第二十八話 初めてのボス戦

 ヴィオラさんの後に続いて入ったギルドの中は最低限の明かりの中、数人のギルド員さんがせっせと働いていた。


「あ、ヴィオラ先輩。また表から入って来たんですか?」


 と、作業をしていたうちの一人が顔を上げて悠々と歩くヴィオラさんを咎めた。


「家がこっち側だから近いんだって何度も言ってんだろ?」

「規則ですよ! 守ってくださいね!」

「ハッ、嫌だね」


 ぷんすかと怒る小動物っぽい女性は果敢にもヴィオラさんに注意をしていた。


 しかしなるほど、裏口か。夜明け前から正面に居座っていたのに何処からこの人達は来たんだろうと思っていたが、従業員は裏口から入るのが規則のようだ。流石ヴィオラさん。傍若無人である。


「おいミスカ、此奴の手続きやってやれ。あたしは着替えてくる」

「まだ話は終わってないですよ! もう……」


 ミスカと呼ばれた小動物的ギルド員さんは腰に手を当てて不機嫌さをアピールするが、何だかんだ上司の命令には従うようで、此方に振り向いた時には彼女らしい笑顔に切り替わっていた。


「リューシさんですね。此方へどうぞ!」

「あ、はい」


 言われた通りにカウンターに近寄り、いつもの流れで名前を書くだけの簡単な書類に記入をする。


「リューシさん、うちのギルドで結構人気あるんですよ」

「……えっ? そうなんですか?」


 名前を書いてるとそんなことを言われ、一瞬反応に遅れたが、聞こえた言葉を反芻してもちょっと意味が分からなかった。僕が人気?


「不思議な髪色とか透き通る肌とか可愛らしい顔とか、ヴィオラ先輩のお気に入りだで杖術も立派だねって。綺麗なアンデッドのお姉さんは何者なんだろうとか、色々と!」

「は、はぁ……」


 怒涛のような言葉の波に頭がくらくらする。目立たないように行動してたつもりだったけれど、この見た目とヴィオラさんの所為で意味がなかったらしい。そりゃあ、こんな真っ白けな奴が視界に入りでもすれば『おっ? レイスかな?』と見てしまうのも当然と言えば当然だ。


「今日は少しですけどお話出来て良かったです。皆に自慢しちゃおー。あっ、私、ミスカっていいます! 今後ともどうぞよろしくね! 普段は鑑定カウンターに居るから、リューシ君が来たらサービスしちゃうよ!」

「あ、えっと、此方こそよろしくお願いします」


 いつの間にか敬語は消え、君付けされ、サービスまでされてしまう。いったい何が起きているんだ……。


「おーっし、一番乗りィ! ……じゃねぇ!!」


 と、困惑しているとバタン! と勢いよく扉が開き、朝聞くにはうんざりするような大音量がギルド内に反響した。どうやら他の探宮者が来たらしい。あまり長居しては早起きした意味がない。


「では僕はこれで」

「はーい、気を付けてね!」

「失礼します」


 ぺこりと会釈してそそくさと立ち去る。入ってきた探宮者に擦れ違いざまにじろじろと見られたが、気付かないふりをしてギルドを後にした。



  □   □   □   □



 大急ぎでダンジョンへ走る僕とは逆に、大急ぎでギルドへ走る探宮者達とすれ違いながらクランクベイトへやってきた。


「はぁ、ふぅ……」

「大丈夫?」

「なんとか……」


 入る前からこんな状態ではどうしようもない。何とか息を整えていつもの門番さんに挨拶をする。


「おはよう、ございます」

「おいおい大丈夫か?」

「う、大丈夫です」

「白いのはリセット日初日は初めてだよな? 思ってる以上にモンスター沢山居るから気を付けろよ!」

「ありがとうございます。……よしっ」


 話してる間に息が整ったので気を取り直してダンジョンへと続く階段を下りていく。何だかいつもよりもざわついている気がする。多分、気の所為じゃないだろう。


 ヴィオラさんから聞いていたが、このダンジョンは全2層らしい。下り階段を見たことはあるが、下りたことはない。その階段を下りたらすぐボス部屋らしいから下りなくて本当に良かった。そんな階段をまずは目指す。


「……リューシ」


 天井近くから通路の先を見た姉さんがそっと手を出して静止を促す。モンスターが居るということだ。ギュッとパイド・パイパーを握っていた手を緩め。いつでも振れるように構えた。




「ふぅ……」


 拾った最後の魔石を鞄に仕舞い、一息つく。結構な時間を使ってしまった。モンスターで時間を使っていたら他の探宮者にボスを奪われてしまう。


「リューシ、此処からは急ごう」

「分かった」


 姉さんも少し焦りがあるようでちょっと眉間に皺が出来ている。


 それからは出来るだけモンスターを避けるようにした。迂回し過ぎない程度に避け続け、何とか最短距離であろうルートで階段へと辿り着けた。


「此処を下りるのは初めてだね」

「ちょっとワクワクする」

「男の子だねぇ~」


 誂われてもしょうがない。こればっかりはどうしようもない。


 周囲にはまだ誰も居ない。階段の奥からも戦う音は聞こえてこないから文字通り一番乗りだ。改めてそう思うとちょっと緊張してきた。


「すぅ……はぁ……よし、行こう」

「頑張ろうね!」


 深呼吸し、ゆっくりと階段を下りていく。一段一段下りていくごとに緊張が高まってくる。ちょっと呼吸が浅くなってくるのが分かる。


 それでもやっぱりワクワク感は拭えなかった。初めてのボスなのだ。この先、何でも戦うことになるだろう。ニルヴァーナを手に入れるまでに繰り返すこの戦いの初戦、初陣だ。此処から始まるんだ。


 最後の一段を下り、少し進むと大広間に出た。


「……いるね」


 僕の言葉に姉さんが無言で頷く。広間の一番、奥に大きな輪郭が見える。


 それは丸まった大きな人間のように見えた。手に何か持っているな……。向こうも僕達に気付いたらしく、俯いていた顔を上げた。


「うっ……」

「サイクロプス……いや、サイズからしてレッサーサイクロプスかな」


 大きな赤い単眼と目が合い、思わず声が出てしまった。流石に姉さんはそれなりに経験を積んでいるので怯まなかった。レッサーサイクロプスと呼ばれたボスは手に持っていたそれを振り上げて雄叫びを上げた。


「ウォオオオオ!!」


 それはよく見ると柱だった。何処かの神殿から引っこ抜いてきたかのような装飾が入った柱だ。あんな物で叩かれたらひとたまりもないだろう。あんなのが相手で、本当に初心者用ダンジョンなのか?


「来るよ!」


 両の手に濃い闇を纏わせた姉さんが叫ぶ。大きな足音を立てて向かってくるレッサーサイクロプスに向かって杖の先端に宿した闇属性魔法『暗色の灯火』を放つ。闇属性の消えにくい炎の魔法は僕がよく使う魔法だ。これでも上級の少し下くらいの高位魔法だ。


 放った炎はレッサーサイクロプスの足に当たる。ジュッという音と肉の焼ける嫌な匂い、そしてレッサーサイクロプスの悲鳴が大広間内に響く。


「《召喚サモン骸骨剣士スケルトン・ソードマン》」


 いつもより大きめに広がった魔法陣から3体のスケルトン・ソードマンが召喚される。怖いもの知らずの召喚獣はレッサーサイクロプスを目指して一直線に走る。


 炎をなんとか消したレッサーサイクロプスが柱を振り上げるが、姉さんがその腕に向かって手の平に作った闇色の槍を突き刺した。


「ギャアァァァァァアア!!」

「うるっさ……」


 大絶叫に顔を顰める姉さん。だけどそのお陰でレッサーサイクロプスの腕から柱が離れ、大きな音を立てて地面に転がった。


 その隙を逃す僕ではない。更に魔法を飛ばし、ダメージを与える。そして其処に3体のスケルトンが剣を振り上げて襲い掛かった。


 レッサーサイクロプスは武器を失い、片腕は使えず、痛みに怯んで作ってしまった隙を突かれ、あとは蹲るしかなかった。そうなってはもう終わりだ。あとは5人で一方的に攻撃し、レッサーサイクロプスは蹲ったまま、息を引き取った。


「ふぅぅ……」


 レッサーサイクロプスが大きな魔石になったのを確認し、ホッとする。どうにか怪我一つ負うことなくボスを退治することが出来た。カタカタとスケルトン達が嬉しそうに魔石を持ってきてくれた。


「ありがとう。これに入れてくれる?」


 後ろを向くと鞄を開けて、其処に入れてくれた。そして役目を終えたスケルトン達は僕が広げた魔法陣の中に還っていった。


 さて、ボスを倒し、魔石を収納した後は……宝箱だ。


「リューシ、ほら!」


 姉さんの興奮気味の声に駆け寄ると地面の一部が光る。その光は天井へと柱のように伸びる。そして周囲から光の粒子を集めて取り込み、ゆっくりと収束していく。


「こうやって出てくるんだね……」


 光が消えた後には普段見るものよりも装飾が多く、豪華な宝箱が残されていた。

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