第二十四話「旅立ち」

 出発当日。アドベ区にある正門を出たところにモリオたちはいた。

 低い日の光を反射する朝露の残る草原に馬車。積み荷は多くない。元々最低限の家具しか持っていなかったためだ。

 ダンは馬車の前に座り手綱を握る。ローレルは荷台部分で二日酔いのため横になっている。

 ミルは馬車の後ろに座って足をぶらぶらとさせる。


 モリオとキュリは見送りに来ていたアモスとアルガスに別れを告げる。


「では行ってきます」

「ほほ、達者でな」


 アルガスは腕を組んだままいつものポーズだが心なしか哀愁が漂う。


「アモスおじちゃん! 向こうに付いたら手紙を書きます!」

「うむ。楽しみに待っておるぞい。あげた本できちんと勉強もするのじゃぞ」


「がんばります!」


 キュリは足早に馬車の後ろへ駆け込んだ。

 ミルと仲が良くないキュリだが、おとなしく横に座り頭を撫でられている。


「おぬしの美容人生上手くいくことを願っている」

「ありがとうございます。必ず向こうで成功させてみせます」


 のっぽと小さな背の曲がった影が握手をする。

 のっぽの影は馬車に溶け込むと手綱の音と共に走り出す。


 朝日に照らされながら離れていく馬車を見ながらアルガスは言う。


「これで良かったんですかい?」

「うむ。美容馬鹿だがあの男は勇者の因子を持つ者じゃ。ここで死なせるわけにはいかん」


 アモスは踵を返して腰を叩く。


「さて、儂らの仕事をしようかの。王が帰って来るまではなんとしてもここは守らんといかん。モリオたちが戻ってきたとき呆気に取られんようにせんとな」

「ロアナ殿もガウス殿も不在の状況ですぜい。厳しいのではないか?」


「儂を誰じゃと思っておる。――まあ、ここであれこれ言っておってもどうにもならん。アルガスは引き続き魔国から来ておる魔族の調査を頼むぞ」

「――先日目撃した男の行方を調べてみますぜ」


「うむ。儂はラーンで聞き込みをしているという魔族にあたってみる。聞いたところ魔王の因子を探しているそうじゃ。魔王は誕生したはずじゃが、なぜそのような聞き込みをしているのか気になるんでの」


 こうしてモリオはラーン王国を旅立った。ようやく美容道具も揃い始めこれからという時に悔しい思いを残しながら。



 旅は順調に進み二週間が過ぎた。

 平原を進み、丁度クレイドラ山脈を越えたところ。

 横に大きな川が走っていて、まだ道は存在している。

 クレイドラ大陸をこのまま北上して中腹辺りまで行くと道は無くなる。


 馬車の屋根での転がりながら酒を飲むローレルがダンの後頭部に話しかけた。


「グエ村には寄っていくんだろ?」


 ダンは手綱を握りながら返事する。


「ああ。できる限り寄れる村や町には寄っていく。モリオたちはこの世界のことを知らないからな。できるだけ色々見せてやりたい」

「さすがダン。分かってるじゃねーか」


 ダンは呆れた表情で首を馬車の上へ向けた。


「お前は肉を食いたいだけだろーが」

「へへへ」


 肉という単語を聞きつけたキュリが馬車の正面に付いている窓を開けて首だけをヒョッコリと覗かせる。


「お肉が食べられるのですか!?」

「ああ。通り道にあるグエ村でな」


 キュリは目をキラキラとさせた。


「やっとお肉が! もうお芋と草は食べたくないです」

「ははは。冒険者飯はキュリにはちょっと味気なかったかもな」


 馬車には当分の食料も積んである。日持ちのする芋や豆、保存食として作られた乾燥肉や魚の干物もあるが、ダンがバランスよく管理していてる。

 クレイドラ山脈を越える際には、豊富に生えている山菜をメインに食事を取っていた。


 ローレルはニヤリとしながらキュリに言う。


「そのうち魔物の肉も食えるぞ! おすすめはでっけーカタツムリの魔物だ。クレイドラマイマイってやつなんだけどな、この馬車位でっけーんだ」

「か、かたつむりですか!? どんな味なのか気になります!」


「なあに、すぐに食えるさ! この横の川の先には大きな森があるんだが、そこにわんさかいるからな。そのうち取ってきてやる」

「楽しみです!」


 楽しそうに話すローレルとキュリの話を残念そうに聞くモリオとミル。


「モリオさん。私たちはこの先カタツムリを食べるそうです」

「みなまで言わないで下さい。きちんと耳に入ってきていますから……」


「カタツムリは食べたことがありますか?」

「ないですよ。でも僕の世界でも食べられていた食材ですね。初心者向けのゲテモノって感じの扱いですけど」


「やっぱりそうですよね。普通は食べませんよね」

「はい。でも気にはなりますね」


「え」

「あ、いや。味ではなくて美容でです」


 ミルはほっとする。


「カタツムリのヌルヌルが肌に良いと聞いたことがあります。ハリや保湿、シミやシワにもいいと」


 ミルは自身の頬をぴとぴとと触る。


「ぜひローレルさんにカタツムリを狩ってきて貰いましょう!」

「でもこの世界の魔物のカタツムリに同じ効果があるかは分かりませんよ? もしかすると肌がどろどろ溶けるような粘液かもしれませんし」


 ミルは残念そうに手をぶらりとさせる。


「そういえば、この世界の女性はお肌の手入れはするのですか? 寝る前に美容液を塗ったりとか」


 ミルは首を傾げた。

 モリオは反応から察した。そして、自分の荷物の中から小瓶を取り出した。白濁としていてサラリとした液体が入っている。


「これを差し上げます」

「これは? 白い液体ですね」


「米のとぎ汁です。寝る前に少量手に取って肌に塗って下さい。美白やシミ防止になりますし、肌の健康状態も良くなります。ミルさんの肌は今でも十分綺麗ですが、今から手入れをすることで老後もきれいな肌のままでいられます」

「お米のとぎ汁……ですよね?」


「はい。普段は捨ててしまうような物ですが、きちんと肌に効果がある物です」

「まさかとぎ汁にそんな効果があったなんて。やはり美容とは奥が深いですね」


「肌は専門外ですが少しは知識があります。もし需要がありそうなら顔パックの作成も考えていまして、こうして実験しています」

「実験?」


「ええ、この世界のとぎ汁でも効果があるかどうかです」


 ミルはモリオの肌を凝視した。男性でありながらきめ細やかな白い肌。


「なるほど。効果はありそうですね。この小瓶はありがたく使わせてもらいます」

「ええどうぞ、まだストックはあるので。長旅だし肌荒れは嫌ですからね」


 モリオは荷物を開けてみせた。中には同じような小瓶がいくつも入っている。


「良ければ試作品を作ったら実験台になって下さい。僕とキュリだけだとデータが少なすぎるので」

「ええ、私で良ければ協力しますね。カタツムリは遠慮しますけど……」


 屋根がガタリと鳴る。


「お、グエ村が見えてきたぞ!」


 ローレルの声でモリオとミルも窓から顔を出した。


 ダンの後頭部から覗く木製の策で囲まれている村。

 前から来る風は少し鼻をつく。

 モリオはこの匂いを懐かしく感じた。小学校の頃に学校で世話をしていた家畜の匂い。


 ラーン王国を出て初めて人の住む場所。

 モリオは好奇心から体にかすかな震えを覚えた。


 キュリが足をバタつかせる。


「肉! 肉! 肉ー!」

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