第8話【清導廻】


天草の屋敷で自主練や桜華との模擬戦などをしながら過ごしていった紫苑は二日後、朝から桔叶と静世に連れられ、都の中央にある育成機関へと訪れていた。


天草の屋敷からは歩いて20分程の距離だ。



「わぁ……大きい建物ですね。 屋敷とは全然違う……」



「そうね。 ここは建物自体5階建てだけど、地下も3階分あるの。

だから実質8階建てよ」



建物は3階までは普通のビルなのだが、その上の2階は屋根瓦の建物になっている。


言わば、ビルの上に屋根瓦の建物を乗せた様な造りになっているのだ。


入り口も天草家の木で造られた門ではなく、鉄の大きな物。


その横には警備の人間が立ち、常に見張っている。



「先ずはここの理事長と会うわ。 ちょうど建物の最上階ね。

行くわよ」



「あっ、はい!」



紫苑は物珍しさからキョロキョロと辺りを見回しながら桔叶の後を付いていく。


門を潜るとガラス扉があり、その奥に機関へ通う導士達の靴置き場がある。



「こっちよ」



この日は休日となっている為、導士達は居ない。


だが、天導師達はいそいそと業務を熟していた。



「あの、理事長と言うのはどの様な方なのでしょうか?」



紫苑はふと疑問に感じ、桔叶に尋ねる。



「そうね、天導伍家の一つ。

草結くさむすび家〟の人よ。

主に教育を携わってる家系でもあるわ」



「そうなのですか……」



「まあ、会えば分かるわ」



三人は建物の西側からエレベーターで3階まで行き、理事長室へと繋がる専用エレベーターへと乗り換え最上階を目指した。



「桔叶さん、静世さん、勝手に上がってますけど……大丈夫ですよね!?」



「ふふっ、本当に何も知らないのね。 大丈夫だから大人しくしてて。

もう着くわよ」



紫苑の不安そうな表情を見て桔叶がそれに反応を示した。



「うぅ……」



ポーンと音が鳴り、扉が開くとそこはまるで庭園の様な造りになっていた。


建物の中なのだが、チロチロと小さな川が流れ、手すりが朱く塗られた古風な橋までもが幾つもある。


それをじぐざぐに渡って行き、奥へと辿り着くと、そこには豪華な机とその椅子に深々と腰かける女性が見える。



「ようこそ、天導育成機関〝清導廻せいどうかい〟へ」



天導士達が所属する組織は【清導天廻】であり、それらを育成し、立派な天導士へと至らせるのが育成機関清導廻となる。



「ここの理事長を務めさせて頂いております。 大導師の草結李円くさむすびりえんです」



年齢的には桔叶と同じくらいだろか。


しかし、髪や睫毛などは真っ白で、何とも珍しい風貌をしていた。


長い髪を後頭部で纏め、高級そうな着物を着たその女性はニコっと紫苑へと微笑みかける。



「は、初めまして。 紫苑……あっ、天草紫苑と申します」



紫苑は初めて天草の名を名乗り、深々と頭を下げる。



「紫苑の事は伝えた通りよ。 その他資料も送ったはずだから読んでるわね?」



「あら、叶ちゃん……久しぶりにあったのに冷たいわね?」



「叶、ちゃん……?」



紫苑が不思議そうな表情を見せると、桔叶が「全石と同じで同期なのよ」とだけ告げる。



「紫苑ちゃん、大変でしたね。

でも、こうして会えたのは私も嬉しいですよ。

ここでしっかり学び、立派な天導士になって下さい」



李円はポンっと紫苑の方に手を置き、激励の言葉を送る。



「はい、頑張ります」



「じゃあ先ずは……紫苑ちゃんの実力を数値化しましょうか」



すると、李円は机にある丸いボタンを押す。



『はい』



「あっ、私です。 一人試験をするので準備して下さる?」



『畏まりました』



「さてっ」



李円は手をパンっと軽く叩くと皆を引き連れてエレベーターで地下の1階へ降りていった。


静世は一人、試験を行なっている間で送迎などの手配を済ませる為に機関を出ていく。


その為、地下へと向かったのは桔叶、李円、そして紫苑の三人だ。


地下は外から見たビルよりも広く造られていて、天草の訓練場の何倍もあった。



「わぁ……広い……それに、体がずっしり重く感じます……」



「あら、気付いちゃいました? ここはトレーニングする場所で、常に負荷が掛かる様になってます。

とは言え、初級候補でそれに気付くのは叶ちゃんの娘、桜華ちゃんくらいでしたよ?」



「桜華ちゃんも気付いたのですね! 良かった」



「あら、もうお友達なのかしら?」



「李円、私はこの後も仕事があるのよ? 出来ればスムーズに進めてくれるかしら?」



「ごめんなさい~、もう叶ちゃんはすぐ怒るんだから。

じゃあ先ずは紫苑ちゃん、貴女の浄勁力を測ります。

ちなみに、この数値で通うクラスが決まりますからね?」



はぁ~、と溜め息をついている桔叶を他所に李円はおちゃらけた様子で久しぶりに会った桔叶とのやり取りを楽しんでいた。



「クラスですか?」



「ええ、全員同じフロアで教える事は無理ですから、それぞれ担当を分けて学ぶ場所が違うのです。

天導士になる為の浄勁力の条件は?」



「えっと、確か150以上だったかと」



「その通りです」と李円が人差し指をピンと立たせて紫苑を褒める。




育成機関である【清導廻】のクラスは――



・150~200:Cクラス。

・201~300:Bクラス。

・301~:Aクラス。



この様に分かれており、【清導廻】への条件となる浄勁力が150を下回っている場合は機関へ入る事が出来ない。


また、そこから天導士になる為には450以上の浄勁力を持たなければ【清導天廻】に所属する事が出来ないのだ。



「ち~な~み~に~、桜華ちゃんはAクラスですよ」



「天草の人間なら当然よ」



李円が紫苑へ桜華のクラスを告げると、桔叶が誇らしげに返答した。


しかし、それは同時に紫苑にとって、何よりもプレッシャーになっている。



「安心しなさい。 紫苑は元々300を超えているはずよ。

だからいつも通りやればいいの」



「は、はい……」



そして李円がスイッチを押すと、足元から四角い柱の様なものが上がり、紫苑の腰辺りで停止する。


柱の上には透明な円形状の装置が取り付けられて、そこへ浄勁力を流す事で数値化が出来るらしい。



「じゃあ紫苑ちゃん、その透明な部分に手を置いて浄勁力を流して下さい」



「は、はい!」



「緊張せずにリラックスして下さいね?」



ゴクリと生唾を飲み、紫苑は目を閉じるとゆっくり、自分の浄勁力を手元の丸い装置へと流していく。


淡く緑色の光が装置を覆っていき、少しずつ緑が色濃くなっていった。



〝ピピッ〟



「はい、良いですよ。 どれどれ……」



李円、そして桔叶までもが丸い装置を覗き込んだ。



「うっそ……凄いわ、紫苑ちゃん……」



「まさか……高いとは思っていたけれど、ここまでなんて……」



二人が驚愕しながらも紫苑へと視線を送る。



「えっと、あの……どう、でしょうか?」



「もう、バッチリAクラスですね! 紫苑ちゃん、貴女の浄勁力は〝415〟です」



「4……15?」



「ええ、Aクラスでも一番高い数値ですね。 何か特別な訓練とかなさってたのですか?」



李円はそこまで高い浄勁力を持っているのなら何かしら特別な事をしていると踏み、紫苑へと尋ねた。



「いえ、特には……山では獣や食材を採りに出かけたり、訓練は鳥などの動く物を射るようにしてました。

浄勁力に関しては、川の近くで勁現しながら岩などを射てた位です」



「そう……」



「だが、紫苑はエレメントが居るわ。 それも大きな要因になるでしょうね?」



「エレメントですか?」



桔叶の言葉に李円が首を傾げると、紫苑は「タケヒコ」っと呟く。


そして、ポンっと紫苑の肩に「キュル!」と可愛らしく登場した。



「あらっ、エレメント!? ……なるほどね。 納得がいきました」



李円は少し考え、自分の中で答えを導き出すと、タケヒコの頭を撫でてその場を後にしたのだった。







「では紫苑ちゃん、明日から早速通って貰います。

桜華ちゃんと一緒に来れば大丈夫ですよ」



「はい、宜しくお願いします」



「Aクラスは帝様のご子息やご息女もいます。

勿論、機関内で身分は関係なく、重視されるのは天導士としての階級になりますよ」




【天導士】(てんどうし)

穢れを纏う異形を浄勁力にて祓い、浄める事を生業とした職務。



その階級は――




・天導元師  天導のトップ。清導天廻を束ねる長



・大天導師  各都に位置する清導天廻を治めている、その地域で最も偉い

       天導師であり部隊長等の纏め役。


・天導師   上級天導師であり、主に天導士を纏める部隊長。



・天導士   武器を用いて穢れ人を祓う天導の部隊員。ここで初めて清導天廻

       へと所属する事になる。



・準天導士  天導士育成機関の上級候補生


・導士    天導士育成機関の中級候補生


・見習い導士 天導士育成機関の初級候補生



なお、教育員は導師、草結などの理事長は大導師となる。



「紫苑ちゃんや桜華ちゃんも含めて、先ずは初級候補生になります。

なので、見習い導士ですよ」



「はい、頑張ります」



そして全ての手続きを終えると、【清導廻】の前に静世が立っていた。



「じゃあ私はこのまま用事があるから二人で街を楽しむと良いわ」



「分かりました。 車を手配しておきましたのでどうぞ」



桔叶は待っていた車に乗り込み、その場を後にした。



「紫苑さん、試験はどうでしたか?」



「えっと、Aクラスになりました」



「流石ですね。 良かった。

では、今日はお祝いという事でデザートでも食べましょう。

甘くて美味しいですよ」



「デザート?」



紫苑は山育ちの為、当然デザートを知らない。


山での甘い物と言えば蜂蜜や木の蜜、そして果物などの素材の味だったからだ。



「きっと驚きますよ。 では行きましょう」



二人は街中にあるパンケーキショップを訪れた。



「ここはこの街では人気なのですよ。

特に若い子が集まる場所でもありますね」



紫苑が周辺を見渡すと、確かに10代や20代の、特に女子達が沢山歩いていて賑わっている。



「凄いですね!」



「そうですね、では入りましょう」



お店へ入ると、運よく空いている時間帯だったのか、すぐに席へ案内された。



「静世さん、どれも美味しそうで選べません……」



紫苑はメニューの図を見ながらこれも、あっこっちかな?っと葛藤している。



「私はスペシャルにします。 実は甘い物に目がないんです。

紫苑さんも、例えば好きな果物のパンケーキを選べばいいと思います」



「じ、じゃあ……この苺にします!」



静世が店員を呼び、オーダーを終えると数分後には生クリームをこれでもかってくらい乗せたパンケーキが二人の前に置かれた。


静世のスペシャルパンケーキは蜂蜜、生クリーム、その周囲には様々な果物が並べられている。


紫苑の苺パンケーキは生クリームも然る事ながら、苺もふんだんに使われていた。



「では頂きましょう。 ナイフで一口サイズに切って食べるんですよ」



「はい!」



三角形に切り、そして口へ運んでいく。



「「ん~~~!?」」



「静世さん! 何ですか、これは!? 頬っぺたが落ちそうです!」



紫苑は初めてのパンケーキに興奮気味で静世に尋ねると、「美味しいですよね? 紫苑さんのお祝いです」と告げ、静世も幸せそうな表情を浮かべていった。



――



――――



――――――――



「もうお腹いっぱいです……」



「そうですね。 夕食、食べれるかしら……」



二人は満足げな表情で休憩をしていた。


すると、紫苑が姿勢を正して静世へ訪ねる。



「静世さんも機関を出てるんですよね?」



「そうですね。 私は西の都の機関でしたけど」



「どんな事を学ぶんですか?」



「穢れ人との歴史、天導士の歴史、そして浄勁力の向上や勁現具の扱い方。

所謂模擬戦などですよ」



「良かった。 なら付いていけそうです。

途中からでしたし、私自身山から出てませんでしたので、心配で」



「大丈夫ですよ。 自信を持って下さい」



「はい!」



そして二人は天草の屋敷へと戻り、翌日に紫苑は桜華と共に初めて育成機関へ、〝見習い導士〟として向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る