[4] 首都に迫る砲声

 ドイツ軍は4月19日から20日にかけての夜間にゼーロウ高地から撤退した。疲れ果てた敗残兵は力を振り絞って後退し、危険に晒されるとにわか仕立ての戦闘グループを編成して必死に抗戦した。第9軍司令部は「最終阻止線」をハインリキに報告したが、それは混乱が収拾しているように見せかけるために参謀将校が地図の上に色鉛筆で引いた線に過ぎなかった。

 ヴァイクセル軍集団は今度、バルト海沿岸とオーデル河防衛線の北部に注意を集中せざるを得なくなった。偵察機で第2白ロシア正面軍の前線の上空を飛んだ第3装甲軍司令官マントイフェル中将は敵の攻撃準備を察知した。第2白ロシア正面軍司令官ロコソフスキー元帥は同月19日の夜、スターリンに対してあらかじめ砲爆撃を加えた上で明日の黎明とともに攻撃を発起すると報告した。

 4月20日午前6時、オーデル河戦線最北部に位置する第2白ロシア正面軍が総攻撃を開始した。この戦区の防衛線を守っていた第3装甲軍に配属されていたのは弱体化した歩兵師団の残余や寄せ集めの特殊任務部隊だけだった。数少ない装甲部隊だった第11SS装甲擲弾兵師団「ノルトラント」や第23SS装甲擲弾兵師団「ネーデルラント」はハインリキが第9軍を救援するためにすでにベルリン東方に送られてしまっていた。

 第2白ロシア正面軍は容易ならざる任務に直面していた。シュヴェト北方でオーデル河は2本の水路に分かれ、その両側も中間地帯も一面の沼地となっている。第2白ロシア正面軍の攻勢は遅々としたものだったが、着実に西方に地歩を広げていった。

 第1白ロシア正面軍では、第3打撃軍や第47軍が長距離砲を使用してベルリンに対して最初の砲門を開いた。第1ウクライナ正面軍が南東からベルリン目指して進撃中であることを確かめたジューコフはこの日の夕刻、第1親衛戦車軍司令官カトゥコフ上級大将と第2親衛戦車軍司令官ボグダーノフ上級大将に緊急命令を発して「先陣を承ってベルリンに突入し、勝利の旗を掲げるべき歴史的任務」を与えた。しかし両戦車軍の先鋒がようやくベルリンの郊外に到達したのは、翌21日夕刻になってのことだった。

 ベルリン南東では同刻、第1ウクライナ正面軍麾下の2個親衛戦車軍がシュプレーヴァルトの森林地帯を通過していた。先頭に立つ第3親衛戦車軍は午後にツォッセンから南方20キロの地点にあるバールトを占領した。その南翼では第4親衛戦車軍がほぼ並行して、ユターボークからポツダムを目指していた。ジューコフと同様、ベルリン一番乗りに執念を燃やしていたコーネフは両戦車軍司令官に打電した。

「本日夜、万難を排してベルリンに突進せよ。遂行状況を報告せよ」

 破滅を告げる足音は着実にベルリンへと近づきつつあった。帝都の主はその音に耳を傾けようとはしなかった。総統官邸に参集したナチ指導部は4月20日―総統の56回目の誕生日を祝って、盛大なパーティを開いていた。市内では朝から空襲警報が鳴り、米英空軍の爆撃機の大編隊が特に激しい爆撃を加えた。ゲッベルスはこの日の朝に誕生日祝賀演説を放送して「総統を絶対的に信頼せよ。総統は国民を導いて現下の危機を打開するだろう」と全ドイツ人に呼びかけた。あるベルリン市民は日記にこう書いている。

「この男は気が狂ったんじゃないかと思った。それとも、何やら冷血非情なトリックを演じているのか」

 この日に開かれた作戦会議の主な議題は、第三帝国が分断される時機についてだった。未占領地域は日毎に狭まっていた。英軍はリューネブルガー・ハイデ(エルベ河とヴェーザー河に挟まれた低地)からハンブルクを目指していた。米軍はエルベ河中流でチェコスロヴァキア国境に到達し、バイエルンに向かっていた。フランス第1軍は南ドイツに進出中。南東ではソ連軍がウィーンの西に進出し、イタリアでは連合軍がポー河を横切って北進していた。

 ナチ指導部のベルリン放棄が再び問題になった。ヒトラーの側近たちは口をそろえて、まだ時間に余裕がある内にバイエルンに脱出するよう勧めた。ロシア軍はベルリン前面で大敗北を喫する。ヒトラーは確信を込めてそう語った。それから自分の考えを示した。シュペーアはこう記している。

「出席者のほとんど全員がびっくりしたのだが、ヒトラーはギリギリの瞬間までベルリンに留まり、その後に空路で南方に向かうと言明した」

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