第27話 一生大事にするよ

シャンタンの側近ツェルシュが来た。


ラルポアはお茶を勧めたが、ツェルシュは「ザカリー探偵のお忘れ物を届けに来ただけですから」と断って帰った。


綺麗に畳んだコートとカシミヤのマフラーにリボンのついた小箱が添えられている。ラナンタータの目が輝く。


「なんだろうね、ね、なんだろう」


「気になって仕方ないんだね、ラナンタータ。お利口さんにしていたらやがて所長が来るよ」


「カナンはやっぱり怪しい。この前はカシミヤを忘れて今回はコートまで……雪が止んでるとは言っても寒いのにさ。ブランケット代わりに置いてきたんだ、多分。だって、ラルポアも昔、私にそうしてくれたよね」


カナンデラが魔城ガラシュリッヒ・シュロスの会長室でシャンタンと熱っぽい夜を過ごしていた間に、フランス国境に向かう橋の上で銃撃戦があり、アントローサ警部は絵皿の証拠品を押収した。


その事で、カポネズ・ファミーユのドン・セラ・カポネが弟の釈放を求めて代理人を立てた。銃撃戦から2時間後のことだ。


『おい、誰がカポネズ・ファミーユに知らせたんだ』

と、ブルンチャスが刑事部屋全体を見回して怒鳴る。


『私が聞いたのは、一般市民からの知らせがあったということでしたよ。カーチェイスの上に橋での銃撃戦は目立ちますからね』

ミズーリという代理人は50絡みの恰幅の良い人物だった。


モーダル・カポネを取り返す為に警察を襲撃する処を取り成してやって来たのだ。釈放しなければ『アントローサの娘をヴァルラケラピスに売り飛ばす』とまで言っていたことも、クライアントの利益の為に伏せておいた。


此の時代1927年は、まだ弁護士は司法検事局の管理下にあった。独立事務所を持って法廷外活動をする弁護士は存在せず、ドン・セラ・カポネの寄越した代理人ミズーリも、司法検事局の弁護士を辞めた経歴を持つ。


一晩中睨み合っているわけにもいかない。アントローサ警部は、代理人には『早々にお帰り願い』取り調べにエネルギーを注ぐことにした。

 

『私は、巻き込まれただけのモーダル・カポネを釈放してもらえなければ帰れません。彼は銃撃戦には参加せず、窃盗にも関わっていない。ただキャデラックに同乗していただけです。それでも勾留するのでしょうか』


とミズーリが食いついた。


『成る程。絵皿窃盗殺人事件には、此の地域最大級のマフィアが関わっている。其れがお前さんとこのカポネズ・ファミーユだ。そして詐欺事件の被害者と言える中国人経営者の店『ロンホアチャイナ』はフランスの比護の元にある。中華民国とフランスを相手取っての詐欺事件と言えるのだが、お前さんは此の国際詐欺を、カポネズ・ファミーユの構成員のやったことに間違いないと言うのだな。其れを認めるのであれば暫く待っていると良い』


ブルンチャスは取り調べで絵皿の入手経路を明らかにした。

『絵皿の持ち主はオイラワ・チャブロワに間違いない。周辺に自慢していたそうです』


毒殺の方法も明らかになった。

『心臓の弱いオッサンだと聞いてさ、丸薬に処方量を越えるキニーネを混ぜ込んだのさ。薬を飲ませるために、わざわざボヤ騒ぎを起こしたんだ』

と、アントローサ警部に報告が来た。


首謀者はパメラという勾留中の女性で、全てが彼女の計画だったと言う。


アントローサ警部はアンドレア・チャブロワの名を騙った女を尋問した。既に時間は翌日に股がっている。この時代の警察はブラック企業だ。


『こんな時間に済まないが、喋らなかった君にも問題はあったのだよ。前もって部下が伝えたはずだが、自白しなければ君が首謀者ということになると。セラ・カポネの手下を逮捕した』


『奴らは何と……』


『君が首謀者だと……』



未明に帰宅したアントローサに、ラルポアの母親ショナロアが、温かい夕食を出す。


ショナロアは会心の笑みでアントローサを見つめた。


『旦那様がいなければ私たちは路頭に迷ってしまうわ』


『此の家屋敷や貯蓄等、ラナンタータには不自由をかけないものが残るはずだが……』


『いいえ、いいえ。そういう問題ではなくて、旦那様は大きな天井のように私たちを守ってくださって……』


アントローサは言葉を遮って、ショナロアの手に自分の手を重ねた。


『ラナンタータがラナンタータ・ミジェールになるか、ラルポアがラルポア・アントローサになるか、我々には重大な問題だ』



その事を、ラナンタータもラルポアも知らない。


「ね、ラルポア。ジャポンに行ったらラルポアは何処に行って何をしたい」


「そうだね、キョウトかな。ゲイシャサンみたいにラナンタータもキモノ着て、僕もサムライになって並んで写真を撮ろう。一生大事にするよ」


微笑むラルポアに、ラナンタータはきょとんと小首を傾げる。


あのさ、一生大事にするって、写真……其れとも私……


「ん、どうした、ラナンタータ……」


「此のフィッシャーマンセーターって温い」


長い袖をふりふりする。


「わかった。ラナンタータは本当はアルビノの国に行きたいんだね」


「……」


ラナンタータが痙攣つて袖をふりふりしていた時、キーツはボナペティの銃撃戦の裏話に耳を尖らせた。


「其れはどういうことだ」


「言った通りさ。あの野郎がヴァルラケラピスのパイプだ。だから撃ち殺したんだろう。俺も聞いた話しだが、ロイヤルホテルの総支配人を殺したのはジェイコバで、総支配人がヴァルラケラピスさ」


男の名前はイブラ。顰めっ面で吐き出した。


「其れは本当か。しかし、動機はなんだ」


「良くわからんが、ジェイコバが死んでからジャック・ザ・リパーも消えた。娼婦たちは此の寒いのに立ちんぼしてるぜ。ジェイコバは自分なりの粛清をロイヤルホテルで行ったんじゃないか。世の中は汚れていると、笑わせることを言ってたらしいぜ」


「ロイヤルホテル総支配人モーズストーブの母親は黒人ハーフだ。人種差別の激しい中でのしあがった立派な人物じゃないか」


「だからってヴァルラケラピスではないという保証はない。パパキノシタ時代から噂になっていたんだ。モーズストーブが総支配人になれたのはヴァルラケラピスに入信したからだと。其のときはヴァルラケラピスが逆さ十字だとは知らなかったんだ」


「逆さ十字……何故お前の耳に噂が入るんだ。誰から聞いた」


「知りたいか。俺の母親はロイヤルホテルのルームキーパーさ。ロイヤルホテルのことで知らないことはない」


「会いたいな、お前の母親に」


「止めろ。知っていることは全部話す」




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