第7話 デート

――オープン二日目も、やはり初日と同じくお客さんで溢れかえっていたが、疲れはしたものの、特に問題もなくこの日もバイトを終える事が出来た。


当然、石津さんとメッシには、こってりとお説教をしておいた。


今日は早く帰ろうと空乃と話しながら帰り支度をしている最中、音筆に声をかけられた。


「あのさ、今朝借りた自転車返したいから、家まで一緒に取りに来てくれない?」


「あぁ……別にそんなのいつでもいいけど?今はあんまり使ってないし」


「私はそういうのは嫌なの!」


「分かったよ。取りに行けばいいんだろ」


「うん」


「音筆って意外と律儀な性格してるのな」


「うるさいわね!」



おぉ。

いつもの音筆だ。



「つー訳だからさ。空乃は先帰ってていいよ」


「じゃあ私も行きます」


「えっ?……あぁ、じゃあ一緒に行――」


「でもほら!自転車は一台だけだし!空乃ちゃんに迷惑かける訳にはいかないでしょ!?」


音筆が僕の言葉を遮った。



「おい、その言い方だと僕には迷惑をかけてもいいみたいな、そんな風に聞こえるぞ」


「アンタがいいって言ったんでしょ?」


「確かに言ったけどさ」


「そういう訳だから空乃ちゃん。ちょっとコイツ借りてくわね」



……僕は物かよ。


仕方なく音筆の家に寄っていく事にし、店から出ようとした時だった。


「……まるで、目依斗さんと二人きりになりたいから……って感じがしますね」



空乃がそう言ったのだ。



「……どういう意味?」

音筆も立ち止まり、空乃の方に振り向いた。


一瞬にして、辺りが凍り付く様な雰囲気になった気がした。


「な、何言ってんだよ空乃!そんな訳ないだろ!?むしろ僕なんて、コイツからは嫌われてる位だぜ?」


「……本気でそう思ってるんですか?」


「当たり前だろ!?キモいとか変態とか嫌いとか、その他諸々言われてるんだから」


「……だとしたら目依斗さんは本当に――」


「勝手な事言わないでくれる!?」


「……どうしてです?あなたが言えないようだから、私が代わりに代弁を――」


「それが勝手な事だって言ってんの!!」



……おいおい。

なんなんだこの状況。


二人が何故こんなにもいがみ合っているのか、僕には全く意味が分からないぞ。



「ちょっと落ち着けって二人とも!!何を言い合ってんだよ!?」


「うるさい!!」

「黙っててください!!」



…………怖っ。



「アンタだって人の事言える訳!?自分だって隠してる事があるくせに!!」


「別にないですよ!?隠してる事なんて!!」


「あっそ!!じゃあ言っちゃえばいいんじゃない!?私は――」

「わわわわわーー!!」

遮るように珍しく大声を出す空乃。


「な……!何言ってるんですか!?それだったら、あなただって言ったらいいじゃないですか!!私は――」

「あああああーー!!」

今度は音筆が言葉を遮る。


「全っ然!意味が分からないんですけど!?ていうか何なのさっきから!!」


……あまりの展開に、どう発言していいのかさっぱり分からない。



「ふ、二人共、私の為に争わないで……!」


僕はその場を和ませる為、冗談混じりでおどける様に言った。


そして二人してこちらに振り向き、同時にこう言い放った。


「大っ嫌い!!」

「大嫌いです!!」



「あっ……ですよねー……」


――とは言ったものの、空乃にまで嫌いと言われてしまった。


……しかも大嫌いって。


音筆においても、嫌いから大嫌いにランクダウンしてしまっていた。



二人からあまり好かれていないのは分かっていたけど、こうもハッキリ面と向かって大嫌いと言われてしまうと、さすがに辛いものがある。


――ハアァァァ……


そうか……二人共僕の事が大嫌いなのか。改めて知らされると、普通にしょげるな。最近は、少しずつ仲良くなれていた気がしてたんだけどなぁ。


僕が一人で勝手にそう思い込んでいただけだったらしい。

自惚れていたという事だ。


「大嫌いなのは分かったけどさ……なんで二人は喧嘩してる訳?」


「…………」

「…………」



音筆も空乃もその問いには答えず、俯いたまま長い沈黙が流れた。



「おっつかれー!!」


――と、ここで夢が入ってきた。


夢の後に続き、石津さん、メッシも中に入ってくる。


幸いな事に、二人が喧嘩していた休憩室には、僕と音筆と空乃しかいなかったのである。


僕達は、仕事が丁度良い感じで終わったので先にあがってこれたのだが、夢達はお客さんに捕まってしまい、今あがってきたのだ。


「お……おう、お疲れ」


夢もさすがにこの微妙な空気を感じ取ったのか、少し戸惑い気味だった。


何かあったの?

と言わんばかりの眼差しで、僕の方を見てくる。


それに対し、僕は軽く首を傾げる事しか出来なかった。


そんな中、音筆は無言で休憩室から出ていってしまった。

それに続くように空乃も退出。


一応空乃は「……お疲れさまでした」と言ってから。



「どうかしたの?」


案の定、僕にそう聞いてくる夢。


「えっ?何が?」


皆に余計な気を遣わせたくなかったので、明るくそう答えた。


「そう」

夢も余計な追及はしてこなかった。


「じゃあ、僕帰るから。皆お疲れー」


「ちょっと待って。一緒に帰ろう?」


「でも、お前の家とは帰る方向逆だろ?」


「いいから」



「……」



とりあえず夢に言われるがまま、二人で外へと出た。


「ちょっとファミレスでも寄ってかない?お腹空いちゃって」



家に帰っても空乃とは少し気まずいし……それも悪くないか。


「いいよ」


「じゃあ行こう!」




――場所をいつか皆で来たファミレスへと移し、目の前では夢がメニューを選んでいる。


「ん~……チーズハンバーグもいいし、半熟卵のハヤシライスも美味しそう……」


「迷い過ぎだろ」


「分かってないなぁ~、目依斗は。メニューはね!悩む為にあるんだよ!」


「いや、ちげーって」


「目依斗はもう決めたの?」


「うん、決めた」


ちなみに僕は、ドリアとフライドポテトだ。



「よし!決めた!」



どうやら、ようやく決まったらしい。


「……お前さ」


「何?」


「何も聞いてこないのな」


「何もって?」


「いや、さっきの事」


「あぁ~、目依斗から話してくれるのを待ってるんだよ」


「僕が話さなかったらどうすんだよ」


「そしたら聞かないで終わるだけでしょ」


「……お前な」


「目依斗が話したいなら聞いてあげるし、話したくないなら聞かないであげる……それだけの事だよ」



「…………話す」


「じゃあ聞いたげる!」

ニコッと笑いながらそう言った。



――僕は、さっきあった事を大まかに説明した。


それを夢は、ただ黙って聞いていてくれた。



「二人から大っ嫌いって言われちったよ――アハハ……可笑しいだろ?」


「そうだね」


「そうだねってお前……ちょっとはフォローしてくれよ!」


「……」


「まぁ確かに、性格だって良いとは言えないし、容姿だってメッシみたいに格好良い訳じゃないし、好かれる部分なんてどこにも見当たらないんだから、しょうがないっちゃしょうがないんだけどさ」


「卑屈だねー……目依斗は」


「だって本当の事だし」


「そのくせ気にしぃだよね」


「否定は出来ないな」


「目依斗が言う程に、夢は悪くないと思うけど」


「どこが?」



「――容姿も性格も」


「そんな易い同情はいらん」


「…………じゃあ、デートしよっか」



「――ハァア!!?」


「デートしようかって、言ってるんだよ?」


「なんでそうなる!?」


「……嫌?」


「嫌な訳じゃないけど……まさかドッキリじゃないだろうな?僕がするって言った瞬間に、お前なんかとデートする訳ないだろ!?とか、そんな事を言うつもりなんじゃ……」


「……そう思うならそれでいいよ」


「……いや、ごめん」


「…………」



急に黙り込んじゃったよ夢の奴。


冗談じゃないの?

でも折角のお誘いだし、ここは一つ勇気を出して…

「デ、デート……する?」


「…………しない」



――えぇええぇえ!!?


「アハハハハ。冗談だよ、冗談」


「おいぃ!!?やっぱ冗談なんじゃねぇか!!人が傷付く様な嘘ついてんじゃねーよ!!お兄さん泣いちゃうからね!?」


「違う違う!しないっていうのが冗談なの!デートはするよ?」


「なんだそれ!もう何が嘘で何が本当なのか分からん!!」



「目依斗!」


ガシッと両肩を掴まれた。


「――夢と、デートをしよう!」


「は、はい」



……何このシチュエーション。


男と女のポジションが逆な気がする。


――ていうか夢さんカッケー!


惚れそう。


「でも、その事よりもまずは音筆と空乃を仲直りさせないと」


「嫌われてるんだったら放っておけばいいじゃん」


「いや、そういう訳にもいかないだろ。お互いに仕事もやりずらくなるだろうし」


「だけど、目依斗には関係ないよね?」


「――関係あるよ!僕は空乃の兄貴なんだから!」


「やれやれ……とんだシスコンですな」


「シスコンじゃねぇよ!」


「でも具体的にはどうするつもりなのさ?」


「それが分からん」


「じゃあアレなんてどう?」


「おっ!何?何か良い考えでもあんの?」


「いや、言ってみただけ」


「しょうもない事してんな!」


「んじゃ、真剣に考えてみると、やっぱり目依斗は何もしなくていいと思うよ」


「……うーん……そうかな?」


「あのね、こういうのは時間が解決してくれるもんなの。それに本人達の問題でしょ?」


「そりゃそうなのかもしれないけどさ」


「ほんとお人好しだねぇ〜チミは〜」


「そんなんじゃねぇよ」


「アハハハハ――とりあえずそういう事だから」


「……まぁ話はしてみるよ」


「――という訳で、この件はここまでにして……デートの日時を決めよう!」


「切り替え早いな!」


――デートの日時は二人のシフトが休みの時、また後で確認してRineする……とか夢は言っていたけど、適当に言葉を濁して自宅にへと帰宅した。


どうせ当分は、そんな日ないだろうし。



空乃にどう話すか考えながら家に入ってみると、空乃はまだ帰宅していない様だった。



電話でもしてみるか。


そう思い、スマホを取り出そうとしたのだが……


無い。



今思ったら、あの時から空乃に返してもらってないな。


今更気が付くとか、僕って携帯持ってる意味ないんじゃね?

自分にそう問い掛けたくなる。


どうしようか考えた挙げ句、僕は音筆の家に行ってみる事にした。


ハッキリ言って、物凄く行きたくないんだけど……


元々は自転車を取りに寄る予定だったし、音筆とも話さないといけない訳だし――まぁ、一石二鳥って事で。



せっかく仲直り出来たと思ったら、今度は空乃と音筆ですか……



でも、さっきの喧嘩は空乃が悪かった様な気がする。

最近の空乃は妙に突っかかってくるからな。


イライラしてんのかな?

帰りにニボシでも買ってきてやろう。



――さて!ここは僕が一肌脱ぎますか!

夢に言われた事をまったく守ろうとしていない僕だった。



――と、意気込んで出て来たものの……


よくよく考えてみると、音筆の家の場所を知らなかった。


こんな時に携帯を使わないで、いつ使うってんだ。

空乃も預かってた事忘れてんのかな?



――そして、場所が分からない僕がどこに向かったのかというと……



近所のスーパーだった。


何故かって、ここに空乃がいる気がしたからだ。



――という冗談はさておき、ニボシと牛乳を買いに来ただけだったりする。


そんな事してる場合じゃないだろ!

とか言われてしまいそうだが、仕方ない。


だって場所が分からないんだもん。

携帯もないし。



夢の家なら知ってるんだけどな。


買い物を済ませ、特にこれといって行くあてのない僕は、いつしか初めて音筆と出会った土手へと来ていた。


あの時綺麗だった桜の木は、もうすっかり緑色になっていた。


結局空乃とは一緒に見る事が出来なかったなぁ。



――ハァ……


ため息を溢しながらその場に腰を下ろし、ニボシをかじりながら牛乳を飲んだ。



暗くなってきたし、帰るかな。

こんな所に居てもしょうがないし。


立ち上がり、自宅の方向へと歩き始めると、僕の横で自転車がスピードを緩(ゆる)めた。


「目依斗さん?」


「空乃!?」



自転車に乗っていたのは空乃だった。


「何してるんですか?こんな所で」



ついさっき僕の事を大嫌いと言っておきながら、何故だか分からないが、ご機嫌な様子で普通に接してくる。


心配していたのがアホらしくなる位の上機嫌。


「……別に。ただの散歩だよ」


「そうですか、そうですか~」



何そのテンション。

喧嘩の事はどうなったんだよ。


乗っていた自転車を降りて、引きながら僕と並んで歩きだす空乃。


「荷物持ちますよ」


そう言って、僕が持っていた袋を自転車の前カゴに入れた。


「あぁ、悪いな」


「いえいえ~」


「……あのさ?」


「はい?」


「何か良い事でもあったの?」


「いえ、別に~」


どう考えても何かあっただろ。



「それに、その……音筆とはどうすんだよ」


「あぁ、その事ですか」


「その事ってお前――」


「それなら大丈夫です!」


「大丈夫って何が!」


「この自転車を見て、分からないんですか?」



自転車を見て何が分かるって……


あれ?自転車は音筆の家にあるんじゃ……



「ハァ……本当に鈍いですね、目依斗さんは」


「鈍くはねぇよ!」


「鈍いです!鈍くて鈍くて鈍くて鈍すぎます!!」



そこまで言わんでも……


「私がこの自転車に乗っているって事は、琴乃ちゃんの家に行って来たからに決まってるじゃないですか!」


「え……?じゃあ、もしかして……」


「はい!仲直りしました!」



「そうなの!!?」


「はい。あの後すぐに追いかけて謝りました」



なんだ――空乃も自分が悪かったって、ちゃんと自覚してたんだな。


「そ、そっかそっか。なら良かったな」


「はい」



僕が何をするでもなく、スピード解決って訳だ。

取り越し苦労もいいとこだぜ。

まさに夢の言う通りだった。


「あ、そうだ。そういえばまだ携帯返してもらってなかったんだよ。返してくれるか?」


「嫌です」


「嫌なの!?」


「冗談ですよ、冗談」

笑いながらそう答えた。



「意味のない嘘ついてんじゃねーよ」


「嘘じゃありません。冗談です」


「へいへい……どっちでもいいから早く返してくれよ」


「じゃあ私の胸ポケットに入ってるので、取ってもらってもいいですか?」



…………胸ポケットって。



「取っていいの!!?」


「私、自転車を引いていて手が離せませんから」


「取っていいの!!?」



二回も聞いてしまった。


「どうぞ」



胸ポケットってアレだぞ!?胸元に付いてるポケットの事だぞ!?


そこに手を入れて取るって事は、すなわち胸に触れる事を意味するんだぞ!?



私のおっぱい触ってもいいですよって事なんだぞ!?


「じゃ、じゃあ……触るぞ?」


「触る?」



いかん!つい言い間違えた!!


「け、携帯にって意味ですけど!?」


我ながら苦しい言い訳だった。



平然と歩いている空乃の胸に視点を絞り、僕はゆっくりと腕を伸ばした。



胸まで後数センチ――って所で腕を下げる。



「無理!!!」


チキンな僕にそんな事出来るか!!


心臓が停止するわ!!



「……フフフ……ですよね。だと思ってました。本当はバッグの中に入ってるんですよ、目依斗さんの携帯は」


「なんて酷い嘘を……!!男の純情を弄びやがって!!」


「だから嘘じゃなくて――」


「冗談だって言いたいんだろ!?」


「…………」


「そんな卑劣な冗談があってたまるか!」


「携帯いらないんです?」

そう言って僕に携帯を見せてくる。


「ていうか、自分で取れちゃってるじゃん!!」


携帯を返してもらい、画面を開いてみるが、悲しい事に着信もメールも来ていなかった。



本当に意味ねぇー、この携帯。



「……そうでした」


「どうした?」


「見るつもりはなかったのですが――……一件だけRineを見てしまいまして」


「僕の?」


「……はい」


「あー、別に気にしなくていいよ。見られて困る様なのなんてないし」


「――そうですか」


「そんな事よりも……データフォルダとかは見てない……よね?」


「見ました」


「ちょ!えぇええぇえ!!?じゃあ、あの●●●●●で■■■から▲▲られてる奴とか、★★★のとかも見ちゃったの!!?」



「……冗談ですけど……★★★って何です?」



「嵌められたあぁあぁあーー!!!」


「ねぇ、★★★って何です?」


「忘れてください!!そんなに問いたださないでください!!お願いします!!」


「じゃあ琴乃ちゃんに聞いてみます」


「それだけは本当にやめて!?」



空乃がSに目覚め始めてるよこれ。

どうすんだよこれ。


「そんな事よりその袋に入ってる物、空乃に買ってきたんだぜ?」


必死に話題を変えようとする。



「本当ですか!?」


ごそごそと袋の中を漁る空乃。


「……これは?」


「ニボシ!」


「あ、ありがとう……ございます」


「いやいや、なんのなんの。それ食べて元気出してよ!」


「は、はい……」



もしかして、あんまり喜んでない?



――それから自宅に着き、特に何がある訳でもなく次の日を迎えた。



ただ一つだけあった事があるとしたら、音筆からのRineだ。


当然僕は、空乃と仲直りしたから――とか、そんな内容のメールだと思っていたんだが、実際はこうだった。


『嘘つき』



この一文だけ。


全く意味が分からない。

何か音筆に嘘ついたっけ?


その後返信したけど、返ってくる事はなかった。


だから今日、直接聞いてみようと思う。



――オープンから三日目も、やはり大盛況。


この日も僕達は、レジだけで手一杯だった。



「いらっしゃいませ」



三日目にして初めてエロゲを持ってきた客がいた。


こんなに沢山の人がいる中で、人目も気にせず買えるとは、中々の強者もいたものである。


「こちら4950円になります」


「はーい」



えっと……確か18禁の品物は茶色い袋に入れるんだったっけ。



品物を袋に入れようとした時だった。


「あっ、そのままで大丈夫」


という声がかかった。



このまま!?

こんなにも露骨なパッケージのエロゲをこのままでいいなんて、貴方は賢者様ですか!?



「あ、はい。ありがとうございます」


と顔を見上げた時、そいつの顔を見てみると……


――感付いていた人もいるかもしれないが、そこで呑気にエロゲを買っていたのは夢だった。



(お前こんな時に何やってんだよ)


(今は休憩中なのだよ。じゃ、頑張って)



小声でこんなやり取りを交わし、僕に向けて小さく投げキッスをして足早に去っていった。



……アイツ。



――それからしばらくして、僕にも店長から休憩に入っていいよという言葉がかけられた。



休憩室に行ってみると、何やら声が聞こえてくる。


僕が最後の休憩者かよ、とか思いつつ中に入る。



すると、そこには音筆とメッシの姿があった。



中に入ったのはいいが、何やら空気が重い気がする。


いや、正確に言えば僕が中に入った事によって重くなった様な気がする。



「お、お疲れー」


恐る恐る二人に向けて声をかける。


「お……おう」


なんとも微妙な返事がメッシから返ってきた。


音筆は、ただ僕の方を見つめているだけだった。



そして、メッシが椅子から立ち上がり、こう言った。


「……じゃあ、俺は休憩終わりだから行くわ」


そう言うと、ドアの前に立っていた僕の方に近付いてきて「早く言えよ~」と、苦笑しながら脇腹を拳でグリグリして去っていった。


「は?どういう――」



意味が分からないまま取り残されてしまった。


訳も分からず、音筆の向かいの席に座る。


「メッシと何話してたの?」


「……別に」


「あっそ」


変わらんなぁー、コイツは。


ペットボトルのお茶を飲みながら、チラッと音筆の方に目を向ける。



――そして長い沈黙。



耐えられねぇーー、こんな空気!


だって、時計のカチッカチッて音が聞こえてくるもの!


というか、時計の音しか聞こえてこないもの!!



そんな居心地の悪い状況の中、僕は昨日のRineの件について思い出したので聞いてみる事にした。


「あのさ」


「何?」


「昨日のRineの嘘つきって、どういう意味?」


「そのままの意味よ」


そのままって何が?

「僕、何か嘘ついてたっけ?」


「ついてたわね」


そう言いながら、怒ってるとも怒ってないとも取れそうな目で僕の方を見る。


「ごめん、本当に心当たりないんだけど」

だって本当にそんな覚えないしな。


―――はぁ

「そうね、アンタは嘘をついてるつもりはないでしょうね」

やれやれといった感じでため息を吐きながらそう言った。


「どういう事?」

本当に意味が分からん。


「私から今言う事はできないけど、アンタは自覚のない嘘をついてるという事を覚えておいた方がいいわよ」


「自覚のない嘘?」


「はい、この話は一旦おしまい!」

と強引に話を終わらせる音筆。

すみません、まっったく意味が分かりません。


それでさ、と話を続けた

「――アンタ、彼女いないでしょ?」


「いないでしょって、なんでいない事前提!?」


「……じゃあいる訳?」


「いない!というか、できた事すらない!!」


「うん、知ってる」


「知ってる!?お前は僕が彼女ができた事がないという事実すらも知っていたというのか!?」


「訂正するわ。分かってた」


「……何故バレている」


「じゃあ大丈夫よね」


「何が?」


「彼女ができたとしても」


「どういう意味?」


「……アンタって本当にバカね」


「なんでそうなるんだよ」


「救いようがないわ」


「そこまで!?せめて救いの手くらいは差し出してくれよ!」


「……いいわ」

そう言って僕の事を指差し、こう続けた。


「――小笠原さんに……アンタと付き合ってるって言っちゃったから」



「……」

「……」



「ふーん」


「ふーんって!それだけ!?」

驚いたように両手で机の上をバンッと叩く。


「え、なんで?」


「だってアンタと付き合ってるって言っちゃったのよ!?」


「うん」


「うんって……!」


「大丈夫だよ。多分メッシは嘘だって分かってるから」


「は?」


「お前嘘つくなら、もっと現実味のある事言えよ。そんなの誰に言っても速攻で分かると思うぞ?」


「なんでよ!?」


「だって、お前が僕に接する態度を見てたら、僕の事が嫌いなのは明らかだもん」


「……アンタは私の事が嫌いな訳?」


「いや、好きか嫌いかで言ったら好きだけど?」


「……バカじゃないの?」


「言っとくけどなぁ、バカって言う方がバカなんだからな」


「はいはい」


「ふむ――というか話を戻すけど、なんでそんな嘘ついた訳?」


「……誘われたからよ」


「誘われた?何に?」


「別にっ!なんでもない!」


コイツと話すのは疲れるなー。


「なんでもないんならいいけどさ。何かあったら言えよ?僕に出来る事ならするから」


「……ありがと」


「おう」


「じゃあさ……今度買い物に付き合ってほしいんだけど」


「買い物?だったら、空乃とか夢とかと一緒に行った方がいいんじゃないか?」


「嫌ならいい!」


「そうは言ってないだろ?僕でいいんなら全然付き合うよ」


「ほんと?」


「うん、ほんと」


「約束だからね?」


「あぁ、約束な」


「うんっ!」

なんだかテンションが上がっているようにも見える。

なんだかちょっと、見てると嬉しくなってくる。


「子供みたいだな」

からかうようにそう言う。


「うるっさい!今の約束、忘れないでよね?」


「はいはい」


そんな約束を交わし、本日のバイトも無事終了。

ここから数日は、特に何事も無かったので、少々日数が飛ぶ。



――そして、オープンしてから二週間程経った。今日もバイト。さすがにこの位日数が経過すると、店内もあまり人が居なくて、わりかし暇になっていた。


なので、シフトも全員がかぶる日はなくなった。


今日シフトに出ているのは、僕、夢、石津さん、の三人である。


今や、オープニングを乗り越え仕事の能力も上がった僕達にとっては、三人も居れば余裕でこなせる訳だ。



そして、なんといっても暑い!!

四月も終わろうとしている最近は、急に暑くなってきた。

数日前までだが、寒くてコタツに入っていたあの頃がもう懐かしいぜ!


って言っても、店内には既に冷房をかけていて涼しいんだけどね。

今からこの調子だと、夏を乗り切れるのか心配ではあるけども。


「ゆ~め~、ひ~ま~だ~よ~」


する事がなくて暇な時は、大体夢にかまってもらいに行く様になっていた僕だった。


「おー、よしよし。これが終わったら遊んであげるからねー」


と、自分の仕事を淡々とこなしていく夢。


「そんなの僕が手伝うからさ!――はいっ!はいっ!はーい、終わり!」


「目依斗……無駄に仕事出来る様になったよね」


「無駄って言うな!こっちは仕事中でも夢と戯れようと思って、必死に仕事を覚えたってのに!」


「恥ずかしい事をさらっと言わない!」


「だってなぁ、夢は分かってないかもしれないけど、オープンしてから僕と夢だけは、シフトがずっと一緒なんだぜ!?」


偶然にもシフトが夢とズレた事はなかった。

小学校から中学校までずっと同じクラスだった、僕としてはそんな気分。


「まぁ、分かってるけど」



「それじゃあもう一度ツインテにしてください!お願いしますっ!!」


僕は深々と頭を下げた。


「なっ……!?だから嫌だって!!」



――話が飛躍しすぎていて、状況が分かって頂けないと思うので、話は二日前にさかのぼる。


……そう、以前夢と約束していたデートの時の話だ。



――二人のシフトが入っていなかったこの日。


僕は夢とデートをする事になっていた。


そして今。

駅前で夢を待っているという、まるで彼氏みたいな事をしている最中だ。



夢とデートの約束をしていた事なんて、はっきり言ってしまうと全く覚えていなかったのだが、夢がしつこく迫ってくるものだから「あ!思い出した思い出した!そういや、そんな約束してたよねぇ!」と、無理やり思い出した風を装って、今に至る訳である。


なんでデートの約束なんかしたんだっけ。



「もう来てたんだ~」


待ち合わせ時刻五分前になると、夢が現れた。


僕は十五分前には来てた訳だけど。


「まぁね」


いじっていた携帯をポケットにしまい、夢の方に視線を向けると――



そこには普段の男っぽい服装からはかけ離れた、女の子らしい服を着ている夢が立っていた。


極めつけには、長い黒髪を左右で結んでいるツインテールときたものだ。


「……!?」


言葉にならずに夢を見つめていた。


「あれあれ~?本気を出してしまった夢ちゃんに、言葉も出ませんか~?」

ムッフッフーと右手の上に顎を乗せ、ドヤ顔な夢。


「そうだな……普通に可愛いと思って見惚れた」


「え?ア、アハハ……。その反応に対するリアクションは用意してなかったよ」


「結婚してください!」


「何言ってんのさ!?」


「とりあえず抱き締めていいですか!」


「キャラ変わってる!!」


いやいや夢さん、普段とのギャップがやばいですって。

クール美人からの幼な可愛いは反則ですって。

普段も中身はクールではないけれど、この容姿の変化は……。


ドキドキする気持ちを抑えて普段通りにしなければ……。

「で、どこ行く?僕、まったくのノープランで来たんだけど」

我ながらの駄目男っぷりである。



「まずは……映画を見ます!」


「別にいいけど、何の?」


「着いてからのお楽しみなのだよ」



どうせ、何かのアニメとかだろう――と、軽く考えていたのだけれど、いざ着いてみると夢は「ちょっと待ってて」と、チケット売り場に走って行き、チョチョイとチケットを二枚手にして戻ってきた。



「憑き人……?何これ、どんな映画?」


「いいからいいから」


「つーか、お金渡してなかったじゃん。はい、これ」


「夢が一緒に見てほしかっただけだから、別にいいのに」


「そういう訳にはいかん!抱き締めるよ!?」


「なんで!?」


無理やり夢にお金を受け取らせた。


「ジュースとか買ってくるけど、夢は何がいい?」


「夢も行くー」


「じゃ、一緒に行こっか」



――ポップコーンとジュースを買い、準備はオッケー。


僕達は館内へと入っていった。



「目依斗、そのポップコーン大きすぎない?」


「うん、大きすぎる」


「なんでLにしたの?」


「いや、前に並んでた人がMを買っててさ、意外に小さかったからLを買ってみたんだけど、MからLへの増量がここまであるとは……正直甘くみてたよね、Lという存在を」


「アハハハ」


「食べきればいいんだよ!」


「ごめんごめん、夢も一緒に食べてあげるから」


「い、一緒に食べる為に買った訳じゃないんだからねっ!?」


「じゃあいーよ」


「ちょ!夢さん!ツンデレはスルーですか!?」


「アハハハハ」


映画が始まって、僕は気付いた事がある。


というか、タイトルからして感付いてはいたんだけど……


「夢さん夢さん」


既に始まっていたので、かなり小声で話し掛ける。


「何?」


「これってば、極上のホラーじゃない?」


「そだよー」


「そだよー、じゃないよ!抱き締めるぞコラ!!」


「だからなんでさ!――もしかしてホラー苦手だった?」


「そんな訳ないだろ。迷惑になるから黙って見てなさい」


「自分から話し掛けてきたくせに……」



――カシュ カシュ カシュカシュ



――カシュカシュ カシュカシュ



「ちょっと目依斗。カシュカシュうるさいよ。」


――カシュカシュ カシュカシュ カシュカシュ


「もうちょい静かにポップコーン食べ――ひぁっ!!…………怖~。今の見た?」


「……夢」


「どうしたの?大丈夫?」


「……ポ、ポップコーンを僕の目にねじ込んでくれないか?」


「何気持ち悪い事言ってんの!?」


「……夢も食べなよ。ポップコーン……美味しいよ」


「う、うん……ありがと」


何これ、普通に怖いんですけど……


DVDとかだったら割と平気なのに、映画の巨大スクリーンともなると、こうも違うのな。


ポップコーンでも食べてないとやってられん。



――キャー!!


「ぬおっ!」



周りの人達の叫び声にビックリするよ。

夢は、あんまり怖がってないみたいだし。


少しくらい怖がって、僕に抱き付いてきてくれたりすれば、見に来た甲斐があるってもんなのに。


やっぱり現実はギャルゲみたいにはいかないな。



ホラー映画を充分に堪能し、館内から出る僕達。


「あー、面白かったー!」


と腕を伸ばしている夢。


「それは何よりだ」


「目依斗は面白くなかった?」


「まぁ、少なくとも面白くはなかったよね」


「そっか……」


「いや、あれだよ?皮肉で言った訳じゃなくて、怖かったって意味だからね!?」


「でも、楽しくはなかったんでしょ?」


「いやいやいや!楽しいよ!?イヤッホーイって感じだよ!こんな可愛い子と一緒に映画が見れるなんて、僕はなんて幸せ者なんだ!!」


「……はいはい」

呆れながら笑う夢。


「分かってもらえればいい」


「さて、次はどうするか」


「次は……お昼ご飯を食べます!」


「あぁ、そういやそんな時間か」


「行くよー!」


「もしかして、実は今日のプラン考えてきてる?」


「――もちろん!」



さっきまで巨大ポップコーンを食べていたせいで、実を言うとそれほどお腹は空いていないのだが、それを言うのも野暮だろう。


せっかく夢が決めてくれていたんだし。


ていうか、このツインテ娘は何をそんなに張り切っているのだろうか。



そもそも、何故今日はツインテなんだ?



――そしてファミレスにご到着。


いつも皆で来る所とは違うものの、所詮はファミレス。結局は似たようなものだ。


所詮なんて言ってしまうとファミレスに失礼か。

ファミレスごめんなさい!


「何にしよっかな~」


早速メニューを開く夢。


「僕はオムライス」


メニューも見る事なく決定。


「また!?」


「まぁ大好きだからね」


「でも、そんな目依斗に残念なお知らせがあるんだよ」


「何?いつもの店より高いとか?」


「このお店にはオムライスは存在しません」


「まじか!!」


「このお店にはオムライスは存在しません」


「なんで二回言ったの!?」


「このオムライスにはお店は存在しません」


「逆になっちゃってるけど!!」


「オム目依斗」


「人の名前をオムライスみたく言うんじゃない!」


「で、何にする?」


「……んー、じゃあハヤシライスにしようかな」


「ライス大好きか!!」


「そこはいいでしょ別に!?」



そんな感じでメニューも決まり、ドリンクバーから飲み物を持ってきて今に落ち着いた。



「……何、見てんのさ」


「え?夢だけど?」


「いや、それは分かってるから!なんで夢の事見てるのかって聞いてんの!」


「カワユスだなぁと思って」


「そんなお世辞はいらないから!」


「いや、自信持っていいと思うぞ。普段からその格好ならモテまくりだな」


「そんな訳ないって」


「ホントホント」


「……別にモテなくてもいいし」


「お前、それは僕に対しての嫌味と受け取っていいんだな?」



「好きな人に気に入ってもらえればそれで……」



「何、好きな人いんの?」


「……まぁ」



くぁー、夢の奴好きな人いんのかよー。


今時の若者は、恋愛をしていないと生きていけないのかねー。


僕の人生には恋愛なんて皆無もいいとこだけどねー。


でも、他ならぬ夢とあれば僕も応援せざるを得ないだろう。


なんといっても友達だからね。

あれ、友達でいいんだよね?

単なるバイト仲間とかじゃないよね?

やべ、不安になってきた。



「夢に好意を持ってもらえるって事は、そいつは良い奴なんだろうなー」


「そうだね。良い奴だよ」


「心配しなくても大丈夫!これ以上詮索しようだなんて、野暮な事はしないから!むしろ僕に出来る事なら何でも言ってくれ!出来る範囲内の事であれば、何でもするから!」


「……じゃあ相談にのってくれる?」


「おう!何の相談だ?」


「恋愛相談」


「……お……おぉふ」

恋愛経験のない僕でもお役に立てますでしょうか。


「駄目かな?」


「駄目って事はないんだけど……役に立てるかな。恋愛なんてした事もないんだけど」


「そこは大丈夫だよ」


「ならいいけど……」


「じゃあ相談するよ?」


「よ、よし。こい」



何この妙なドキドキ感……


「――目依斗の好きな女性のタイプは?」



「えっ!僕の!?」


「うん」


「僕の好きなタイプと夢の好きな奴のタイプは全然違うと思うんだけど……」


「それでもいいから!同じ男性側からの意見を聞きたいの!」


なるほど、それなら少しは役に立てるかもな。



「そうだな――二次元で例えるなら……」


「ちょ、ストッ!!」


「なんだよ」


「夢、なんて聞いたっけ?」


「え?何言ってんのお前。僕の好きなタイプでいいって言ったじゃん」


「そこはいいんだよ!なんで二次元で例えるのかって聞いてるんだよ!」


「だって僕、好きな子とかいた事ないし……二次元で例えるしか――」


「目依斗が二次元で好きな女の子のタイプなんて知ってるんだよ!ツインテ娘でしょ!?」


「知ってるんなら僕から話す事はもうありません。以上!解散!!」



――ベシッ!!



夢に頭を叩かれた。


「なんだよー。知ってるんならもういいじゃねーか」


「夢は現実、リアルの話をしてるんだよ。それも割と真剣に」


「そうだな、すまなかった。じゃあ現実のタイプを言えばいいんだな?」


「そゆこと」



そう言いながら、ふてくされてしまった様に、ジュースをストローでズーズーと吸っている。


「そうだなー、だとしたら……一緒に居てホッとする子かな」


「ふーん……」


「何かご不満でしたかね夢さん?」


「んーん。てっきり、リアルでもツインテ娘が大好きです!――とか言うのかと思ってたから」


「あー、まぁ確かにリアルでもツインテは大好きですけどね。でも、好きなタイプって言うんなら外見よりも中身でしょ」


「…………」


今度はジュースをストローで吹いて、ブクブクさせている。


また何か失敗しちゃったのか僕は?


「夢さーん?」



「――じゃあ、このツインテールはどう思う?」


と、自分の髪の毛を指差しながら聞いてきた。



「超絶可愛い!!」

勿論、即答でそう答えた。


――瞬間……


シュルルッと自分の髪を結んでいたリボンの様な物を取り、あっという間にストレートの髪型に戻してしまったのだった。


「何してくれてんの!?」


「何が?」


「言わずもがな!!」


「言わずもなか?」


「そうそう、あんこぎっしりで――って、そうじゃねーよ!!髪型だよ!ツインテだよ!何故取ってしまうのか!!」


「別に……取りたくなったから」


「そうか、よしよし。じゃあまた結ぼうか」


「それは無理」


「なんで!!?」


「目依斗はツインテールを甘く考えてる」


「甘く考えてねーよ!!日本一ツインテールが好きだと言っても過言ではない男だよ僕は!?」


「それはそれで気持ち悪いけど、そういう事じゃなくて……」


「夢に気持ち悪いって言われた!!」

素直に傷付いた……



「つまりはさ、ツインテールのセットは簡単に見えるかもしれないけど、意外と大変なのだよ」


「じゃあ僕がやる」


「ほっほーう。なら、やってもらおうか」


「ばっちこい!」


「古っ!」



夢の背後に回り込み、作業開始。


「――こうして……この部分をくくって……よし。後は反対も同じ様な感じでっと……」


「出来た!!」



「どれどれ……」


自分のカバンの中から小さな手鏡を取り出し、確認し始める夢。


「…………」


「どうどう!?僕的には割と完璧に出来たと思うんだけど!」


「……なんで出来るの?」


「そこはほら、僕のツインテを愛する心がそうさせたっていうか……」


「でも却下!!」


「なんて事を!!」


また取られてしまった。



「なんで取っちゃうんだよ!」


「いいの!ツインにはもうしないの!」


「あんまし上手くなかった?」


「上手かったよ!ていうか夢がやるより上手かったよ!」


「あ……それはどうも」

ついペコっと頭を下げてしまった。


「それでももうしないって決めたの!」


「ハァー……まぁ、そこまで言うんなら仕方ないか。」


「うん、仕方ない」


「可愛かったんだけどなぁー」


「…………」



またジュースをブクブクさせている。


――そんな感じで昼食を済ませた僕達が、次にどこに向かっているのかというと、ゲームセンターだ。


確かにデートの鉄板って感じがするしな。

勿論これも夢が言い出した事である。



「お次はゲーセンに行くぞなもし!」


ってな感じで。

あ、ぞなもしとは言ってなかったか。



「目依斗」


「な、なんすか夢さん」


「隙あらば髪の毛を結ぼうとするのやめてほしいんだけど?」


「……ばれてたか」


「当たり前でしょ。さっき仕方ないとか言って諦めたんじゃなかったの?」


「仕方ないとは言ったけど、諦めたとは言ってません」


「子供みたいな事言って……」


「何とでも言うがいいさ。これからだって僕は、隙あらばどんどん狙っていくからな」



それから少し「うーん」と考えた後、こう言ってきた。


「目依斗、手出して」


「手?なんで?」


「いいから早く」


「はいはい」



――そっと右手を差し出すと、その上から夢の左手を重ね合わせてきた。



「……夢さん?」


「なーに?」


「これは一体?」


「聞かなくても分かるでしょ?」


「うん、まぁ、恋人繋ぎってやつだよね」


「そうだね」


「そうだねって……あっ!そうかそうか!夢ちゃんったらお兄さんと手を繋ぎたかったんだねー!?それならそうと早く言ってくれればよかったのにー」


「そうだねー、早く言えば良かった」


「え?おぉ、うん」



冗談で言ったのにスルーされたんですけど。

何これ、新手の嫌がらせ?


それよりも……



「なぁ、夢?」


「んー?」


「僕なんかと手を繋いでたらマズいんじゃないか?もし、夢の好きな奴にでも見られちゃったら誤解されちまうぞ?」

コソコソっと言った。


「誤解……ねぇ」


「そうだよ。まぁ、偶然にもそいつがここを通りかからないとも言い切れないだろうし」


「別にいいよ」


「いいわけあるか!」


繋いでいた手を離した。


「だからいいんだってば!」


そう言って、今度は腕にしがみついてきた。


「意味分かってやってんのかお前!?」


「向こうは夢の事なんて何とも思ってないんだもん!」


「どうしてそう思うんだよ?」


「だって、その人の周りには可愛くていい子がいっぱいいるし……夢なんかがかないっこないんだよ!」


「じゃあ、夢もその中の一人って事じゃん」


「……夢は違うもん」


「違わねーよ。お前、自虐的すぎるんだよ。僕もどっちかっていうと同じ類だから、その気持ちも分かるんだけどさ。夢は僕なんかとは違って、実際綺麗だし、良い奴なんだから、もうちょい自信持っていいと思うぜ?僕が保証する」


「……バカだなぁ、目依斗は」


「バカってお前……」


「そこまで言ってくれるなんてさ。ホントお人好しだね」


「だって僕、夢の事好きだし」


「……え?」


「いや、もう大好きだと言ってもいいね」


「だ……大好……」


「じゃなかったらそこまで言わねーって。そりゃあ、正直僕の大好きな夢が他の奴に取られるのは嫌だけどさ、夢が本気で好きだって言うんなら、僕だって本気で応援するよ」


「……好きって」


「だから抱きしめてもいいですか!?」


「……はい」


「はい?」

あれ、聞き間違い?



「え?いいの?」


「えっ!?何が!?」



なんだ……やっぱり聞き間違いか。


「いや、何でもない」


「そう……?」


「――という訳だから、とりあえず腕を放そうか」


「嫌なの?」


「お前……今までの僕の話聞いてなかったのかよ。また話を最初からループさせるつもりか?」


「意味分かんない」


「意味は分かるでしょ!?」


「だって、目依斗はその……夢の事……す……す……って言ったじゃん」


「意味分かんない」


「意味は分かるでしょ!?」



おもしろっ。



「す……って何?はっきり言ってくれないと分かんないんですけど」


「だっ、だから!!夢の事……すっ……」


「す?」


「すっ……す……すすすすって言った!!!」


「すすすすなんて言った覚えはない!!」


「だ~か~ら~!!」



可愛いなぁーもう!

夢の奴!!


「すっ…………きって言ったでしょ!!」


「いいや、言ってない」


「なっ……!?」


「大好きだと言ったんだ!!」


「うぁ……」


恥ずかしそうにしてる夢……実にいい。


「かわえぇ」


「うぅ……」


よし!!ここでもう一押しだ!!!


「メイド服着てほしい」


「……何それ」


「失敗した!」



「メイドさん好きなんだ?」


「好きか嫌いかって聞かれたら、まぁ好きだよね」


「ふーん……」


「何か文句でも?」


「別にないけど、何か?」


「質問を質問で返すなよ。何もないけど、何か?」


「何か?」


「このやり取りって必要!?」


「必要か不必要かって聞かれたら、不必要だよね」


「まどろっこしいわ!」


「どうせ、メイドさんとツインテ娘のHな本ばっかり持ってるんでしょ?」


「あのなぁ、お前は偏見で物事を言い過ぎだぞ」


「それはそうだね。いや、失礼したよ。目依斗がそんな物ばっかり持ってる訳ないもんね」


「分かってくれればいいんだ。僕としてもそんな非道なイメージを抱かれたくはないからな。」


「そうだよね」


「そうだよ。だって少ししか持ってないし」


「少しは持ってるんだ!!?」


「紳士としては当然のたしなみだ」


「しょうもない事なのに気取ってる!!」


「ハッハッハ」


「どうしてそこまで誇らしげなのか、夢には凡そ見当もつかないよ!!」


「僕にも分からない!!」


「それはもはや駄目な人だよ!!」


「その通りだ!」


「認めちゃった!!?」


「ハッハッハ」


「笑ってごまかした!?」


「夢と話すのは楽しいなぁ」


「そんなんで誤魔化されないからね?」



ほんとなんだけどなぁ。



「まっ、折角ゲーセンに来たんだから何かやろうぜ?」


「それもそうだね……まったく、目依斗と話すのは疲れるねぇ」


「それは心外だな」


「でも楽しい」

ニコッと微笑む。


「そんな顔されたら何も言えなくなるからやめてくれ」


「あれれ?照れてるの〜?」


「違うから!いいから行くぞ!」


「はいは〜い」



てっきりこの後はゲーセンで何かぬいぐるみでも取るのかと思っていたけど、夢にただただレースゲームでボコボコにされただけだった……。


それに辺りはすっかり暗くなり始めていた。



「もうだいぶ暗くなってきたし、そろそろ帰るか?」


「最後に行きたいとこがあるんだけど、あと少しだけいい?」


「僕は大丈夫だよ」


「ありがとう」



そう言われて付いていくと、普通の公園だった。


「ここが最後に来たかったとこ?」


「うん。この公園さ、外灯が少ないから星がキレーイに見えんだよね」


「言われてみれば確かにそうだな」


「今日はありがとね。夢のワガママに付き合ってくれて」


「いやいや、僕の方こそ久々に気を遣わず楽しめた気がする。お礼を言うなら僕の方だよ」


そっかぁーと嬉しそうな夢。


「またさ、誘ったらデートしてくれる?」


「うーん……嫌だな」


「えっ……」



「今度は僕が誘うよ」


「ええっ!?」


「なんでそんなに驚いてるんだよ」

笑いながら言う。


「だって半ば強引に付き合わせちゃったようなもんだから……」


「本当に嫌だったら断ってるって。むしろ誘ってくれて嬉しかったよ。僕の初デートが夢で良かった」


「目依斗って、たまに恥ずかしげもなくそういう事言うよね……」


「本当なんだからしょうがないだろ」


「それで何でモテないと思っているのか夢は疑問だよ」


「ほっとけ。でも夢にはいつも助けられてるし、ほんと感謝してる」


「いや〜!夢ちゃんは褒められるのに慣れていないのだよ〜!もうやめてくり〜!」


「アハハ、何だよそれ」


「だってほんとなんだもん〜」


「だから、今度は僕がちゃんとエスコート出来るよう、プランを考えるからさ。その時はまたデートしてくれるか?」


「もも、よ、よきにはからえ〜」


「なんだよそれ、いいのか?」


「その時はまた楽しみにして……ますっ!」


「ハハッ」


「プッ」



「「アハハハハハ」」



こうして夢の事がより好きになった僕だった。

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