第二十七話 ようこそ、ブラックバスへ

 翌日からはリセット日までずっとダンジョンとギルドと家を行き来していた。勿論、食材等の消耗品も購入の為にお買い物はしたけど、殆どの時間をダンジョンで過ごした。


 というのも、漸く色々と準備を終えて問題なくほぼ恒久的にダンジョン探索が可能になったからである。武器となるウェポンは既に手元にある。入手したウェポンや魔石等のアイテムを入れる鞄も用意出来た。その所為で面倒ごとにも巻き込まれたが、まぁ、怪我もなかったし良しと出来た。


 あとはそうだな……防具くらいか。


「それならもう1つのダンジョン行けばいいんじゃねぇか?」

「もう1つというと、2つある初心者用ダンジョンのクランクベイトじゃない方ですか?」

「あぁ。『ベイトリール』ってダンジョンなんだが、其処は防具系のウェポンが入手出来る」


 クランクベイトは主に武器系のウェポンが多かった。というか武器系しか出てこなかった。それに対してベイトリールというダンジョンは防具系が出てくるらしい。


「うーん。鎧とかですか?」

「フルセットで出てくるのはボス部屋の宝箱くらいだな。その辺に転がってるのはガントレットとかヘルメットとか、部位防具だな」


 ふむふむと心のメモ帳に書き記しながら、初耳の単語について尋ねる。


「ボス部屋ってなんですか?」

「はぁ? ボス部屋ってお前……あー、もしかして言ってなかったか?」

「初耳ですね」

「悪い、説明不足だったか」


 へへっと誤魔化すように笑いながら、お茶を啜って誤魔化すヴィオラさん。


 ちなみに彼女は今、僕の家に居る。今日はリセット日だからギルドは暇だったらしく、退屈だった彼女は刺激を求めて仕事帰りに此処へ来たらしい。僕の家を何だと思ってるのだろう。


「ボス部屋ってのはまぁ、言葉通りだな。ボスの居る部屋だ」

「はぁ……」

「気の抜けた返事だな……えっとだな、ダンジョンの最下層には迷宮核ダンジョンコアがあるって話はしたよな?」

「はい、それは聞いてます。壊したら怒られるやつですよね」


 迷宮核を破壊し、ダンジョンを消滅させること。それを一般では『浄化』という。姉さんが居る手前、あまり好きな言葉ではない。


「怒られるじゃ済まねーよ。その核を守ってるのがボスだ。分かるか?」

「分かります」

「其奴を倒したら宝箱が出てくるんだよ。それから結構レアウェポンが出てくるんだよ」

「なるほど……でも何でボスを倒したら宝箱が出てくるんですか?」


 普通はボスが死んだら守る役が居なくなるから何らかの抵抗をするのが道理だが。


「その宝箱がダンジョンの精一杯の抵抗なんだよ。『良い物やるから壊さないで』っていうな」

「あー……理解しました」


 物で釣るってことか。結局は人間、物欲に弱いので浄化さえしなければリセット日を迎えてボスが復活し、そしてそれを倒せばまたレアウェポンが出てくる。その旨味を知ってしまえば無闇矢鱈に浄化しないだろう。最も、ダンジョンスタンピードという危険性は残るが。


「それでリセット日翌日は賑やかなんですか?」

「あぁ。大して旨味のない初心者用ダンジョンでもレアウェポンとなりゃあ金になるからな」

「ふむふむ……じゃあ明日は忙しくなるってことですね」

「そうなるな」


 であればこうしてお話してる場合ではないな。そんな魅力的な話を聞いて行動を起こさないなんて選択肢はない。まずは慣れたクランクベイトのボスとやらと戦ってみたい。


「明日は早起きしないと」

「何だよ、もう寝るってのか?」

「でないと起きられないので」

「あんだよちくしょう。あー、あたしも寝るか……」


 心底嫌そうにお茶を飲み干し、席を立つヴィオラさんを見送る為に玄関までついて行く。


「夜は物騒ですから、家まで見送りますよ」

「すぐ其処だよバカタレ。お前それ冗談か? だったらもっとそういう顔して言えよ」

「ふむ……」


 ぐにぐにと頬を揉んで解し、僕が思う冗談を言う感じの顔をして同じセリフを吐く。


「夜は物騒ですから、家まで見送りますよ」

「その顔すっげームカつくわ……」

「うーん……僕には難しいみたいです」

「そうみたいだな……まぁいいや。じゃあまた明日な」

「はい、おやすみなさい」


 せめてもの償いにちょっと口角を上げてみたが、振り返ったヴィオラさんの頬も緩んだので成功したようだ。


 扉を閉めてしっかりと施錠した僕はそそくさとベッドに入り込み、明日に備えて目を閉じる。しかし暫くは明日の事を考えてしまい、ちょっとワクワクして眠れなかった。



  □   □   □   □



 まだ外は暗く、太陽は顔を出していない時間。張り切りすぎた僕はまだ町が静寂に包まれているにも関わらずギルドに向かって歩いていた。


「リューシ、流石に早すぎるんじゃない?」

「いやでも、もしかしたら徹夜で並んでる人も居るかもしれないよ」

「そんなまさか」


 そんなやり取りをしながら通りの角を曲がり、ギルドが見える通りに入る。まぁ当然、並んでいる人なんて居るはずもなく、僕達は閉まったギルドへ続く階段に腰を掛けた。


 ぼんやりと見上げた空はゆっくりと白んでいく。暗かった空に混じっていた黒い骨はゆっくりと輪郭を取り戻し、遠くから照らす朝焼けがその形をはっきりと朱に彩る。


 そんな移りゆく色と時間を眺めていると足音が聞こえたので視線を戻す。


「おはようございます」

「……お前さぁ」


 眠そうな顔から嫌そうな顔に変化する様は芸術と呼べるだろう。いや呼べないか。


 溜息を吐きながらコツコツと靴音を鳴らしながら階段を登るヴィオラさんの為に、立ち上がって場所を譲る。


「あ、何か僕の方が身長高くて面白いですね」

「小さいとこういう場面でしか勝てないから悲しいな」

「……」


 気にしていることを言われ、ふい、と目を逸らす。


「なんだよ、気にしてんのか?」

「ヴィオラさんは背が高いから分からないんですよ」

「ハハッ、身長低い方がお前らしくて可愛いよ」

「なっ……ん、むぅ……」


 この間のようにぽすんとフード越しに頭を撫でるように叩かれる。そうか、僕が低いから頭の位置がちょうどいいのか。悔しいなそれ……。


「あのー」


 その声にビクリと反射的に肩が跳ねる。振り向くと膝を抱えて座っている姉さんが半目で此方を睨んでいた。


「私の前でリューシとイチャつくのやめてもらっていいですか?」

「あ? 別にイチャついてねーよ。てか何で薄目してんの?」

「睨んでるんですけど?」

「あの、ほら、入りましょうよ……」


 何だかバチバチと見えない火花が散っている気がして妙に居心地が悪かったので間に割って入った。いやこの空間怖いな……。


「はぁぁ、働きたくねー……てかやっぱ朝寒ぃな……」


 あっさりとヴィオラさんはぼやきながらギルドに入っていったが、問題は姉さんだ。


「リューシ、お姉ちゃんの目が黒い内は異性交友なんて許しませんからね」

「目が黒い内って……」


 分かりにくいアンデッドジョークに変な笑いがこみ上げてくる。


「もう、馬鹿にして! ひょっとして反抗期……?」

「あははっ、ほら早く行こう。せっかくヴィオラさんが開けてくれてるんだから」


 階段の上では足で扉を押さえて開けてくれているヴィオラさんがこっちを見てニヤニヤ笑っていた。


「いつになったら弟離れするんだ?」

「死ぬまで離れません!」

「いやそのアンデッドジョークを持ちネタにするのはやめよう?」


 家々の隙間から差し込む朝日に、ヴィオラさんが眩しそうに手で目を覆う。逆光になっている僕はそれがよく見える。その間に居る姉さんはキラキラと輝いて見えた。


 階段を登りながら、ふとこれまでの事を思い返す。短期間に色々あった。楽しいこともあったけれど、怖い思いも沢山した。でもそれも含めて、此処が迷宮街ブラックバスだと理解出来る。


 今、どうにか僕は町に溶け込めたような気がした。


 そう思うと自然と頬が緩んでいくのを感じる。


「おい、眩しいんだから早く入れよ!」

「今行くってば。ほら、リューシ……どうしたの、珍しく笑顔だね?」

「うん。……ううん、何でも無いよ」


 差し出した手を握り、僕は階段を登った。

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