第26話 人類はSEXの産物

カナンデラから遅くなると連絡があったことはあった。


「カナンはきっとお泊まりしたんだ。あのイットガールの処で。遅くなるにしてもほどがあるよ」


ラナンタータは出かける準備が早い。お化粧するでもなく、黒マントの下はラルポアのお古のフィッシャーマンセーターをすっぽり着こんで、ちっともおめかしする気がない。


「ラナンタータ、カナンデラから聞く前に断定しちゃいけないよ。相手は……」


「ラルポアったらママみたい。ママが生きていたらきっとラルポアみたいに口煩いだろうな」


探偵事務所のいつもの窓辺からラルポアを振り向く。


「なんで其処だと思うの」


ラルポアはロンホアチャイナのお茶をマイセンのカップに淹れた。赤と金色の和柄のカップに美麗花茶の象牙色の花が開く。


「私の勘は鋭い。外れることは滅多にない。だからさ、ラルポア。さっきの話だけど、ハラン上院議員の他に議員の代理人が来ていたかどうか知ることはできるかな」


「ショーファーに聞いてみれば何とか……お茶だよ」


マイセンのカップを持つために、ラナンタータは長いセーターの袖に隠れた手の、手袋を外す。ラルポアはこっそりため息を吐いた。袖口の編み模様に見覚えがある。ラナンタータが『腰まで覆うから温い』と喜んだお古のセーターだ。


「其れとね、ハラン上院議員の家ってどこら辺かな。行ってみたい」


「何故……まさか訪問するんじゃないよね、ラナンタータ」


ラルポアは3人掛けのソファーの端に座った。


「ラルポアは勘が良いよね。ご明察。でもやっぱりママだね」


ラナンタータはカナンデラの指定席を陣取った。カップの花を見つめながらゆっくり座る。


「ハラン上院議員の何に興味を持ったの」


「イサドラを匿っているかもしれないからさ、突撃してみようよ」


「駄目だよ、ラナンタータ。推理が外れたらどうするの」


「探偵は調査するのがオシゴトなのに」


「駄目。ラナンタータ、僕たちは探偵事務所に出入りしているけど探偵じゃない。ラナンタータは探偵の見習いみたいなものだよ。僕は一介のショーファーだ。カナンデラの指示を受けていないことに勝手に首を突っ込んじゃ」


「はいはい、わかりました。ラルポア、人生って楽しいの」


「え……」


「たまには私から離れて人生を謳歌してみれば……もう24才目前でしょ。いつも新しい女ができて今度こそ結婚かなぁと思っても続かない。この世の人間は全てセックスの産物だよ。ラルポアの赤ちゃんを見てみたいよ」


「まだ早いよ。ヴァルラケラピスを倒さなければ結婚なんて……」


「……ふうん……可哀想だね、ラルポア。でもさ、私の勘が当たってハラン上院議員がイサドラを匿っていたら、なんかくれ」


「何が欲しいの」


「ラルポアの10年前の洋服をあらかた」


「そんなものを着てどうするの」


「アフリカ旅行に行こう。アルビノがいるんだって……会いたいなぁ」


「アントローサ警部は日本を勧めたんじゃなかったっけ」


「日本かぁ……迷うね。ふふ」


ラナンタータの片方の頬がひくひく痙攣する。楽しい妄想にのめり込んだのだ。


ラルポアは、結婚か……と胸の裡で呟く。


結婚を意識した女性は何人かいた。しかし何故か皆『ラナンタータの為なら命をかけるのね。私たちの将来のことは考えられないの……』と言い出す。そして『遊びのつもりじゃなかったけれど、遊びだったと思われても構わないからお別れします』等と言う。結局フラれる。


理由は解っている。妹のようなラナンタータに嫉妬する無意味さに疲れたのだろう。そして結婚しても其れが一生続くことに気づいて、感情を処理できなかったのだ。今も、いるようないないような、フエイドアウトしつつある恋人がいることを思い出した。


ラナンタータが黒マントを脱ぐ。ぶかぶかのオフホワイトのフィッシャーマンセーターがラナンタータの腰まですっぽり覆っている。白い髪と良く似合う。ボトムにモーブ色のロングスカート。薄い目の色と良く似合う。


「可愛いよ、ラナンタータ。其れ、良く似合う」


「だろう。お気に入りさ」


女性は、ラナンタータが可愛いから問題視しているのではないのだ。実の兄妹ではないことが問題なのだ。


「今日は暇だね」


と言った直後だった。

ドアをノックする音が聞こえた。






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