5.

「天使の悪意、ヨウキ・ワイの世界」

 

 己を誇らしく思うでもなく、アーティストらしいお洒落なスーツを着込んだ羊季は、自らの個展会場の入口に立っていた。地方都市の駅前とはいえ、いちおう首都圏だ。故郷に錦を飾った、と言えなくもない。


 自分の名前が添えられたポスターと、紙面に大写しになった卵の写真。大盛況でごったがえす会場を前に、羊季は清々しい思いでため息をつく。この年齢で個展を開けるなんで幸運中の幸運だ。大学在学中、美術誌の新人向け作品をお偉方にプレゼンし、インターネットで程々に炎上し、今やちょっと知られたアーティストになっている。SNSの写真と同じ、近影。話題性から、ハブ駅である故郷の駅前の改装にあわせて招聘されたのだ。こんな趣味の悪い企画を通すなんて大変だっただろうに、と、思わなくもない。とはいえ、知名度をもってすれば集客は上々だろう。

 開催初日にしてSNSは大炎上である。趣味が悪い、陳腐だ、グロデスクだ、露悪趣味だ。検索窓に、読み慣れた罵倒が並んでいる。これでまた、彼女の作品は人びとの話題にのぼるだろう。


 ポケットにいれたスマートフォンを触る。


 中学生のとき友人たちと訪れた、さびれた美術館はもうない。それは消えない思い出の場所だった。そのころ、彼女にはみそっかずの友人がいた―――友人グループに属することもできず、彼女についてまわる、不器用な友人が。

 よくある話だ。グループラインで、あるとき彼女をはぶにする話が持ち上がった。別にグループを作り、ひたすら陰口を並べる。最悪だと思いながらも、彼女はそれにつきあった。進学してどうにか作った人間関係を壊したくなかったし、子供みたいな見た目のまま、いつまでもクラスに馴染む努力をしない癖に、彼女を独占したがる友人が鬱陶しかったのだ。

 示しあわせて、一日早く予定をつたえた。そのときも改装中だった駅前で、待ち合わせ場所に誰もいないことに戸惑う友人を「観測」しながら嘲笑する、新しい「友人」たちに調子を合わせているうち、連絡は途絶えた。それから、彼女には会っていない。おかしな話だった。友人は、いなくなってしまったのだ。不可解な行方不明事件に、「友人たち」のグループラインは解散し、「待ち合わせ」の事実は闇に葬られた。それが、14年前のこと。


 天使の卵と題した展示物を眺める。

 

 彼女は想像する。あの日、いなくなった友人と美術展を歩く自分を。

 悪意の卵が自らを見返しているような、そんな予感があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヨウキ・ワイの世界 @yayanehi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ