第9話噂の的



無事に入学の手続きを済ませた紫苑は翌日、桜華と共に育成機関である〝清導廻〟へと向かった。



「紫苑、Aクラスには一応皇族も居るし、他の伍家もAクラス・Bクラスに居るから覚えておいてちょうだい」



「皇族……その昔に常闇の主を討伐した一族で、東方倭国の一番偉い人でしたよね?」



「ええ、よく勉強してるわね。 現帝、皇利宝すめらぎりほうの子が二人いるわ。 と言っても一人は私達の一つ上の歳で今は階級も一つ上よ」



「じゃあ一人は居るんですね。 仲良くなれますかね……?」



「さぁ、それは貴女次第だと思うけど……」



すると、紫苑はワクワクした表情で桜華に尋ねる。



「桜華ちゃんは親しいんですかっ!?」



「何でそんなにキラキラした目で……仲は、普通じゃないかしら?

といっても殆どしゃべらないから分からないわよ」



「そうですか……」



「どうして肩を落とすの……?」



桜華が仲良くしているのであれば自分も混ざって仲良くなれるかもしれない、そう考えた紫苑だったのだが、そんなに上手く行かない事実に項垂れる。


すると、その様子を桜華は呆れ顔で見ていた。


しばらくあるいて20分。


二人は〝清導廻〟へと到着した。



「紫苑は転入の形だから先ずは導師室へと行くのよ?」



「導師室、ですか?」



「そう、私達見習い導士にいろはを教えてくれるのが導師。

つまり、教える立場が集まっている場所ね。

そこで指示を貰ってちょうだい」



「分かりました! えっと……」



「その階段を上がれば正面がそうよ」



靴を脱ぎ、桜華は廊下を左に行き、紫苑は階段を上がっていった。


そして、正面には〝導師室〟と書かれたプレートがあった。



コンコン



「失礼します」



紫苑が正面の扉を開けると、机が幾つも並び、沢山の人が資料などをまとめているのが見えた。



「あら、初めて見るわね? 貴女が噂の天草紫苑かしら?」



紫苑がキョロキョロしていると、横から派手な着物姿の女性が話し掛けて来た。



「あっ、はい! 今日からお世話になります、天草紫苑です」



「そう。 私は貴女達Aクラスを受け持ってる水鏡白良みかがみはくらよ」



そう名乗った派手な女性は茶色い髪を巻き、背も高く非常に色気が強い。


胸元も桔叶ほどではないがしっかりと開かれていて、男連中であれば見逃さないだろう。



「では、水鏡さんが導師なのですね! 宜しくお願いします」



「はい、ちなみに導師を呼ぶ時は○○さん、○○様、ではなく○○導師と呼びなさい」



「分かりました」



「では早速だけど、行きましょうか。 Aクラスへ」



紫苑は水鏡に連れられ、いよいよAクラスへと足を踏み入れる。









その頃、クラスでは転入生が来ると既に噂になっていた。



「桜華さん、貴女は当然知ってるのよね?」



一人の女が桜華へと尋ねる。



「ええ、勿論よ」



「という事は、天草の者。

まあ、せいぜい守ってあげる事ね?」



「貴女に言われなくてもそうするわよ。 まあ必要ないかもしれないけど」



桜華とのやり取りは周囲から見れば宣戦布告の様にも受け取れた。


そして、勢いよく入り口の扉が開くと、水鏡が教卓へと立ち、口を開く。



「皆、おはよう」



「「「お早う御座います」」」



「今日は、もう知ってると思うけど、新しい導士が我がAクラスに来たわ。

紫苑さん、入って」



「は、はい!」



紫苑は水鏡に呼ばれると、緊張気味に教卓の横へと立つ。


クラスは前2列、中2列、後2列で分かれていて、中央と左右に通り道がある。


また、前、中、後とそれぞれ段差があり、後方の導士が見えなくならない様に気配りがされている造りだ。


クラスの導士達は様々な視線を紫苑へと送る。



「可愛くね?」

「やべぇ……俺の青春が遂に始まるかもしれない……」



男子達は基本、下心が混ざる視線だ。



「あれが天草……大丈夫なの?」


「何か色目使ってない?」


「田舎臭くない?」



女子達は女子達で最早陰口の様な言葉が行き交う。



「えっと、天草紫苑です。 ずっと山奥に居たのであまり、街での暮らしに慣れてませんが、仲良く出来たら嬉しいです。 宜しくお願いします」



紫苑は周囲の声を聴かない様にしながらペコっとお辞儀をした。



パチパチパチ



何人かの導士達は紫苑を歓迎してくれている様だ。



「じゃあ、まだ本とか揃ってないと思うから、桜華の横に。

桜華、見せてあげてちょうだい」



「分かりました」



紫苑はゆっくり歩き、桜華の隣に座った。


桜華の席は中列の窓側、教卓を背にして右側。


紫苑が席に着くと、未だこそこそ話している導士達もいるようで、水鏡がパンパンと手を叩いて黙らせた。



「ちなみに言っておくけど、紫苑はこのクラスで一番浄勁力が高い。

もし許せないって人がいるなら、〝導闘〟を申し込んでもいいわよ?」



水鏡の言葉にざわっとクラスの導士達が反応を示した。



(桜華ちゃん、導闘?)



(導闘は所謂決闘よ。 清導廻では導士による切磋琢磨を呼び掛けてるから、模擬を通じて実戦経験を積む事が許されてるの。

勿論、模擬をするにはお互いの承諾と導師の了承が必要だけどね)



〝清導廻〟には導士達の力の向上、実戦力、チームワークの向上をする為に模擬戦、【導闘どうとう】と言うルールがある。


1対1から複数人での闘技も可能だ。


しかし、階級が同じ者同士ででなければ承諾はされない。


相手の階級が上の場合、当然ながら戦闘の幅も広い為、下階級の者が不利になるからだ。


また、導闘は導闘によるポイントがあり、後の清導天廻へ所属する際に、どの部署、部隊に行くかの目安にもなっているのだ。


とは言え、導闘を一度も行った事がない導士も多い為、それが全てではない事も導師達は理解している。



「はい、じゃあ講義を始めるわね。」



水鏡がクラスの導士達を黙らせると、そのあま講義を始めて行く。


そして、1限目の講義を終えた頃、桜華も巻き込まれて紫苑の周囲に複数人の導士達が集まった。



「紫苑ちゃんってどんな武器使ってるの?」



「彼氏いるの? 山奥って何してたの!?」



「綺麗な髪!? 触ってもいい?」



「あの、ちょっと、一斉に来られても……」



紫苑は突然の質問攻めにあわあわし、涙目で隣の桜華に助けを求めた。



「桜華ちゃ~ん!!」



「な、何よ? と言うか私まで巻き込まないでよ!

はい、皆一旦落ち着いて?」



桜華がパンと手を叩くと、質問攻めしていた導士達が一気に静寂を取り戻した。



「はい、じゃあ左から順にどうぞ」



「はい! 私、朱乃って言います!

紫苑ちゃんは何の武器を使ってるんですか?」



赤茶のゆるふわな髪方をした朱乃と名乗る少女が質問をする。



「えっと、私は剣は扱えないので弓です」



「わぁ~、弓! 確かに弓っぽい!」



「えっ? 弓っぽい?」



質問に答えて貰った朱乃は満足そうな表情を浮かべる。そして、桜華が「次」と発すると、隣に居た紺色の髪をしたイケメン風男子が質問をした。



「俺はたける。 紫苑ちゃんは彼とかいるのかい?」



「彼? 彼って……?」



(紫苑、恋人の事よ。 男は彼氏、女は彼女。

紫苑は女だからその異性は彼氏になるのよ。

だから恋人がいるのかどうかって事)



「恋人はいません。 と言うか、山奥に居たので恋愛と言うか……寧ろこんなに沢山の人と会うのも初めてです」



「何っ!? 恋を知らないだと!? なら紫苑ちゃん、俺と恋愛について――「はい、次の質問は貴女ね」――!?」



侃の意味の分からない言葉に嫌気が差した桜華が進行役をしっかりと務めた。



「エレメント……出して」



「「えっ!?」」



次の質問をして来たのは凩真那こがらしまなという小柄な女の子だ。


茶色い髪のショートカットで小動物の様な見た目をしている。


それが突然、「エレメントを出せ」と言って来た事に紫苑は勿論、桜華も驚いた表情を浮かべていた。



「エレメント、ですか?」



「そう、居るんでしょ?」



真那からの質問にどうすればいいのかと紫苑が桜華へ視線を送ると、「別に良いんじゃない?」と意外と軽いノリだった。



「タケヒコ、おいで」



紫苑がそう呼びかけると、どこからともなくポンとタケヒコが姿を見せ、机の上に座った。



「「きゃー!? 可愛い~!!」」



女子達はその愛らしい姿にキュンキュンし、男子達は突然現れた存在に驚愕する。



「えっと、私は風のエレメントで、この子は風のタケヒコです」



「キュル!」



「「きゃ~! 鳴いた!? 可愛い~」」



周囲の女子達は可愛さに頬を赤らめ、興奮気味だ。


一方、タケヒコを出してと言った少女、真那はジーっとタケヒコを見つめていた。



「キュル?」



「おいで、チロ」



すると、真那も〝チロ〟と何かの名前を発し、名の通りチロチロと舌を何度も出し入れする火の蜥蜴が真那の肩に現れた。



「わぁ! 蜥蜴ですか?」



「多分、蜥蜴。 私は火のエレメントだから」



「あの、熱くないですか? 触ってもいいですか?」



紫苑は初めて、別の性質の具現化した存在を目の当たりにして興奮気味だった。



「熱くないよ。 どうぞ」



真那がチロを手に乗せ、そっと机の上に置く。


そして、紫苑は人差し指でそっとチロの頭を撫でてみた。



「わぁ……意外と硬いというか、でもフニフニしてます」



「こっちはモフモフしてる」



いつの間にか真那はタケヒコを抱いており、その様子を羨ましそうに周りが見ている。



「エレメントを同じように出す人は初めてです!」



「私も。 チロが紫苑の浄勁力に反応してたからもしかしてって思って」



「なるほど、タケヒコもそういうのあるの?」



「キュル?」



いつもの様に、さぁ?と言った様子で首を傾げるタケヒコ。


すると、次の講義が始まるチャイムが鳴り響いた。


ぞろぞろと紫苑の前から離れ、各自席に着く。



「チロ、また後でね」



チロはコクっと頷き、聞ける。


しかし――



「タケヒコはそこが良いの?」



「キュル」



タケヒコは紫苑と桜華の間の椅子に丸まった。



「ちょっとタケヒコ……暴れたらダメよ?」



「キュル!」



「本当に分かってるのかしら……」



桜華は心配そうにタケヒコを見下ろすが、タケヒコ自身は平気だよ!と言わんばかりに丸くなっていった。


次の講義は歴史で、穢れ人、天導士、そして現在の状況などを詳しく語っていく。


紫苑は歴史物は好きなようで、集中して導師の話しを聞いていった。


そして午前中の講義を終え、昼休み。



「あっ、桜華ちゃん!」



「何よ」



「お弁当……」



「そんなの最初から無いわよ。 食堂があるからそこに行くの」



「はぁ~、良かったぁ」



紫苑は桜華に連れられ、食堂へと向かって行く。


すると、後ろには先ほどチロを出した真那が一緒に歩いていた。



「真那、さんでしたね。 ご一緒しますか?」



「うん。 紫苑ともっとエレメントについて話したい。

後、〝さん〟は要らない」



「ふふっ、じゃあお友達ですね! やった! 二人目!」



「貴女……友達の基準が軽すぎない?」



桜華は紫苑の発言に呆れ顔で呟いた。


しかし、当の本人は嬉しそうに真那の手をぶんぶん振っていた。



食堂は清導廻の外にある別館の一階にあり、広さは清導廻の1フロアと同じだ。


食堂の入り口には〝本日のおすすめとメニュー〟と書かれた黒板があり、その横のショーケースに料理のレプリカが置いてある。



「桜華ちゃん、これなんですか?」



「えっと、それはオムライス」



「オムライス……私これにします!」



「紫苑、オムライス初めて?」



紫苑の言動に疑問を感じた真那が訪ねて来た。



「はい! 私山奥で育ったので、料理とか分からなくて。

基本山菜とか獣のお肉を食べてました」



「紫苑、野生児なのね」



「まあ強ち間違いではないわね」



「えっ!? どうしたんですか二人とも……?」



真那と桜華は二人で納得し、不思議そうな表情で紫苑を見つめる。


すると、紫苑はその視線にあたふたし始めた。



「とりあえず食べましょうか。 お腹も空いたし」



「食べよう。 紫苑、行くよ」



二人はあたふたする紫苑を置いて先に列へと並んでいった。



初めて食べたオムライスはとても美味で、何より卵の中にチキンライスが入っているという装飾の仕方に紫苑は感動していた。



「うぅ~、桜華ちゃん、真那ちゃん、卵ってこんなに美味しいんですね……」



紫苑は感極まって涙まで流していた。


しかも、いつの間にか真那に〝ちゃん〟が付けられている。



「そんなに感動するほど? 流石野生児?」



「野生児、ですか?」



「山奥育ちだから」



「今度、山菜とか獣の捌き方とか教えますか?」



「……いや、大丈夫」



「必要な時はいつでも! お友達なんですからっ!」



紫苑の中で友達と言う存在はそれほど大きなものなのか、ニコニコしながら桜華、真那へ視線を送っていた。


昼食を終え、午後は実技講習の為に各自闘技用の衣装に着替えて試験の時に訪れた地下1階へと集まった。



「え~、今日はこれから実技講習となる。 各自、勁現具を用意して並びなさい」



導師水鏡が導士達へと声を発する。


そして、それぞれが勁現具を以て横並びになり、水鏡の指示を待つ。



「先ずは一人ずつ、前に出て私へ打ち込んで来なさい」



「「「はい」」」



「では、右から順に」



一人の導士が水鏡の前に立ち、浄勁力を勁現具へ流していく。


武器は刀、エレメントは水だ。



「はぁ~!」



水鏡も刀を持ち、導士の剣技を受け止める。



「踏み込みが甘い! 隙だらけよ!」



バシっと一人目の導士は脇腹に一撃貰うと、横に吹き飛ばされてしまった。



「次!」



「行きます!」



二人目は槍の勁現具だ。


鋭い突き、更に素早く槍を振るって水鏡を襲う。


しかし、小さな動作で確実にそれらを躱していくと、水鏡が二人目の導士の

懐へと入った。



「槍は便利だが狭い所、そして懐に入られたら丸腰と同じだ!」



ズドンっと水鏡は刀の柄の部分で鳩尾を打ち、二人目も脱落。


「次!」の言葉に出て来たのは真那だ。



「頑張って真那ちゃん!」



紫苑はワクワクしながらも真那を応援する。



「真那は確か、忍術を扱う一族よ。

これは見ものかも知れないわね」



桜華が紫苑の隣で捕捉を入れ、桜華自身もしっかりと水鏡に対峙する真那に視線を送った。



「……行きます」


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