第10話実技講習と導士の実力


「……行きます」



実技講習で真那は導師である水鏡と対峙し、身を屈めて様子を伺う。



「どうした? 私から行く事はないわよ?」



ニコっと不敵な笑みを浮かべて水鏡は刀を構える。


そして、真那はシュっと両手から手裏剣の形をしたものを飛ばした。




浄勁投法じょうけいとうほう


勁現具と同じ素材で造られた籠手を嵌め、浄勁力を流す事で手裏剣などの形に形成し、投擲する忍術を扱う一族に伝わる戦闘方法だ。



「流石は〝凩一族〟ね」



水鏡は迫りくる浄勁力の手裏剣を刀で打ち落とすと、再び刀を構える。


が、既に目の前に真那はおらず、水鏡は意識を集中させた。



(上、居ないなら後ろね……)



水鏡の予想通り、真那は手裏剣を投げた瞬間に水鏡の後方へと移動しており、手荷物忍者刀に浄勁力を流し、鋭い突きを放った。



キン!



実技講習で初めて響く金属音。



「やるわね。 でも残念。

じゃあ、少し強く行くわよ」



水鏡は真那の実力を見極めながら少しずつその力を高めていく。


次第に剣速が上がり、真那は必死にそれを受け流す。



「チロ、炎舞!」



真那は水鏡の刀を受け止めながらも火のエレメントであるチロに指示を出す。


すると、真那の周囲から波打つ様に炎が生まれた。



「へぇ、エレメント使いね。 でも甘いわよ」



「はっ!」と水鏡が浄勁力を体内から放つと、その圧で炎は掻き消され、真那が衝撃で吹き飛ばされた。



「いい感じだったわよ。 じゃあ次」









「大丈夫ですか真那ちゃん?」



「負けた。 勝てると思ってたのに」



「導士になったばかりの私達が〝導師〟に勝てる訳ないでしょ。

でも良い戦いだったわよ?」



紫苑が心配そうに真那へ駆け寄り、桜華が実践を褒める。



「次は負けない……」



すると、他の導士達の方で「わぁー!」と歓声が広がった。



「あの人は?」



「ああ、あれが。 皇彪音すめらぎあやねよ」



紫苑が実技中の彪音を見ると、かなりの勢いで水鏡を圧していた。



「ふっ、皇女だと思って舐めてると痛い目見るわよ! 水鏡導師!」



「あら、皇女だろうが清導廻ここでは導士は導士よ。

でも、かなり良いセンスね」



「それはどうも」



彪音が武器にしているのは鉄扇。

短地で造られた鉄扇は、扇面の部分が浄勁力によって光の刃となっている。


また、彪音のエレメントは雷で、鉄扇部分は黄色だ。



雷刺らいし!」



彪音が鉄扇を振るって風を起こすと、同時に細かな雷が水鏡へと襲い掛かった。



「はっ!」っと気合を入れ、真那の時と同様に浄勁力でそれらを吹き飛ばすと、水鏡から刀を振るっていく。


キン!キン!


金属がぶつかり合う音が響く度に、観戦している導士達が「圧してるぞ!」と興奮気味に騒ぎだす。



「はっ!」



「ふん! 今回のAクラスは良い人材が揃ってるわね。

じゃあこれはどうかしら?」



水鏡は彪音の攻撃を受け流しながら後方へと跳んだ。


そして、刀を鞘に納めると、身を屈めて一気に彪音を通り越した。



「凄い! 桜華ちゃん、水鏡導師、一瞬で抜刀しましたよ」



「えっ!?」



どうやら山で育った紫苑は動体視力がかなり鍛えられているらしく、水鏡による神速の抜刀を捉えられたようだ。


しかし、桜華には全く見えておらず、紫苑の言葉に戸惑う。



「流石ね、水鏡導士。 参りました」



「そりゃあ私も導師だからね。 でも彪音もかなり伸びしろがあるわよ」



そして彪音が導士達のところへ下がると、いよいよ桜華の出番となった。



「お願いします」



「どこからでもどうぞ」



「はっ!」



桜華は最初から全開で挑み、氷の鳥を複数展開させると突剣で素早く何度も突きを放っていく。



「流石にこの速度の突きは戦い難いわね」



水鏡はしっかりと桜華の突きを目で捉えているのだが、止まる事を知らない鋭い突きが幾度となく襲って来る為、一度後方へと下がって体勢を整えた。



「水鏡導師、掛かりましたね。 氷翔刃ひょうそうじん!」



桜華は周囲に展開させた氷の鳥に意識を向けさせ、更には突きを幾度となく繰り出す事で一度後方へと下がると読み、その場所に氷の罠を仕掛けていた。



「あら、やるじゃない。 勝てたかもね?」



しかし、水鏡はくるっと一回転しながら円形の斬撃を加えて次々に足元から飛翔する氷の刃を切り崩した。


そして、そのまま先程の神速抜刀を見せると、桜華が倒れた。



「桜華ちゃん!」



「だ、大丈夫よ。 参りました」



「いいわねぇ、本当に今回のAクラス。 さて、次は紫苑ね」



「は、はい!」



「貴女、剣は使えないのよね?」



「はい、私は弓です。 お願いします」



紫苑は前に立ち、ペコっとお辞儀をすると水鏡と対峙した。


周囲の導士達も「剣が使えないって大丈夫か?」など、心配する者と馬鹿にする者まで現れる。



「では、行きます!」



バシュンっと紫苑は勁現具で形成された弓から勁矢を上へ放った。


地下とは言え、近接武器だけではなく後衛の武器を扱う者も当然いる為、天井はかなり高めになっている。


故に紫苑が本気で矢を飛ばせばぶつかってしまうが、そうでなければ問題はないのだ。



「何故上に?」



周囲の導士達からそんな声が漏れたのだが、紫苑は真剣な表情で水鏡へ視線を送る。


そして――



五月雨さみだれ!」



そう告げると、上に放たれた勁矢がより細かい矢へと拡散し、その名の通り五月雨の如く水鏡へと降り注いだ。



「これは流石に避け切れなそうね」



水鏡は紫苑から放たれた矢の雨の範囲を割り出し、即座に安全圏へと移動する。


しかし、紫苑はその動きをしっかりと捉えており、移動の瞬間から着地予想地点へと勁矢を射る。


バシュン!


紫苑の矢は通常よりも遥かに早く、威力も高い。


それだけ山で鍛えられたのだ。



「くっ、やるわね」



キンと水鏡が少し焦った表情を浮かべたが、冷静に矢を刀で落とす。



「おい、紫苑ちゃん凄くないか? 水鏡導師の動きを完全に把握してたぞ」



「うぉ~、やっぱり俺の恋人に相応しいかもしれない!」



男子達は先程とは打って変わって、紫苑の攻撃に興奮し、褒め讃えている。


女子達も紫苑の実力に下唇を噛みながらその悔しさが表情に浮かんでいた。



「いいわね、紫苑も。 じゃあこっちから行くわよ」



水鏡は納刀すると、先程と同じ様に身を屈めて神速の抜刀をする。


しかし、紫苑はそれが見えていた為、水鏡が懐に入り、抜刀するタイミングで紫苑も弓を使ってそれを阻止した。



ガッ!



「っ――!?」



「あっ、水鏡導師! 隙ありです!」



そして紫苑が弓を剣の代わりにして勢いよく振り抜く。



「ぐっ!?」



水鏡は腋に痛みを感じ、膝を突く。



「マジかっ!? アイツ、水鏡導師を倒したぞ!?」



「ま、まさかあれを防がれるなんて……」



「私、山で狩りなどしてたので動体視力?は自信があるんです」



「そ、そう。 まあいいわ。 私の負けね。 初めてよ……導士に膝を突かされたのは」



すると、桜華や真那がパチパチと拍手をして称賛し、それが伝染して他の導士達も拍手を紫苑へ浴びせた。



「紫苑、やるわね」



「ありがとうございます」



そして紫苑が桜華達の下へと戻ると、次は男の導士が立った。



「導師、やるか?」



「当然よ。 実技講習なのに私が倒れて終わりになる訳ないでしょ」



「そうか」



次に水鏡の前に立ったのは黒の短髪に両耳にはピアス。


何より、黒いマスクで口を覆っている少年だった。



烏丸迅からすまじん。 私と同じ忍術を使う。

それと、凩一族よりも暗殺、戦闘に特化した家柄だからかなり強い」



真那が男の捕捉を加えると、桜華と紫苑はゴクっと生唾を飲み込み、観戦した。



「いくぞ」



「烏丸一族……いきなりヤバそうね」



「なら最初から本気で来ればいい……」



シュっと迅がその場から姿を消すと、ギンっと金属がぶつかり合う。



「えっ、もう!?」



「何したんだアイツ!? 見えなかった……」



迅の動きに周囲も驚いている。



「紫苑、貴女は見えてる?」



「今のはギリギリでした……かなり早いですね……」



桜華の質問に紫苑が答えるが、紫苑からしても迅の動きはかなり早いようだ。



「くっ、」



水鏡は即座に反応出来たのだが、それでも気配を探りながらの戦いはそっちに意識が持っていかれ、思うように攻撃が出来なかった。


しかし、お構いなしに迅が更に追い打ちをかけていく。


その手に持つのは忍者刀と鎖鎌だ。



風刃ふうじん! 雷刃らいじん!」



迅が風のエレメント、雷のエレメントを使った斬撃を飛ばし、避けた所を透かさず忍者刀で狙う。



「エレメントが二つ!?」



周囲はまたも、迅の攻撃に驚愕した。



「真那ちゃん、エレメントって二つ持てるものなんですか?」



「ううん、基本は一つ。 でも私や迅の一族は過去に二つを持つ者も居た」



紫苑が真那と話しているうちに、決着は付いたようでまたも水鏡が膝を突き、迅がその前に立って鎌を首元に当てていた。



「参ったわ。 全く今年はどうなってるのかしら……ここまで浄勁力を扱えるとは……既に天導士になる素質が詰まってるじゃないの」



そうして実技講習が終わり、皆が着替えてクラスへと戻って行った。


この日、奮闘した導士も居れば全くダメだった導士もいる。


その中で水鏡導士に膝を突かせたのは――



天草 紫苑


烏丸 迅


そして紫苑と同じ伍家である御華家、


御華 楓みはなかえでの三人だった。



「貴女、やるじゃない。 天草も大分力を落としたって聞いてたのだけれど……」



その伍家である御華の長女、楓が紫苑へと話し掛けて来た。


まるで花魁の様な着物の着方をし、妖艶な雰囲気で紫苑の前に立つ。



「えっと、御華という事は楓さんも伍家なのですよね?」



紫苑はそう楓へ返すと、「ふふっ」と微笑む。



「そうよ。 私は御華家の者。

天草とはライバル関係にあったのだけれど……今は違うのよ。

まあ、それでも桜華や紫苑は良いライバルになれそうだけれどね」



再びニコっと微笑み、楓はその場を後にして自分の席へと戻って行った。


その様子に、男子達は鼻の下を伸ばしており、桜華と紫苑はキョトンとしていた。


その後、講義を終えて帰路に立った二人は屋敷へ戻ると、桜華はさっそく今日の予習と告げ、訓練場で鍛錬を開始する。


紫苑もそれに参加し、二人で切磋琢磨していったのだった――









「白良ちゃん、今日の講義はどうでした?」



清導廻の理事長である草結李円が嬉しそうな表情で水鏡へ訪ねる。



「はい、これまでは私との実技はして来ませんでしたが、実際に戦ってみてかなり良い人材が揃ってると感じました」



「でしょ? ちなみに、白良ちゃん的には誰ですか?」



「そうですね。 先ず、私に膝を突かせたのが三人おります」



「まぁ!?」



李円は驚きと同時に手をパンっと叩いた。



「一人目は理事長のお気に入り、天草紫苑です。

二人目は烏丸一族の、烏丸迅。

そして最後は御華家の、御華楓」



「そう。 でも白良ちゃん、本気出してないですよね?」



「まあ、流石に本気でやってしまうと実技講習の意味がなくなってしまいますので」



「ちゃんと考えているなら良いですよ。

実際に白良ちゃんと倒せたら、もうここに通う必要なんてないんですから」



「そうですね。 ただ、まだ伸びしろある導士もおりますので、今後に期待でしょう」



「分かりました。 報告、ありがとう」



水鏡は頭を下げて理事長室を後にした。



「紫苑ちゃん、頑張ってるのね。 他の子達も……面白くなって来ましたよぉ~」



理事長室の窓からは街を一望出来る。


李円は外を眺めながらもどこか嬉しそうな表情を浮かべていた――

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