[2] 南翼からの進撃

 4月16日午前6時、第1ウクライナ正面軍はナイセ河に沿った敵の前線に対して一斉に砲撃を開始した。1キロ当たり249門というこの戦争で最も過密な戦列を組んだ火砲は145分に渡って一斉砲撃を続けた。これに加えて、第2航空軍(クラソフスキー中将)による激しい絨毯爆撃が加わった。

 大量の砲爆撃でドイツ軍は有効な反撃がほとんど出来なかった。戦争神経症シェルショックにかかった兵士が多かった。捕虜となったドイツ軍兵士は「身を隠す場所も無かった」と供述した。「生き残った者はなんとか助かろうと、狂ったように塹壕や掩蔽壕の中を走り回った。みんな恐怖のあまり声も出なかった」

 第2航空軍が低空飛行しながら発煙弾を投下したことで390キロに及ぶ前線に煙幕が張られ、戦況全体が見えなくなってしまった。防御側の第4装甲軍は第1ウクライナ正面軍の主攻方面を急速に判別できなかった。

 第4親衛戦車軍は正午を少し回った頃、ナイセ河に工兵が架けた橋を渡り始めた。午後を通じて主力部隊も渡河して前進を開始した。急進撃を命じられた戦車部隊は第21装甲師団を先鋒とする第4装甲軍の反撃に応戦した。南翼でも第52軍とポーランド第2軍が渡河に成功し、ドレスデンへ突進した。作戦初日の戦果に満足したコーネフは真夜中に無線電話で「第1ウクライナ正面軍は順調に進撃中」とスターリンに報告した。先ほどジューコフと話したばかりのスターリンは次のように語った。

「ジューコフの方ははかばかしくいってない。ルイバルコとレリュウシェンコをツェーレンドルフ(ベルリン郊外の南西端)に向けたまえ。覚えているだろうが、『最高司令部』で取り決めた通りだ」

 スターリンが自分とジューコフの作戦地域の境界線を取り消して第1ウクライナ正面軍が南翼からベルリンを攻撃できる可能性を残したことをコーネフが忘れるはずもなかった。

 4月17日、第13軍と第5親衛軍がドイツ軍の第二防御線を突破した。コーネフは麾下の戦車部隊をコトブスとシュプレンベルクの間を流れるシュプレー河に向けて急進撃させた。砲兵と地上攻撃機シュトゥルモヴィクによる砲爆撃が再開され、松林の大きな区画があちこちで激しく燃え上がった。

 ナイセ河を渡った第1ウクライナ正面軍は幸運だった。小規模ながら数多くの機動予備が後方地域に待機していた第1白ロシア正面軍の戦線とは異なり、第4装甲軍の後方には訓練中の二線級部隊(第408補充兵師団など)がいくつか点在しているに過ぎなかった。ベルリンに向けて戦車部隊を突進させれば、ベルリンに通じる道の防御は手薄になるはすだ。コーネフはそう考えていた。第4装甲軍は第二防衛線を維持するため、すでに戦略予備を投入していた。ベルリンの敵軍司令官たちは第1白ロシア正面軍の脅威で頭が一杯になっているだろう。

 だが戦車部隊の突進は補給線に反撃を受ける危険性を常にはらんでいた。そこでコーネフは第5親衛軍を北翼のシュプレンベルクに向け、第3親衛軍を南翼に方向転換させてドイツ軍をコトブスに後退させた。

 この日の夕刻、第3親衛戦車軍は30キロ近い進撃を行ってシュプレー河に到達した。第3親衛戦車軍司令官ルイバルコ上級大将は架橋材料の到着を待たずに浅そうな場所を選んで、川幅が50メートルもある地点で戦車1両を前進させた。河の水が履帯の上まで来たが、それ以上にはならなかった。戦車部隊はこれに続いて縦列で浅瀬を渡った。2個親衛戦車軍の主力は夜の内にシュプレー河を渡って追随することが出来た。

 前線司令所から無線電話でコーネフはスターリンに連絡を取った。コーネフが報告を終わりかけた時、スターリンは突然口をはさんだ。

「ジューコフの方はまだ上手くいってないようだ。敵防御陣地の突破に苦労している」

 長い沈黙が続いた。コーネフはそれをあえて破ろうとしなかった。やがてスターリンが口を開いた。コーネフに彼自身の案を出させる撒き餌をちらつかせた。

「ジューコフの快速部隊を転進させて、そちらの正面に出来た突破口を通ってベルリンに向かわせたらどうだろうか?」

「同志スターリン」コーネフは答えた。「それでは時間がかかりすぎますし、相当な混乱が加わると思われます・・・私の正面の戦況は順調に推移しておりますし、兵力も十分にあります。こちらの戦車軍を二つともベルリンに向かわせることができます」

 さらにコーネフはツォッセンを経由して進撃するつもりだと語った。2人ともそこにドイツ陸軍総司令部があることを知っていた。スターリンは答えた。

「おおいに結構。私も賛成だ。戦車軍をベルリンに向かわせるように」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る