第一章 夏の川にて 2

 「さて、どうして吾平は失敗したと思う?」

 老主人は藤吉に尋ねた。二人は縁側に座っている。

 藤吉はううんと考え込むようにする。主人の目にそれが可愛らしく思えた。

 しばらく、その様子を眺めていたが困らせ続けるのもかわいそうに思えた。老主人は答えをそろそろ出そうとした。

 「それはだな…」

 「確か、夏だったのでしょう。」

 藤吉が主人の言葉を遮った。

 「分かったのか…?」

 主人の顔に驚きが浮かぶ。

 「はい。夏場の川。さぞ水面は鏡のように澄み切っていたのでしょう。」

 「ああ…」

 「そして、小太郎様は川にうつむくようにして座っておられた。だとしたら見えたでしょう。御自分の後ろに立つ吾平の姿が水面に映るのを。」

 藤吉はじっと主人を見つめる。主人はその視線を小鳥を狙う猫のように感じた。

 「その通りじゃ。」

 主人は視線に負けて藤吉の答えを認めた。

 「吾平は儂を後ろから川へ突き落とそうとしたが、あと少しの所で儂が気づいてしまった。それで失敗したのじゃ。」


 吾平の失敗話を話終えると主人はまた楽しそうに話し始めた。

 「ちなみに儂が川に着くまでの話があるんじゃが。土手道を通った時、道端で娘御がわずかな共の者を連れて歩いていたのだ。三日かかる先に住む親戚が病に臥せていると聞いて慌てて見舞いに行き、近道しようとその道を歩いていたとか。」

 主人の喋りは抑揚がついている。

 「ところが歩いている最中、急ぐあまり娘御が石につまずいてよろめき土手から落ちそうになったのだ。そこをたまたま近くを通っていた儂が受け止めて娘御が怪我をせずにすんだという。ちなみに娘御の名は桔梗。儂の妻だ。まあ、桔梗と名を知ったのは後の話となったがの。」

 主人は笑い出した。

 「その時は自己紹介されなかったのですか?」

 「ああ、儂はあの時急いでいたから名も名乗らずに立ち去ってしまった。娘御の名を聞く暇も無かった。」

 「そうだったのですか。」

 ふうんと藤吉は納得したように見えた。

 「ちなみに最初の話に出てきたお姫様。川の姫君のお屋敷はどのような所でしたか?どんな物がありましたか?」

 「川の屋敷?…とにかく言葉では言い表せない程、立派な所じゃった。」

 主人はそう言うと静かに頷いた。

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