[5] 最後の目標

 4月28日午後、第3打撃軍はモルトケ橋を目指して前進した。目標の橋はバリケードで塞がれ、爆薬が仕掛けられていた。機関銃と火砲の陣地が両翼からカバーしていた。午後6時少し前、ドイツ軍はモルトケ橋を爆破した。耳をつんざく爆音が轟いた。だが、爆破は完全に成功しなかった。歩兵小隊が砲兵の援護射撃を受けながら、落ちかけた橋を突進した。翌朝に2個狙撃師団がシュプレー河を渡り、クローンプリンツェンウーファーとモルトケシュトラーセの大きなビル群に突入した。

 第150狙撃師団(シャチロフ少将)はモルトケシュトラーセ南側の内務省ビルを強襲した。この大きな建物は「ヒムラーの館」として兵士たちに知られるようになった。ドアや窓を閉鎖して銃眼を設えた内務省ビルは攻撃側にとって手強い要塞であり、手榴弾と機関銃による近接戦闘が繰り広げられた。

 4月20日払暁、第5打撃軍は第9狙撃軍団の第301狙撃師団(アントーノフ大佐)がプリンツアルブレヒトシュトラーセのゲシュタポ本部を攻撃した。2月3日の空襲ですでに破壊されていた建物に対して、至近距離から重迫撃砲の直接照準で突破口を開いた。2個大隊が突入して赤旗を掲げたが、激烈な戦闘で甚大な損害を被った。夕刻に武装SSの猛反撃を受けて撤退を余儀なくされた。

 ヴァイトリンクは終末が近いことを悟った。第8親衛軍の東翼はベンドラーブロックのほぼ真向こうに到達していた。ヴァイトリンクは師団長を呼び集め、ポツダム守備隊長ライマン中将から無線連絡があった旨を告げた。第12軍の一部が包囲を突破して、ポツダム真南のフェルヒに向かったという。だが脱出路がまだ開かれているのかどうか、誰も分からなかった。師団長を集めたのは、ヘーアシュトラーセを直進して西方に突破する計画を審議するためだった。「H」時刻は翌日午後10時と決まった。

 楽観と悲観の間を大きく揺れ動いていたヒトラーもついに万事休すと観念した。ナチ党官房長ボルマンはこの日の日記に「ヒトラーとエヴァ・ブラウンの結婚。総統は政治的および私的遺書を口述。再び嵐のような砲火」と記している。ロシア軍はすでに総統官邸の間近に迫っていた。ヴィルヘルムシュトラーセに3両のT34が地下鉄駅まで突進したが、そこでフランス人SSのパンツァー・ファウストの肉薄攻撃に阻止された。

 総統地下壕の上空にアンテナ線を持ち上げていた最後の気球が撃墜され、総統専用の無線電話連絡が途絶した。全司令官に宛てられた無線交信を赤軍の無線機が傍受した。

「総統はシェルナー、ヴェンクその他の各位のゆるぎない忠誠を期待しておられる。さらにシェルナーとヴェンクが彼とベルリンを救うことを期待しておられる」

 中央軍集団司令官シェルナー元帥はこう返電した。

「後方地域は完全に混乱、一般市民が作戦を困難にしつつあり」

 第9軍はどうにか第1ウクライナ正面軍の戦線をツォッセンとバールトの間で突破した。西翼への突破を続ける前に道路の西側でしばしの休息を取った。第5SS山岳軍団と第21装甲師団を含む後衛部隊の一部と市民の大多数が包囲網を突破することが出来ず、第1ウクライナ正面軍に掃討されようとしていた。

 第12軍はベルリンに向かって進撃を続けていた。以前はエルベ河流域に広く布陣していた同軍の麾下部隊にもはや「東部戦線」と「西部戦線」の区別は意味をなしていなかった。歩兵師団「シャルンホルスト」のある大隊長はこう述懐する。

「西部戦線から東部戦線まで、ちょうど1日の行軍距離になるなんて、誰が想像しえただろうか。この一事が状況の全てを語っている」

 第20軍団はこの日にポツダム南西のシュヴィーロ湖畔まで24キロの前進を行い、ポツダムに包囲されていた守備隊と合流することに成功した。しかし兵力不足のために側面や後方を防御できず、日増しに増大するソ連軍の圧力に背後が脅かされていた。第9軍の到着を待って伸びきった戦線を保持することも難しくなりつつあった。

 ポツダムからベルリン外郭まではまだ30キロ以上が残されていたが、それ以上の前進はどう見ても不可能だった。第9軍は同軍との合流が可能であるが、兵力はもはや尽きていると通告した。第12軍司令官ヴェンク中将はこの旨を国防軍総司令部に通告した。すでに同軍の戦力がベルリン救援に資するには弱体すぎると判断した国防軍総司令部はしぶしぶこの事実を認め、同軍が独自の作戦計画に従って行動することを承諾した。第12軍はポツダム守備隊を収容し、西に脱出する準備を開始した。

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