第18話 最終回 狐の嫁入り

 美しく苔むした庭には凝った形の灯籠が並べられ、その横には真っ赤な顔をした家老と、似た年齢の男が二人ばかりいた。そのまわりに若い男が三人、こちらに刀を向けている。奥に弓を抱えたのが二人。そして腰の刀に手をかけているのが数人。まだ奥に幾人かと屋敷の奉公人たちもいるが、隠れて出てこない。

 見た顔もあった。昔、軍平にいいがかりをつけた笹子の取り巻きまでいる。家老の奥には郡奉行の顔が見える。気弱な部下ではなくなった軍平に向けたその顔は怖れと興奮で醜く歪んでいた。それに隠れるようにして、小太りの男がいた。額に汗もかかず、挑むような顔をしている。家老と郡奉行よりは度胸がすわっている。兵具奉行の村本だ。

 (こいつかな)軍平は「家老を焚きつけている人物」との石田の言葉をまた思い出した。

 弓組を筆頭に飛び道具を持つ連中が前に出てきた。軍平ただ一人を相手に、同士討ちを心配したくなるほどガチガチになっている。それを見ている軍平はゆっくりと首をめぐらし、人々の表情を観察した。敵意、恐怖、緊張、不安。どの顔も軍平に対する負の感情をあらわにしている。だが一人だけ、彼に気遣わしげな視線を向けている。庭に降りてきた津留だ。


 適当に暴れ、姿をくらますつもりの軍平に迷いが生じた。果たして津留をこの場に残して行ってよいものか。だが彼はわざと余裕のある口ぶりで言った。

「御家老。褒賞だとお聞きして参ったのですが、違ったようですな」

 桑田家老は自分の後方に視線を泳がせてから、口を開いた。「見苦しいぞ宇藤木。神妙にせよ」

 やはり真の黒幕は郡奉行の内山か兵具奉行の村本のどちらかのようだ。あるいは両方かも知れぬ。ことここに至ってはどうでもいい気もするが、なんらかの形で石田に観察の結果を伝えておこう。


 その時、軍平の足元に息急き切った傀儡の一隊がたどり着いた。陣屋に回った別働隊だった。

「いよう、待たせたな。ちゃあんと済ませてきたぞ。火薬はみーんなびしょ濡れだ」

 軍平が抵抗した際、投入されるはずの鉄砲隊を壊滅させてきてくれたのだ。「ああ、楽しかった。みんなカイカイ言って大騒ぎだ」

「なにしたんだ?」軍平が聞くと、

「集めてきたノミをくれてやった。相当おったぞ」

「わしは蜂だ。そりゃ世話が大変だった」

「それは手間をとらせたな」

「だから、米倉のご飯はいただいたぞ」「酒ももらった。あまり上ものではなかった。水っぽい」

「そりゃ残念だったが、たぶんここも大したことないぞ。主がケチだからな」 

 すると、げっぷをした傀儡が上機嫌で聞いた。どことなく酒くさい。

「おやかた、そろそろ逃げるのだろ」

「ああ。そうだな、そろそろな」

「じゃあ、思いっきり派手にしよう。あとで話を聞いたら誰も信じられないほどのがいい。殿さんに注進した奴がふざけるなって怒られるってのはどうだ」

 良いこと言うじゃないか、と軍平は思った。

「なかなかの軍師だ、おまえたち」

 なにをブツクサ言っておる、と桑田家老が口をはさんだ。

「こやつ、気が触れておるな」


 彼の援軍が見えない桑田は、あらためて背中をそっくりかえらせると、軍平がひそかに笹子と組んで今の事態を招いたと弾劾した。そして、彼こそがお家簒奪をねらう大悪人であると、その根拠を列挙しはじめた。もちろん、すべて根拠のないでっち上げである。論は粗雑だし、周囲の連中だって誰も信じていないのは聞かずともわかる。いちいち反論するのが面倒になった軍平は、

「御家老」

「なんだ」

「おだまりなされ」軍平の威厳ある言葉に押され、家老は押し黙った。それを見て兵具奉行が口を開きかけたが、軍平の視線に気づき、顔を伏せた。

 いつの間にか、話し方まで祖父によく似てきたのを自覚した。 

 祖父ならこんな時は、どうしたのだろう。

 軍平は空を見上げた。青く冴えわたりずいぶん遠くまで見渡せる。

 「う、うとうぎ、その方」ごにょごにょと奉行たちと密談していた家老がまた何か言おうとした。だが、軍平が視線を戻すと二、三歩後ずさりした。このあたりもますます祖父に似てきた気がする。


 だが、ふいに軍平は父を思った。おれは、親父様には似てないのかな。

 小さな頃は、おしゃれで遊び好きな父が嫌いではなかった。立派過ぎた祖父への反抗か、軽薄な女好きの顔ばかり息子に見せていた。普段は飽きずにくだらない冗談を口にし、こまごまとした身の回り品を買ったり、酒のつまみを選ぶのも大好きだった。祖父とはまったく異なる享楽的な暮らしを楽しみ、いくら酒の上での失敗を繰り返しても、亡くなる直前まで気楽そうに過ごしていた。

 ただ時折、ぼんやり物憂い表情をする父に、軍平は気がついていた。

 飲み代の工面を思案中なのだろうと内心を測りもしなかったが、もっと根源的な悩みを抱えていたかも知れないと今になって思う。父は何を悲しんでいたのだろう。祖父に奪われたとされる記憶だろうか。本当は父だって、家も家族もすっかり捨て、どこか遠くに行きたかったのではないか。生まれのくびきを誰よりも悲しんでいたのではないか。もっと話を聞いておけばよかった。


 動きのとまった軍平に、得物を持った連中が間合いをつめてきた。

「それ、放て」弦の音がして矢が二すじ、飛んで来た。軍平は片手を振って二本ともつかみとった。一瞬、怒りの眼を弓手に向けたが、どちらもまだ十五、六の少年だった。彼は怯えた顔に向かって「ばか」とだけ言った。

 矢をどうしよう、と思って手元を見た。矢を反転させ桑田家老を射抜くことを考えたが、やっぱりやめた。「変化」を選ぶと、矢は大きな蜻蛉になって空高く飛んで行った。


「おのれ、おのれ、飯綱使いであったか」

 家老がかすれ声で叫んだが、周囲は小さく悲鳴を上げただけだった。津留はじっと蜻蛉に視線を注いでいた。恐怖の感情はなさそうだ。

「よし、派手に行くぞ」

 軍平は指を唇にあて、覚えたばかりの風を呼ぶ呪文をとなえはじめた。

 周囲で風が巻き起こりはじめた。庭にゆったりした気流が生まれ、速さを増していく。空のどこかで雷が鳴った。傀儡たちが万歳をとなえた。   

  屋敷にいる人々は急な怪異に怯え、不安げに顔を見合わせている。考えると、軍平を取り囲んでいるのは数日前までの彼とおなじく、ただ気弱でこずるい人の群れだ。雄々しく立ち向かってくるわけがない。


 家の上空に大きく風が巻き始めた。見上げて確かめた軍平の耳に、

「おいおい若いの。手伝ってはいかんか」と声が届いた。祖父とも仲良しであった火の精からだった。よく、暗い夜道を照らしてくれたらしい。

 「ならば、驚かすのだけを頼みます。人は殺したくない」

 「よしよし、盛大に驚かせてやろう」

 地面から上空にかけて無数の炎があがり、風に揺れはじめた。奉公人たちが「鬼火じゃあ」「恐ろしや」と口々に騒ぎ立てた。だが、火事を起こし屋敷を焼き尽くすのは、やめることにした。

 甘いのかもしれないが、彼の好みではない。逃れようとした人々を武士たちが止めようとして、揉み合いがはじまった。落ち着けと奉行たちが悲鳴のような指示をして、狸家老は、逆らうことは許さんと見当違いの雄叫びをあげている。


 軍平は、また祖父を思った。

 彼はこんな連中に囲まれながらも妖術を生涯隠し、国に尽くしたのだ。

 心の中の祖父に、「我慢の足らぬ孫をお許し下され」と語りかけると、

 ―― わしはただ、殿が哀れでならなかっただけ。気になど病むな。

 そういった声が聞こえたような気がして、彼はひとり微笑んだ。

 顔を上げると、津留と目が合った。軍平は彼女に手を差し伸べてしまった。

 すると津留は迷いなく前に出て、彼の手に手を重ねようと近づいてきた。

 次の瞬間、「津留、おまえっ」悲鳴のような男の声がした。


 津留の父親だった。桑田家老の顔に喜色が浮かんだ。

「おお山岡、ちょうどよい。なんとかせよ、娘に宇藤木を止めさせろ。なんならこの場で腹を切らせろ。あれならできよう」

「いいえ、無理にございます」津留の父ははっきり断った。

「この娘は脅しても泣きついても、いささかも言うことを聞きませぬ。鋼のようにこわい女。我が娘ながら考えが読めぬ。狐でも憑いているとしか思えない」


 父親にそこまで言われても、津留の表情は変わらなかった。 

 山岡は津留に、「なぜそれほど、お前は可愛げがないのだ」と直に呼びかけた。「どれだけ頼んでも聞く耳をもたず、母や弟たちがすがりついても妥協ひとつせぬ。ようやくここに来てくれたと思ったらこの始末。何様のつもりだ。いかに我がままを通そうとしても、結局のところ大勢には従わざるをえぬのだぞ。これでもう、わしはおしまいだ」

 父親の泣き落としにも、津留の表情に変化はない。

「お前に思いやりはないのか。お前に恐れはないのか。それほど怖いものなしでいられるとは、人として何かが欠けている。頭がおかしいのか、それともやはり狐か」


「それは」やっと津留が口をひらいた。「わたくしが知っていたからです」

「なんだと」

「そう。知っていたのです」

 彼女は繰り返した。

「わたくしは知っていました。必ずや宇藤木様が戻ってこられ、あの不思議の力で間違った運命から救い出してくださると。だから、恐れる理由などなにひとつありませんでした」

 津留の顔はこの場にそぐわぬほど平静で、見開かれた目に涙は一片もみあたらなかった。彼女はうなずいた。

「そう。知っていたのです」だが、繰り返す津留の唇はわずかに震えていた。


 軍平に、自分の心違いがはじめて理解できた。

 耐えていたのは自分だけではなかった。津留は剣術も妖術も持たぬのに、あの無表情にすべてを隠し、たった一人で孤独と恐怖にじっと耐えてきたのだ。祖父の死によってずれた歯車が、いつか元に戻ると信じて。

「津留どの、これへ」軍平が呼びかけると、津留はすました顔でうなずき、いそいそと彼の横にならんだ。

「二度と里へは戻れぬが、よろしいか」

「とっくに戻れませぬ。先ほど湯をかけたのは、いまは許婚とされている男」

「なんと」

「かまいませぬ」津留は言った。「あれはおなごを見下す男。思えば、わたくしを呼んだのも彼の者の入れ知恵にございましょう。それに湯浴みを嫌うたちらしく、家に来ておれば臭いでわかるほどでした。これでせいせいしました。女を買うのも好きなようで、まさか軍平様はそのようなことはありますまいな」

「ありませぬ、そんなこと」

「よろしい」津留は満足した表情になった。「くだらない人の噂ばかりのこの国に、うんざりしておりました。これからどこかへ連れて行ってくださるのでしょう、願わくば少しでも遠くへ」


「あいわかった」気流がゆったりと二人を囲んだと思うと、徐々に激しく渦を巻きはじめた。次第に雲海のように二人の姿を覆っていく。

 軍平が見上げると、空に恐ろしく大きな鳶が集まって輪を描いていた。それに気づき、庭に残っていた人々が怯え、また口々に騒ぎはじめた。

 軍平はちょっとの間考え、船大工の守り手というのに頼んだ。ここだと言う風に片手を空にあげると、どこからか舟と板切れが次々に飛んできて、彼らの目の前でいったんバラバラになったのち、ふたたび形をつくった。ごく小さいが、海にも出られそうながっしりした船だった。

「まあ」驚くより、興味深げな顔で津留は見た。

「とりあえず、お乗りください。中はのちほど手直しいたします。ひとまずどこか湖か穏やかな海にでも出ようかと」

「舟あそびは久しぶりです」


「そら遅れるな」傀儡たちがわらわらと駆け寄り、軍平たちに飛びついた。首から下げた厨子に戻ったり、船に直接かけ乗るのもいたが、何体かは津留が差し伸べた手のひらに乗って上機嫌になった。そして、「これからはこのお方をおかしらと呼ぶべし」と気勢をあげた。

「誰か、謀反人をつかまえよ」家老が一人叫ぶが、人々は怯えるばかりだった。たまたま軍平が顔を向けたら、腰を抜かしたのまでいた。

「では」軍平が地面に手を差し出して呪文を唱えると、今度は地響きが轟きはじめた。突然に地面が割れ、そこから水が吹き出てきた。

 飛び散った水に触れた津留の父が、「あ、熱っ」と悲鳴をあげた。「湯だ」

 凝ったつくりの家老の庭のあちこちで湯が噴き出しはじめた。風はまだ吹き荒れているし、温泉が湧き出るしで、すっかりひどいことになってしまった。


 吹き出した湯に庭の大半が浸ってしまい、家老やその部下たちは軍平を忘れて屋内に逃げ込んだ。すると今度はどこからか迷い込んだ狸とイノシシの一家が家の中を駆け回り、また逃げる羽目になった。

 湯の上に舟を浮かべた軍平と津留を迎えに、二十羽を超える大鳶が空から降りて来た。傀儡たちはせっせと透明の糸のようなものを空中の鳶に向かって投げかけ、舟とつないだ。糸は風の中をまっすぐ飛び、うまく鳶の脚にくっついた。それやれ、それいけと傀儡たちがはしゃいでいる。雲が船体にまとわりつき、気流が船をそっくり空に押し上げはじめたのを、幾人かが口を開けて見送った。

「忘れ物はありませんか」軍平が尋ねると、津留は答えた。

「男がそのような未練を口にするものではありませぬ」

「よし」傀儡どもが二人に糸を結び終わると地上に突風が吹き、二人と傀儡を乗せた船は軽々と空高く舞い上がった。上空の気流に乗ると大鳶たちがそれを引っ張っていく。

 そして、船の飛び上がったあとから強い雨が地上に降り注いだと思うと、それはいつしか霧雨となって、天に美しい虹を描いた。


 光と風を受けつつ青空を楽しむ様子だった津留が、「いつか役に立つこともあろうかと、祖父の縁を頼り岡田東斎様と小松良庵様の教えを受けておりましたが」と話をはじめ、軍平の目を白黒させた。どちらも名高い医師であり、岡田は漢方医、小松は蘭学医だった。特に父親の手伝いをしている岡田の長女には親切にされたが、最近は家族からの監視が厳しくなり、思うように指導を受けられなかったのだという。

「せめて、簡単な薬の調合などこの手で行えるようになれば、あなた様の手伝いもできるかと思います」

「そう、いったんどこかに落ち着き、人のためになることをはじめるのも良いかも知れません。しかし、さむらいでなくなるのは構いませんか」

「わたくしはいっこうに。そろそろ、世の中の方が変わりそうです。これは兵部様が私に言い遺されたお言葉でした」

「祖父がそんなことを」

 語り合う二人を乗せて、船は白い雲の海へと飛び去っていった。


 桑田邸の異変に近所の住人たちも気がついていたが、その前の物々しい雰囲気を恐れ遠巻きにしていた。急に静かになったのを感じ取った男がひとり、勇気を出して足を踏み入れた。出入りの呉服屋の手代である。

 塀の中へと入ると、手代は目を疑った。家老自慢の庭が湯気の立つ大きな沼と化していた。もっと驚いたのは、狸とイノシシの一家が我が物顔で湯に浸かっていたことだ。狸たちの中に一頭、毛の少ない大狸がいたような気もしたが、湯気に隠れてよくわからなかった。

 人間たちもいるにはいた。彼らはわずかに残った床の上に畳を積み上げ、ひとかたまりになってへたり込んでいた。だが、十人を超える男たちは、なぜか一切の武装を失っていた。おまけに、そろって頭頂にあるはずの髷がない。そのせいか老いも若いもしょんぼりとうつむき黙っている。手代の姿にも反応はなかった。

 水浸りのない場所を探しつつ手代が屋内へ進むと、まだ笠も脱いでいない旅装の男が三人、桑田邸の深くに入り込んでいるのに出くわした。


 彼らは惨状に驚きながらも手代と同様、濡れていない奥の部屋を調べて回っている。そして家老の居室らしき部屋を見つけると飛び込み、てきぱき書状や書類を引っ張り出しては、持参の風呂敷と行李がぱんぱんになるまで詰めていった。

「あの、失礼ですがどちら様で……。それと、いったいこれは……」

 我慢できなくなって手代が聞くと、三人はそろって日焼けした顔を向けた。二人は鋭い目線を向けつつ黙っていたが、年配の男だけが、

「そう、さるお方から直々にご用を承った者、とでも思ってくれ」と自己紹介した。「わしらにも事情はわからぬ。どうすれば良いのかも、見当もつかんな」

 彼らの目つきと、言葉とはうらはらに迷いなく探し物をするその動きに、だいたいを察した手代は、頭を下げてそそくさとその場を離れた。

 店に戻って主人に、つけの清算について相談しなければならない。この家の主人はけちなうえ、高級武士のくせに支払いの段になって値切る悪癖があり上客とは言い難かった。まだ少し未払い金が残っているはずだ。無事な什器類でも差し押さえるべきかもしれない、などと考えつつ、被害の少ない裏口を探し、そっと外へ出ようとした手代は、隅に身なり卑しからぬ中年の武家がへたり込んでいるのに気がついた。


「どうされました」手代が尋ねると、「津留が飛んで行ってしまった」と、繰り返している。鶴の飛来には季節外れだし、さっきの騒ぎで頭でも打ったのかもしれない。気の毒に思った手代が「水でもお持ちしましょうか」と言うと、「それはわたくしが」と、外から回ってきたらしい若い女が近づいてきた。女は、自分はこの武家の奉公人であり、間も無く迎えがくる手筈だと説明した。

「くめ」どこかから水の入った碗を運んできた若い女に、男が言った。「お前、いままでどこに」

「お見送りをしてまいりました」

「みおくり……」

「はい。津留お嬢様の」くめは微笑みながら、手紙らしきものをそっと袂に隠した。それに気づかず、山岡はがっくり首を落とした。「あんな朗らかな娘を見るのは産みの母の生きていた時以来。もしや亡者に囚われたか。いやどう考えても狐憑きだ」などとぶつぶつ言いながら、頭を抱え小さく丸まってしまった。

 くめは、すまし顔のまま主人の情けない姿を眺めていたが、「これからはきっと、毎日朗らかに過ごされるでしょう」と、小さくつぶやいた。


 ひとり晴れ晴れしたくめの様子が気になった手代が聞いた。

「ここはひどい有様ですが、あなたとそのお嬢様に限っては、なんぞ良いことがおありだったので」

「ええ」くめは深くうなずいた。「ようやく、長い間の夢をかなえられました。お嬢様とわたしにとって、今日の日は、ほんにめでたい狐の嫁入り」

 そう言ってくめは空を見上げ、満面に笑みを浮かべた。青い空には、美しい虹の橋がかかっていた。

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謀反人・軍平の妖術 布留 洋一朗 @furu123

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