三着目 アキバに行くと気が大きなるのはたぶん地形効果。

「先輩の所為で赤紙を喰らうところでしたよ」

「一般参加者にはそんなもんねえよ」


 赤紙とはまああれだ。色々とやっちゃったサークルが販売停止を喰らっちゃうこと。

 ブースの机の上にパイプ椅子が置いてあって、あの紙が貼られているのを見るとなんだか切なくなるよね。

 俺と土留は今、東京臨海広域防災公園にいる。

 そこは、国際展示場の東棟の横に位置するコスプレエリアで、ちょっと離れにあるのでそんなに人気のないエリアだったんだよね。

 今までは西駐車場エリアがスペースも広く取れてコスプレイヤー達が集まりやすいので人気のエリアだったのだが、今は新しい建物を建てる為に使えなくなったので、今では一番広く使えるエリアだ。

 コミケではコスプレをするにも当然色んなルールがある。好きな場所で、好きな恰好をしてもいいってわけではないのだ。

 まあ細かいルールなどの解説はまた今度するとして。

 俺と土留はベンチに並んで腰かけていた。

 偶然コミケ会場で出くわして、ちょっとした成り行きで一緒にここまで来たのだが、別に今後も一緒に行動する必要はないんだよね。

 だいたい俺はコスプレ写真を撮りにきたのだ。土留とこんなところで悠長にしている暇などないのだ。

 そうすると土留の方から切り出してきた。


「……いいですよ」

「え? なに?」

「もう行っていいですよ先輩。今晩のおかず用に女の子の写真を撮りに来たんですよね? わたしも今日の目的は終わりましたし、ここでちょっと休憩してから帰りますので、早くしないと晩御飯なくなっちゃいますよ」


 え? なに? 下ネタ? こいついきなりぶっこんできやがったな。

結構ストロングなハートを持っていらっしゃいますね。

 でもな土留、そんな汚れた目でレイヤーさん達を見るんじゃありません。失礼でしょ?


「お、おう、おかずかどうかはともかく確かに時間は限られてるしな」

「そうです。時はネタなり。ですよ先輩」


 いやだからもういいって下ネタは。

 したり顔でそう言う土留であったが俺は結構引いていた。

 いきなりフランクになりすぎですよ。女の子にはもうちょっと恥じらいを持って欲しいな俺は、うん。


「まあでも、コミケ会場で知り合いに会ったら照れくさいかと思ってたけど、なんか楽しかったよ。そんじゃまたな土留」

「え? あ、はい。それじゃあ……」


 なんだか一瞬呆けたような表情をする土留だったけどまあいいか。

 俺はその場を後にすると、とりあえずこの防災公園エリアを見て回ることにした。


 夏の午後は暑い。はっきり言って灼熱だ。

 ここは日差しを避ける場所もほとんどないので、ある程度時間が経ったら休憩を挟まないとレイヤーさんも辛いだろう。

 冬は冬で寒さを耐えなくちゃいけないし、夏は夏で熱中症にならないように気をつけなければならない。

 そんな気候の元で何時間もただひたすら写真を撮られ続けているんだから、レイヤーさんって本当に大変な仕事だと思う……仕事じゃねえか。


「やっぱり今回も艦船ガールとプリティライブに偏るのかなぁ? あの衣装は可愛いもんなぁ」


 そんなことをブツブツと言いながら歩いている俺ってやっぱキモいよなwふへへへw

 そんなこんなで何人かの写真を撮影させて貰った。

 ちょっと格好つけて列に並んでいる最中に露出や絞りなどをチェック。

 太陽の位置なんかもちゃんと見ておかないと。光の当たり具合からレイヤーさんが順光になるように立たせる人も多いのだが、なるべく逆光になるようにしてあげた方がいいらしい。

 順光だとレイヤーさんは太陽を目の前にするわけだから非常に眩しいのだ。

どうしても目を細めて変な顔になっちゃうから気を付けた方がいいよ。まあどういう写真を撮りたいかにもよるんだけどね。

 4~5人撮るだけでも1時間以上もかかってしまったけど、非常に有意義な時間だった。

 特に最後に撮らせてもらったレイヤーさんは美人だったなぁ。めちゃめちゃ緊張したよ。胸の谷間なんかも見えて童貞の僕には刺激が強すぎます!

 それにしても……。


「はぁ……」


 俺は自分の撮った写真を見返して深い溜息を吐く。

 どうしても思ったような写真が撮れない。

 SNSなんかにアップされている他のカメコさん達の写真と比べたら雲泥の差だ。

 どうしてこんな風に綺麗に撮れるんだろう? こんな直ぐにアップしているんだから撮って出しの物で加工もしていないだろうし。

 やっぱセンスないのかな俺? コスプレイヤーさんという最高の素材をまったく活かせないのはやっぱり俺の技術不足によるものだ。

 それでも朝に比べればだいぶマシになってきているのも事実。

 初めからなんでも上手くできるわけがない、俺はまだカメコ一年生なんだ。

 これから色々学んで成長していけばいい! 落ち込んでる暇はない、今はとにかく撮るべしっ!

 そう思い直し、元来た場所へ戻ろうとしたところで俺は気が付く。

 その視線の先に見覚えのある恰好の人物が居た。


「あいつ……まだ帰ってなかったのか」


 土留がまだベンチに座っていた。

 遠目にだけどなんだかボーっとしているようにも見える。

 俺は何の気なしに土留にカメラを向けて望遠でその顔を覗き込むと、ファインダー越しに見える彼女の表情に俺は息を飲む。


 とても綺麗だと思った。


 夏の日差しに照らされて輝く瞳はどこまでも煌びやかで、それでもどこか儚げに見えて。

 その一瞬を逃したくない、この刹那の時間を切り抜きたいと、そう思った。

 思わず俺はシャッターを切っていた。

 すぐにその写真を確認する。


「さ……最高の出来だ……今日撮った写真の中で最高の出来だっ!」


 俺はいつの間にか駆け出し、その足は土留の方へと向かっていた。

 ほんの数メートル走っただけなのに軽く息が切れる。やっぱり運動しないとな。オタクだからと言って別に運動神経がないわけじゃないよ? なんなんだろうねあの変なイメージ、風評被害ですよまったく。

 まあそれは置いといて、土留の前まで行くとなんか物凄く嫌そうな顔で見られてんだけどなんで?


「はぁっ、はぁっ、ど……どどめ、はぁっ、はぁっ」

「な……なんですか先輩? 女の子の写真撮りすぎて発情したんですか? キモいですよ」


 いつまで引っ張るんですか下ネタ、ていうかマジでドン引きするなよ。ちょっと寂しくなったじゃないか。


「ち、ちげーよ! 人を犬猫みたいに言うな」

「じゃあ、早く家に帰ってやってくださいよそういうのは、まったく……」

「いやだからそうじゃなくて」

「なんですか?」

「おまえ、具合でも悪いのか?」

「え? べつに体調は普通ですけど」

「そっか……」


 俺の問いに土留は不思議そうな顔をしている。


「よかった。この暑さで具合でも悪くなって動けないのかと思ってさ」

「あぁ、それなら心配ないですよ。ちゃんと水分補給はこまめにしていますから、そんなことで走ってきたんですか? コミケ会場内では危ないから走らないでくださいね」


 まあそれはそうですねすいませんでした。つい我を忘れてしまいましてね。


「わ、わりぃ、ところで、なに見てたんだ?」

「え? なにって? ……べつに、なんとなくボーっとしてただけです」


 嘘だ。俺は騙されないぞ。

 さっき見たおまえの顔は、おまえのあの眼は、そんな何にもない、なんとなくなんてものじゃなかった。

 俺はおまえのあの表情に、おまえのあの眼に惹かれたから、こうやって我を忘れておまえの元まで走ってきたんだ。

 あれはそう、憧れだ。なにかとても眩しいものに対する羨望の眼差し、自分もそうなりたい、そうありたいと欲する、そんな眼だった。

 おまえのその瞳に映るものがなんだったのか俺にはわかっている。

 たぶんおまえが感じたそれは、俺が感じたものと一緒のものじゃないか? だから俺にはわかったんだ。


「土留、コスプレってどう思う?」

「どうって……。べつに、キャラが好きならその作品を見ればいいのに、わざわざ自分でその恰好をする意味がわかりません」


 まあ尤もではある。


「いやでもさ、漫画やアニメやラノベなんかを見たり読んだりしている時に、自分もこういう風になりたいとか、このキャラの衣装かわいいから着てみたいとか思ったことってないか?」

「ないです……。だいたい、わたしなんかがそんな恰好したってみっともないだけですよ」

「そんなことはないっ!」


 土留の言葉に俺は大声を上げていた。

 そんな俺を土留はすごく驚いた表情で目を真ん丸にして見上げている。

 そうだ、そんなことはない。土留がみっともないなんてこと、そんなことは決してない。

 そりゃあ背だって低いし貧乳だし、グラビアアイドルのようなスタイルをしているわけではないけれど、そういう問題じゃないんだ。

 憧れってのは、そういう風になりたいと強く思うことってのは、そんなことで簡単に諦めていいものじゃないんだよ。

 土留のさっきの眼からは、ただ憧れているだけ、それだけで終わるようなものには見えなかったんだ。

 自分もその世界に行きたい。変わりたい。そう言っているように俺には思えたんだ。

 人と言うものは、そんな憧れを抱くことがどれくらいできるものなのだろうか?

 土留が本気でそう思っているのなら、強くそう願うのであれば、それは叶う願いであると俺は思う。

 だったら叶えてやりたい、自分一人ではそれができないと言うのであれば、俺が一緒にその憧れを追う後押しをしてやりたい。

 もちろんこれは俺の独りよがりかもしれない。土留にとっては迷惑な話かもしれない。けれど、このままそれを見過ごしてしまうなんてことは俺にはできなかった。


 だって俺は……俺は。


「だったらさ土留、これから一緒にアキバに行かないか?」

「は? なんでですか? 嫌です」


 ぐぬぬ……。即答ですか、それはそれでちょっとショックだぞ。でも諦めないもんね。


「いやいや、べつにナンパしているわけじゃないぞ?」

「いやいや、どう見てもナンパなんですけど。なんですか? 先輩コミケにそういうことしに来てたんですか? 最低です。幻滅しました」


 女の子に最低なんて言われたの初めてだ。泣いちゃうぞ。こう見えて結構ナイーヴなんだからな僕ちん。


「ぐぬぬ……。だったら言わせてもらう。自慢じゃないが俺は生まれてこの方ナンパなんてものは一度もしたことはない、俺はチキンだからな。なので当然彼女もできたことなんてない。俺が今までコミケでしてきたことは、薄い本と肌色率の多い抱き枕カバーとかタペストリーとかを買いに来ていただけだっ!」


 土留はなんだか物凄く残念そうな顔をして俺のことを見ると、悲しげな表情になり言う。


「いやまあ……そうだとは思っていましたけど、そうはっきり言われるとちょっと同情しちゃいます。辛かったですね先輩」


 てめえええこのやろうぉぉおおおお! マジで可哀そうな人を見るような目するんじゃねえ。だったらお前は彼氏いるのかよ? ……いるのかな? ん? なんかちょっと気になるぞ。まあいいや。


「と、とにかくだ。ナンパだとかそういうのじゃなくて、おまえに話したいことがあるんだ」

「わたしに話したいこと? なんですか? だったらここで言えばいいじゃないですか」

「いやまあ、ちょっとここだと話し難いような気がするんだよ」

「なんでアキバだと話しやすいんですか? 意味がわかりません」

「決まってるだろ……」


 俺はニヤリと笑うと自信満々に土留に告げた。


「アキバは俺のホームグラウンドみたいなもんだからなっ!」

「? ……あぁつまり、アキバなら内弁慶になれるってことですね」


 いやまあ……そうかもね。

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