第二十五話「グエ村」

 グエ村。

 養豚が盛んな小さな村。横に流れる川から響くせせらぎ。養豚場から漂う香り。養豚場と言っても屋根の付いた立派なものではなく、木の柵で囲っただけの物。

 住む者のほとんどがラーン王国へ豚肉を出荷し生活している。


 村の入口に馬車を停めて目的の肉を味わうために中心部へ向かうモリオたち。


「早く早く! 私のお腹は肉を求めています!」


 はしゃぐキュリに手を引かれるモリオ。


「そんなに急がなくても肉は逃げないから安心しろ」


 モリオは急くキュリを引き留めてはいるが内心同じ気持ちであった。

 二週間続いた豆と芋に野草。脂っこいものを舌が求めている。


「ダンさん。今日はここで宿を取るのですか?」


 少し後ろを歩くミルが今後の予定を尋ねた。


「まあここで寝はするが宿は取らない。馬車で野宿だ、節約だな」

「そうですか」


「ここの肉は美味いが少し値が張る。肉を取るか宿を取るかだな」

「多数決で負けそうなので宿は我慢します」


 ミルは首を傾げて腕を広げたあきらめの仕草をして前を行くモリオとキュリの元に駆け寄っていく。

 ダンは横を歩くローレルに早めの釘を刺す。


「酒は無しだからな。どうしても飲みたいならギルドで稼いでこい」

「ちぇ。ダンは相変わらずケチだな。……しょうがない、昼飯食ったらちょっくら仕事探してくるわ」


 ローレルはふくれっ面をかますがすぐに口角を上げた。


「飯食ったら仕事に行くが付いてくる奴はいるか?」


 前を歩く三人が振り返る。


「僕はやめておきます。村を見て回りたいので」

「私もやめておきます」


 断りを入れた二人の顔を見上げるキュリ。モリオの袖を掴み迷いの表情。


「キュリ。行きたかったら行ってもいいぞ」

「ほんとですか!?」


 ぱあっと明るくる表情。ローレルも腕を組んで頷いている。


「ローレルさんに付いていれば安心だ。そのかわりきちんということをきくんだぞ?」

「わかりました!」


「ということでローレルさん、キュリをお願いします」

「いいぜ。ついでだし水魔法の練習もすればいい。もしものために戦う練習は必要だ」


 モリオは道中の流れを聞いていた。

 節約しながら向かい、途中の村や町で日銭を稼ぐ。ギルドは小さな村でも必ず一つはあるため、そこで簡単な仕事を探してこなす。

 遠征はこれが基本である。


 モリオ自身も稼ぐことを考えている。ただ冒険者に過保護にされて送ってもらうつもりはない。

 稼ぐ方法はもちろん美容の技術を使ってである。

 このことはキュリやパーティーの皆にも伝えてあった。キュリがローレルに付いていくのを迷ったのはこのためだった。

 キュリはアシスタントでありシャンプーヘッド役。キュリがいなければシャンプーが出来ないからだ。


 かといってモリオはキュリを縛り付ける気は全くない。

 美容は向こうに着いてからが本番。羽を伸ばせる間はつりそうになるまで伸ばさせる考えだった。


 ローレルはポニーテールにした毛先を両手で掴んで止め紐を根元にきつく戻す。


「そうと決まればまず昼飯だ! 美味い店を知ってるからそこに行こう」


 ローレルはモリオとミルの肩に腕を掛けて店へ足取りを向ける。

 ダンは首を傾げて周りを見渡していた。


「気のせいか……」


 そう呟いて皆の後を追った。



 着いた店は簡素な木造で決して綺麗とは言えない。しかし、中から漂ってくる香ばしい香りがそれらを上書きする。

 中にはすでに数名の客がおり、大きなステーキをナイフで切り分けながら口に運んでいる。


「ここだここ! あたしが小さい頃からずっとあるだ、見た目は汚いが味は格別に美味い! 早く入ろうぜ!」

「良い匂いが外まで……じゅる」


 涎全開で目から星が出ているキュリが一番乗りで店内へ乗り込んだ。


 七人程座れるカウンター席にテーブル席が三つ。小太りの店主がカウンター内で豪快に肉を焼いている。

 壁は油が染みており、貼ってあるメニューも茶色く染まっている。


「いらっしゃいお嬢ちゃん!」

「でっかいお肉を下さい!」


「おーおー元気な嬢ちゃんだ、一人かい?」


 後ろから入ってきたローレルが手を広げて店主に言う。


「五人だ。テーブル席でいいよな?」

「ローレル! 久しぶりだな! 好きなとこに座れ」


「相変わらずきったねー店だな」

「店はきたねーが味は保障するぜ。おめぇがいるってことはダンも――」


 続けて入ってきたダンが手を上げた。


「久しぶりだなバクウェル」

「やっぱりおめぇもいたか。しかし珍しいな、いつもパーティーは二人だろう」


「今回は遠征でな。この子、キュリとこっちののっぽを護衛だ」

「そうかい。まあどこまで行くのか知らねえがここでたらふく食って力をつけてけ」


「ああ」


 五人は奥のテーブル席に着いた。

 ローレルは運ばれてきたお冷を片手に慣れた手つきでメニュー表を開いた。

 壁に貼ってある物とはうって変わって小綺麗なメニュー表。


「ここのはなんでも美味いがおすすめはやっぱりステーキだな! なんたって値段も安く――な!?」


 驚くローレルに皆首を傾げた。


「ステーキが銀貨五枚だと!? 前は銀貨一枚だった」


 他の客に料理を運んだバクウェルが申し訳なさそうに五人の元に来た。


「悪いな、色々あって最近値上げしたんだ」

「値上げってレベルじゃねーだろ!? 五倍だぞ!?」


「ここに来るまでに養豚場を見なかったか?」


 ダンは感じていた違和感の正体に気づく。


「豚が少なかったな」


 バクウェルが他の客を見てからダンに耳元に近寄る。


「そうだ。まあおめぇら顔馴染みだ今回は半額にしといてやる」

「それはありがたいが、どうして豚が少ない? 今までこんなことは無かっただろう? 病か?」


 バクウェルは一呼吸おいてから口を開く。


「二ヶ月くらい前からでっけぇ鳥の魔物が出るようになったんだよ。グエの養豚場は屋根がねえだろ、それをいいことに空からかっぱらっていっちまうんだ」

「魔物だと!? なぜギルドに討伐依頼を出さない?」


「出したさ。グエのギルドにもラーンのギルドにもな。……ただ、ここは裕福な村じゃねぇ。報酬がすくねぇんだ。誰も受けちゃくれない。村の皆で倒そうって話も出たが、空にいる魔物をどうやって倒す。魔法が使えるやつは皆村を出てまっちるし、弓で倒せるような魔物でもない。……諦めてラーンに出稼ぎに向かう者すらいる」

「……そうか」


「まあ、何故か分からんが魔物は人を襲わねぇ。豚が取り放題だからかもな。……こんな状態だがしかっりと美味い飯は出す、安心しろ」

「…………」

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