第十八話 むずかしいおはなし?

 

 テントは特大だが中にゼラが入るとそんなに人は入れない。王子には椅子を出して俺とエクアドは床に膝を着く。父上と王子についてきた騎士が入ると狭くなる。

 エルアーリュ王子は男にしては長く伸ばした金の髪をかきあげて、


「先ずはアルケニー監視部隊、隊長の騎士エクアド、そして騎士カダール、アルケニーのゼラ、私のわがままで呼び出したことを謝ろう」

「いえ、我らは王子の兵ですから」


 エクアドが膝をついて応える。王子は頷いて。


「ここからは堅苦しい儀礼は飛ばす、急がねばならぬ事態が起きている。実のある話を進めよう。楽にして座ってくれ」

「ではお言葉に甘えまして」


 王子を除く全員があぐらをかいたり片膝を立てたりして楽に座る。こういうところが中央から見て、野蛮とか礼儀知らずと言われるところだろうか? 身分の上下はあっても現場では、城の外ではサクサクやるぞ、というのがスピルードル流だ。

 それを更に一段進めたのがエルアーリュ第一王子。そしてエルアーリュ王子のやり方を嫌い、家柄、血統、儀礼に拘る貴族がアプラース第二王子についた。

 王は健在ではあるがゴブリン大侵攻撃退以来、熱を出して寝込むことが増えた。王家というのも何かとたいへんなところだ。

 俺は後ろに座るゼラのお腹を背もたれにして片膝を立てる。その俺とゼラを見てエルアーリュ王子は少し楽しそうだ。王子がゼラと会うのは二度目。一度目はゼラの忠誠心を褒めて、結婚式の費用を出すなどと笑って言っていたが、王子がゼラを見る目は妙に輝いている。

 エクアドが早速。


「我らが呼ばれたのは、第二王子の派が何か横槍でも?」

「そうだ。国費を使うのならば成果を見せろ。王子の道楽に金をいくら使うのか? と、現状も解らん愚図がいやみを言い出している」

「灰龍対策と比べればどれだけ安上がりだと」

「目に見えて何かしろ、と言うところであるが、何、私の護衛で形はできる。すまんな騎士カダール、アルケニーのゼラ。これが終わればいつもの日々に戻る。しばし、私につきあってくれ」

「いえ、エルアーリュ王子には資金面でお世話になってますので。屋敷を建てるにもウィラーイン領は灰龍被害の傷が癒えてはいないので、感謝しております」

「プラシュ銀鉱山復興には、本来なら国を挙げて取り組まねばならんのだが、ウィラーイン伯爵には苦労をかける」


 父上は軽く手を振って笑う。


「いえ、ワシの領地ですからな。それにエルアーリュ王子にはこうして何かとワシの話を通していただいていますから」

「ウィラーイン伯爵が進言することはこの国の為になることだ。これで助かるのは王家でこれこそが忠義。今回もまたウィラーイン伯爵家に助けられたことになる」

「嫌な方の読みが当たっただけですが」


 苦く言う父上。急がねばならぬ事態が起きて、父上の読みが当たった、となると。王子に聞いてみる。


「エルアーリュ王子、演習の予定が変わりましたか?」

「北からメイモントが攻めてきた。北方のラグラン砦は落ちた。ゾンビとスケルトンの軍勢、それに人を入れて総数約三万、解りやすくて助かる」

「攻められておいて助かるというのはどうかと」


 もう国境の砦がひとつ落とされたとは。宣戦布告はどうなっているのか? エルアーリュ王子は髪をかきあげる。眉を寄せて不機嫌そうだ。


「灰龍の卵の件、ウィラーイン伯爵より聞いた。鉱山に灰龍とは不自然だったが、卵を使った人の手によるものと解って納得はした。死霊術師の影が見え、露骨にメイモント王国が怪しいので、メイモント王国とスピルードル王国に亀裂を生むための中央の策、とも考えてはいたが」

「中央にとって、盾の三国が無くなっては困るのでは?」

「中央の国々の中には、盾の三国が力をつけ過ぎることが、気に食わんのもいる。だが、まともに頭が動く者ならば、そんなことは考えても実行はせなんだろう。盾の三国、南のジャスパルとも関係は良好。では何処の誰ぞ? と探っていたら、黒幕が向こうから出てきた」


 不明の相手が自分から出てきたのは、解りやすくていい、か。


「メイモントの誰が主導かもこれで読めてはきたが、この策を打った者がつまらん」

「灰龍を呼び寄せ鉱山を潰す策が、つまらないと? そのためにウィラーイン領は被害を受け、死者も出ましたが」

「起きた悲惨はつまらんでは済まされん。しかし、灰龍がいなくなったことを知った輩は、今こそ好機と勘違いして攻めてきた。この相手がつまらん奴と解った」


 くっくっく、と笑う声がある。父上と王子の供で来た壮年の騎士が顔を見合わせて笑う。父上が、


「灰龍の被害は大きくいまだ傷は癒えませんが。ちょっと大げさに、今のウィラーイン領は守る力も無い程に灰龍にボロクソにされた、と、広めておけば簡単に釣れましたな」

「これに引っ掛かるとは、失策を取り返す為に失策を繰り返すような愚鈍が相手のようだ。灰龍の卵も、使い方を思いついたからやってみた。そして灰龍がアルケニーのゼラに食われ、そんな予想外の事が起きても強引に結果を同じにせんと、攻めてきた。これでは先のことを考えぬ、ムキになった子供のようではないか」


 父上も王子も、影でいったい何をやってますか? 黒幕が解らないから弱った振りして誘き寄せたと?

 エクアドが頭をかいて、


「エルアーリュ王子が裏で相手を誘い出したのは解りました。それで国境の砦は?」

「砦将が言うには、『砦で迎撃し援軍を待つには相手の数が多すぎる、と早めに撤退した。敵はゾンビとスケルトンが中心のアンデッドの兵団、それを後方から操作する死霊術師。魔術師団を守る人の兵、の構成。撤退の際は嫌がらせに砦の中に、塩と聖水をありったけ撒いてきた』とのこと」

「奇襲を受けて砦を奪われた、ということにするのですか?」

「実際にその通りであろう。たまたま演習目的で近くに兵を集めていたので、反撃には移りやすいが」


 相手を引っ張り出しておいて、たまたまも無いが。ざっと見たところ銀の武器もあり浄化術師もいて、アンデッドへの備えもある。エルアーリュ王子の仕掛けは万全ということか。しかし、王子は悩むように。


「敵がゾンビとスケルトンを二万近くも揃えているのは予想外だ。墓を暴いて集めたか、何処ぞの地下迷宮より引っ張ってきたか。相手は三万でこちらは二万と少し、苦戦となるか」


 エルアーリュ王子はゼラを見て、俺を見る。


「無理にとは言わんが、可能であればここでアルケニーのゼラに灰龍を滅ぼした力の一端を見せて貰いたいところなのだが」

「王子はゼラを戦力にするつもりですか? その為にアルケニー監視部隊を作り、予算を出したのですか?」

「灰龍を越える脅威を大人しくさせる為に、そのための部隊設立だが? これは騎士エクアドの示した方針であろう。それにここでアルケニーのゼラが活躍すれば、今後、煩い輩を黙らせることもできる」

「その為に砦をあっさりと手放し、敵を引き込みましたか? 解りやすく俺のナワバリに敵が来たぞ、と?」

「迎撃しやすくするためで、アルケニーのゼラをあてにしている訳では無いのだが」

「それにしては王子はゼラに入れ込んでいるのでは無いですか?」

「それは仕方無かろう」


 エルアーリュ王子は隠そうともしないでうっとりとした目でゼラを見る。なんだか、気にくわない。


「美しき英雄に憧れるは仕方あるまい」

「ゼラが英雄? 何を言い出してます?」

「王家に産まれればいろいろと人を見る。権力で何をすべきかを見失い、権力と利権に群がる愚物とか、醜いものだ。私は部下には恵まれてはいるが、弟のアプラースのところにその手の輩が集まってしまって面倒なことになってはいる。そこで見てしまったのだ。愛を貫く、その想いだけで単身、灰龍を討ち滅ぼす者を。純真な恋心に敵うもの無しと立つ乙女を」

「それは、ゼラは人では無くアルケニーですから」


 ゼラを見上げると話に飽きてきたのか、眠そうな目でさっきから俺の髪に指を通して遊んでいる。ノミとかシラミとかいないはずだが、探すように俺の赤毛をいじっている。


「人と魔獣は違います。ゼラは王子の都合に合わせたりはしませんよ」

「そこがいいのだ。純粋な想いとそれを貫き通すことのできる力。この蜘蛛の姫の恩返しは胸に清々しい風が吹き渡るようで、正直、羨ましいぞ、赤毛の王子よ」

「あれは母上の作った絵本の話ですよ」

「そうだ。そして私の目の前の騎士と姫は、絵本よりも美しい。アルケニーのゼラと騎士カダールに無理強いをさせる気は無い」


 エルアーリュ王子が、王家がゼラを戦力に、と考えるのは当然か。人の意に従う魔獣アルケニー。だが、俺はゼラを人と戦わせたくは無い。ゼラは俺が言ったことを守って、人は襲わない。それを俺が破らせたくは無い。

 昔、悪徳商人を捕まえた時もゼラはかなり悩んだと後になって聞いた。人を襲わないように、それでも逃がさないようにと、コッソリと夜営中の鍋に麻痺毒を垂らすという面倒なことをしている。いっそ襲って糸でグルグル巻きにした方が簡単だろうに。

 敵であっても人の都合でゼラに人を襲わせたくない。これは俺の甘えだろうか?

 見上げると上から見下ろすゼラの赤紫の瞳が見える。ゼラは眠そうにパチパチと瞬きして、


「アンデッド、カダールのナワバリ、荒らす?」

「そういうことになるらしい」

「ゼラ、カダール守る。ナワバリ、守る」


 ゼラに人の争いに手を出すなと言っても、俺が騎士として戦い窮地になれば、ゼラはまた助けに来てしまうのだろう。

 俺の後ろに座り上から見下ろすゼラ。俺から見て上下逆さになったゼラの頬に手を伸ばす。頬に触れるとゼラは甘えるように俺の手に顔を擦りつけてくる。

 ゼラを人の都合で利用するのは心が引ける。今まで散々、自分の為にゼラを使ってたような俺がそう思うのもどうかしているが。

 だがこのままではアンデッドの軍勢相手に苦戦は必至。

 ……アンデッドであることが有り難い、か。


「ゼラ、アンデッドをナワバリから追い出すのを手伝ってくれるか?」

「ウン!」


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