[3] 防衛線の崩壊

 ベルリン官庁街では4月17日を通じて、さらなる処刑の脅しを綯い交ぜにした勇ましい宣言が出された。それ以外は何を為すべきか、実のところ誰も知らなかった。ヒムラーが軍指揮官全員に宛てた命令は次のような内容だった。砲兵が弾薬を使い果たし、戦車が燃料不足で放棄され、兵士自身の食糧も欠乏している事実は無視されていた。

「いかなるドイツ都市も無防備宣言をすることはない。国家に対するこの自明の義務に違反するドイツ人は全て生命も名誉も失うであろう」

 4月18日、第1白ロシア正面軍は攻撃を再開した。ジューコフは麾下の指揮官たちに「速度を上げ、昼夜の別なく進撃せよ」と発破をかけた。北翼で第47軍がヴリツェンを攻撃した。第3打撃軍はヴリツェン=ゼーロウ道路を目指したが、強力な抵抗にぶつかった。第1親衛戦車軍と第8親衛軍はゼーロウの市街地とフリーダースドルフの防衛線を圧迫し続けた。

 ゼーロウの背後―国道1号線で突然、突破口が開けた。ヴァイクセル軍集団司令部は「敵の先頭戦車集団がフリーダースドルフで防衛線を突破」という報告を受けた。ヴリツェンと国道1号線の双方から圧力が加えられた。ブッセは第9軍が壊滅しつつあると見た。第3打撃軍と第5打撃軍がヴリツェンとゼーロウの間から防衛線を突破した。第9軍の防衛線は徐々に西に後退して戦いはゼーロウ高地の周辺からミュンヘベルク一帯に構築された新たな陣地「ヴォータン線」に移行した。

 結局、第1白ロシア正面軍はゼーロウ高地の奪取に2日間を要した。第1白ロシア正面軍の損害は第9軍よりもすっと多かった。この戦闘における第9軍の損害は1万2000人だったが、第1白ロシア正面軍は3万人を上回る戦死者を出した。ようやくベルリンに向けた進撃を開始したジューコフだったが、その胸中は穏やかではなかった。南翼で同時に攻勢のスタートを切った第1ウクライナ正面軍が快進撃を行っており、ツォッセンの南東80キロ以内に迫っていたからである。

 ベルリン南方では、第1ウクライナ正面軍が容易ならざる事態に直面した。中央軍集団司令官シェルナー元帥はシュプレー河の突破に危機感を募らせ、ドレスデンを目指す第52軍の側翼に反撃を加えるためにゲルリッツ近傍に兵力を増派した。だが兵力の集結に失敗した中央軍集団は細切れに逐次投入した。第52軍は容易にこの反撃を撃破した。しかしその後も数日に渡って反撃を受けたため、進撃速度はかなり低下した。

 コーネフは2個親衛戦車軍の背後で、第13軍のシュプレー河の渡河を続行させた。第3親衛軍はコトブス周辺でドイツ軍に圧力をかけ、第5親衛軍はシュプレンベルク攻撃を続行して突破口を確保した。この日の終わりまでに第3親衛戦車軍はシュプレー河の西方に35キロ進出し、あまり抵抗を受けなかった第4親衛戦車軍は45キロ前進した。

 この日の午後、ベルリン防衛地区司令官ライマン中将は国民突撃隊の全部隊を市外の第9軍防衛地域に派遣して新防衛線を強化せよという命令を受けた。ライマンはこの命令を承認したゲッベルスに対して「これでは第三帝国の防衛など、考えられなくなりますよ」と警告した。結局、10個に満たない大隊と高射砲数門が東方に派遣された。

 4月19日、第9軍の防衛線は3つの区画に分断されはじめた。第3打撃軍がノイハイデンベルク西方の台地をさらに西進したため、第101軍団はベルリン北方の農村地帯に後退せざるを得なくなった。中央部の第56装甲軍団は真西のベルリン市内に撤退を開始した。南翼の第11SS装甲軍団も南西のフュアステンヴァルデに向けて撤退した。装甲擲弾兵師団「クーアマルク」には1ダースに満たぬⅤ号戦車「パンター」が残されているだけだった。

 第1親衛戦車軍と第8親衛軍はゼーロウから国道1号線沿いに重要都市ミュンヘベルクを目指した。国道1号線を敗走するドイツ軍の守備隊は大混乱に陥った。国防軍も武装SSもあらゆる軍種と兵科の兵隊がごちゃ混ぜになった。ひどく疲れた連中は木陰にへたり込んで両脚を伸ばした。前線が崩壊したと聞いて現地住民が道路に溢れ、ベルリンに避難しようとした。両翼どころか前方と後方で何が起こっているのか誰も知らなかった。無線機や野戦電話は放棄されていた。経験を積んだ将校たちは他部隊の逃走兵を捕まえては自分の小隊に編入するなど必死の努力を続けたが、有効な戦線を立て直す望みは皆無だった。

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