第17話 ◆ エピローグ

◆ エピローグ


 真魚は、やっぱり大阪へ引っ越す事になった。

 真魚にとっては知らない男の人を「お父さん」とは呼べないし、高校を卒業したら母親たちと暮らす家からも出て行こうと決めている真魚だったけれど、3人で一度だけ会った時、お母さんがその人を見て笑う顔を思って、もっとそういう顔をさせていてあげたい。

そう思ったのだった。

(舜ちゃんとは、新幹線乗ったら会えるしな)


 山岸家では大騒動が起きていた。

 京市が帰ると、兄たちが台所で騒いでいる。

 習慣的にいつも陰膳を据えていた父親の席で、その実物、本人が平気で飯を食っていた。


「兵虎!!!」


 思わず名前を叫んだ京市に、

「父親を呼び捨てとは何事かっ!」

 と叱り飛ばした兵虎だったが、京市の頭をはたくその大きな手は、あの時と同じように、ぽん! と軽く優しかった。


 パンクした偲の自転車をとりに行くため、つき合わされた真司が偲と舜の家に行くと、同じ顔がふたり並んで立っていた。


「良かったわ、舜ちゃんが思ったより元気で」

「頼んでないわよ! もう呼んでないから!」


 大人しい感じの叔母さんと、昨日見た忙しい感じの叔母さんが同じ顔で向かい合っていた。


「あらシンくん。久しぶりねぇ」

「……シズ叔母さん?」


 不思議そうな顔をする真司に、

「あら、静香を知っていたのね」

 昨日の女の人がぶすっとして答えた。

「舜の母親の遥果(はるか)です。こっちは妹の静香」

 京市が言ったように、やっぱり姉妹だったのだ。

「ほとんど家にいない私より、舜も静香を慕っていてヤキモチ妬いているわ」

「やめてよ姉さん、子どもたちの前で」

 そんなふたりを見た偲が口を開いた。


「あれ? 静香おばさん、って……」

「あら、シーちゃんはシンくんともお友だちだったのね」

 静香が偲に気づいて笑いかけた。


「え? 知ってるの?」


 偲と静香を見比べる真司に、偲が真司にとっては衝撃の一言を口にした。


「静香叔母さんは、麻衣やんのお母さんじゃない」


「えっ! えーーーーーーっっっ?!! なにそれ???」

 舜と麻衣がいとこ同士だった、て事?

「えっっ? 舜くんのお母さんと? 姉妹だったんですか???」

 偲も静香と遥果ふたりを見比べて驚いていた。


「そう、子どもたちは知らないけどね」


 古めかしい神社へ嫁ぐ静香を猛反対していたのが舜の祖母であるふたりの母親だった。静香に養子をとるつもりだった母親は、それを拒みしかもわざわざ神社の宮司などに惚れて家出をした静香を許さなかった。静香のおかげで養子をとらされる事になった遙果も怒り心頭でずっと仲が悪いのだ。

 しかし老いて体も気持ちも衰えてくると静香を恋しくなり、時々公園で待ち合わせて会うようになった。

 幼い麻衣が公園で会っていたおばあちゃんは、舜の祖母でもあったのだった。


「姉さんはいつも命令口調で居丈高で」

「なによ、静香こそ子どもたちの前で!」

 ケンカを始めてしまった姉妹を置いて、偲はそおっ、と自転車を引き、真司とふたりで商店街の自転車屋さんへと歩き出した。


「まじかあ……」

「あたしも知らなかった。つか、麻衣やんもきっと知らないんだよねえ」

 自転車をひく偲につきあって歩きながら、真司は

「だから、時々……」

 いや、変だなと思ったんだよな。

 舜を見てたら麻衣さん思い出してドキドキしたりして、俺おかしいんじゃないか? って?

「似てるはずだわ」

 真司は長く葛藤していた疑問が腑に落ちた。


「これは……」


 偲が、なにかムズムズするような顔をしている。


「ばか! おまえ、スクープとか言って絶対拡散して広めたりすんなよな!」


 察した真司がすぐさま釘を刺した。

「えーーー」

 誰かに言いたくてうずうずしてしまっている偲に

「山岸に嫌われっぞ! そういうのは」

「うっ!」

 弱みを握った真司だった。

「しないわよ! でも、麻衣やんには?」

「どうしよう? 教えた方がいいのかな?」

 麻衣への事になると、とたんに弱気になる真司だった。


 登校した舜の席を、3人の少年たちが囲んでいた。

 相変わらず教室に居ると声を出さない舜だったけれど、3人のうちのひとりが、夜空のプリントされた細く小さな袋を取り出し舜に渡した。


「なに?」


 舜が声を出した。

「いや、その……」

「踏んづけちまってよ」


 袋を開けると、軸のお尻から汽車の飾りがぶら下がったシャーペンが入っていた。


「ごめんな」


 シャーペンの事、雨の日に傘をとった事、追い回した事、いろんな事をなんて言ったらいいかわからない3人だった。しかし舜は、自分のためにこれを買いに行ったんだ、と驚いた。


「あ、ありがと……」


 3人がはじめて聞く舜の声は、銀鈴を鳴らすような澄んだ麻衣の声に似ていて変にどぎまぎした。


「でも……」


 舜はぶら下がった銀河鉄道の飾りが揺れるのを見ながら言った。

「でも?」

 3人が舜を見つめる。


「子どもっぽいから、もういらない」 


「まじか! おまえ、なんて事言うんだ!」

「これ買うのに何時間電車乗ったと思って!」

「電車代の方がシャーペンの何倍もしたっつーの!!」

 騒ぐ3人に吹き出した舜の笑い顔が意外で、3人も本気で怒れなくなった。というか3人も馬鹿馬鹿しくなって思わず笑えて来た。


「すごーーーい。意外な4人がいっしょに笑ってるわ」

 偲が麻衣とその光景を見て驚いた声を上げた。


       †


 部活でグラウンドに出ようとした真司は、着替えた麻衣と昇降口で出くわした。

(あ……)

 なんか、言った方が良いかな、でもなんて言ったら……

 相変わらず言葉が出ないふたりだった。

 でも、なぜだかお互いふわりと手が上がった。

 真司も、麻衣も、なんとなく手を上げて、真司の上げた手に思いがけず強めにパーーーン! と麻衣から手を打って、笑ってすれ違った。

(あっれ? なんかオレ、すげーやる気わいてんだけど♪)

 意味も根拠も不明だけれど、なにかが急速充電された真司は威勢良く校庭へ駆け出して行った。


       †


「士朗さん。……士朗さん」

 校長先生の呼ぶ声がまったく耳に入って来ない。


「今日は聖午の転入初日ですからね」


 聖午が転入生として士朗のクラスへ入る事になったのだ。

 士朗はお気に入りの応接ソファに沈み込んで、校庭に向いた上がり口から見える妙にピーカンな青空を見上げていた。

 隣にすわった聖午が士朗の肩を叩いた。


「ま、わかるけど…… 今夜は月姉が、親父の好きな麻婆豆腐つくるんだって♪ 士朗の好きな担々麺もついでにやるって」

「あっ、そ」

 聖午と月夜美は、叔父である校長の朝志の家にまた住む事になった。

 もともと月夜美が飼っていたあの銀の仔猫もいっしょだ。

 ふたりにとっての10年は、現空間から異空間へ入った日と出て来た日のたった2日しか肉体的には経っておらず、月夜美もどこか高校に編入する予定になっている。戸籍上は聖午は24才、月夜美は27才となるのだけれど、どう見ても中学生と高校生にしか見えなかった。ふたりの兄と父たちは、また何かショーを計画し準備をしているようだ。


「士朗さん、なにか声かけられたんですか?」


 校長先生が話しかけても士朗は上の空だ。

 聖午が士朗へ肩を組み、ぼそっとつぶやいた。

「『あきらめて、サマータイム』……」

「てめ、選曲が古いんだよ!」

「しょうがねえだろ! 現世久しぶりなんだからよ!」

 10年前に流行った曲のタイトルをつぶやいてからかう聖吾に士朗が半ギレした声をあげた。外見的には先生と生徒だが、実は兄弟喧嘩だ。そこへ、もらった花束を持って沙羅がやって来た。


「あ……」

 互いをつかみ合っていた手を止め、お気に入りのソファにすわったまま士朗が沙羅を見上げた。

 みゃお。

 聖午は職員室の上がり口に現れた銀の仔猫の声に微笑み、士朗を置いて席を立った。


「ぃゃ…… その、おめでとうございます」

 士朗はしぶしぶ口から絞り出した。

「ありがとうございます! がんばって来ます♪」

「がんばるって……」

 士朗は結婚生活で頑張ると言ったら、その…… 子ども…… 子どもかあ…… と、お母さんになってゆく沙羅を勝手に想像し、ますます落ち込んだ。

「幸せになってください」

 下を向きそう言った士朗に、校長と窓際の聖午が背中を向け小刻みに震えている。士朗が不憫で、もらい泣きでもしているのか…… いや、笑っている?

「?」

 沙羅が変な顔をした。

「しあわせ? それは、まあ幸せといえば幸せですが……」

 士朗はこれ以上いろいろ聞きたくもなくて立ち上がった。

「3ヶ月もすれば戻って来ますからね」

 3ヶ月? ハネムーンか?

「な、長いですね」

 士朗は逃げ出す進路を沙羅に立ち塞がれ、上がり口の聖午の方へ身をよじった。


「確かに研修にしては長いですよね。でもみなさんも花束とか、海外研修への送り出しにしては大げさですよ。照れちゃいます」

「け・ん・し・ゅ・う……?」

「ええ選考に通って、希望していた海外研修に行けることになったんです♪」

「ん? ……3ヶ月?」

「そう、3ヶ月」

「戻って…… 来られるんですか?」

「ええ」


「ぶはっっっ♪ もうダメ!」

 聖午が吹き出したのにつられて、校長である叔父の朝志も笑い始めた。

「聖午!!! ってめ!!!」

 士朗がソファをまたいで首根っこをつかまえようとするのを、聖午は立ち上がりざまに前転しその手をかわした。

「叔父さんもだよ!!」

 士朗は聖午に「沙羅先生、結婚退職なんだってね」と聞かされていたのだ。

「あたしゃ、さみしくなりますねえ、と言っただけですよ」

「うっわ! グルか」

 朝志もいたずらな甥の計略に乗っかったのだ。

 いつかの沙羅が心待ちにしていた電話はこの研修の選考結果の報せだった。

「待て! 聖午!!」

 銀の仔猫を抱いて、職員室の中を廊下側へ駆けて行く聖午を追いかけようとする士朗のシャツをひっぱり、沙羅が呼び止めた。


「士朗さん」

「は、はい……」


 振り返った士朗は、身長差から自然と上目遣いになった沙羅を見つめる格好になった。


「帰って来たら……」

 心なし頬を薄く染めた沙羅が、花束で口元を隠し一瞬恥ずかしそうに目線をはずした。

「か、帰って来たら?」

 妙にどぎまぎして、士朗の体が硬直した。


「あの…… ブランコに…… その落ちても落ちても、何度も何度も駆け上がっていく士朗さんステキでした」

「え……」

 そういえば、沙羅にも生徒たちにも…… 思い切り号泣した姿まで見られていたんだった、とクールさを売りにしたがっていたはずの士朗は改めて思い出し顔が真っ赤になった。


 廊下へ駆け出そうとしていた聖午が職員室の出入口で振り返り、仔猫を抱きぶらさげたまま士朗たちを見つめているところへ、迎えに来たクラス委員長の偲が手を振って近づいて来た。

 偲といっしょに麻衣や舜、京市に、ちがうクラスの真司まで聖午に会いにやって来ていた。仔猫が舜を見つけ、嬉しそうに聖午の腕から舜の胸へ飛びついた。舜は胸を引っ掻かれないよううまく抱きとめた。笑い涙を袖で拭っていた校長先生もつい動きをとめ、校長席の机ごしにふたりを注視した。


 目線を外していた沙羅が、士朗へ目を向け直し何か言おうとするのへ、

「いや、それはオレから」

 と、士朗も何か言おうと心を決めた。しかしそれは間に合わなかった。

「帰って来たら!」

「は! はい!」

 思わず返事をした士朗に、沙羅はにっこり笑い、

「ジンギスカン連れて行って下さいね♪」

(そっちかよ!!!)


 聖午が爆笑し、迎えに来てくれた子どもたちと合流した。

「どうしたの?」

 不思議そうな顔をするみんなに、

「今、すっげえ面白い事あってさ♪」

 と聖午が嬉しそうに話そうとするのへ、士朗が身軽にソファや職員机を次々と飛び越え、

「やめろーーーーーー!」と言いながら追いかけて来た。


「廊下を! はっ♪ 走るんじゃありません!」

 注意を飛ばす校長先生の声も腹筋がつりそうな笑い声だ。


 勢いにつられ聖午といっしょに走り出した生徒たちを追いかけ、廊下の奥の笑い声の中へ士朗が消えていくのを沙羅も笑って見送った。


 にぎやかな2学期になりそうだ。

 




魔暮幻想遊戯団 <Fin>

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魔暮幻想遊戯団(マグレげんそうゆうぎだん) 湟耳みし丸 @340mimi

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