第5話 失敗

――次の日。


いつもの様に空乃と店へ向かう。


すると、タイミング良く向こうから音筆も歩いて来た。


店の前で鉢合わせとなった僕達。


「あっ、音筆……昨日は……」


その僕の言葉を遮る様に

「空乃ちゃんおはよー」

と言って店の中に入っていってしまった。


「……おはようございます」

と空乃も返事を返し、僕の方をチラッと見ていた。



アイツまだ怒ってんのかな?


研修が始まり、皆で本を棚に入れる作業を行っている時。


「音筆、あのさ……」


「店長ー、これはどこに入れるんですか?」


ゲームソフトをビニールで包み、パッケージに値札を貼っていく作業を行っている時。


「音筆……」


「石津さ~ん、これ上手く出来ないんですけど」


各自、自由に分からない所を覚える作業を行っている時。


「おい、音筆……」


「空乃ちゃん、ここってこれであってるんだっけ?」



ことごとく無視され続けた。



駄目だ。

アイツ、僕が話し掛けても全く聞く耳をもたない。


僕、そこまで悪い事したか?確かにあの時、空気を壊してしまったのは僕だったかもしれないけどさ。


音筆だって悪くないとは言えないはずだ。



こっちは謝ろうと思って話し掛けてるっつーのに。


恐らく休憩中は、女子三人で離れないと思うから、休憩が終わった一瞬の間を狙おう!


こうなったら、何が何でも音筆に話を聞いてもらうぞ!


休憩に入り、案の定女子は三人で固まっている。


僕は音筆が一人になる瞬間を見逃さない様、細心の注意をはらいながら、隅っこの方で座って休んでいた。


すると、またここでメッシと石津さんが寄って来た。


最近は、この隅の場所で男子三人集まるのが当たり前になっていた。


僕は一人でぼーっとしていたいのだけどね。


「なんか昨日から音筆ちゃんと良い感じなんだよね~」


と石津さんが嬉しそうに話す。


「これも水崎君のおかげだよ~」


「いや、僕は何もしてないですよ」


こっちの気も知らないで、よく言ってくれるよ。


「いやいや、やっぱり昨日家まで送ってあげたのが大きいよ。あれからチュッチュしまくりでさ~」




「……えっ!?」

「……えっ!?」



メッシと同時に聞き返す。


音筆が石津さんと?

そんなまさか。



「この写メに」


そう言ってスマホを僕達に見せてくる石津さん。


「写メなのかよ!!」

「写メかよ!!」



またもやメッシと同時にツッコむ。

いつ撮ったんだよ。そんな写メ。

完璧に盗撮だろ。


ていうか写メにチュッチュって……

あの携帯には触れたくないな。


と、このタイミングで僕の携帯のマナーモードが鳴った。


見てみるとRineから通知。

夢からだ。


『琴ちんトイレ行ったお(●´д`●)』



音筆の座っていた席を見てみると、音筆がいなくなっていた。


代わりに夢が、僕に向かって何やら手でジェスチャーをしている。



ハッキリ言ってそのジェスチャーの意味は全く分からんけど、ありがとよ!!


「ちょっとトイレ行ってきます」


「水崎、俺の話も聞いてけよ!」


とメッシが僕の腕を引っ張る。


「後で聞きますから!」


無理やりにメッシの腕を引き離し、僕は音筆の元へと向かった。


「――代わりに僕が聞こうじゃないか」


「てか、昨日いつの間に帰ってたの?」


「あれ?水崎君に聞いてなかった?」


「いや、昨日気付いたら皆いなくなっててさー」


「それは水崎君が気を利かせてくれたんだろ?二人きりにする為に」


「多分そうだと思うんだけど」


「で、メッシも白石ちゃんを家まで送ってったって訳か」


「それが、私は大丈夫ですって断られちゃって」


「へー。恥ずかしかったんじゃないの?認めたくないけど、お前イケメソだし」


「イケメソって!……そうなのかなー?」


「そうだって。僕も水崎君のおかげで一緒に帰れたんだし」


「じゃあ、また誘ってみよーっと」



トイレの前まで行き、そこで音筆を待ち伏せる。



「よう」


「…………」


一瞬僕の方を見て、無言で僕の横を過ぎ去ろうとする音筆。


「待て待て待て!!なんで無視して行こうとするんだお前は!!」


慌てて音筆の前に回り込む。


「……トイレまでつけてくるなんて本当キモいわね」


「いくら話し掛けてもお前が無視するからだろうが!!」


「私は話す事なんてないから」


「お前になくても僕にはあるんだよ!いいから僕の話を聞いてくれ!」


「……」



「お前、昨日僕が場の空気を悪くした事を怒ってるんだろ?」



「……」



「それについては僕も悪かったと思ってるし、謝ろうと思ってさ」


「……ぅ」




「昨日は……」




「……がう」


「……え?」





「……アンタみたいな奴辞めちゃえばいいんだ!!!二度と……私に話し掛けてくんな!!!!」


鋭い目付きで僕を睨み付け、そう言って走り去っていってしまった。


――僕はただ謝ろうとしただけだったのに。


音筆は何故あそこまで怒っているんだろう。



分からない。



僕なんて辞めちゃえばいいだってさ。

あはは。笑える。

さすがの僕でも心が折れちゃったな。


でも、せっかくここまで頑張ってきたんだから、オープンの日位は出たいよな。元々嫌われてた訳だし、別に今更もっと嫌われた所で関係ないか。



その後、僕は周りの皆には何もなかったかの様に、いつも通りに振る舞った。夢や空乃は僕の気持ちを察してくれていた様で、逆に気を遣わせちまったかもしれないけど。


――結局それから、音筆とは一言も口をきかないまま一週間が過ぎ、オープンの日を迎える事となったのである。


―――迎えたオープン日初日。


店の中はお客であふれかえり、僕達従業員もてんてこ舞いとなっていた。


勿論買い物客が一番多い訳なんだが、次に多いのが買い取りをして欲しいという客だった。


さすがにオープン日という事もあって、他の支店の店からヘルプの店員さんも何人か来てくれていたんだが、僕達にかまっている暇もなく、どんどん売れていき、スカスカになっていく棚に新しい商品を補充するので手一杯の様だった。



店長は店の前で呼び込み。


レジは三台。

空乃、夢、メッシの三人での対応。


買い取りが、石津さんと音筆の二人での対応。


僕は、買い取った本を加工する作業をしていた。


ちなみに加工とは、本の汚れている部分をアルコールで拭いたり、軽く削ったりする作業である。


そんな中、皆が頑張っている様子を眺められる、レジカウンターの奥で加工作業をしていた僕は、ある事に気が付いた。


どうやら、買い取りの価格が安いだの、この本はよくて、どうしてこっちの本は買ってくれないんだだのと、もめている様だった。


所謂クレーマーって奴だ。



「こっちの本はいくら?」


「……100円です」


「じゃあこっちは?」


「……60円です」


「これとこれの何が違うんだよ?違いを言ってくれよ」


「……えっと……それは、その……」



一方的に音筆が責められている。


おいおい、石津さん。

隣にいるんだから助けてやれよ。


音筆の奴、泣きそうになってんじゃねぇか。



「自分で値段付けたくせに説明もできねぇのかよ」


「……っ」




あーー!!駄目だ!!

見てらんねぇ!!!



「大変申し訳ございません、お客様。代わりに説明させて頂きます」


音筆の隣へ行き、説明を始めた。


「こちらの本は、こちらの本よりも本の状態が良く、焼けが少ないので100円となっております。」


「じゃあ、これはなんで買い取ってくれない訳?」


「こちらの本は、カバーに帯の跡が焼けて残ってしまっていて、二色のツートンカラーとなってしまっている為に、お値段をお付けする事が出来ません。ですが、もしご処分目的という事であれば、ご一緒にお引き取りする事も出来ますけど?」



「じゃあ、もういいやそれで」


「はい、ありがとうございます。それでは只今精算してまいりますので、少々お待ち下さい」




はぁーー。

あっぶねー。買い取りだけは徹底的に勉強しておいて良かったぜ。



何とか大事にならずに済んだ。



石津さん、音筆が困ってたら絶対助けるとか言っておきながら、肝心な時に見て見ぬふりじゃねぇかよ。


勝手な事しちまったから、音筆の奴また怒ってんだろうなぁ。

あれから喋ってなかったし。


お金だけ渡して、さっさと加工に戻ろう。


「――ありがとうございました。また何かお売り頂ける物がございましたら、是非お持ち下さい」



さー、加工だ。

音筆に何か言われる前に、ダッシュで戻った。


まぁ、二度と話し掛けてくんなって言われた訳だから、向こうから話し掛けてくる訳ないんだけどさ。


こうして、お昼の休憩をとる暇もなく、あっという間に一日が過ぎていった。



「音筆さんと水崎君、今少し手が空いたから、今の内に休憩してきちゃっていいよ!」


「あ……はい」

「はい」



うあーー、最悪だ!


今まで、何とか音筆と二人きりになるのだけは避けてきたのに……


ここで店長に指名されるとは……



休憩室で休憩しないでトイレにでも行ってようかな。


そうしよう。

でも飲み物だけは取ってこないと喉が渇いて死にそうだ。


音筆が休憩室に入った後を見計らい、そーっと扉を開けて中に入り、急いでバッグから飲み物を取り出して、部屋から出ていこうとした時。



「……なんで助けてくれたの?」



一週間振りに音筆に声をかけられた。


「悪かったよ……勝手な事して」


音筆に背を向けたまま答える。



「アンタあの時、私が困っててももう絶対に助けないって言ったじゃない」


「そんな事言ったっけ?」


「言った!!」


「――じゃあそれは嘘。やっぱり気が変わった」


「はぁ!?何よそれ?」



「そりゃムカつく所もあるし、嫌味な事ばっか言ってきて、コイツとは仲良くなれないなって思ってたし、ていうかなりたくもないって思ってたしさ」


「……あっそ」


「でも、ここ最近口をきいてもらえなくて分かったんだ」


「……」



「――音筆は僕の事が嫌いなのかもしれないけど、僕は音筆の事、案外嫌いじゃなかったんだなーって思ってさ」


音筆の方に振り向き、そう言った。


「何……」




「いやぁー、さすがに堪(こた)えたわ!正直、お前から無視されるのがこんなに辛いとは思わなかったね!」


「最初は、元々嫌われてた訳だし、更に嫌われた所で関係ないやって思ってたんだけどさー。何か違ったんだよね」



僕の話を黙って聞いている音筆。




「でも、それも今日で最後だから安心しろよ」



「――僕、今日で辞める事にしたから」



「……えっ……?」


「お前言ってたじゃん?僕なんか辞めちゃえばいいって。でもせっかくここまで覚えたし、せめてオープンの日位は出ておきたくてさ」


「……ちょっと」


「心配しなくてもお前の名前を出したりしないよ。店長には、家庭の事情だって言っておくから」


「これからも頑張れよ」



部屋から出ていこうと、ドアノブに手を掛けた時。



「――ちょっと待ってよ!!!」



そう言って音筆が後ろから、僕の腰辺りに腕を回して抱き付いてきた。



「……音……筆?」



突然の事に訳が分からず、呆然とその場に立ち尽くす。


このシチュエーションの意味が、僕には全くと言っていいほど分からない。




「嘘なのっ!!!」



「嘘……?」



「辞めちゃえばいいなんて本当は思ってないの!!」



どういう事だ……?




「だから……辞めるなんて……言わないでよ……」





ちょ、えぇえぇええーー!?

なんなのこれ!?


音筆って、こんなに可愛いかったっけ!?





ていうか、着ている制服が薄いポロシャツ一枚だから、おっぱいの感触がモロに伝わってくるんだけど!!!



色々な意味で心臓が張り裂けそうなんだけど!!!


「ちょちょ、ちょっと待て!一回落ち着いて話そう!」


おっぱいの感触は名残惜しいが、こんな所を誰かに見られでもしたら、とんでもない誤解が生じてしまいそうだからな。


特に石津さんには。




とりあえず音筆を椅子に座らせる事にした。





「――で、あれだけ思いっきり辞めちゃえって言っておきながら、今度は辞めるな……と?」


「だからあれは嘘だって……」


「嘘ってなんだよ。お前は僕の事が嫌いで、二度と話し掛けてくんなって言ってたんだぞ?」


「嫌いとは言ってないもん……」


「いや、言ってただろ!!」


「言ってない!!」




「――まぁいい。でも二度と話し掛けてくんなとは言ってたじゃねぇか」


「それは……」


「それは?」


「それは……冗談よ」




「はぁーー!?何言ってんだお前は!!そんな訳あるか!!」



「そうなの!!」


「一週間以上も口をきかないってどんな冗談だよ!!ドSにも程があるわ!!」


「アンタが悪いんでしょ!?」


「それは分かってるよ!だからこうしてお前の為に辞めようとしてんじゃねぇか!」



「……じゃあ辞めないでよ」



どうしてこんな事になったんだ?意味が分からな過ぎる。



あれだけ僕の事を嫌っていたのに、今度は辞めるなだって。


誰か日本語で説明してくれよ。



「お前にとっては僕が辞めた方が良いんじゃないのか?」




「……感謝してたの」


「何?」




「本当は感謝してたのっ!!あの時の事!!」



「あの時って……リードを解いてやった時の事?」



コクンと頷き、続けて話す音筆。


「……恥ずかしくて、ついあんな事言っちゃったの!!だから……!その……あの時は……ありがとう」




おぉふっ……


何がどうなってんだ……?


コイツがこんなに素直な訳がない。

リアルの女の子って奴は分からん。


ゲームだったら好感度を調べればいい話だからな。



そもそも、音筆が急に口をきいてくれる様になったきっかけは何だったんだ?

やっぱりあの買取の事?



「それと……さっきの事も」


「あぁ、あのクレーマーか。お前だって冷静になっていれば、あの位なら説明出来たと思うし。別に気にしなくていいよ」



「ううん……凄く……助かった」



「僕はてっきり、また勝手な事すんなって言われると思ってヒヤヒヤしてたけどな」



「そんな事言う訳っ……!!……あるかもしれないけど……」


「何だよそりゃ。どっちなんだよ」



「だって私、夢ちゃんみたいに素直じゃないし……」



「そりゃそうだけど……夢みたいにって?」


「ア――アンタが言ったんでしょ!?夢みたいな素直な奴だったら喜んで助けるって!!」



「夢みたいな素直な奴だったら喜んで助ける…………あっ!!」


「思い出した?」


「確かに言った様な気がする。でも、それがどうかした……んっ!」



僕は閃いた。



「お前もしかして、その事でずっと怒ってたの!?」


フンッと横を向く音筆。



「なぁ~んだ!音筆も僕に助けてもらいたかったのか~!へ~、そっかそっか!!」



「バ――バカっ!!そ、そそ、そういうつもりで言った訳じゃ……!」


「照れるな照れるな。それならそうと言ってくれればいいのに~」


「だ――だから違うって……!!」


「安心しろ!夢みたいな素直な奴も助けるけど、音筆みたいなツンデレな奴も助けるからさ!!」



「はぁ!?何言ってんの!?それに、ツンデレってどういう意味よ!?」



コイツ、ツンデレの意味も知らんのか。

こういう奴も世の中には、まだ残っていたんだな。

ツンデレを知らないツンデレ。



「音筆」


「何よ!!」




「――僕の方こそ、あの時はごめんな」



フンッと恥ずかしそうにまた横を向いてしまう音筆。



こうして、一応は仲直りをする事が出来たのだった。

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