第6話 打ち上げ

――時刻は夕方になった。


僕達午前中メンバーは、夕方から出勤するメンバーと交代し、この日の仕事は無事に終了した。


紹介はしていないが、この店は無論、僕ら六人のバイトで成り立っている訳ではない。


夕方からのシフトの人達も、僕ら同様に研修を受けていた。


ただ行っていた時間帯が違うだけである。


分かっているのは、夕方メンバーは高校生や大学生が多いという事だけ。

名前も特に知らない。


まぁ、今の所これといった関わり合いがある訳じゃないから、これ以上の説明はなしだ。


来てくれていたヘルプの人達と店長に、お疲れ様でしたと挨拶を告げ、僕達は店を出た。


「皆で打ち上げやろーぜー!!」


店から出て早々、メッシがハイテンションでそう言った。


やっぱりか。

来ると思ってたよ、この展開。


今日は仕事だけでなく、音筆とも色々あって疲れたから、早く家に帰ってゆっくりしたいのに……


今日が最初で最後のバイトの日だと思ってやってたから、疲労感がはんぱないわ。


結局は辞めないという形で落ち着いた訳だけどさ。


「どこ行く?やっぱカラオケとか?」

メッシはノリノリである。


まだ誰も行くとは言ってないぞ。



そこで反応したのは、やっぱりこの人。


「いや、居酒屋でしょ!!」

石津さんである。


確かに飲み屋は鉄板だよな。

だけど……


「でも郡山さんは未成年だからさ」

僕の代わりにメッシがツッコむ。


「じゃあ家来る?僕、一人暮らしだし。それなら皆、酒飲めるでしょ」


いやいや!そういう問題じゃないから!!

それでも夢には飲ませないからね?


――ていうか、こう言うのも失礼だけど、石津さんの部屋ってなんか汚そうなイメージがあるんだよな。


平気でゴミがそこいらに散らばってたり、Gがカサカサッと出て来たり……



あくまでも僕の勝手な偏見にすぎないんだけどさ。

とにかく今日だけは行きたくない。


空気読めない奴だと思われてもいいから、僕は断ろう。



「いやぁ~、僕はちょっと今日は……」


と、皆に聞こえる様に言って後退りした。



「水崎来ないのかよー?ノリわりぃぞー?」


メッシが繁繁と言う。



「あはは、ごめん。皆は楽しんで来てよ。じゃっ」



よし!よく言ったぞ僕!!


空気読めない男、略して空気読め男(くうきよめお)とでも呼べばいいさ。


僕はあくまでもマイペースでいきたいんだ。



――帰ろうとした時だった。

ここで思わぬ連鎖反応が起こった。


「水崎が行かないんなら、私も帰ろーっと」


音筆がそう言い出したのだ。


「私も、目依斗さんが行かないならやめておきます」


「夢もー」



僕が言い出したのをきっかけに、音筆、空乃、夢と順番に僕の言葉に乗っかってきたのだ。


おいおいお前ら……

いくら石津さんの家に行きたくないからって、僕を理由にするなよ。

自分からは言いだしにくいからってさ。


「ちょっ、ちょっと待て!僕が行かなくったって関係ないだろ!?僕の事は気にしなくていいからさ。皆は打ち上げやってきてよ」


「はぁ!?関係あるでしょ!?」


いや、ねーーよ!

いいからもう、僕の事は放っておいてくれよ!

帰らせてくれよ!!


疲れたんだよ!腹も減ったんだよ!


「モテモテじゃねーか!」

メッシがからかう様に笑う。


どこがだよ!



背後から石津さんが近付いてきていた事に気付いていなかった僕は、肩をポンと叩かれて、それに気付いた。


「うぉっ!?石津さん!」


無駄に顔が近い!!



「勿論水崎君も来るよね?」


一見ニコニコしながら言っている様に見えるが、僕には裏の顔と台詞が見えるし聞こえる。


この人、えげつねぇー。



「分かりました……行きますよ」



「みんなー!!水崎君も行くってさー!!」


半分脅しじゃねーか!



……ったく。

音筆の奴が最初に余計な事言ってくれるから……


それから僕達は、石津さんを先頭にしてコンビニへと向かっていた。


石津さん家に行く前に、まずは買い出しって奴だ。


僕はあまり団体で歩くのが好きじゃないので、一番後ろの方でのんびりと皆に付いて行くといった感じで。




――あれから随分と暖かくなったよなー。もう鈴虫的な虫の鳴き声が聞こえてくる。



この位の夕暮れどきに歩くってのも乙なもんで良いよなぁー。

癒されるっていうかさぁ。


「ねぇ、アンタってお酒飲めんの?」


「今夜は飲むどー!」



あぁ……うるさい。

せっかく人が感傷に浸っていたというのに。



両脇から音筆と夢が話し掛けてくる。



「お前こそ飲めんのかよ?せいぜいコンビニの店員さんに年齢を聞かれない様に気を付けるんだな」


「はぁ!?童顔って言いたい訳!?私だってお酒位、飲めるんだからね!飲んだ事ないけど!!」



飲んだ事ないんかーい。

なんでそんなに偉そうなんだよ!


「そして夢!お前、年齢はいくつだ?」


「20歳」


「悪びれもなく堂々と嘘をつくんじゃねぇ!!18歳だろ!!門限とか平気なのか?」


「もぅ~。目依斗ったら女の子に年齢を聞くなんて……失礼だぞっ☆」



あぁあぁあーー!!

やかましい!!


もぅ本当にどっか行ってろよお前ら!

何で僕にまとわりつくんだよ!


空乃はメッシと相変わらず良い感じになって歩いてるけど……


ていうか傍から見たら、完璧にカップルに見えてるけど……



石津さんを見てみろ!!

一人ぼっちで歩いているじゃあーねぇか!!


さっきからチラチラ僕の方を見てきてるんだよ!!


音筆まで何で僕の方にいるんだ!って顔してんだよ!!



石津さんに気を遣う訳じゃないけど、僕も一人で歩きたいし。



「あっ、ちょっと靴ひもが解けたみたいだから先行ってていいよ」


――……フッ。


これでどうだ。

後はちまちま靴ひもを結んでから行けば完璧だ。


しゃがんで靴ひもを結びだす僕。



「夢ちゃんはまだ早いでしょー」


「琴ちんだって、まだ見た目未成年じゃないのさー」



いや、お前ら人の話聞けよ!

何で僕と一緒に立ち止まってんだよ!

つーか、人の頭上で話し込むのをやめろ。


こうなったら……


――しゃあっ!!


靴ひもを結び終えた僕は、そのままクラウチングスタートをきって、一目散に走りだした。



あっという間に石津さんまでも抜き去って、コンビニまで駆け抜けていったのだった。



夢の奴……

皆の為に一肌脱ぐとか言っておきながら……


僕の方が必死になってんじゃねぇか。


コンビニに着いたら、少し話し合う必要がありそうだな。



コンビニで皆が入って来るのを立ち読みしながら待っていた僕。


「アンタこんなとこで何してんのよ」


しばらくしてから音筆が入って来た。



「お、やっと来たか」


読んでいた雑誌を棚に戻す。


「あれ?皆は?」



「皆はもう一軒先のコンビニよ!夢ちゃんからのRine見てない訳!?」


「えっ、まじで!?」


慌ててスマホを見てみると、確かに夢からRineと着信が入っていた。


雑誌を読むのに夢中で、全然気が付かなかった。


「でも、何でお前がここにいるんだ?」


「はぁ!?わざわざ私が迎えに来てあげたってのに、何その言い草!?」


「いや、違う。何で僕がこっちのコンビニにいるって分かったんだって事」


「そんなの向こうのコンビニにいなかったからに決まってんでしょ!?この辺りのコンビニは、二つしかないんだから」


「それで、わざわざ迎えに来てくれたのか」


「どっかのバカがいきなり走って行っちゃうもんだからさ~。電話も出ないし~」


意地悪く言う音筆。


「ご、ごめん」



僕とした事が……

当たり前の様にこっちのコンビニに来ちゃったけど、考えてみたら石津さん家の近くのコンビニに寄るに決まってるよな。


石津さん家が何処にあるかも知らなかった訳だし。



でも、そこは夢が僕の事を迎えに来るべきだったんじゃないか?



これじゃあ意味ねーーよ。


自分が間違えたくせに偉そうな僕だった。



――今いたコンビニを出て、もう一軒のコンビニに向かう僕達。



「今度は急に走りださないでよね」


「今走ってもしょうがねーよ」



何でこんな事に……



「ていうか、私にもRine教えてよ」


「えっ、あぁ……別にいいけど」



――なんて、平然を装っちゃいるけど心の中では……



イエスッ!イエスッ!!

あばばばばば!!


女の子のRine二件目ゲットだぜっ!!

という、やましい心でいっぱいだった。



「……何ニヤニヤしてんの?」


「ニヤニヤなんてしてません。僕に煩悩なんてありません」



「……?まぁ、いいけど……」



「お前の方こそニヤニヤしてない?」


「はぁ!?バッカじゃないの!?何で私がニヤニヤなんてする訳!?バッカじゃないの!?」


「一度で二回もバカって言うなよ」


「ばーかばーかばーかばーか!!」


「子供か!!」


「いっぱいばーか!!」


「あー、うるせー」



あはははっと笑っている音筆。


何がしたいんだコイツは。

でも少しばかり僕への対応が優しくなってる気もする。


「そういえば、音筆は門限とか大丈夫なのか?」


「うん。家、両親二人共留守にしてるから」


「へー、そっか」


「アンタの所は?」


「家も今日はいないから。まぁ、居たとしても門限はないけど」


今日はっていうか、しばらくはいないんだけどね。


「ふーん、アンタも色々大変なんだ」


「まぁな」



「……ところでさ」


「何?」



「――どうして空乃ちゃんはアンタの事、目依斗さんって呼んでんの?」




……僕があまり触れられたくない部分を簡単に聞いてきやがって。


「――さぁな。僕にも分からん。空乃に聞いてみたらいいんじゃないか?」


「そうね、そうするわ」


そんな話をしている内に、もう一軒のコンビニに着いた。


意外と近いじゃん。

コンビニの外では皆が待ってくれている。



「もう、二人共遅いよー!待ちくたびれ過ぎて、待ちくたびれちゃったよー!」


夢がブーブー文句を言っている。



「ごめんごめん」


皆に軽く謝罪をした。


「音筆さんと水崎君の分も適当に買っておいたから、もう行こうぜ。勿論後で割り勘ね」


と石津さん。



あれ?音筆の事については何も言ってこないのかな?


とか思っていると、案の定石津さんに手招きされてしまった。


やっぱりか……


「なんすか?」


「水崎君……」


「……はい」


「音筆ちゃん……」



――ゴクリ。



「音筆ちゃんも可愛いけど、郡山ちゃんも可愛いなー!」


「へ……?」


「いやぁー、話してみると結構いい子だし。それに何より……」


「はぁ」


「スク水を着せてみたい!!」


急に何言ってんだこの人!


「ちょっと……!石津さん声が大きいですって!」



「あぁ、スマン。つい興奮しちゃった」



歩きながら後ろを振り向いてみる。


音筆と夢は一番後ろにいるから、聞こえてないなきっと。


空乃とメッシは……


アカン!!

めっちゃこっち見とる!!


違うんや!僕は無実なんや!!


「まぁ水崎君。話を戻すけど」


戻しちゃうんだ!?



でもね……


「それは分かります!石津さん!」


「おぉ!分かってくれるか!」



確かに僕も思ってた訳ですよ。

あの貧乳にはスク水だろってね。


「男のロマンですよね!」


「だよね!!」



変な所で意気投合してしまった僕達だった。



「ここが僕の家だよ」


石津さんにそう言われて見上げてみると、そこは結構高級そうなマンションだった。



「僕の部屋は一階だから」


その言葉に従う様に皆で後をついていく。


「まぁ何もないけど入ってよ」


部屋の前に着いて、僕達を招き入れる石津さん。



――どうか僕の想像とは違ってます様に……



「……お邪魔しまーす」


恐る恐る中に足を踏み入れる。


意外な事に、部屋へと続く廊下は綺麗に整頓されていた。


というよりは何もない殺風景といった感じだった。



なんだ……良かった。


石津さんって意外にも綺麗好きだったんだな。


僕ってば、勝手に失礼な事を考えていたみたいだ。


石津さん、すまなかった。

と心の中で詫びを入れた僕だった。


「適当なとこ座ってくつろいでくれーい」


廊下から真っ直ぐ進んだ所にある部屋の扉を開け、パソコンデスクの前にある椅子に腰掛けて石津さんはそう言った。


その後からぞろぞろと入っていく僕達。



「――!!?」


誰もが声にならずに驚いた。



こ……これは。



「何これ何これ!?うわぁーー!!テンション上がるーー!!!」


そんな中、驚く僕達を尻目に、一人だけ興奮している奴がいた。


「これ初回限定版のプレミアムエディションが付いてる奴じゃん!!」


「あっ!!こっちには今じゃなかなか手に入れる事が出来ない旧式の奴が!!」


「ぬおっ!!?これは最近出たばかりの!!!」



いつにもましてハイテンションな夢。


部屋を飛び回り、あちこちの棚を物色している。



その様子を、ハッハッハ!凄いだろう!と言わんばかりの得意気な顔で眺めている石津さん。



――そうなのだ。

僕達が何に驚いたのかというと、こういう事なのだ。


壁には何やらアニメの様なポスターがビッシリ貼ってあり、いくつか置いてある棚には、よく分からないフィギュアが飾ってあったり、エロゲーと思われる物が収納されていたり。


ベッドの上には、美少女のキャラクターの服がはだけている姿の抱き枕が置いてあったり。


そりゃもう、オタク一色で染まっちまっている様な部屋だった。


音筆と空乃は、ベッドにあった抱き枕に気が付いたのか、恥ずかしそうに俯いちまってるし。


メッシは、ただただ圧倒されてしまい、ポカーンとしているしで、どうしろって言うんだこの状況。


「いいなぁ~、石津ちん~」


「貸してあげようか?」


「えっ!?いいの!!?」


「なんなら今やってみる?」


「やるやるやる!!!」



「アホか!!!」

とりあえずツッコみを入れる。



「冗談だよ~」

「冗談だよ~」


と二人してにやけた顔で、手を横に振りながらそう言ってくる。



コイツら……!



「とりあえず飲もうか!」


放心状態から立ち直ったのか、メッシが仕切りだしてきた。



そのまま上手い具合に女の子達を誘導し、それぞれが気になっているという事になっている女の子の隣に僕達を座らせた。


さすがにメッシは手慣れてるなぁと、つい感心してしまう。


念のために説明しておくと、音筆石津、空乃メッシ、僕夢、という組み合わせの席順だ。


「それじゃあ今日という日を祝して、かんぱ~い!!」


――メッシのその言葉を元に、悪夢の飲み会が始まったのだった。


とはいったものの――実は僕ってば、お酒ってあんまり好きじゃなかったりするんだよね。


決して飲めない訳じゃないんだよ?

どっちかというと強い方だと思う。


ただあまり好きじゃない――それだけ。


だってさ、あんなに苦味があるビールとかよりも、どう考えたってジュースの方が旨くない?


あの炭酸がいいんだよ!

というのならサイダーを飲めばいいし。


あの苦味がいいんだよ!

というのならゴーヤでもかじっていればいいじゃないか。



でもまぁ

酔いたいんだけど……


っていう人は素直にビールを飲んでください。


これ、目依斗お兄さんからの忠告ね。


とか何とか、ほざいておきながらビールを口にする。


まっっず!!

やっぱり旨くないわ。


「じゃあ夢もいただきますかな……」


そう言ってビールを口にしようとする夢から缶を取り上げ


「お前はこれな」

とオレンジジュースを差し出した。



「何すんのさ!しかもオレンジジュースって!お子ちゃまの定番じゃないのさ!!」


「甘いな。この僕がただのオレンジジュースを出すと思うのか?」


「……というと?」


「果汁100パーセントだ!」


「それも定番だよ!!」

しかも実際は果汁5パーだしな。


容赦なくツッコんでくる夢。

だがな、これは想定内なんだよ。



「そう言うと思ってな。ほれ、これを飲んでみなさい」


そう言って、一緒に買ってあった紙コップに飲み物を注ぎ、夢に手渡した。


「分かった」


僕に言われるがままに、その飲み物を口にする夢。


コイツはこういう素直な所が、可愛いんだよな。



「こ、これは……?」


「分かってもらえたか」


「……うん?……うん、うん……分かった」



絶対分かった振りしてるよコイツ。


「そうだ。お前が思っている通り、若干のアルコールが……」


「入ってるよね!!」


分かってたよと言わんばかりに、僕の声を遮る夢。



「いや、入っていると見せかけて果汁7パーセントのリンゴジュースだ」


「騙したな!!」


おもしれぇコイツ。


「子供扱いすんなっ!!」


そう言って僕のビールを奪い取り、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲みだした。


別に子供扱いしている訳じゃないんだけどね。見た目で言ったら僕よりも大人っぽいし。


そして意外にもいい飲みっぷりだった。


でもさ……



「間接キッスだよな、それ」


――ブフェッフッゥ!!!


「ゲホゲホッ!!」


盛大に口からビールを噴射し、咳き込んでむせる夢。


「――中学生か!!」



いや、だって僕ってこう見えてピュアだから。そりゃもうピュアピュアだから。


女の子が、僕の口にした物を口にするなんて機会、今まで生きてきた中で一度もなかったし。



「生きてて良かった!」


決め顔のスマイルで親指をグッと立てながら、そう言い返す僕。



「か――返すっ……!!」


赤面した顔でびしょびしょに濡れた紙コップを手渡してくる。


――いや、あの……返すって言われても……


このビールを飲めと言うんですか夢さん?


恐らく、というか、確実に、中に唾液的な物体、もしくは一度口に含んだビールが入ってしまっていると思うんだが……。


周りもびしょびしょだし。


ここで勘違いしないで欲しい。

未成年にビール飲ませてんじゃねーよ!と思われているだろうが、取られることも見越して僕はノンアルコールを飲んでいた訳ですよ。


夢なんか特に違いなんか分からないだろうしな。僕の作戦勝ち。


「とりあえずほら」


そう言って僕はポケットからハンカチを取り出し、夢の口にそっと――


と思ったが、生憎僕はハンカチを持ち合わせていなかったので、代わりにティッシュを手渡した。


「……ありがと」


――ヂィーーンッッ!!



あ、鼻かむんだ。


口の周りを拭けよって意味だったんだけど。


「もういいよ!勝手に飲むから!」


とテーブルの上に置いてあった袋の中から、ジュースの様なお酒を取り出し飲み始めた。


最初からそうすりゃよかったのに。アホな奴だな。

でも残念、それもノンアルです。

今日の僕は未成年の夢に本物を飲ませないように必死な訳ですよ。


まぁ、今のは完全に運任せだったんだが結果オーライ。夢の事も考えて、そこそこノンアルも買っておいてくれたらしい。当然、それ以外だったら有無も言わさず奪い取ってるけどね。


ジュースを飲むかの如くゴクゴクと一気に飲んでいく夢。


その様子を眺めながら、僕は夢に聞いてみた。


「なぁ、お酒って旨い?」


プハァーと飲み干し、一言。


「おいずい!!」


「何それ!どっち!?」



おいしいの?まずいの?



「ていうかお前、一気に飲んで大丈夫なのかよ?急性アルコール中毒とか気を付けろよ?」



「はいふぁ~い!」



分かってんの?本当に。

まぁ酔う訳ないんだけど。


それに、なんか呂律まわらなくなってきてないか?

思い込みって怖いな。


――まぁいい。

ひとまず、夢の事は放置だ。


僕はこれからポテチを食べる作業に集中させてもらう。

何故かって?


腹ペコだからさ。それ以上でも、それ以下でもない。


本当はご飯が食べたいんだが、買ってきた袋を見てみると、食べられそうな物はお菓子しか入っていない。


せめて、おにぎりかカップ麺位買っておいてくれてもいいのに。


なんか、飴とか酢昆布とかガムとか入ってるし。



一体誰が何目的で買ったんだよ。つまみにもならんだろ。



――バリバリ


まったく……

皆は腹減ってないのか?


――バリバリ


ていうか、なんでツーショット会話なんだ?


――バリバリ


いくら皆が気になってるからって、女の子と二人きりで話さなくてもいいんじゃないか?


――バリバリ


飲み会ってもんは、もっと皆でワイワイ盛り上がるもんなんじゃないの?


――バリバリ


まぁ、飲み会なんてやったの初めてだから、よくは知らんけども。


――バリバリ




――バチーンッッ!!!


「いだぁあぁああう!!!」


突如、ポテチを食べながら考え事をしていた僕の左手に激痛が走った。


慌てて左手を見てみると、若干赤くなっている。



えっ!?何何!?

何が起きたの!?


ふっと夢の方を見てみると、黙々とお酒(ノンアル)を飲んでいる。


空乃とメッシは――楽しそうに会話をしている。



音筆と石津さんは――なんか石津さんのセクハラトークが聞こえてくるが、とりあえずは問題なさそうだ。



……となると。



何だろ?分かんない。



まぁいいや。気にせずポテチ食おう。


――バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ




――バチーンッッ!!!



「ほぉおぉおう!!!」



痛いなチクショウ!!

同じ場所だよ!!


また左手を見てみると、更に赤くなっている。


何これ、恐い。



――が、今度は近くに輪ゴムが落ちているのを見つけた。



……なるほど。

そういう事か。



僕はジーッと夢を見つめた。


相変わらず、黙々とお酒(ノンアル)を飲んでいる。


「……あれ?輪ゴム?あれ?」


夢に聞こえるように、わざとらしくそう言いながら、もう一度見つめる。




「……プス……プス……クプ……クププ」



「犯人確定!逮捕!!」



とうとう笑いを堪えきれなくなった夢が、声を上げて笑いだした。



「やっぱお前か!!」


「だって……フフッ……ポテチの……フフ……音が……うるフフフいんだもん!」



「どういう意味!?うるフフフいって言ったよ!!?今!!」


「う~るふふふぅ~~!!!」


アカン、コイツ場の雰囲気に流されて酔ってきとる。

ノンアルでも思い込みで酔うんだな。

いい勉強になったよ。


「め~と~○Xゲームやろぉよぉ~○Xゲーム~」


「○Xゲーム!?紙とペンなんて持ってないぞ?」


「だいじょ~ぶ~……フフ。空に書くからぁ~。はい、次はめ~とね~」


そう言って前に人差し指を突き出して、空中に何か書きはじめる夢。


「ごめん、まったく意味が分からないんだけど」


「さんかくっ!!」


「○Xゲームなのに!?」


「アハハハハハ」



本当に大丈夫かコイツ?



「あぁ~~あつい~~。脱ごっ!」


「ちょ、ちょっと待て!!それはアカン!!」


今にも服を脱ぎだそうとしている夢を必死で止める。


「え~!なんで~!あつい、あつい~~!」


「子供か!!」


「じゃあ脱がせて」


「えっ!?」


「め~とが脱がせてよぉ~!」



「いいの!!?」


ちょっとだけ本気な僕。



夢の奴、酔いが入ったせいか少し色っぽく見える。

言動は子供そのものだけど。


ヤバイ……ドキドキしてきた。


「早く~!」



これ、どうするべき!?


いいのかな!?

本当に僕が脱がせちゃって、いいのかな!!?


ねぇ!いいんだよね!?


「いいの!?じゃないでしょ!!!」


後ろから頭を叩かれた。

誰だ!僕の至福の時を邪魔する奴は!!


「アンタ年下の女の子に何しようとしてる訳!!?」


音筆だった。



「何って……頼まれたから服を……」


「この――ドスケベ!!」


「否定はしない!!」


否定はしないが、僕みたいなチキンハートの持ち主が、そんな大胆な事出来る訳がないだろう?


冗談に決まってんじゃん。


「お酒なくなってきたから、誰か買い出し行く人決めようぜ~」


ほろ酔いな石津さんがそう言った。



お酒なくなるの早くね!?皆どんだけ飲んでんだよ。


僕なんか、まだ二口位しか飲んでないんだけど。



「んじゃ、いっちょジャンケンでもして決めますかー」


それに合わせて、メッシも返事をする。



すかさず僕もこう言った。


「隊長!この子は無理だと思われます!」


勿論、夢を指差してだ。


「あ~つ~い~~!」



そんな夢の言葉は軽く無視されて事は進む。



「了解した!それじゃあ、郡山ちゃん抜きで行う!」


「じゃ~んけ~ん――」


石津さんのその言葉を元に、夢抜きでの公平なジャンケンが行われた。


――その結果


僕の一人負け。


まるで漫画の様な展開だった。

でもね、これだけは分かってもらいたい。


僕だけが負けてしまったとはいえ、決してジャンケンが弱かった訳ではない。



理由を話すと、こういう事だ。



――石津さんの「じゃ~んけ~ん……」の元で始まった結果、五人もいるのでなかなか、あいこという無限ループから抜け出せなかった訳だ。


そこでしきりに石津さんが、こう言い出した。


「僕、パー出すわ」


その言葉をきっかけに、メッシ、空乃、音筆も同じ事を言い出してきたのだ。


皆がパーを出すと宣言してきたので、僕は真剣に悩んだ。


僕、そういう人の心を読むというか、裏をかくというか、心理戦的な類に滅法弱くてさ。


散々悩んだ挙げ句、素直にチョキを出した結果がこれだよ。

僕以外、全員グーを出してきやがった。



所詮この世の中、嘘吐きばっかなんだよ。


僕みたいな正直者が馬鹿をみる様になってんだよ。



――空乃だけは、僕と同じ正直者だと思ってたんだけどな。


これからは空乃の言葉にも安易に信じないよう、気を付けよう。



――という訳で今に至る。


だから僕は、皆にこう言ってやったね。


「こんなの不条理だ!!」



「はい、じゃあ水崎君いってらっしゃ~い。お金は後でレシート見て割り勘するからさ。気を付けてね」



軽く石津さんにあしらわれてしまった。



「はいはい……行ってきますよ」



結果的に負けてしまった事には変わりないので、渋々立ち上がり、玄関へと向かった。



まったく……

いまいち腑に落ちない。


なんだか皆に嵌められた気分だよ。



そこで僕にお声がかかった。


「私も一緒に行きます」


声の主は空乃だった。



ええ子や……やっぱりこの子は、ええ子や。



「本当に!?」


僕は振り返って空乃を見た。


すると、会話に割り込んで入ってくる奴がいた。


「空乃ちゃん、いいよ。私が行くから」

音筆だった。


「え……でも……」


「いいから、いいから。こんな奴の為に、一緒に行ってあげる事ないって」



本人が目の前にいるってのに……

酷い言われようだ。


「じゃあ琴乃ちゃんは、なんで……?」


「わ――私!?私は……ほら!お酒飲んで、少し暑くなってきちゃったから!!丁度外の風にあたりたいなぁーって思ってて!だから……その……ついでよ!!」


必死になって説明している。



「だから空乃ちゃんは気にしないで待ってて!――ほら!行くよ!!」


そう言って音筆に部屋から押し出され、コンビニへと向かった。


「悪いな、付き合わせちまって」


「別に。アンタの為じゃないから」


「はいはい、そうですか」



コイツの身体は、七割がツンで出来ているな。


んで残りの三割は、デレとロリとおっぱい。

うん、間違いない。



「……アンタ今、いやらしい事考えてるでしょ?」


僕の顔をジーッと見つめながら聞いてくる。



「心外だな。僕がそんな、いやらしい事を考える人間に見えるのか?」


「見える」

即答だった。


「否定はしない!!」


だが、これも否定は出来ない僕だった。


そうよね、と笑う音筆。



「そういえばさー」


「何よ?」


「いや、お酒飲むの初めてって言ってた割には、意外と酔ってないんだなーって思ってさ」


音筆は「当然でしょ?」と言いながら、こう続けた。


「まだ一口しか飲んでないんだから」



「なんじゃそら!!」


「う――うるさいわね!いいでしょ別に!?」


「駄目とは言ってないけど……」


「そういうアンタだって酔ってないみたいじゃない!!」


「うん、まぁ。二口しか飲んでないし」


「しょっぼ!!」


「お前にだけは言われたくないんだけど!?」


「でも、あれだな。さっきあれだけ偉そうに、アンタお酒飲めんの?みたいな事を僕に言ってたくせに、結局は自分の方が飲めなかった訳か」


「私より一口分多く飲んだだけで、自分の方が飲めるみたいに言わないでくれる!?」



「お前は誤解しているぞ!僕は飲めない訳じゃないからな!!ただ飲まなかっただけだ!」



「はいはい、言い訳はいいから」


やれやれといった感じで話を聞いている音筆。



「信じてないな!?よーーし、分かった。後で飲み競べだ!」


「は!?私も飲むの!?」


「あっ!そっか!ごめんごめん。音筆はお酒飲めないんだよな。忘れてくれ」


「何、勝手に言ってくれちゃってる訳!?私も飲めない訳じゃなくて、ただ飲まなかっただけなんですけど!?」


「へー、そうなんだー」


さっきの音筆同様、僕もやれやれといった感じで話を聞いていた。


その様子を見た音筆は、頬を紅潮させ、ムムムッ!と怒っている様な表情を見せている。


「――いいわ!後で勝負よ!!」


「僕は構わないぜ?」



こうして後で、音筆と僕とで飲み競べをする事となった。


――買い出しを済ませた僕達が、石津家へと戻ってみると、なかなかにカオスな事になっていた。



何がっていうと、まず、石津さんの服がはだけている。


いや、正確に言うと、酔っ払い夢が石津さんの服を脱がしている。


脱がされながら「シチュが逆!逆!」とか叫んでいる石津さんを見て、不覚にも吹いてしまった。


皆、こんなサービスシーンは求めていないからね。


上の衣服を脱がされた石津さんは、ズボンにタンクトップっぽいシャツの姿という、いかにもどこかにいそうなオッサンのスタイルになっていた。



石津さん……まだ25歳なのにな。



そんな姿を見て爆笑していたメッシが、おかえり~と僕達を迎えてくれた。


空乃は、なんかボーッとしている。



「夢ちゃん達、楽しそうね」


僕の隣で音筆が呟いた。


「うーん……まぁ、そうだな」


「じゃあ、私達もやりますかぁー」


「えっ!?お前も僕の服、脱がせたいの!?」



――バシッと頭を叩かれた。


「そんな訳ないでしょ!?飲み競べしようって言ってんの!!アンタが言い出したんでしょ!?」


「あぁ、そういう事」


「本当バカじゃないの!?」


「じゃあ、代わりに僕が――」


「それ以上言ったら目、突くから」


「目を!!?」



ほんのジョークなのに……

なんて怖い事を言うんだ。


「それじゃ、改めてかんぱーい」


そう言って、飲み競べを始めた。


まぁ、飲み競べとは言ったものの、競争とかはするつもりがなく、あくまでもマイペースで飲んで、その結果どちらの方が沢山飲んだのか――という意味の事だ。



「別に無理して飲まなくてもいいんだぜ?」


「無理なんてしてませんけど!?」


先程買ったばかりのジュースみたいなお酒を「これなら飲める」とゴクゴク飲んでいく音筆。



どうやら一口しか飲んでいなかった理由は、ビールは飲めない。


という事だったらしい。



さっきは石津さん達が勝手に買っていたので、ビールばかりしか入っていなかったのだ。


そして僕達が買ってきたのは、ジュースみたいなお酒ばかり。



理由は分かったけど、僕は意地悪く聞いてみた。


「さっきなんで一口しか飲んでなかったの?」



「なんでもいいでしょ?それにアンタだって似たようなもんなんだから」


と何故か嬉しそうに言った。



はいはい、強がり乙。


内心そう思ったが、確かに僕も人の事を言えた立場ではないので、それ以上の追及はしない事にした。



ジュースみたいだからと、どんどんお酒を飲んでいく音筆。


さすがに一気に飲み過ぎじゃないかと、少し心配になってきた。


味はジュースみたいかもしれないけど、アルコールのパーセントは結構入ってるからね。



「音筆、大丈夫か?」


「何がー?」


「いや、結構飲んでるからさ」


「全然大丈夫よー!」



なら、いいけど……

明らかにテンションは高くなっていってる気がする。


「アンタもこれ飲んでみるー?美味しいよ?」


そう言って僕にお酒を手渡してくる音筆。



受け取ったはいいけど……

これ飲んだら間接キスだよな……



さっきは夢にも同じ事をしたけど、いざ逆の立場になってみると、やっぱりドキドキするな。


音筆の方をチラッと見てみると、早く飲んでみなよという様な顔をして、こっちを見ている。



こういうのって気にする方が馬鹿なの?


夢もそんな様な事言ってたし。



よし!気にすんのやめ!!


グイッと一口飲み「うん、美味しい」と音筆に手渡して返した。



「でっしょ~?」


と、また飲み始める音筆。


ふぅ……ドキドキした。

今時の子って、間接キスとか普通にするもんなの?


僕は心臓の鼓動が大変な事になってるんだけど。



音筆も気にしないで僕が飲んだお酒を飲んでるし。




――とか思っていたら。


「……間接キッス……しちゃったね……」



と、頬を赤く染めた顔で僕の方を見ながら言ってきた。




――はうぁあぁああぁあーーー!!!!



これはアカンよ!!!

悶え死ぬ!!


何この普段とのギャップ!!


いつもだったら、キモいから飲めないとか言われそうなのに……!



完璧酔ってるよコイツ!!

僕の方が恥ずかしくて、どうにかなっちゃいそうだよ!


「ま――まぁ、いいから飲もうぜ!」


と、その場をごまかす様にグビグビとお酒を飲む。



「アンタ顔赤くない?ドキドキしちゃった!?」



くそっ!やっぱりさっきのは演技だったのか!!



「誰が間接キスごときでドキドキするか!直接ならまだしも!!」


本当は超ドキドキしてたけどな!!


「……じゃあ直接する?」




もうその手にはのらないぞ。



「ああ、してもらおうか!!」


「――責任、取ってくれるなら」



おぉおう!!?


演技とはいえ、これはちょっと……



酔ってるせいかな。

音筆が凄く可愛く見える。


「責任……って?」




「――めいとぉ~~~!!!」



ここで急に夢が飛び掛かってきた。



「うわっ!!なんだよお前は!?」


「お姫様抱っこして~!!」


「酔い過ぎだ!!」



えへへへーと笑っている夢。



もう駄目だこりゃ。

酔っ払いだらけだ。


石津さんと一緒にエロゲの話でもしてろ、と夢を追いやり、音筆に視線を戻した。


「いやー、さっきのはなかなかの演技だったよ。不覚にもドキッとしちまったね」



「あはは、惚れちゃった?」


「そうだな、改めてツンデレの威力を知る事が出来たかな」





「――演技じゃなかったとしたら?」


「そんなの絶対に有り得ねー。だって、お前僕の事嫌いだし」



「なんでそう思うの?」


「そんなの色々あり過ぎて言いきれないけど、よく僕の事キモいって言ってるじゃん」



「……そっか」



……?



「それより、さすがにもう止めた方がいいんじゃないか?」


「まだ酔ってない!全然飲める!!」



そう言って、また急に飲みだす音筆。



「気持ち悪くなってもしらないからな」


「その時は、アンタに吐く」


「それだけはやめてくれる!?」




コイツなら本当にやりかねん。


「分かった。じゃあヤバそうになったら僕に言うんだぞ?」



「言ったら何してくれんの?」



「うーん……そうだな。介抱してやるよ」



「じゃあ、安心して酔えるわね」


「その信頼はありがたいけど、そこまで酔うのはどうかと思うよ」


「いいからアンタも酔いなさい」



酔いなさいって……

飲みなさいの間違いだろ。


「じゃあ、僕がヤバそうになっても介抱してくれるのか?」


ゴクゴクッと飲んで一言。


「そうね。抱擁してあげるわ」


「抱擁してくれるの!?それなら安心して飲める!!」


「だから安心なさい」


と再び飲み進める音筆。



コイツ、介抱と抱擁を間違えて言った事に気付いてないな。


僕にとってはかなり嬉しい事だけど。



漢字一つ違うだけで、意味が全然変わっちゃうからね?



「音筆、もう一回僕の事、抱擁してくれるって言ってもらってもいいかな?」



「しつこいわね!だからアンタの事、抱擁してあげるって言ってんでしょ!?」


「オッケーです。お疲れ様でした」




はい、録音完了!!


さっきよりも僕に都合が良くなったな。


ヤバくなったら――という条件を言っていない。



つまりは、これを音筆に聞かせれば、一回だけ音筆に無条件で抱き締めてもらえる――という事だ。



――例え音筆が酔っていない時でもな。



僕は、録音したスマホを大切にポケットにしまった。


さすがに僕もちょっと酔ってきたな。

若干頭がクラクラする。

皆は大丈夫なのかな?



夢と音筆は言うまでもなく酔ってるし、石津さんも――まぁ酔ってるな。


メッシは、さすがというか何というか、あまり酔ってはなさそうだ。



空乃は――相変わらずボーッとメッシの話を聞いているみたいだな。


普段からボーッとしてる事が多いけど。

酔ってるのかな?



……まぁ僕なんかが心配せずとも、そういうのに慣れていそうなメッシが傍についてるからな。



――ていうか、明日も皆バイトなんだし、もうそろそろ帰った方がいいんじゃないかな、と思うのだが。



「――ふぁぁぁ~~」



「うぉい!?」


音筆が僕に抱き付くような形で倒れこんできた。



女の子って、なんでこんなに良い匂いするの?

それに僕の胸辺りに柔らかい感触が……


「お……音筆?大丈夫か?」


「……うぅん……ぃじょぶ」


僕の首もとに吹きかかる息が、絶妙にエロス!!


すぐ横に音筆の顔がある。実に近過ぎる程に。



「か、帰るか……?」


「……まかせるわ」



アカーーーン!!!


理性が吹き飛びそうになる!!


もうこのままギュッと抱き締めてしまいたい!!



でも、それだけはしちゃいけない!彼女でもない女の子に手を出すなんて、それだけは……!!



僕はなんとか理性を保った。


「音筆が泥酔しちゃってるから、送ってから帰りますわ」


皆に聞こえる様に言った。


へぇ~と、ニヤニヤしながらメッシと石津さんがこっちを見る。


何故ニヤニヤしているのかというと、多分音筆が僕に抱き付いたままの状態だからだと思う。



「念のため言っておくけど、二人が想像している様な理由じゃないから」



「へぇ~~」

「へぇ~~」



「おい!そのニヤニヤをやめろ!」



くそっ、コイツら。


ていうか石津さんは、もう音筆より夢の方がいいってのか?


盗撮までして写メにチュッチュしてたくせに。



これだから一目惚れって奴は信用出来ないんだよ。


「空乃も一緒に帰るか?」


「私――」


「いいっていいって!空乃ちゃんは俺が送ってくから!水崎は心配しないで、音筆さんを送っていってあげなよ!」


メッシが口を挟む。


ちゃっかり下の名前で呼び合う仲にまでなってるのか……。


「……そっか。分かった、じゃあ空乃の事頼むわ」


「おう!任せとけ!」





「――夢はどうする?」



夢の方に視線を向ける。



「夢の事はついでなの!?あんな事を一緒にした仲だって言うのに……」


「わざわざ誤解を招く様な言い方すんな!あんな事って、ネトゲの事だろうが!」


「てへっ」


ペロッと舌を出す夢。



「いいよいいよ。夢ちゃんは僕が送ってくから」


石津さんまで、ちゃっかり下の名前で呼んでる。



「いや!だいじょーぶ!!夢も目依斗達と帰る!!」


ほぁああ!!

この子、空気読めねーー!


石津さんの誘い、断っちゃったよ!



「いや、でもほら……水崎君も大変だろうし」


「いや!だいじょーぶ!!」


「夢ちゃんが平気でも――」


「だいじょーぶ!!」



石津さん、必死だな。

……ことごとく拒否されてるけど。


もう見るに耐えない。



「石津さん、今日の所は僕が送っていきますよ。多分石津さんの事を、夢なりに心配してくれてるんだと思います」


「そ……そう?それなら……」


「そうですよ!じゃあ、もう行きますね!音筆もぐったりしてるし」



「あ……あぁ、分かった。んじゃまた明日な?」


「はい、また明日」



「――音筆?立てるか?」


体から音筆を引き離し、声をかける。


「……うぅん。多分……」


なんとか立ち上がる音筆。


「ほら!夢も行くぞ!!」


「おぉー!!」



コイツは元気だな。

良い感じに酔ってるって感じだ。

ノンアルしか飲んでいないのに。


――皆に別れを告げ、メッシ達より一足先に僕らは家を出た。

空乃の事も当然心配だが、メッシ達なら信頼できる。


音筆はフラフラと歩いている。


「本当に大丈夫か?気持ち悪かったりとかしない?」


「……気持ち悪くは……ない」


「夢もへいきーー!」


「お前には聞いてない!」



「めいと、夢には冷たいのね……」


「うん、そうだね」


「しどいっ!!」


「うん、そうだね」


「話聞いてる?」


「うん、そうだね」


「聞いてないでしょ?」


「うん、そうだね」


「めいとってツインテ嫌いだよね?」


「超絶大好き!!!」


「そこは反応するんだ!?」


当たり前だろうが、そんなもん!


ツインテは正義だからな!



……しょうがない。


「ほら、乗んなよ」


しゃがんで音筆に背中を向ける。



「キャッホーイ!!」


すかさず僕の背中に乗る夢。



「だからお前じゃないっての!!」


「一応、お約束かと思って」


そんな夢はスルーして。


「ほら、早く。歩くの辛いんだろ?」



「……でも」


「遠慮すんな。こう見えても力あるから」


「……じゃあ……お願いするわ」



「――はいよっと!」



「あれ?意外と軽いのな」


「……失礼ね」



褒めたつもりだったのに。

やっぱり女の子って難しい。



――そして、女の子がダイレクトに僕の背中に乗っているという、この状況。



僕と同じく紳士な青年なら分かってくれるはずだ。


そう。

おっぱいだよ。


この背中に当たる、何とも心地よい感触。



今なら一句読める気がする。


ああおっぱい

ああああおっぱい

ああおっぱい


目依斗、心の俳句。



今まで、女の子とこんなに密着する事はおろか、話す事だってなかったのに。



ここ最近で急に女の子と接触する機会が増えた気がする。



これ、もしかして近いうちに僕死ぬんじゃね?


死ぬ前に良い思いをさせてやろう、という神様のいなせな心意気なんじゃね?



「めいと、考えてる事が顔に出過ぎだよ」


「ほぅ。じゃあ僕が何を考えていたか当ててみろよ」


「琴ちんの胸が背中に当たって……」


「ハイ、ストップ!!」


「図星だった?」



「そ、そんな訳――」


「……アンタ……後で話あるから」


耳元で囁く音筆。


「……はい」



言い訳むなしく、音筆にもばれてしまった。

夢さん、空気読みましょうよ。


これじゃまるで、僕が不純な動機でおんぶしているみたいじゃないか。



「と――とりあえず、先に音筆を送っていくから。音筆、道案内頼む」



「めいとぉ~」


「何だよ」


「琴ちん、寝ちゃってるよ~?」


「マジで!?」


さっきまで起きてたのに……

確かに後ろから、スースーと寝息が聞こえてくる。



「……どうしたらいいのコイツ?」


「起こす?」


「起こすのも可哀想だしなー」


「でも、起こさないと琴ちんち分かんないよ?」


「だよなぁー」


「じゃあ、起こすよ?」


「……しょうがないか」


「琴ちん、琴ちん」

夢が優しく音筆の体を揺さぶる。


「琴ちーーん」



「――起きないね。どうする?」


「どうするって言われても……」



――時刻はPM10:00。


「……家に連れてくしかねぇかな」


「えぇっ!!?お持ち帰り!?」


「妙な言い方すんな!!」


「だって……」


「じゃあ夢んちに連れていってもいいのか?」


「う~~ん……」


「無理ならいいって。家、親いないから」


「それじゃあ琴ちんと二人きりって事!!?」


「いや、帰れば空乃もいると思うから」



「……いないかもよ?」


「なんでだよ。そろそろメッシが送ってくれてるんじゃね?」


「空乃ちんも、メッシちんちに行ってたりして……」


「な……!」



なんて事を言いだすんだ、夢の奴。


「いくらなんでも、それはないだろ」


「どうしてー?」


「まだ付き合ってもいないのに、いきなり家にお泊まりだなんて……ねぇ」


「ないとはいいきれないよー?メッシちんはイケメンだし、空乃ちんも良い感じに酔っていたら……もしかすると」



「うっ……それを言われると」


「今頃、ベッドの上で愛――」


「おぉい!エロゲーマー!!それ以上言うなよ!?それに、段階をすっ飛ばし過ぎだ!!」


「目依斗は子供でちゅねー」


「黙れ、このエロゲ脳が」


「とりあえず夢の家行くぞ」


「夢も目依斗んち行こうかなー」


「は?なんで?」


「なんか面白そうだし」


「あのなぁ――」


「もし夢も泊めてくれるんなら、目依斗の言う事何でも聞いてあげるんだけどなぁー」


「何でも!?」


「うん、何でも」



うむむ……

一瞬迷っちまったけど、それはどう考えても駄目だろう。



「いや、やっぱ駄目だ」


「何でもしてあげるのに?」


「そういう問題じゃなくてだな。僕は、女の子に無理矢理命令を聞いてもらう程、変態じゃないって」


「意外と謙虚なんだね~」


「別に、そういう事じゃねぇよ」


「目依斗は、もうちょっと自分の意志を強く持った方がいいと思うよ」


「あぁ、忠告ありがとよ」


「そんなんだと、他の人に先を越されちゃうよ?」



「――何の話をしているんだ、お前は?」


「特に深い意味はないよ」


「……?そうか」


「でも、そこまで言うんだったら、僕がどんな事を言ったとしても聞いてくれるって事だよな?」


「もちろん」


「例えば――猫耳メイドの姿にコスプレして、語尾にはにゃんと付けてもらい、僕にご奉仕してもらうってのも出来るんだよな?」


「……これまた結構マニアックな要望だね。でもまぁ、夢位のレベルにまでなると、そんなの朝飯前なのだよ」


「ほぉ~。そりゃ大したもんだな」


どんなレベルだよ。



「ただ……」


「ん?やっぱり無理だった?」


「いや、そうじゃなくて。ご奉仕って……ゲームではした事あるんだけど、実際はした事ないから……その……上手くできるかどうか……」



「お、おお――お前は何を勘違いしてんだ!!僕が言ってるご奉仕ってのは、そっちの意味じゃないからな!?」



「えっ……!?」


「えっ!?じゃねぇよ!頬を赤らめるな!!お前、まだ酔ってんだろ!?」



「ア……アハハ。そうかも」


コイツ本当にエロゲネタばっかり使ってくるな。


冗談って分かっててもドキッとする。


「まぁ、結局お前を家に泊めるのは無しだけどな」


「え~!なんで~?」


「だって、もうこんな時間だし、未成年だし、女の子だし、明日もバイトだし」


「そんなの夢を泊められない理由にはならない!」


「いや!なるよ!?充分過ぎる程に理由になるよ!?」


「琴ちんはいいのに夢だけなんで~!」


「音筆は寝ちまってるんだから、しょうがないだろ。家も分からないし」


「じゃあ、夢も寝る」


「おい、こら。馬鹿言ってないで早く道案内しろ」


「……」



……ふてくされてやがる。


見た目は大人っぽくても、こういう所はまだまだ子供だな。


つーか、ふてくされる程の事か?


そもそも女の子が、彼氏でもない男の子の家に泊まりに来るのってどうなのさ?


けしからんだろ。

まったく、最近の若者ときたら。


「おーい、夢さーん」


「……」


「無視ですか」


「……」



ふむ。



「今日は、もう遅いから無理だけどさ。今度なら家に来てもいいから」



「……ホント?」


「あぁ、ホントホント」


「お泊まりだからね」


「分かったから」


「なら許す!」



許すってなんだよ。

何で上から目線?


「じゃあ夢んち行くぞ」


「仕方ないなぁー」


仕方ないってなんだよ。

何でそんなに偉そうなの?


やたらと偉そうに案内する夢の後をついて歩き、なんとか夢の家へと到着した。


さすがに少し疲れてきた。

そろそろ、おんぶの限界を感じる。



「んじゃ、また明日な」


「じゃあ、お別れのちゅうを」


「……お前、僕がチキンなのを知った上で言ってるよな。コイツにはできっこないから――みたいなさ」


「えへへ。じゃあ、また明日!!」


そう言って、家の門を開けて走っていった。



そして家の扉を開き、中に入る前に振り向いて一言。


「琴ちんに変な事したら許さないからね!」


「するか!!」


そうして中に入っていったのだった。



僕って、そういう事しそうな奴に見えるのかな。


でも、夢は僕がチキンハートなのを見透かしていた様だったし……



まぁ、こんなに難しく考える必要もなく、冗談って事なんだろうけどさ。



――おんぶのし過ぎで、若干手が痺れ始めていたが、途中で音筆を落とす事なく自宅に帰り着く事ができた。


「……ただいまー」


と家の中に入ったものの、お帰りという返事は無かった。



空乃の奴、まだ帰ってなかったのか。


まさか夢の言っていた通り、本当にメッシの家にお泊まりなんじゃ……


なんてな。

さすがにそれはないだろう。


待っていれば、もうすぐ帰って来るだろうさ。

今は、とりあえず音筆を下ろさないと。


「……せっと」


一旦、音筆を僕のベッドに寝かせ、布団をかけて、パソコンデスクの椅子に腰をかけた。



「ぬあぁー!疲れたー!」


おもいっきり腕を伸ばし、音筆の方をチラッと見る。


なんだろう、このドキドキは。


空乃と一緒に居る時とは、また違う感覚だ。



そーっとベッドへ近付き、顔を覗き込んでみる。



子供みたいな顔しちゃってさ。


「……寝顔はこんなに可愛らしいのに」



ツインテール女子が、僕のベッドで寝ているとは……


今、その瞬間を見ているというのに、いまいち信じられない光景だ。



まぁ今回は、僕が勝手に連れてきただけだけど。



いつかは、本当の彼女を連れてきたいもんだ。

いやらしい意味は一切なくね。


とは言っても、やっぱり今の所僕に彼女ができる可能性は0に等しいんだけど。


――それからしばらく時間が経ち、時刻はPM11時00分。


空乃は、まだ帰って来ない。



いくらなんでも遅過ぎやしないか?


……本当にお泊まりコースなのだろうか。


心配で寝られそうもないので、空乃に電話をかけてみる事にした。



……が、しかし。

空乃の電話番号すら知らなかった事に気が付いた。


もちろんメッシと石津さんのも知らない。



一番身近に居た筈の空乃の連絡先も知らなかったとは――


どうしたもんか。

……何か変な胸騒ぎがする。


――よし!もう一度石津さんの家に行ってみよう!!



メッシと空乃は、もう居る訳がないかもだけれど、何も分からずに待っているだけよりかはいい!


石津さんに何か言っていなかったか、話だけでも聞いてこよう!



そう決心し、自宅に一台だけ置いてある自転車に飛び乗り、フルスピードで石津さんの家へと向かった。



――ハァ……ハァ


息切れしつつ、玄関のベルを鳴らす。


――ピンポーン



出て来ない。


――ピンポーン




やはり出て来ない。


石津さん、もう寝ちゃったのかな?

ダメ元でドアを叩いてみる。


「石津さーん。水崎ですけどー」


もう夜分遅いので、なるべく近所の迷惑にならない声で呼び掛ける。


……やっぱ寝ちゃったか。


そう思いながらもボーッとドアの前でたたずんでいると、突然勢い良くドアが開いた。



「うぉっ!!」


間一髪で開いたドアをかわした。

それと同時に、何者かが僕に飛び付いてきた。


「――空乃!?」


「……目依斗さぁん……!」


服の裾をギュッと強く握りしめてくる。


「ど――どうしたんだよ一体!?メッシに送ってもらうんじゃなかったのか!?」


「……ふえぇ」


顔をよく見てみると、泣いている様だった。



「もう大丈夫だから!何があったのか僕に話してみな」


優しく空乃の頭を撫でながら落ち着かせる。


「皆……寝ちゃってぇ……ヒック」


「うんうん」


「出られなくてぇ……暗いし……」


「うん」


「もう駄目かも……って」


「そうか……」



空乃からもう少し詳しく聞いた話をまとめてみると、こういう事だ。


僕達が帰った後、すぐには帰れず、メッシと石津さんはまた酒を飲みはじめた挙げ句に、そのまま寝てしまい、残された空乃は一人で帰ろうとしたが、外は真っ暗だし、帰り道も覚えていないしで無理だった。


極め付けは、二人共眠ってしまっていたので、外に出る時に、鍵をかける事が出来ないという事に悩んでいたらしい。



……まったく。

石津さんといい、メッシといい、自分が言った言葉位には責任を持ってくれよ。



――とりあえず。


「帰ろうか」


「はい!」


まだ涙が残されたままの顔で、ニコッと微笑む空乃。


「ほら」


ティッシュを手渡した。


「あ……ありがとうございます」


クルッと僕に背を向けた。


「――っ……!」



あ……鼻かむんだ。

涙を拭けよって意味だったのに。


あれ?何かこれ、さっきも同じような事を体験したような……まぁ、いいか。



「じゃあ、行くか」


「はい!……でも、鍵は?」


「僕の可愛い妹を泣かせた罰だ。鍵は知らん!」


「目依斗さん……」


「ほら、後ろ乗って。チャリで来たから」


「はいっ……!」


こうして、二人乗りをしながら自宅にへと向かった。



「目依斗さん、汗かいてますよ?」


「あぁ、悪い。臭かった?急いで来たからさ」


「……ありがとうございますっ!」


後ろから掴んでいる力が、少し強くなった気がした。


「……別に」

なんだか気恥ずかしい。


「そういえば、空乃のRine教えておいてよ。またこういう事になったら困るから」


「いいんですか!?」


「いいんですかって……。いいに決まってるだろ。僕のズボンの右ポケットに入ってるからさ。取って登録しておいてくれるとありがたい」


「今取るんですか!?」


「取れないかな?」


「……やってみます」



「あっ!」


「わっ!?」


「ごめん、くすぐったくて」


「びっくりするから声出さないでください!」


「ごめんごめん」



「これ……かな?」


「そう、それそれ」



「じゃあ、登録しておきますからね」


「うん、頼むわ」



「――しておきました」


「ありがとう。そのまま持っててくれるかな?家着いたら渡してくれればいいから」


「分かりました」



――いよっし!!!

女の子のアドレス三件目ゲット!!



妹のだけど!!


「目依斗さん、あまり酔ってないんですね」


「まぁ、もう醒めたよね。空乃も酔ってないみたいじゃん?」


「……私はジュースしか飲んでませんから」


「そうなの!?お酒飲めなかった?」


「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」



なら、何で飲まなかったんだろ?



「そっか。酔ってる空乃も見てみたかったけどな」


「私は見てましたよ?」


「そうなの?」


「はい。夢ちゃんの服を脱がそうとしていたり、琴乃ちゃんと抱き合っていたり――」


「それは不可抗力だからね!?」


「……ふーん。どうですかね」


後ろに乗っていて顔は見えないけど、多分ゴミクズを見る様な目で僕の事を見ている気がする。


「じゃ――じゃあ、今度は二人で飲もうよ!」


「二人きりで……ですか?」


「うん。嫌かな?」


「いえ……いいですよ」


「よし!約束な!」


「はい」


「二人きりなら、もし酔っちゃった時は空乃に抱き付いちゃうかもなー」


「……」



冗談なんだから、軽く流してくれればいいのに……

無視ですか。



「な、なんつって……」


「……」



ヒイィィ!!

反応が冷た過ぎる!!


――そんなやりとりを交わしている内に、自宅に到着。


家の中に入り時計を確認してみると、時刻はAM11:30を回っていた。



「もうこんな時間だよ。空乃も早く寝ないと明日の……いや、もう今日みたいなもんか。今日のバイト遅刻しちゃうぞ?」


「そうですね。目依斗さんこそ、寝坊しないようにね」


「うん、分かってる」


空乃は素で丁寧なしゃべり口調だから、たまにこんなタメ口が出てくると、妙に嬉しくなる。段々と仲良くなってきてるなっていうか、そういうのを実感できる。


「おやすみー」と空乃と挨拶を交わし、各々の部屋に入る。


あーー、本当に疲れたなぁー!!


今日……じゃなくて、昨日一日が二日分に相当する程、色々あった気がする。



――バイト先のオープン、音筆との仲直り、飲み会…………ん?



音筆……飲み会……


ぬあっ!!!

慌ててベッドを覗き込む。


ぶはっ!!!!


そこには、服が微妙にはだけたまま眠っている音筆の姿があった。



「ブラ、ブ、ブラ……ブラララ」


暑くて自分で服をずらしたんだろうか。軽くブラが見えている。というか、胸の谷間が見えている。



……これは素直にエロい。


おやすみとか、のんきに言ってる場合じゃなかった……

音筆の事、完璧に忘れてたよ!

これじゃあ、ちっともおやすめねぇよ!!


空乃にも言うの忘れてたし……


どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。



落ち着くんだ目依斗!


ここはひとまず音筆のエッチな姿を写メに――ってバカ!!

さすがの僕にも、それは出来ないよ!!


こんな所、空乃にでも見られたら……



「……あっ」



半分開いていた僕の部屋の扉から、こちらを覗いてらっしゃる方がいた。


――ていうか空乃だった。



「……あっ……あっ……!」


「待つんだ空乃!これには深~い事情が!!」


「……目依斗さん……」


「だから違うんだよ空乃!酔っていた音筆を連れてきただけで……違くないけど違うんだよ!」


「……」


あぁ……もう終わった。



「フフッ……フフフフ」


何か笑われてる。


「……あの……空乃?」


「……フフフ……すみません。本当は知ってたんです。夢ちゃんからRineが届いて」


と僕にそのやり取りを見せてくる。


「ハアァァァ――なんだ良かった……」


その場に座り込んでしまう。

夢の奴、本当こういう所は気が利いてるよな。


「目依斗さんが話してこないので、不思議に思って見に来たんです」


「あ……そういう事か。声位かけてよ。心臓止まるかと思ったよ」


「どうしてです?何かやましい事でも考えていたんですか?」


「……そんな訳ないだろ」


「説得力ないです」



やましい事は考えてないけど、やらしい事は考えていたかな。



なんつって。



「ハーァ……ホッとしたら眠くなってきた。僕、もう寝るから空乃も寝たら?」


「目依斗さんはどこで寝るんです?」


「どこって……そりゃ――」

チラッと音筆の方を見る。


「ベッドで音筆を抱き枕代わりにして寝る」


「な……な!」


「抱き心地良さそうだし」


「そんなの駄目です!!」


「だって、寝る所ないし」


「また私と一緒に寝ればいいじゃないですか!!」


「どこで?」


「それは……私のベッドでですよ」


「空乃に悪いし……」


「そんな事は――」


「ごめんごめん、冗談だよ。音筆と一緒になんて寝れる訳ないだろ?彼氏じゃあるまいし。それに、起きた時にぶん殴られそうだしな。僕はコタツで寝るからいいよ。起きた時に誰か近くにいないと混乱させちゃいそうだからさ。だから空乃ももう寝な?」


「え……でも」


「いーからいーから!はい!じゃあ、おやすみ!」


無理やりに空乃の背中を押して、部屋から追い出した。空乃は僕に気を遣いすぎなんだよな。気持ちはありがたいけど。空乃のベッドで一緒に寝るとか、ある意味拷問だよ。


寝られる筈ないもん。



目覚ましをセットして――

僕は寝る事にした。



――ピピピピッ


目覚ましの音で目が覚め、薄らと目を開ける。


朝になるの早っ……


コタツから顔を出し、仰向けに寝転んだまま、ハッキリと目を開いていくと――


「のあぁぁ!!!」


「やっ……!」



音筆がこちらを覗き込んでいた。


目を開いて、いきなり目の前に顔があるもんだから、本気で驚いてしまった。



「何!?何してんのお前!?」


「びっくりさせないでよ!」


「それは、まるまるこっちの台詞なんだけど!」


「……ここ、アンタんちよね?」


「え?まぁ、そうだけど」


コタツから出て、そう言った。


「私……何でこんな所にいる訳?」


「こんな所って……お前失礼だな」


「あっ!ごめん、そういう意味で言ったんじゃないんだけど……」


「別にいいけど……もしかして昨日の事、覚えてなかったりしないよな?」


「アンタとコンビニ行って、お酒を飲んでたとこまでは覚えてるんだけど……」


「その後は?」


「全っ然覚えてない!」



おいおい……


「体調は大丈夫なのか?」


「なんとか……」


「今日のバイト無理そうなら店長に言っておくけど?」


「それは大丈夫。オープン二日目から休む訳にはいかないでしょ?」


「まぁ、大丈夫ならいいんだけどさ。無理すんなよ?」


「うん……ありがとう。」



珍しく素直だな。

なんとなく気持ち悪い。


「――ていうか……さ。アンタにかなり迷惑かけちゃったよね」


「別に気にする事ないよ。大したことはしてないし。つーか、勝手に家に連れてきちゃって悪かったな」


「ううん……ありがとう」



「お……おお」



やっぱりおかしい。

コイツがこんなにありがとうと言ってくるなんて。


まだ酔いが残っているんじゃないだろうか。


「それじゃ、私一回帰るわ」


「帰るの?このまま一緒に行っちゃえば?」


「お風呂も入りたいし、着替えもないから」


「そっか」



そんな言葉を交わしながら、僕の部屋から出ていく音筆。



「わっ!!……空乃ちゃん!?」


「お……おはようございます」



音筆が扉を開けると、そこには空乃が立っていた。


「お、おはよ……。昨日はごめんね。色々と迷惑かけちゃったみたいで」


「いえ……私は別に」



「おはよう、空乃」


「あ、おはよう……です」


「僕、今から音筆を家まで送ってくるからさ」


「えっ!?いいわよ!そんなの別に!!」


「僕に遠慮なんかしなくてもいいって」



少し考えてから音筆は言った。



「――じゃあ送っても……」


「あっ!!目依斗さん、自転車があるじゃないですか!!」


急に思い付いた様に、音筆の言葉を遮る空乃。


「二人で歩いていくより、自転車で行った方が速いですよ!時間もそんなにないですし!!」


「そう言われればそうか」


「だから琴乃ちゃん!自転車使っていいですよ!」


「――じゃあ……借りようかな」


「はい!どうぞどうぞ!」


そそくさと音筆を自転車まで案内していく空乃。


「じゃあ、また後でなー」

その姿を見送った。



なんか空乃変だな?



――とりあえず僕も風呂にでも入るか。

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