皆さんは、朝ごはん食べる派ですか? 食べない派ですか? それとも「お前におかれましては鬼子なのでお前のぶんの朝ごはんだけはありません」派ですか? 最後のかたに関しては、強く生きてください。忌まわしき呪いの子め。
さて、これは一般論ですが、朝ごはんは食べられるなら食べた方がいいです。朝ごはんが健康に与える実際的な影響に関しては諸説ありますが、毎朝その日を始めるためのルーティーンとしての朝ごはんの役割は、結構重要なんじゃないかと思うんですよね。
朝起きて、席について、手を合わせ、飯を食う。そうじゃないにしても、出勤前や登校前に、コンビニパンなんかを買って朝日を眺めながら食べていると、何となく「今日も人生を始めよう」という気持ちになるものですよね。
本作は、そういった儀式としての「朝ごはん」の話です。
主人公のハナエちゃんが朝ごはん食べない派なのは冒頭のかなり早い段階で提示されていて、でも、注意深く読むと、それは何だかあまり自然でない描写に感じられるんですよね。
もしや鬼子か? とも思ったんですけど、それもお母さんの言動を見る限り、どうも違うみたいで。そんな読者の疑念をよそに、ハナエちゃんが朝食べない理由は特に語られず話はそのまま進みます。
そんな感じで、軽く明るい文体に程よく散りばめられた、物語を読み解く鍵を拾いながら誘われるように読み進めていくと、ある時点でぱちぱちと全体像が組み上がる。それがすごい快感なんですよ。
その後の、裾の処理というか、終わらせ方も素晴らしい。ちょっとの間目を閉じて、余韻に浸っていたくなる読後感。
万人におすすめできる作品です。
一見すると抑制された筆致が、逆に暴虐なまでの可愛さで容赦なく読者を殴りつける文体で、モモちゃん登場シーンからのシークエンスは特に無慈悲なまでにそんな感じでした。しかし、それら淡々と可愛さで読者を残虐する序盤が、まさが死角からのフィニッシュブロウを放つための助走だとは、誰が思っただろうか?
僕が特筆したいのは、何気ない朝ご飯の習慣やスマホ嫌いというキャラ付けが、序盤では違和感なく年頃の女の子と習性として描かれている点で、モモちゃんと再会するまでに流れた三年という時間の重さを、すこぶる軽い筆致で描ききってしまったやばさですね。切り返しの巧妙さは間違いなくあるのだけれども、ひとたび切り返えされてその背景にある重厚な事情が明らかになっても、序盤に描かれた軽妙さが一切損なわれないという奇跡ですよ。
女子高生と女子中学生がご飯食べたりお泊まりしたりするお話。
面白かったです。文体からしてもう最高でした。視点保持者の心情にかなり接近していながら、でもまったくくどさがない。軽妙で、しっかり印象に残る。
どうやったらこんな風に書けるのか、と、そう思った時点で心を掴まれていました。
お話の筋も好きです。成長物語。この場にはもう存在しない〝お姉ちゃん〟と、三年ぶりに会う歳下の従姉妹。
主人公の一日を内面からそのまま活写した物語の中に、でも確かに存在する三年という時間。
その厚み。文章の中、文字として書かれていない部分にこそ存在するもの。
そして、その上で、朝ごはんの持つ意味。とても素敵な物語でした。