四着目 オタク問答。
渋る土留を最早拉致に近い状態で連れ出しアキバに来た俺。
国際展示場駅から新木場駅までの間、逃げ出さないようにとずっと手を握っていたのだが、ちょっと強引過ぎたかなとは思いつつもなんか大人しくなったから結果オーライ。
途中でもう一回電車を乗り換えて約40分程で秋葉原駅に着くと、土留もなんだか元気になった様な気がする。
要するにおまえにとってもここは
「そんじゃあとりあえず適当にあそこのコーヒーショップにでも入るか土留」
「えー……あんな所なんて混んでて座れませんよ」
俺がお洒落な例のコーヒーショップを指差しながら言うと、土留は顔を顰めて否定する。
「じゃあ隣の店にするか?」
「まったくド素人の考えですね。アキバ初心者は皆同じルートを辿るんです」
うるせーな。いつもはボッチで来るしあんな店入らねーんだよ。実を言うと注文の仕方もよく知りません。
「わたしのよく行く店があるのでそこにしましょう」
そう言うとスタスタと歩き出す土留。
後ろを振り向き俺についてくるように促すのだが、アキバの混雑っぷりを舐めるなよ。そんな余所見をしながら歩いていると前から来た人とぶつかるぞ。ほら、言わんこっちゃない。
ひっきりなしに人の行き交う秋葉原の道、土留の前から来る人も歩きスマホをしていてお互い気が付いていない様子、このままだと正面衝突だと思った瞬間。
な……馬鹿な……。
土留は俺の方を向いたまま左へスライド、まるで分身の術のように残像を残して行く。
そしてノールックで前方から来た人を躱すと、何事もなかったかのように俺に向かって手招きをした。
「なにしてるんですか先輩? 行きますよ」
すげえなあいつ……暗歩使いかよ。
土留に連れられて行った店は、駅からそう離れていない雑居ビルの二階にある喫茶店。
見た感じとても営業している風には見えないのだが、中に入ると数人の客が居た。
テーブルの上にトレーディングカードゲームを広げてそれに興じている。
店の中は煙草の煙が充満していて目が痛い、大丈夫かなここ? ずっと居たら燻製になっちゃいそう。
「軽食もありますけど、何か食べますか?」
「えっと、じゃあこのサンドイッチセットでアイスコーヒーを」
土留は店員を呼ぶと自分のアイスティーと一緒に注文する。
大丈夫かなこの店、ちゃんとしたもの出てくるかな?
「それで、わたしに話したいことってなんですか先輩」
「あ……あぁそうだった」
「なんですか、忘れてたんですか? なんの為にここまで来たんですかまったく」
「すまんすまん。いつもはこういう店に入らないからつい」
やれやれ、といった表情をする土留である。
なんかだんだん俺のこと見下し始めてませんかこの子? ちっきしょう、まあいいや。それよりも俺は土留に言わなくちゃいけないことがあったんだ。
「単刀直入に言う。土留。コスプレしてみないか?」
俺の言葉に土留はきょとんとすると後ろを振り向く。
「いやいやおまえに言ったんだよ。そのネタ好きだな」
「はは、何言ってんですか先輩? ド・ドメって人がわたしの背後に居るのかと思いましたよ」
「おまえの背後は壁だろ、誰か居たら怖えよ」
「フッ……これが見えるようになってからもう一度出直してきなさい」
左手人差し指で自分の右肩後方を指しながらそう言う土留。
なんですか? 能力者ですかあんた? 俺にはそんな特殊能力はないですからね。
「それで、わたしに話したいことってなんですか先輩」
ほほぉ、お次はそう来ましたか。
今度はループものですか土留さん? 好きですねあなたも、でもそうはいかないぞ。俺はもう一度ちょっと強めの口調で言う。
「土留! コスプレイヤーをやってみないか? おまえなら絶対に人気レイヤーになれると思うんだ!」
俺の気迫に驚いたのか、土留は目を見開いて固まっている。
「いや……違うな」
「え?」
「頼む土留っ! 俺の為にコスプレをしてくれないか!」
「は? な……ななな……なんでっ?」
土留は困惑した表情で慌てふためいている。
まあそりゃそうだよね。いきなり学校の先輩に、自分の為にコスプレをしてくれとか言われたら誰だってびっくりするよね。
「な、なんでわたしが先輩の為にコスプレをしなくちゃいけないんですか?」
「そうだな。その反応は当然だ。誰だってそう思うだろう、だからまずは何故俺がカメコになろうと思ったかと言うところから説明しようと思う」
「え? いいですべつに、聞きたくないですそれ」
「……その日、朝早くからビッグサイトに来て冬の凍えるような寒空の下待機列で心身ともに疲弊していた俺はとんでもないミスを犯した」
「あ、その部分ってわたしに話してたんですね」
そういうメタ発言はやめて。
「とにかくだ! 俺はおまえに一目惚れしたんだ! 頼む土留、この夏コミの最終日までに俺がなんとかしてみせるから、レイヤーをやってくれないか?」
「ひっ? 一目惚れってなんですか? キモイですっ! そんなの絶対にいやでえええす!」
土留が叫んだところで注文していた飲み物とサンドイッチが出てきた。
店員さんは大騒ぎする俺達を一瞥して軽く咳払いをすると何も言わずに去って行く。騒いでごめんなさい。
「時に土留」
「な、なんですか?」
「おまえの好きなアニメってなんだ?」
「え? なんですか急に? コスプレの話はもういいんですか?」
「よくはないけど、コスプレをやるにあたって、まずはおまえのことをもっとよく知っておかないといけないと思ってな」
「いや、やるなんて一言も言ってないんですけど」
不満そうな顔をしながらアイスティーの氷をストローでカラカラと回す土留。
まあ渋るだろうとは思っていたけど、土留は絶対にコスプレに憧れを抱いている。
心のどこかではコスプレをやりたいと思っているはずだ。
たぶんまだ恥ずかしさや不安なんかがあって踏み出せないだけ、だったらその一歩を踏み出せるように俺がしてみせる。
ミスターネゴシエーターと呼ばれた、この数馬九十九がな! 呼ばれたことないけどね!
「まあいいですよ。アニメの話は嫌いじゃないですし」
「うむ、やっぱり腐女子と言えば歌の王子様あたりとか?」
「アイドルものならどっちかと言えば少年オペラの方が好きでした」
「結構マニアックだなおまえ、俺もマッキーは好きだった。あとベストテンの回は神だったな」
俺が腐女子アニメに食いついたことが意外だったのか、土留の眼の色が変わる。
「あとはそうですね。バスプリとかトラバニとかも好きですよ」
「有名どころばかりだな。土留……おまえさてはミーハーだな。玄人なら乙女ディア系列とかを奨めなさい」
「まるで乙女ディア系が有名じゃないみたいな言い方しないでください。腐女子を敵に回すと怖いですよ。と言うかなんなんですか? 先輩はてっきりお色気ハーレムものとか、そういうのばっかり見てるタイプだと思ってました」
もちろん見てますよ。でも俺、腐女子アニメも意外に好きなんだよ。言っとくけどホモではないからな。
「今期はなに見てるんだ?」
「そうですね……異世界転生ものとか?」
「ああ、また異世界転生ものかよぉって思うけど、なんだかんだで見ちゃうよね」
「わかります。惰性って言うか、安定してるジャンルなので、つい見てしまいますよね」
なんだかいい感じにアニメ談義で盛り上がってきた。
アニオタって普段、面と向かって誰かとこうやってアニメの話ができることってなかなかないんだよな。
そういう話ができる仲間がいる奴ならいいかもしれないけれど、掲示板やSNSで話すよりも、やっぱり生の人間とこういう風にコミュニケーションを取ると言うのは大事なことだと思う。
そんなことをしみじみ思っていると俺はあることに気が付いた。
そういえばこいつ……。
「あのキャラのCVをかやのんにやらせるなんてスタッフはなにを考えているんでしょうね……って、先輩? どうしたんですか急に黙り込んで」
「いやな、おまえってさ」
「はい?」
俺は土留の顔をマジマジと見つめて真剣な顔をする。
土留は恥ずかしそうにするのだが、だんだんと不安気な顔になっていく。
「な……なんですか先輩?」
「おまえって……みぐみんに似てるな」
「似てないです」
否定が早えなおい。ちょっとくらい、え? そうですか? どの辺がですか? くらいの反応して見せなさいよ。まったく可愛げのない奴だ。
「いやいや。似てる似てる。俺、初めておまえ見た時みぐみんだと思ったもん」
「初めてわたしと会った時には、まだあのアニメやってないですよね」
尚も食い下がる俺のことを疑うような目つきでみてくる土留。
「ふーん、じゃあ例えばどういったところがですか?」
「えーと、なんとなく雰囲気とか」
あーまずい。これは完全にダメなパターンの奴だ。
飲み会とかで女の子に人気の女優とかアイドルに似てるって言っちゃって、どこがと聞かれたら、髪型とか目とか言っちゃうあれだ。いやまあ俺は高校生だから飲み会とか知らないけどね。
なんとか誤魔化すんだ。そしてなんとかその気にさせるんだ。
「ほらあと、貧乳なところとか」
その瞬間グーで顔面をぶん殴られる俺。結構痛い。
「もう帰りますっ!」
「いや待て! ごめん、 俺が悪かったからちょっと待って、お願いドドミン」
「ドドミンってなんですかっ? 変なあだ名つけないでください!」
「いやだってほらぁ、みぐみんに似てるしさぁ。敬語キャラだしおまえにぴったりだろぉ? あ、あと俺もカズマだしちょうどよくね?」
「なにがちょうどいいのかわかりません! て言うかそろそろこれ危険じゃないですか? 本当に大丈夫なんですかこのネタ?」
だからそう言うメタ発言はやめて。て言うか本当に大丈夫かなこれ? 伏字とかした方がいいかしら? まあいいや。
「とにかくだ! これで方向性は決まったぞ」
「なんのですか?」
「おまえの初コスはみぐみんということだ。ドドミン」
「ドドミンって言うなあああああっ! あとコスプレやるなんて言ってねええええっ!」
再び叫び声を上げるドドミン。
なんだかんだでこいつ意外にノリいいなと俺は思うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます