第二十六話「皮肉」

 昼食を終えてローレルとキュリはギルドへ向かった。ダンは馬車の手入れへ。

 モリオとミルは村の散策。


 モリオは一つの養豚場の柵に肘をついて豚の様子を見る。

 薄ピンクの体毛を生やした豚たちはなんの恐れもなくモリオの元に集まっている。


「モリオさん、何やら浮かない顔ですね」

「皮肉な考えごとをしています」


 モリオは手を伸ばして豚の頭に触れた。


「僕はステーキを食べながらこう思った。ここに住む人たちの助けになりたいと。魔物をどうにかできるならそうしたいと」


 ミルもモリオと同じように柵の元へ寄る。背伸びをして柵越しに豚に手を伸ばす。


「人助けをしたいという気持ちのどこが皮肉なのですか?」

「……結果この豚は食われる。人か魔物かの違いだ。……別に豚を助けたいとかそういう意味じゃない。ちょっと豚目線になってみただけです」


「確かに皮肉な話ですね」

「もし僕が村のために魔物をどうにかしたいと言ったら皆はなんと言うでしょう?」


「私は構いませんよ。ただ、力になれるかは分かりませんが。討伐となれば表に立つのはダンさんとローレルさんです。でもあの二人は賛成してくれるのではないでしょうか? この村に馴染みがあるようでしたし」

「報酬が少なくても?」


「ええ。少なくともお金だけで動くような人ではないです」

「確かに」


「ローレルさんが戻ったら相談してみます」


****


 日も沈み、グエ村の入口近くに焚火の明かりがぼんやりと辺りを照らす。

 馬車の上で寝転がり酒瓶を持つローレル。馬車の後ろに腰かけるミルとキュリ。

 焚火を挟んで話すモリオとダン。モリオは立って手を動かしながらダンに考えを伝えていた。


「ダメだ」

「それなら僕が報酬を出します」


「それでもダメだ。お前の気持ちは分からんでもない。でもダメだ」

「なぜですか。困っている人たちを助けたくないんですか?」


 ダンは焚火に薪をくべながらモリオを睨む。


「魔物の討伐ってのは簡単じゃない。ウエスキンを助けに行ったお前なら分かるだろう」

「でも――」


「仮に討伐に向かったとしよう。俺はタンクで近接、ローレルも近接、ミルは治癒術師、どう考えても空を飛べる魔物を相手に出来ない。上空から何度も攻撃を受けてやられるのが目に見えてる」


 険悪な空気。


「それなら僕が遠距離の冒険者を雇います」

「バクウェルも言っていただろう。この村には魔法を使えるやつがいない、皆ラーンのギルドに出ていると。諦めろ」


「……わかりました」


 モリオは諦めて腰を下ろした。


「いい機会だから今のうちに言っておく。これから先、向こうへ着くまでの間に同じような困った奴らを沢山見ることになるだろう。村が魔物に襲われた、子どもが山賊に攫われた、金が無いから恵んでくれと言い寄ってくる者……お前は毎回毎回助けるのか? そんなことをしていたらいつまで経ってもアレサルへは辿り着けない。見極めろ」


 モリオはしばらく焚火を見つめて大きく深呼吸をする。そして小さく頷いた。


「わかればいい。もう少し薪を探してくる」


 ダンは立ち上がってその場を後にした。


 話が終わるのを待ってましたと言わんばかりにキュリがモリオの元へ駆け寄った。隣に腰を下ろして体育座りをする。


「モリオ! 聞いてください! ローレルは凄いんです! 高くジャンプしてクルクル回るんです! こうやってクルクルーって!」


 キュリは手でジェスチャーをしながら笑顔で話す。


「そうか」

「はい! キュリも今度教えてもらうんです!」


「良かったな」

「はい!」


「そういえば、二人はどんな仕事をしてきたんだ?」

「採取です! 蜂蜜の採取! ローレルは採取も凄いんです! 煙を使って簡単に蜂の巣を取ってました!」


 キュリの大きな声で褒められたローレルは気を良くして馬車から降りてくる。


「蜂に追いかけられた時のキュリの逃げ足もなかなかだったぜ!」

「蜂は怖いです! モリオも気を付けてください! ブーンって追っかけてきますから!」

「あ、ああ。刺されなかったか?」


「ローレルが助けてくれました! 斧でシュパーって!」

「こっちの世界の蜂ってどんな大きさなんだ? このくらいか?」


 モリオは親指と人差し指で三センチほどの間を空けて訊いた。

 これを見てキュリは立ち上がる。


「そんなんじゃないです! こーんなですよ!」


 キュリは両手いっぱいに広げて跳ねる。


「そんなわけないだろ? それだとキュリ位の蜂だ」

「ほんとです! こーんなおっきいんです!」


 モリオは疑いながらもローレルを見た。


「まあクレイドラビーって蜂だ。毒は無いがアゴがかなり強くて噛まれた体を半分にされるな」

「……まじですか」

「ほら! 言ったじゃないですか! ほんとうなんです!」


「温厚な蜂だからほっときゃ襲ってこない」

「僕は虫が得意じゃないんです。いくら温厚でもそれだけ大きかったら……鳥肌が立ってきました」

「まっ茶色で毛が生えてました」


「茶色? 黄色と黒の縞々じゃなくてか?」

「はい! 茶色いお団子みたいな蜂です」

「黄色と黒の蜂はクレイドラにはいない。パドの砂漠にサンドビーってのがいてこいつは黄色と黒だな。かなり獰猛で毒もある。サイズはクレイドラビーの半分くらいだが、あまりの猛毒持ちだから魔物ですら近寄らないな。別名ベヒモスキラーってくらいだし」


「ベヒモスキラー?」

「ああ、パド砂漠にベヒモスって魔物がいてな、体長100メートルはあるやべー奴」


「ひゃ、ひゃくメートル!?」

「生きてるのは見たことないが、骨なら見たことあるぜ! で、サンドビーは群れでベヒモスを襲って食うんだ。だからベヒモスキラー」

「モリオ! 100メートルってどのくらいですか!」


「そうだな、んーっと、ダンさんが横になって50人分くらいの長さだな」

「50人!? それはでっかいですね! モリオ! 私ベヒモスの背中に乗りたいです!」

「はははは、そのうち乗れるといいな!」


「この世界は規格がおかしすぎる。ここの養豚を襲っている鳥も大きいんですかね?」

「豚を鷲摑みで持ってく位だからかなり大きいんじゃねーか? クレイドラにいる鳥系の魔物は小さいから、どっかの大陸から渡ってきたのかもな」


 盛り上がっている三人を見て寂しくなったミルが焚火の元へ来た。

 しばらくしてダンも薪を抱えて戻り、夜も更けてきたため就寝となった。


 月明りと静寂。

 皆が寝静まるなか魔石式ランプの明かりが灯される。


 灯したのはモリオ。

 なかなか寝付けずに考えごとをしていた。思い立ったように移動式シャンプー台の棚を開く。


「これならいけるかもしれない」

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