[3] 救出作戦

 4月23日、ナチ管理下のプラハ放送は第三帝国首都に留まる旨の総統の決意で「この戦闘は全ヨーロッパ的な意義を帯びるに至った!」と論じた。ベルリンの一般市民にしてみれば、イデオロギー上の大義名分などはもうどうでもよかった。砲撃下での関心事は生き延びることだった。事態は悪化の一途をたどっていた。

 第9軍の状況は悲惨だった。オーデル河の防衛線を固守せよというヒトラーの命令は意味を失っていた。第11SS装甲軍団、第5SS山岳軍団、フランクフルト・デア・オーデルの守備隊はオーデル河の防衛線から南西方向のシュプレーヴァルトに後退し始めた。敗残兵たちは単独あるいはグループで移動した。建制部隊はほとんど残らず、第九軍司令部から正規の命令を受領した者もいなかった。車両も途中で燃料が尽きて放棄された。

 ハインリキはこの日の朝、クレープスを電話で呼び出して第9軍の後退許可を要請した。何度かやりとりした末、クレープスは第9軍の撤退にヒトラーが同意したと伝えた。だが、第9軍全体を西方に脱出することを認めるものではなかった。

「そんなことをすれば、敵は戦車を大量投入できるようになりますからな。後退させるのは第9軍の北東部にいる部隊のみです。すぐにヴェンク(第12軍)の攻撃による成果が現れることでしょう」

 ハインリキは不確かな楽観で第9軍の将兵を無駄死にさせるつもりはなかった。直ちにブッセに対して次のような命令を下した。

「まず1個師団を前線から抽出し、第12軍を迎える目的で、それを西進させよ」

 これは総統命令違反の危険を避けながら第9軍を西方に逃がすため、ハインリキが巧妙に考え出した計画だった。目立たぬよう段階的に部隊を西に後退させることで、退却の既成事実を作ってしまうことを目論んでいたのである。

 時を同じくして、カイテルは第12軍司令部に到着した。司令部はツェルプストの米軍橋頭堡からわずか30キロのヴィーゼンブルク近くの営林署に置かれていた。第12軍司令官ヴェンク中将と参謀長ライヒヘルム大佐が出迎えた。カイテルはのっけからヴェンクとライヒヘルムに向かって、ベルリンの総統を救うために第12軍が是非とも必要であると説教し始めた。ナチ党大会で演説するみたいに、元帥杖を振り回して熱弁をふるった。後にライヒヘルムは「喋らせた上で、お引き取り願った」と語った。

 ヴェンクはこの時、すでに別の構想を固めていた。たしかに命令通りにベルリンに向かって進撃するが、それは総統を救うためではない。エルベ河からベルリンまでの連絡路をこじ開け、兵士や市民が無意味な戦闘とソ連軍の両方から逃れるための回廊と造ろうというのだ。それは「救出作戦」というべき構想だった。

 ヴェンクと幕僚はカイテルがヒトラー劣らぬ程の空想屋であることを知っていた。ソ連軍の戦闘可能な戦車が不足してくる頃合いを見計らって反撃するなどという構想は、正に愚の骨頂だった。作戦主任参謀フンボルト大佐は「我々は独自の命令を作成した」と語った。兵力の一部をポツダムに向けて主力をベルリン目指して東進させる。そこで第9軍と合流してその脱出を支援する。それがヴェンクの計画だった。米軍の正面には牽制用の小部隊だけを残すことにした。さっそく詳細な命令が下達された。

 この日の夕刻、ヴェンクは兵士たちに訓示するためにジープで出向いた。第12軍麾下の第20軍団(ケーラー中将)は予備軍事教練のために帝国勤労奉仕団に召集された人々を主体としていた。訓練精到とは言えないが、士気は旺盛。この点はヴェンクも認めていた。ポツダム目指して北東に進撃する者も、ソ連軍の脅威にさらされているトロイエンブリーツェンとベーリッツに進撃する者も集まっていた。ヴェンクは語りかけた。

「諸子にもう一度ご苦労願わねばならぬ。もはやベルリンが問題になっているわけではなく、第三帝国が問題になっているわけでもない。戦闘とロシア軍から人々を救うことが諸子の任務である」

 ヴェンクの演説は兵士たちに強い感銘を与えた。今までに米軍にさんざん叩かれた「シャルンホルスト」歩兵師団の大隊長はこう記している。

「今度は回れ右!東方でイワンと戦うために急行軍だ」

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