第十七話 カダール、あやとりしよ


 ゼラの蜘蛛の背中の上は、快適だ。脚が七本あるためか移動中の縦揺れが驚く程に少ない。馬の背よりも馬車よりも揺れずに、しかも滑るように速い。

 街道に出て走るゼラの背中に座る。


「むふー、ふー、ふふん♪」


 ゼラも思いきり走れるのが楽しいのか、妙な鼻歌しながら楽しそうだ。ゼラが着けた赤い鎧、その背中に急遽取り付けた取っ手を握る。


「ゼラ、重くないか?」

「ぜんぜーん」


 俺は鎧を着て剣も持っているのだが。ゼラの蜘蛛の背中は広く、俺の荷物もありクロスボウも矢筒もあり、ついでに手槍も三本、予備の剣も一本、乗っているのだが。

 蜘蛛の身体に合わせた鞍など作っている暇は無い。蜘蛛の背中は黒い体毛がびっしりと生えて、毛足の長い毛布のように柔らかい。

 そこに座るのもふかっとしてて気持ち良いのだが、長時間乗っていればゼラも蜘蛛の背中が痛くなるのでは、と、毛布を一枚かけてある。毛布の端は紐で蜘蛛の身体の腹側に伸ばして止めてある。

 荷物をいろいろ乗せてもまだ余裕があるゼラの蜘蛛の背中。荷物を枕に寝ることもできそうだ。ただ、ずっとゼラの後頭部を見ることになって、顔が見えないのが少し残念か。


「「まてまてまてまてー!!」」


 後ろからエクアドと父上の叫び声が聞こえる。あ、


「ゼラ、少し速度を落としてくれ」

「ウン?」


 背後から馬に乗ったエクアドと父上が追いついてきた。


「カダール、ゼラ、俺達を置いて行くんじゃない」

「なんとも信じられん速さだ、アルケニーというのは」


 その後ろ、父上の配下の騎馬兵にアルケニー監視部隊、ルブセィラ女史とアルケニー調査班の乗る馬車が続く。ずいぶんと間が開いてしまった。

 後ろからゼラの耳元に顔を近づけて。


「ゼラ、エクアドに合わせた速度で進んでくれ」

「エー?」

「駆け回りたいのかもしれんが、街道では皆と合わせて進んでくれ。出会う人を驚かせたく無いから。頼む」

「ンー、解った」


 父上がゼラの蜘蛛の脚が動く様を馬上から見下ろして。


「ずいぶんと速いが、カダール、乗り心地はどうだ?」

「それが、馬と違い、信じられないほどに揺れずに快適なのです。ただ、俺の足の置き場をどうしようかと悩みます」


 試しに前に伸ばしてゼラの身体の横から下ろしてみたのだが、ゼラが手を伸ばして俺の太ももを、もみもみするのでくすぐったい。今はあぐらをかいている。

 エクアドは面白そうにゼラと俺を見る。


「確か、馬で八日かかる鉱山まで一日で移動したと言ってたから、馬の八倍か。ゼラ、良かったら今度俺を背中に乗せてくれないか?」

「ンー」

「今度、新しい絵本を買ってこよう」

「ウン! エクアド、ならいい。カダールと二人で乗る?」

「いったい何人乗せられるんだ?」


 父上が少し慌てて、


「ゼラよ、父もその背に乗ってみてもいいか?」

「ンー」

「行軍中だが、途中の村で鳥でも買おう。新鮮な生肉を用意せんと」

「ウン! チチウエ、乗せてあげる」


 どういうことだ? ゼラが暴れないようにと監視するのがアルケニー監視部隊の役目だが、たまに俺達がゼラに飼い慣らされてるような気分になる、ときがある。このままでいいのだろうか?

 後ろから追いついてきたアルケニー監視部隊も。


「ゼラちゃん、私はー?」

「ンー」

「お茶の葉を入れて香りをつけたクッキーがあるんだけどなー?」

「ウン! それなら、ウン!」

「この先の町ではピラールって大きい川魚が旨いらしいぞ。ゼラの嬢ちゃんなら生でいけるんじゃね?」

「ウン! 順番、順番ね!」


 すっかり慣らされてないか? 染められてないか、俺達は?

 途中の村や町では当然のようにゼラの姿に驚かれ、一目見ようかと人が集まってきたりする。

 ウィラーイン伯爵が王家よりアルケニーの監視と保護を任じられた、というのは知れ渡っていた。噂としても奇妙で珍しいことだから、ローグシーの街の外でも知っている者が多い。

 母上とエクアドがローグシーの街とその周辺に知らせたり立て札出したりはしていたが。結婚式に乱入して花婿を拐った半人半獣の魔獣の話は、おもしろおかしく広められてしまっている。人の口に戸は立てられない、というものか。

 町や村でも夜営のときは、ゼラが入れる特大テントで人の目を遮りつつ、急ぎめで行軍を続ける。ゴスメル平原近くで父上のウィラーイン領兵団と合流。そのまま北進して、演習予定のゴスメル平原へと到着したのは、ローグシーの街を出て十七日目の夕方。


「これなら、二日で、行ける」

「それができるのはゼラかドラゴンくらいじゃないか?」


 腰に手を当て胸を張るゼラ。一応、アルケニー監視部隊とウィラーイン領兵団で囲んではいるが、下半身が蜘蛛の少女は注目の的。スピルードル王軍の中にはこちらに望遠鏡を向けてる者がいたりと、遠巻きに見られている。

 とりあえずテントを出して籠るとするかと、特大テントを設営。演習の王軍の総大将はエルアーリュ第一王子、父上がこれから到着の挨拶に出向くところだ。

 夜営の準備をしつつ、ゼラにはなるべく大人しくしてもらうために、俺とルブセィラ女史とゼラの三人であやとりをする。遠目には何か話し合ってるように見えるかもしれない。

 いや、その、俺がテントの設営とかをしようとするとゼラが手伝うんだ。そしてゼラの怪力を披露してしまうことになる。


「ゼラにびびってる奴等を刺激しないように、カダールはゼラと一緒に大人しくしてろ」


 エクアドに言われて皆が設営してるのを横目にあやとりをする。なんというか、居心地が悪い。手伝いもせずに遊んでるというのは。


「これはこれでカダール様にしかできない役割ですよ」


 ルブセィラ女史はゼラの手からあやとりを手に取るが、この二人のあやとりは続けていくと形が複雑になりすぎてついていけなくなる。こんなにハイレベルのあやとりは俺はやったことが無い。初めて見るすごい形が次々に出る。


「これはどうやって取るんだ? この形はなんだ?」

「歌う蝶、夕舞ですね。これは踊る蝶、夜舞よりも簡単ですよ?」

「確かに羽根を広げた蝶に見えるが、糸と手だけでよくできる……」

「何事も極めれば芸へと行き着くものです」


 そんな一流のあやとりに素人の俺がついていけるわけ無いだろう。

 ゼラ用の特大テントが立つ頃には、俺が失敗したせいでぐじゃぐじゃになったあやとり用の糸が四本目になっていた。

 ゼラとテントに入ろうとすると、父上が戻ってきた。ある方と共に。


「久しいな騎士カダール、騎士エクアド、それと、アルケニーのゼラよ」


 スピルードル王国の第一王子、エルアーリュ王子だ。俺とエクアドが膝を着く。ゼラはキョトンとしている。ゼラ、この前、教えただろ? 目上の相手への挨拶の仕方。ちょっと姿勢を低くして頭をペコリと。


「ンー?」

「ンー? じゃなくて、ゼラ、昨日練習した奴だ、昨日の、ほら、ペタンでペコリ」

「あ、ウン! ペタンして、ペコリ」

「そうそう、それでいい。よくできた。偉いぞゼラ。あ、失礼致しました、エルアーリュ王子」


 エルアーリュ王子は俯いて片手で口を抑えて震えている。笑っている? 側についている男の騎士も父上も、何かほっこりとした顔をしている。しかし、何故王子がここに?

 エルアーリュ王子は顔を上げて、


「テントの中に入れてもらっても良いか?」

「どうぞ」


 エクアドが先導してゼラ用の特大テントの中へと王子を誘う。

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