第3話 窓際クランのじゃじゃ馬姫 2

 少年が目を覚ました時、薄暗い部屋の中にいた。

 その部屋は比較的狭く、何か柔らかいものに寝かされていることを考えると、救護室か、寝室か、そのあたりだと思う。

 当然少年の部屋ではないから、少年にとっては知らないものばかりだ。


「知らない天井だ」


 少年は様式美としてそんなことを呟いてみた。

 実際はもっと気にすべきことは色々あった。今寝かされている場所がどうやらベットのようなものであるとか、おそらく腫れているであろう顔の部分に濡れタオルが乗せられていることなどだ。総合的に見てだれかに看病されていたのだろう。

 あの有名アニメの中で、主人公は新しく自分の部屋となった場所で天井を見て、変わってしまった現状と不安感からそう呟いたのだろうが、この少年はいま、不安感などまったく感じていない。

 少しは感じろよと思わないこともないが、それがこの少年の個性なのだろう。

 そう。このつぶやきはあくまで様式美なのだ。


 とりあえず状況を把握しようと上半身を起こすと、濡れタオルがずり落ちた。

 タオルがなくなったことで、傷口に暑さが戻ってきて、傷の痛みがぶり返した。


「ぃてて」

「目が覚めた?」


 声をかけてきたのはラ◯ダーキックの少女だった。

 彼女は寝ている少年の隣に座っていた。

 少年は救護室のような場所で寝かされていたようだ。

 少年は気を失う直前のことを思い出した。


「きみは…?…確か、白パ…!?」

「あぁ?」

「ひぃ!なんでもありません!マム!」


 少女は鬼の形相で少年をにらんでいた。本当におっかない。

 少年もなぜその話題を出したのか。明らかに地雷である。

 そして、ここに一つの上下関係が成立した。


「そう。ならいいわ。私はフィー。あなた。名前は?」

「俺はユーク…じゃなかった。ユーリ」

「そう、ユーリね。さっきは蹴っちゃってごめんなさい。」

「こちらこそパ…!?」

「あぁ!?」

「ごめんなさい!」


 鬼の形相で迫ってくるフィーを前に、ユーリはベットの上で正座となった。

 もはや調教されていると言ってもいい素早さだった。


「さっきは、なにも、な・か・っ・た・わ・よ・ね!?」

「ひぃ。何もありませんでした!」


 フィーはユーリの顔を覗き込み、ハイライトの消えた瞳で告げた。

 その瞳は「三度目はねぇぞこら!」と語っていた。

 フィーは椅子に座りなおした。そして、一つ、大きく息を吐いた。


「まったく。話が進まないわ。」

「申し訳ありません」


 平身低頭のユーリに対して、フィーはあきれた表情を向けた。

 ここまで恐縮するなら、いらないことを言わなければいいのにと思っていた。

 しかし、ユーリのような男は直感で生きているため、同じことを繰り返す。

 フィーがそのことを知るのは少し先の話になる。


「そういえば。あなた、どうして『紅の獅子』に来たの?」


 フィーはやっと本題に入った。

 正直、フィーはユーリが目を覚ませば最初にそれを聞こうと思っていたが、ユーリのくだらない行動のせいで後回しになってしまっていた。

 ユーリもやっと実のある話ができるとあって少しほっとしていた。


「えーっと、フィーさんは…」

「フィーでいいわ。敬語もいらないわ」

「……わかった。フィーは『紅の獅子』のメンバーなの?」


 ユーリはフィーに真っ赤な顔をしながらそう尋ねた。

 母親以外の異性とこれまでほとんど話してこなかった彼にとって、同年代の女の子を呼び捨てにすることは少し恥ずかしかった。

 なお、正座は継続中である。


「何照れてんのよ。えぇ、そうよ。今は紅の獅子に所属しているわ。」

「じゃあ、この手紙を…って、あれ?俺のカバンは?」

「あぁ、あなたのカバンはあっちよ」


 それほど広くない部屋の片隅に使い古されたカバンが一つ置かれていた。

 ユーリは見慣れて自分のカバンに近づき、中から衛兵にも見せた手紙を取り出した。


「これ、クランマスターに渡してほしい」

「なにこれ。手紙?」


 ユーリから手紙をひったくったフィーは躊躇なく手紙を開封した。

 ユーリは「あ」と一言こぼしただけで止めることができなかった。まだ、同年代の女性に対して気後れがあるようだ。

 ユーリ、シャイボーイである。


 フィーは手紙に軽く目を通して、眉を潜めた。

 そして、ユーリの方を見て、一言告げた。


「あなた、悪いことは言わないは。別のクランに入ったほうがいいわよ」

「な!?なんで?」


 フィーはユーリの疑問にすぐには答えられなかった。

 悔しそうな、悲しそうな、憎らしそうな目で一瞬ユーリをにらみ。そして、純粋な疑問を投げかけてくるユーリから目をそらすように、そして、何かを吐き捨てるようにいったのだった。


「だってこのクラン。なくなるもの」


 フィーのこの言葉にユーリはこの日何度目かの衝撃を受けた。

 そして、フィーに詰め寄るようにしてユーリは質問をぶつけた。


「なくなるって一体どうして!?」

「クランというのが探索者の組織で、その探索者がこの国の主要輸出品である魔石の生産者っていうのは知ってるわよね?」

「もちろん」


 ユーリだってバカではない。空気を読むのは苦手だが。

 自分がなる予定の探索者について、調べてきている。


「国としては多くの魔石を手に入れたいから優秀な探索者を求めているの。だから、国はクランにいろいろな特権を与えたりしているの。通行税免除とか、準貴族相当の立場とかね。」


 そう、探索者は多くの利益を生むため、多くの特権を与えられている。

 しかし、個人に与えると暴走するものが出ると、時の国王は考え、クラン単位に特権を与え、その庇護下にある探索者に間接的に有利な立場を与えてきた。


「つまり、クランはそれだけの権利を与えるんだからそれ相応の見返りを求められるのよ。逆に言えば、相応の見返りを王国にもたらせないクランは権利を取り上げられるってこと」

「つ、つまり?」

「このクランは成績が悪いから取り潰されるってことよ。王国にね」


 ユーリ。就職前から首の危機である。


「まぁ、いきなり別の仕事を探せって言ってもあなたも困るでしょうから、あと一年はこのクランで過ごせばいいわ。そのうちに何か仕事を見つけなさい」


 フィーは椅子から立ち上がり、部屋の出口へと向かった。


「王都はいろんな仕事があるから、えり好みさえしなければ、職には困らないわよ。きっと」


 フィーはそう言い残して部屋から立ち去っていった。


「マジかよ。職につく前からクビとかシャレんなんないだろ」


 部屋には頭を抱えたユーリだけが残っていた。


「ユークリウスの人生、ハードモードすぎだろ」


 ユーリのつぶやきは部屋のランプだけが聞いていた。

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