行間から滲み出すホンネ

里見つばさ

ファイル1 竹取物語

「せせせせ先生! 大変です!!」

「まあ、まあ。落ち着いてうるさいぞひとつお茶でも飲めよ少し静かにしろよ

「せせせせ先生! ありがとうございます」


 盛大な足音が、入り口のドアの前で止まったかと思ったら、いきなりこれだよ。大の大人が全力疾走する事態は、たいてい碌なことがない。

 おれは市の嘱託で『なんでもお悩み相談室』なる看板のもと、相談員をしている。


「高木さん、アレはできているの?」

「はい、どうぞ」


 受付兼助手の高木加奈子に渡された相談票には

『氏名、T.O。年齢、58歳。性別、男性。職業、竹伐採業』とあった。

 高木加奈子はいつも冷静で取り澄ました二十八歳だ。少々愛想が足りない気もするが、てきぱきと事務的な彼女のおかげで、おれの仕事も捗るので感謝している。彼女は推定Dカップ。余談がすぎたようだ揉んだら怒るよな


 改めて相談票を手にする。たった一行に、悩みの根本原因が隠されている事も多いので、疎かにはできない。なるほど竹伐採業か。林業ではないんだな。区別が難しいよな生活は大丈夫かよ


「おめえさん。どうしたね?」

「たたたたた竹を切ろうとしたら」

 せわしい男だよ、全く。しかし、こういった場合には、充分に相手の話を聞いてやるのが常套手段だ。相談員としては基本中の基本の姿勢だな。


「ああ、竹を切ろうとしたら?」

「たたたたた竹を切ろうとしたら」

 話が進んでないだろ。だがじっくり話を聞かないと、核心が見えないこともあるからな。


「ああ、竹を切ろうとしたら?」

「たたたたた竹が光っているんです」

 商売に関わる単語の『竹』を、まともに発音できないのは問題だぞ。突っ込みたくてしょうがないけれど、まあいいや。

 おもむろに初老の男を観察する。大人しい感じのモブと断言できる男だな。


「そうか。竹が光っているんだな?」

「はい。たたたたた竹が光っているんです」


「なるほど。竹がおい光っているんだな?話が進んでないだろ!

「はい。たたたたた竹が光っているんです」


 くそ、負けたぜ。

「竹が光っているんだな。それで?」

「はい。竹が光っているので、どうして良いか分かりませんでした」


 おれは、相談票の相談内容欄に『光る竹への対応方法』と記述した。この辺りな、書類に不備があると後で市からクレームがある。だからしっかりと、記述するってわけ担当の小林、いつか殴ってやる


 ふと『光る竹』というフレーズに閃くものがあった。そうだ。十七代前の相談員の申し送り状にあったような気がする。


 確か――竹を切る老人が、ある日見つけた光る竹の中には、小さな女の子がいて、育てることにしたロリ確定だよな。その女の子はそれはそれはとんでもない美しい姫ツンな女に成長して、帝や多数の高貴な男性に思いを寄せられる。そして、思いを寄せる五人の男性に難題をもちかけるよ、ツンだけ女はやめておけ。なんだかんだで姫は空に昇って、老人のもとには多少の富が残る結末だった気がする。


 ともあれ、この相談者にカウンセリングをしなくてはな竹が生えている場所を聞こう。そして、安心させなくてはおれが取りに行くかな……。


 だが、仮に光る竹が生えていたら、絶対に誰か物珍しさに伐採しているはずだよな。間違いない。光る竹は存在して全く惜しいいないだろうなことをしたよな


「とりあえず竹を伐採してみろ」

「は、はあ」


「それでおめえさんは、気が休まるはずだぜモブはモブとして生きろ

「先生、ありがとうございます」


おう。良かったな次は、早く報せろよ


 初老の男はほっとした表情で、相談室から出て行った。これで、きっと心が休まるモブに戻るはずだ。いい仕事を終えた充実感がある。


 おれは、相談票の対応内容欄に『光る竹の伐採を推奨』と記述した。


「高木さん、次の方お願い」

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