第55章:弔鐘

[1] 決意

 ベルリンの政府官庁街は今や後退して集まったあらゆる部隊で溢れていた。総勢約1万人の守備隊の中で、外国人SSが大きな割合を占めていた。西方への脱出路は確実に塞がれていた。ティーアガルテン南翼の第8親衛軍と市北部の第3打撃軍をドイツ軍は巨大な動物園ツォー防空タワーからの砲撃で辛うじて食い止めていた。この2個軍の背後では、第3親衛戦車軍が南から第2親衛戦車軍が北から来着して、シャルロッテンブルクの大半を制圧していた。西方ではヒトラー・ユーゲントの一団がヘーアシュトラーセの一部とハーフェルにかかるピヘルスドルフ橋を確保し、さらに北方2キロ強のシュパンダウに至る橋も確保していた。

 総統地下壕の人々は忠誠派も含めて、ヒトラーが自殺を先延ばしすればますます多くの一般市民が死なければならなくなると最終的に認識した。総統が死なない限り、誰も停戦を考えることなどできなかった。ヒトラーが総統官邸の門前に赤軍が到着するまで待っていては、彼らが生き永らえて外に出られる見通しが皆無になる。そこが問題になった。ヒトラーが無為に時間を過ごす間にも、赤軍兵士の足音はベルリンの中心街に近づいていた。

 帝国議事堂ライヒスターク攻撃は4月30日払暁と予定された。ソ連軍の指揮官たちは何が何でもモスクワのメーデー・パレードに間に合わせようと必死だった。だが戦果を求めて圧力をかけていたのはスターリンではなく、命令系統の上部にいて何事も変わっていないと考えている連中だった。

 散発的な砲火の中を従軍特派員はジグザグのルートをたどって「ヒムラーの館」―内務省ビルに向かった。まだ戦闘が続いている上部の階から、手榴弾が炸裂する音や機関銃の連射音が響いてくる。ビルの2階では、帝国議事堂攻撃の指揮を執る大隊長ネウストローエフ大尉が地図と前方の建物をしきりに見比べていた。攻撃がなかなか始まらないことに業を煮やした連隊長がやって来た。ネウストローエフが説明する。

「途中に灰色のビルがあります」

 連隊長は地図をひったくるように取り上げ、現在地を確認するなり呆れて叫んだ。

「おい、ネウストローエフ!あれがライヒスタークだ!」

 自分たちの最終目標がこんな近くにあるなんて。若い大隊長には予想外のことだった。

 従軍特派員も窓から覗いた。外のケーニヒスプラッツは「閃光と火炎、炸裂する砲弾と曳光弾のとぎれとぎれの線で覆われていた」。帝国議事堂ライヒスタークまでは400メートルもなかった。「戦闘が無かったなら数分間で到達できる距離だが、今は砲弾の炸裂孔や枕木や鉄線や塹壕だらけで、通過不能と思われた」。

 4月29日、総統地下壕で最後の戦況報告会が開かれた。ヴァイトリンクは次のような報告を行った。パンツァー・ファウストの備蓄がもう底をついていること、破損した戦車の修理も不能であり、市内は24時間以内に敵部隊によって制圧される見込みである。続けて弾薬が尽きた後の兵士の処遇について、ヴァイトリンクは尋ねる。ヒトラーはこう答えた。

「私はベルリンにいる部隊の降伏を許すわけにはいかない。君の部隊は小さな班に分かれて脱出する以外に道はなくなるだろう」

 ヒトラーはモーンケ少将に対してソ連軍のベルリン市街地への進出状況を求めた。また救援作戦の進捗状況を訊ねるため、国防軍総司令部に短い質問状を送付した。

「―国防軍総司令部は、ただちに以下の点について報告せよ

(1)ヴェンクの先鋒部隊はどこか?

(2)彼らはいつ、攻撃を再開するのか?

(3)第9軍はどこにいるのか?

(4)第9軍は、どの方向にむけて突破しようとしているのか?

(5)ホルステに率いられた第41装甲軍団の現在位置は?」

 国防軍総司令部からの返電がヒトラーの許に届けられた。その内容は現状を驚くほど率直に示すものだった。

「(1)ヴェンクの攻撃は、シュヴィーロ湖畔の南で動きを封じられてしまった模様。その東翼全域で、ソ連軍の反撃が行われているとのこと。

(2)以上の理由により、第12軍がベルリンへの攻撃を続行することはほぼ不可能。

(3)第9軍は、その大半の部隊が敵に包囲されてしまっている模様。

(4)すでに1個師団が西に向けて突破したものの、その所在は現在のところ不明。

(5)ルドルフ・ホルステ中将の第41装甲軍団は、ブランデンブルクとその北西地区で防衛戦を続けており、ベルリン市の救出作戦への転用は不可能。」

 もはや戦局挽回の望みは消滅した。ヒトラーは時ここに至り、自決が唯一取りうるべき選択肢であることを確信した。

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