[5] 首都の包囲

 4月24日早朝、第1白ロシア正面軍の第5打撃軍がドニエプル河川艦隊の支援を受けながらシュプレー河を渡った。第56装甲軍団の残存兵力からほとんど全てが北進してトレプトウ公園を目指す第5打撃軍の反撃に投入された。第11SS装甲擲弾兵師団「ノルトラント」のⅥ号戦車「ティーガーⅡ」がIS戦車「スターリン」数両を撃破したが、敵兵力は圧倒的だった。第5打撃軍のある師団が遺した記録ではこのように記されている。

「3時間にSSは6回も攻撃してきたが、その度に地上に散乱する黒い軍服の死体を残して撃退された。パンター戦車とフェルディナント戦車が炎上していた。正午には、わが師団は前進を再開できた。トレプトウ公園全体を確保し、薄暮には(Sバ―ンの)環状線に到達した」

 第8親衛軍と第1親衛戦車軍はベルリンを南から攻めるために西に向けて方向転換をしている最中だったが、その途上でテルトウ運河に沿った市街地で第3親衛戦車軍を発見した。第1ウクライナ正面軍が先にベルリンに到達したことを全く知らなかったジューコフはこの知らせに驚いた。

 第1ウクライナ正面軍は午前6時20分、テルトウ運河に対する砲撃を開始した。152ミリと203ミリ榴弾砲を含めて正面1キロ当たり650門の密度である。火砲の集中度はナイセ河やヴィスワ河の渡河作戦よりもさらに高かった。砲撃がほぼ終わりに近づいた頃、コーネフが第3親衛戦車軍の司令所に到着した。指揮官たちは8階建てオフィス・ビルの屋上から、重砲が対岸のビルを破壊して空軍機が波状爆撃を加えるのを見守った。歩兵が折り畳み舟艇と手漕ぎの木製ボートで運河を渡り始めた。午前7時までに最初の狙撃大隊が対岸に渡り、橋頭堡を占拠した。

 第3親衛戦車軍がテルトウ運河を強襲していた頃、後方地域では側翼に脅威が迫っていた。第12軍が西翼からトロイエンブリーツェンおよびベーリッツに向けて前進中。東翼ではベルリン南東部の森林に包囲されつつある第9軍が包囲の突破を試みていた。コーネフは麾下の第28軍(ルチンスキー中将)を東翼に転進させ、ベルリン=コトブス間を結ぶアウトバーンの線にほぼ沿って第9軍と対決させようとした。

 第28軍は第1白ロシア正面軍の第3軍とトイピッツで合流に成功した。第9軍はベルリン南東で包囲網に閉じ込められてしまった。丸1日途絶状態にあった第9軍司令部とヴァイクセル軍集団司令部の連絡が復旧した際、ハインリキはブッセから悲壮な電話を受けた。

「第9軍は猛烈な攻撃を受けつつあり、全力でバルート方面に突破します。ベルリンはもはや撤退の支えにはなりません。我が軍はチャンスを逃しました。ソ連軍はすでに街道に達していますから、明日はもう無理でしょう」

 ハインリキは電話口でブッセに語りかけた。

「全員が秩序を保って西方へと脱出できるよう配慮してくれ。我々も総力を挙げて脱出を支援する。成功を祈るぞ」

 4月25日、この日は第三帝国が分断された日として記憶されている。エルベ河岸トルガウで第58狙撃師団(ルサコフ少将)が米軍の第69歩兵師団と合流を果たしたのである。

 第三帝国の首都では、第8親衛軍と第1親衛戦車軍がテンペルホーフ空港を目指してブリッツでテルトウ運河を強行渡河した。飛行場では「ミュンヘベルク」装甲師団の残兵と高射砲部隊が展開しており、砲身を下げた高射砲が対戦車砲に様変わりした。空港のビル群は第1白ロシア正面軍の砲撃とカチューシャ・ロケットで爆破された。内部の廊下には負傷兵の悲鳴がこだまし、煙や燃える化学薬品の臭いが充満していた。

 市内の各地で痛めつけられた第56装甲軍団が都心方向に後退した。すでに市街戦や家屋掃討による民家人の犠牲も出ていた。北方のヘルマンシュトラーセに撤退した部隊は途中で、家屋の壁に「戦争を引き延ばしているのはSSの売国奴どもだ!」と大書してあるのを見た。

 ヴァイトリンクは総統地下壕に呼び出された。戦線北翼の第3装甲軍からシュテッティン南方の防衛線が第2白ロシア正面軍に突破されたという報告を受けたにも関わらず、ヒトラーはヴァイトリンクに対して事態は好転すると言い張った。

「状況は必ずや改善される。南西からヴェンク中将の第12軍がベルリンに来援し、第9軍とともに敵に壊滅的打撃を与える。南からはシェルナーの部隊が来る。これらの打撃で状況は我が方に有利に変わる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る