第二十六話 八つ当たり、悪態、撫で心地

 狭い路地を使った強盗は、実は度々発生していたらしく、だがこの3番街では初の事件だったということでギルド員に詳しい情報は流れていなかったらしい。だが他の町の探索者組合に連絡したところ、情報は迅速に入手することが出来た。職務怠慢という言葉が脳裏に浮かんだ。


 肉片がこびり着いた衣服の中から出てきたプレート、『探宮者認識票パスファインダータグ』から、元は6番街の探宮者だったことが発覚した。恐らくだがダンジョン探索が上手くいかず、こうした犯罪に手を染めたのだろう。


「6番街にだってダンジョンはある。リセット日なんかは賑わうんだから根気よくやれば上にいけただろうに」


 火の着いた煙草を咥えながら吐き捨てるようにヴィオラさんが呟く。


「数を揃えて犯罪を犯す方が儲かったんですかね」

「どうだか。町と町を隔てる壁はサウスフィッシュボーンとノースフィッシュボーンにしかないからな。コソコソやってたんだろうぜ。けどぶっちゃけ5番街以下はカスしか居ねぇ。大した実入りはなかったと思うぜ」


 6番街より上は実力も違ってくるだろう。自分達よりも下の人間相手の強盗はローリスクだがローリターンだ。なのに何故急に3番街まで来たんだろう?


「リューシ、お前、8番街行ったんだろ」

「はい」

「じゃあそん時につけられたんだろうな」

「……あっ」


 言われてハッとした。なるほど……そういうことか。この町はまっすぐ地続きだから、8番街に行く為には6番街も通らなければならない。治安の悪い町中を深夜に僕みたいな子供が、アンデッドを連れているとは言え、不用心に歩いていたらそりゃあ獲物に抜擢されて当然だ。


 これは僕の不注意が招いた計画的犯行だった。


「気ィ付けろよ。町ん中だからって安全とは限らねーんだ」

「……肝に銘じておきます」

「死なれちゃあたしも夢見が悪いしな」


 ポン、と頭を叩くように撫でられる。これは反省だな……どうしても必要な時以外、深夜の外出は控えるようにしなければ。


 捜査結果を知らせてもらい、そして反省もした僕はギルドの応接室を後にし、ちょっと落ち込みながらエントランスへと戻った。姉さんは確か此処で待つって言っていたけど……。


「よぉねーちゃん、そんなツンツンすんなよ」

「そうだぜ。キレイな顔が台無しだぜ」


 澄ました顔で椅子に座る姉さんを探宮者が囲んでいた。その光景に思わず溜息が漏れる。


「あっ、リューシ」


 僕に気付いた姉さんが笑みを浮かべながら目の前の男をすり抜けて僕の元へと戻ってきた。勿論、いきなり女が突っ込んできてすり抜けられたので男は情けない悲鳴を上げて腰を抜かしていた。


「アンデッドだって見れば分かるだろうに」

「見ても分からない程度の人間って事だよ。さ、帰ろう。換金は終わってるよ」


 僕のタグを使って代わりに手続きをしてくれていた姉さんが鞄を渡してくれるので、中からパイド・パイパーを取り出し、鞄を背負う。しっかりとフードを被り、明日から気を付けようと反省しながらギルドを出ようとした所で男達に囲まれた。


「クソ、恥かかせやがって!」


 罵声を上げるのは悲鳴を上げた男だ。顔を真っ赤にしながら此方を睨んでいる。お怒りのようだし、一応謝っておいた方が良さそうだ。


「うちのリッチーがすみませんでした」

「ちゃんと躾けろ!! 浄化したっていいんだぜ!?」

「……は?」


 浄化という言葉にカチンと来る。そっちが勝手に絡んでいただけだ。しかも人間とアンデッドの区別も付かないような節穴の癖に、逆ギレもいいところだ。

 こっちはちょっと前に男達に絡まれている。何故こうも絡まれ続けなければいけないのか。僕が何か悪いことをしたのか。ちょっとした不注意はあったかもしれないが、誰にも迷惑を掛けたつもりはない。


「何だよその目は……ガキが……舐めてると潰すぞ!!」


 ついに沸点を越えた男が拳を振り上げる。僕は握ったパイド・パイパーを回転させ、石突で男の顎を狙う。


 が、その杖の先が顎ではない何かを弾いた。金属音がしたから何か硬い物だ。するとトスッと床に大振りのナイフが刺さった。


「は? ……えっ?」


 混乱した男は振り上げた拳の行き先を失い、代わりにナイフの意味を探る。僕は僕でこのナイフの主を偶然にも知っていたので背後のカウンターを振り返った。


 其処には応接室から戻ってきたヴィオラさんが、如何にもナイフを投擲しましたという格好で此方を睨んでいた。


「潰すだ? てめぇこの野郎。ぶち殺すぞ、おい」


 昨夜の事でイライラしっぱなしのヴィオラさんには全く容赦というものがなかった。ちょっと絡まれただけでナイフを投擲するなんて……僕がパイド・パイパーを振らなければ男は額から柄が生えるところだった。


 流石にギルド内がざわつき始める。ヴィオラさんは何食わなぬ顔で煙を吐く。


 と、其処へバラガさんが巨体を揺らしながらやってくる。


「八つ当たりはやめろ」

「あ? 当たってねーよリューシが弾いただろ」

「言い訳にもなってねぇぞ……」


 バラガさんを見上げながら食って掛かるヴィオラさん。一瞬、緊迫した空気に包まれるが、それは煙と同じく霧散した。


「……はぁ、いいや。今日は帰る。お前ら、あとやっとけ」


 座っていた同じギルド員さんに仕事を押し付けたヴィオラさんはそのままカウンターを土足で乗り越えて此方へやってくる。バラガさんはそんな彼女を睨んでいたが、諦めたらしく溜息を吐いて仕事に戻った。


 男達はヴィオラさんの姿を見て後ずさりしていく。


「うっ……」

「『うっ』じゃねーよ。ギルド内で喧嘩すんな」

「はい……」


 言葉だけならただの注意だが、ヴィオラさんの手には今しがた拾ったナイフが握られている。そりゃ『うっ』も言いたくなる。


 それだけ言うとヴィオラさんはさっさとギルドを後にした。彼女が居なくなったからと言って男達は僕に絡むこともなく、無言で隅っこの方へと移動していった。


 『 町ん中だからって安全とは限らねーんだ』と言われたが、どうやらギルド内も安全ではないようだ。むしろギルド員さんが危険人物だった。


 目まぐるしい展開に目眩がしそうだ。しかし逆に何も考えたくなくなる。勿論、反省点はあったが、お陰でそれだけに集中出来た。


 僕達も帰ろうかと気持ちを切り替えたところで、突然周囲が暗くなる。何だろうと振り返ると、バラガさんが僕に影を落としていた。


「すまなかったな」

「あ、いえ。死人が出なくて良かったです」


 そう言うとバラガさんは首を横に振った。


「彼奴は滅多に他人を気に入らないが、気に入ったらぐいぐいと来る奴だ。おまけに何だかんだでこの職についてから長いし。成績も上だ。あれでも役職にもついてる。だから他人よりも傲慢で我儘だ」

「優秀なのは知ってますけど、何も其処まで言わなくても……」


 我儘で傲慢は流石に可哀想だ。


「そんな性格の所為で死人が出たら困るのは俺達だ。多少の悪態は、許されるだろうよ」


 なんて言いながらニヤリと笑う。いや獰猛な肉食獣みたいで怖いんですが。


「まぁ、これからも迷惑を掛けるとは思うが、お前を嫌っての行動じゃないってのを知ってほしかったんだ」

「わざわざすみません。ありがとうございました」


 怖い顔だけど、とても親切な人だった。顔さえ柔和ならな……と思うのは失礼過ぎるか。


「また明日な。偶には俺の方にも並べよ」

「あはは……そうさせてもらいます」

「おぅ」


 ヴィオラさんと同じように短く返事をしたバラガさんは大きな手で僕の頭をフード越しにワシャワシャと掻き混ぜた。何だろう、ちょうど良いサイズなのだろうか。


 のっしのっしと戻っていくバラガさんを見送り、もう一度気持ちを切り替えた。


「明日からはもっと気を付けようね」

「そうだね……」


 姉さんの言葉に全面的に同意だ。今日は家に帰ってゆっくりするとしよう。


 そう心に誓ってギルドを出たが、少し離れた前方を歩くヴィオラさんが見え、何となく気拙かったので僕達はちょっと寄り道してから帰った。

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