第十九話 アンデッドだけ、どーん!


 平原に陣取るスピルードル王軍。総大将、エルアーリュ王子のすぐ近く。一介の騎士が総大将の王子の近くにいる、というのもおかしな話だが、そこに文句を言ってくる気合いの入った者は、今のところいない。

 俺が現在、ゼラに乗っているからだ。いやまて、この言い方だと何かいかがわしい気がする。訂正、もう少し詳しく。赤いブレストプレートを身につけたゼラ。ブレストプレートからは前掛けのように赤い旗を下ろし、これでお腹もその下も隠せている。そのゼラの人間体の背中、下半身の黒い大蜘蛛の身体の上に俺は乗っている。鎧をつけて剣を背負って。兜を被ろうとすると、


「ンー、カダール、顔、出してて欲しい」


 と、ゼラにお願いされたので、顔を出すタイプの鉄帽子に変更。

 ゼラに慣れているアルケニー監視部隊は平然としたものだが、見慣れていない兵は離れていて、中にはゼラに怯えている者もいる。こちらが当然というか、ローグシーの街とその周辺の住人の方がおかしいのだろう。エクアドがハンターギルドに話を通し、母上の情報操作が効いている。


「いや? 屋根の上で抱っこされてるカダールを目撃した住人が多いせいだが? 結婚式で花婿を略奪した愛の狩人、というのが、」

「エクアド、その辺で止めてくれ。これから戦闘なのに気落ちするだろう」


 ゼラは遠く、少しずつ近づいてくるゾンビとスケルトンの集団を見て眉を寄せる。


「うー、臭そう」

「腐ったゾンビは臭そうだが、ゼラの感じる呪詛の臭いってどんな臭いなんだ?」

「ンー、臭い、つらい? 苦しい? にくい? そんな臭い」


 つらい臭いとか憎い臭いというのは想像できないが、呪詛とはそういうものかもしれない。死体が動くというアンデッドの力の源とでもいうものが呪詛だから。

 エルアーリュ王子は遠くアンデッドの軍勢を忌々しげに睨む。


「これならもっと兵の数を集めれば良かったか、今更言っても遅いが。これを読みきれんとは私もまだまだ甘い……」


 灰龍などという扱いきれぬものを使おうとする者の策を読むというのは、狂人の考えを読むように難しいことでは無いだろうか?

 エルアーリュ王子と父上の策が効を奏し、侵攻してきたメイモント軍を直ぐに撃退できる態勢ができている。これができるエルアーリュ王子は優れた将と言える。

 だが、数の上では向こうが上。こちらは対アンデッドの武器と教会の浄化術師がいるが不利。ここで二日粘れば援軍が到着する。

 そしてここにゼラがいる。アルケニーのゼラが戦うところを見たことは無いが、参戦すればしゃれにならない気がする。俺がゼラの背中に乗るのは、集団戦に慣れてないゼラを誘導するために。味方へ被害が出ないようにするために。味方からは俺の指示で動く味方の魔獣と分かって貰うために。

 作戦についてゼラに説明。


「いいか、ゼラ。アンデッドが味方に接近するまで、俺達で先に出て敵の数を減らす。解るか?」

「ンー、突っ込む、どん。味方、巻き込むは、ダメ」

「ゼラが相手にするのはアンデッドだけ。ゾンビとスケルトンだけだ。こいつらを動けないようにして欲しい」

「アンデッドだけ、どん! 解った!」

「敵が近づいて混戦になったら、味方に任せてここまで戻る。そのときは俺が後ろからそう合図するから」

「ごちゃごちゃしたら、一回、帰る」

「そうそう、偉いぞゼラ。難しい言葉も解るようになってきた」

「偉い? カダール、褒めて!」

「偉い偉い。よーしよしよし」


 左前脚をしゅぴっ、とするゼラの頭をぐしぐしと撫でる。エクアドはこれでいいのか? という目で、エルアーリュ王子は、微笑みながら俺とゼラを見る。周りの将軍、騎士、魔術師は、大丈夫かこいつら? という顔をしている。

 俺もゼラの背に乗り戦うというのは初めてで不安もあるが、どちらかと言えば、ゼラに何か起きないかという心配がある。お茶のときのように、まさかただの飲み物で、というようなことは予想するのが難しい。


「エクアド、準備は?」

「できている」


 エクアド隊長のアルケニー監視部隊は、全員にロープを持たせている。ゼラになにかあれば、ロープを引っ掛けて引き摺ってでも撤退できるように。

 エルアーリュ王子が自軍を見渡す。


「とにかく防衛に徹する。柵は立てて待ち構えて、銀の槍と浄化術で確実に数を減らす。右翼の弟には勝手に前に出るなと念を押してくれ」

「アプラース第二王子も来ているとは」

「あいつも無能では無いのだが。昔から私と比較されていたからか、劣等感が強くていかん」


 王族の兄弟関係を垣間見た。第二王子はボンクラと思ってはいたが、エルアーリュ王子は違う評価らしい。スワンプドラゴン討伐は、王族としての焦りでもあったのか、手柄をとり実力を示そうという無茶だったのか。

 アンデッドの軍勢はヨロヨロフラフラと近づいてくる。先頭のゾンビの顔も見えてきた。


「それでは、一騎駆けと参ります。行こうか、ゼラ」

「ウン!」

「ここなら思いっきり走ったり跳んだりしてもいいぞ」

「ウン!」


 気負うことも無くピクニックにでも行くような気軽さで。王軍が見守る中、ゴスメル平原、約三万のメイモント軍へとゼラは走る。そこへ突っ込むなど正気では無いが、緊張はしても不思議と怖れは無い。何度も窮地に落ちてはゼラに助けられて生還した。そのゼラが側にいると、怖れる気がしない。ゼラの脚の速さは知っているし、危険を感じたらすぐに逃げることもできるだろう。

 アルケニーに乗り一騎駆け、とは。またおかしなアダ名をつけられて、エルアーリュ王子は英雄とか言い出すのだろうか。


「らい!」


 ゼラが声を出して手を振れば、その手から雷の鞭が伸びてスケルトンを射つ。骨が砕けて頭と胸を無くすスケルトン。これはもう、どうしたものか。いや、灰龍を倒したゼラならこの程度、たいしたことも無いのか。

 恐れもせずにゾンビとスケルトンの群れへと突っ込むゼラ。遠く、アンデッドを操るメイモント死霊術師団が動揺しているのが見える。


「臭いの嫌い、美味しくない」


 などと言いつつ蜘蛛の脚を振るゼラ。それだけでゾンビもスケルトンも小石のように飛んでいく。手を振れば糸が出る。蜘蛛の糸は蜘蛛の尻から出ると思っていたが、ゼラは指からも糸を出す。これが指からなのか、手のひら前の空間から出ているのか。飛んでいく糸は大きな蜘蛛の巣状の投網のようで、絡まったゾンビが転がって倒れてジタバタもがく。

 他にも氷槍、雷鞭と次々に射ち出してはゾンビもスケルトンも宙を飛び、または砕ける。俺は一応、剣は持ってきているものの、ゼラの背中から届きそうなところに敵はいない。ゼラの蜘蛛の脚が蹴っ飛ばしてしまう。

 それに、振り落とされ無いように、ゼラのブレストプレートの背中の取っ手に両手でしがみつくのが、精一杯の有り様だ。


 このままゼラに任せてもいいような気もするが、それでは俺は役立たずになる。それにゼラが強くても相手の数は多い。周りを見回して、


「ゼラ! 後方、魔術師が!」


 遠距離攻撃してくるのを見つけては声を上げる。ゼラの視界を補うようにする。


「すい、ちー」


 後方からの遠距離の火弾は、ゼラが空間に湧かせた水を凍らせた壁で止められる。氷壁が落ちて下に立つゾンビを潰し、


「さい!」


 ゼラが一声かければ、氷の壁が破裂して氷の破片弾が辺りのゾンビの身体に穴を開け、スケルトンの骨を砕く。


「ゼラ、味方に近づいてきた。巻き込まないように少し前へ」

「ウン!」

「左後方! 弓矢!」

「すいー、ち!」


 火の系統以外はいっぱい使えるというゼラ。おもに使うのは水系、雷系、氷系、風系と一人魔術師軍団を名乗れそうなデタラメ振りだ。

 剣や槍で武装したゾンビもスケルトンも、ゼラに触れる前に蹴散らされる。

 

「ゼラ、左が押されてる、そっちに行けるか?」

「ウン!」


 高々とジャンプして、上空から蜘蛛の巣投網と雷の鞭を射ち降ろす。アンデッドを前衛に押すメイモント兵士の悲鳴が聞こえる。

 蜘蛛の騎士が来たぞ、とか、なんで魔獣が? とか、スピルードルは魔獣を使うのか? とか、いろいろと。


「相手は一騎だ! 集中して狙え!」


 味方から離れようと前に出て、少し敵の後衛に近づき過ぎたか、魔術師と弓兵が一斉に遠距離攻撃を仕掛けてくる。前衛がアンデッドのメイモント軍は味方への攻撃の心配も無いのか、平気で射ってくる。一騎を相手にするには信じられない量の遠距離攻撃魔術、矢に投げ槍が雨のように飛んで来る。


「すいすい、ちー!」


 ゼラの出す大きな氷の壁が立ち、火弾、風刃、雷槍を防ぐ。分厚い氷の壁に弾けて落ちる。手から飛ぶ糸が、上から振ってくる矢と投げ槍に巻き付き落とす。そちらからの一斉攻撃は全部ゼラが防いだ。ゼラが前方に集中する間、他の方向に目を向ければ、右後方からスケルトンが弓で俺を狙っていた。目前の一斉攻撃の対処のために、ゼラは気がつかず、俺も発見が遅れた。


「くっ!」


 慌ててグローブをつけた右手で、スケルトンの射つ矢から頭を守る。即死する箇所で無ければ、ゼラに治癒してもらえばいい。

 しかし、飛ぶ矢が俺に当たる前に、


「カダール!」


 とっさに目の前に伸びてきた、ゼラの褐色の細い腕に、スケルトンの矢が突き刺さる。

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