえ。柿の若木を叱っているのです」


 新たなキャラクターが出てきたぞ。おい、待てよ。カニと柿の木だと? そうだ。十三代前の相談員の申し送り状にあったような気がする。


 確か――柿の木を育てた母カニが、猿に柿の実をぶつけられて死んでしまう。子ガニが母カニの仇討ちをするために、カニ、栗、蜂、牛糞、臼の連合軍と猿の合戦になるといった結末であった気がするな特にお宝はないから合戦はひと思いになるべくカニチャーハン避けたいよなあにするのが早いだろ


「なるほど。おめえOBAさん、それは大変な事態だな」

「ええっ!? どうすればよいのでしょう」


 だが、落ち着け。カニをチャーハンにしたら、子ガニ、栗、蜂、牛糞、臼の連合軍とOBAさんとの合戦になるのかもしれないな。

 ボリューミーなお腹で、難敵の臼を圧倒できそうだし、OBAさんが勝利を掴む気もするが、念のため合戦は避けておこう厄介事はごめんだぜ


「猿は近くで見かけねえかい?」

「はい。お猿さんは見かけませんよ」


 あ、いけない。忘れるところだったぞ。相談票の相談内容欄に『大きなカニへの対応方法』と記述した。


 待てよ。よく考えれば、子ガニが生まれなければ、仇討ちもなにもないんだよな。


「大きなカニの近くに、子ガニはいやせんかい?」

「子ガニちゃんはいませんねえ」


 よし。子ガニを生む前なら問題ないだろう。

「おめえさん。大きなカニをカニチャーハンにしちまいな」

「カニちゃんが祈っていても、激励していても、カニチャーハンにしてよいのでしょうか」


「カニが祈ってても、激励してても全く問題はねえよ味は変らないぞ

「ええ。やってみます」


 OBAさんはほっとした表情で、相談室から出て行った。これで、きっと心が休まってカニを食して悩みも消えるはずだ。いい仕事を終えた充実感がある。


 おれは、相談票の対応内容欄に『大きなカニをチャーハンにすることを推奨』と記述した。


「高木さん、次の方お願い」

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