二着目 二次元嫁とばかり話しているとコミュ障になるよ。

 それは本当に偶然だった。いや、運命だったのかもしれない。

 俺は彼女のあの目を、憧れに満ちた眼差しを見た瞬間に直感したんだ。


 この娘は必ずトップレイヤーになれると。


 夏コミ、東京国際展示場で毎年お盆の時期に三日間開催される、謂わずと知れた日本最大の同人誌即売イベントだ。

 ちなみに冬コミは毎年12月29日から31日の三日間で開催されるんだぞ。

 近年ではオタクのみならず、一般人の間でもそのネームバリューは高くなり、海外からの観光客なんかも訪れるグローバルなイベントとなっている。

 3日間の間に50万人以上の人が訪れ、100億円近くの経済効果があると言うのだから驚きだ。

 さて、これまで俺は一般参加者として、あっ、ちなみにコミケは客とは言わないんだぞ。あくまでも参加者、販売側も店ではなくて、サークル参加者、企業参加者と言う扱いだ。

 話は戻るが一般参加者として薄い本やグッズを手に入れる為に参加していたのだが、今回は違う。

 そう、冬コミでコスプレの魅力に嵌った俺は、プレイヤーの方ではなくその姿を写真に収めるカメコ(カメラ小僧)の道を選択した。

 正月に貰ったお年玉とこれまでの貯金を崩しデジタル一眼レフカメラを購入、この日の為に毎日カメラを持ち歩きその腕を磨いてきたつもりだ。

 しかし初っ端から高いハードルにぶち当たった。

 知らない人に話しかけるの恥ずかしい!

 コミケの前に何度か大きなイベントでの撮影経験はあったのだが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 コス写に於いては様々なルールがあるのだが、まずは基本中の基本『無断でレイヤーさんを撮影しない』これが重要である。

 ちゃんと撮る前にはレイヤーさんに「よろしくお願いします」と言って、撮影が終わったら「ありがとうございました」と言いましょう。人として当たり前のことですよね。

 だがこれが難しい。

 ある程度待機列の出来ているレイヤーさんならまだいい。

 しかし、エリアに出てきて間もないレイヤーさんが一人で準備している所に「お写真いいですか?」と声を掛けるのは物凄く勇気がいるものだ。「ダメです」なんて言うわけがないのだが、これまで二次元の女性としか付き合ったり結婚したことのない俺にとっては、難易度の高いミッションだった。

 声かけようかな? どうしようかな? なんて思いながら周りをウロウロしていると、レイヤーさんと目が合っちゃって、咄嗟に目線を逸らしたりする。

 完全に不審者のそれ、そんでもってそんなことをしていると別の人に先に声を掛けられてしまって、なんだか先を越された気分になってしまう。

 俺の方が先に彼女の魅力に気がついたんだぞ! なんて思いながらその人の後ろにすごすごと並ぶと、レイヤーさんにも「なんだよおまえ、やっぱり撮りたかったんじゃんこのチキン」って言われているような被害妄想が半端なかったよマジで。

 結局、「オ……オゥ、オゥ、おねがいしみゃす」とオットセイみたいな声を上げて2~3枚撮影させてもらうと、「あざーっしたぁ!」と叫び、逃げるようにそそくさとその場を退散。

 なんてことを2~3回繰り返していたら、レイヤーさんの名前を聞くのも忘れていた。

 撮り終わった写真をその場で確認するのだが、ピントはズレてるし、なんだか暗くてレイヤーさんの顔も見えないし、かと思えば白飛びしていてのっぺらぼうになっていたりと、もう散々であった。

 それでも少しずつ慣れてきて、恥ずかしいながらも探り探りレイヤーさんとコミュニケーションを取れるようになってきて、名刺を貰って「写真のデータ送ってくださいね❤」なんて笑顔で言われたりしたらそれはもう、今日だけで5人くらいの女子を好きになったよ。


 そんなこんなでホクホクしながら腹が減ったので、牛タン串でも食おうと屋台に向かう途中で俺の目に留まる人物。

 その人物は見るからに暗い感じのオタク。いや、腐女子であった。

 おそらくは、伸ばしているのではなく伸ばしっぱなしの黒髪を後ろで束ねて、前髪だって目を隠すくらいに長いし、そこに帽子を被っているもんだからさらに重々しい。

 服装だって小綺麗ではあるものの野暮ったい、いかにもって感じの格好だ。

 やっぱりいる所にはいるんだなこういう腐女子。俺も人のことは言えないのかもしれないけど。

 それにしても、どっかで見たことあるような……。

 そんなことを思っていると強い海風が吹く、腐女子の帽子が飛ばされそうになるも間一髪抑え込んだ。

 その一瞬で見えた顔は俺の知っている人物であった。


 土留彩羽。


 俺と同じ学校、旭が丘学園高校に通う一年生。

 俺は二年生だから先輩になるのだが、同じ図書委員をやっているので委員会の時に顔を合わせたり、係りの時に何度か一緒になったこともあった。

 彼女は目立たないと言うか、地味というか、敢えてそうしているようにも見えたのだが、委員会の人とも積極的に会話をするでもなく、いつも黙ってその時間が過ぎるのを待っている。

 こちらから話かけても一言二言短い返事が返ってくるだけで、まるで他人には一切興味がない、そんな印象の生徒であった。

 そんな彼女をこのビッグサイトで、コミケ会場で見ることになるとは……。

さもありなん! と言う感じでなんの違和感もないね。


「ど? 土留?」


 なぜだか俺は声に出して彼女の名を呼んでしまっていた。

 土留は自分の苗字を呼ばれたので、一瞬不思議そうな表情でこちらを見るも、みるみると驚いた表情へと変わり硬直する。


「か、か、かず……ま、先輩?」

「やっぱり! 土留だよな!」


 他人の空似ではなかったらしい、俺は笑顔で土留に近寄るのだが。


「ちっ! 違います。人違いです」


 なんでだよ! もう無理ですよ。もう誤魔化せませんからね。だって俺の名前呼んじゃったじゃん、おバカな子だね。

 慌てふためく土留を余所に、俺は不敵な笑みを浮かべながら近づいて行った。

 あたふたする土留に少しずつ近寄る俺の顔は、自分でもわかるくらいにニヤついていた。

 あれあれぇ? 土留さん、もしかして薄い本を買いに来たんですかぁ? コミケの初日は腐女子の日ですからねぇニヤニヤw

 そんな心の声も絶対に伝わっているだろう、土留は口をぱくぱくさせながら声にならない様子だ。


 あ、ちなみにコミケは日によってジャンルが分かれていて、基本的に初日はゲーム関連や腐女子の日、二日目はアニメ関連やだいたい腐女子の日。

 そして千秋楽、最終日は待っていました男性諸君! 一番盛り上がるエ○本の日ってのが相場なんだよ。

 もちろん肌色率の少ない島(ブースが固まってるエリアのこと)もあったりするよ。

 カメラ、鉄道、模型の島とか、あと犬猫とか、中にはアクセサリーや刺繍バッグなんかも売ってたりするし、なんだかバザーみたいな島もあったりして、そこを見て回るのも中々におもしろかったりする。

 そうそう、一応俺は駆け出しではあるがコス写カメコだからね。これは言っておかないと。

 当然レイヤーさんのブースなんかもあって、写真集やROM、グッズなんかを配布している。

 芸能人やモデルでもないのに自分のあられもない恰好をした写真集(なんだか誤解を招きかねない言い方)を作って売ってしまうと言うのだから驚きだ。


 そんなこんなで、長ったらしい説明になってしまったけど話を戻そう。

 土留は両手を前に突き出しながら全力で否定する。まるでどこぞの大魔王のようなポーズだ。


「ち、近寄らないでください、せんぱっ。あなた誰ですか! 大声上げますよっ!」

「いやいや土留、さすがに無理があるぞ。そうだぞ~俺だぞ~お前の先輩だぞ~」

「な? なんですかそれ? 別にわたしの数馬先輩じゃないですっ!」


 その言葉に、はっ! とする土留。

 なんて単純な奴なんだ。こいつは取調べとか受けたら簡単に誘導尋問に引っかかるだろうな。


「まあまあ、それはさておき。まさかこんな所でおまえに会うなんてな土留」


 俺の問い掛けにキョロキョロしながら怪訝顔をする土留。


「なんだよ? なんか探しているのか?」

「え? なんですか? わたしに話しかけていたんですか? ド・ドメさんって方が近くにいるのかと思いました」


 往生際の悪い奴だなこいつ。


「はいはいわかりましたよ。じゃあ彩羽いろはって呼びましょうか?」


 そう言うと真っ赤になって硬直する土留。

 意外に恥ずかしがり屋なんだなこいつ。


「なに照れてんだよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃないか」

「て、照れ……。って、テレッテッテッテ~♪  I'm love it」


 やばいwこいつおもしろいw

 突然訳のわからない誤魔化し方をしだす土留。

 学校ではこんな彼女を見たことがないので実に新鮮だ。

 もうちょっとからかい続ければ、まだまだ色々と引き出せそうな気もするが、ここらで勘弁してやろう。


「まあ、おまえ図書係りの時にもラノベとか読んでたもんな。コミケにはよく来るのか?」

「ね……年に二回くらいは」

「年に二回しかやらないからな」


 この場合は二日と言う意味なのだろうか? それとも夏と冬の二回、日数で言うと計六日と言う意味なのだろうか? まあそんなことはどうでもいいや。


「か、数馬先輩も、コミケとか来るんですね……。別に意外でもなんでもないですけど」

「おまえの中で俺はどういう印象だったんだ」

「三日目決め打ち始発ダッシュの人だと思ってました」


 ん~? 褒められてるのか貶されているのかよくわからないなぁ土留ちゃん?

ちなみに始発ダッシュは危ないからやめようね。そんなに焦らなくても大丈夫だよ。あと徹夜組は爆発しろ。


「あながち間違いでもないからなにも言い返せないな」

「やっぱりそうだと思っていました。先輩からは何時もなにやらいやらしい雰囲

気が醸し出されていたので、絶対にエッチなゲームとか薄い本が大好きな人だと前々から思っていたんです。キモいです」


 なんかサラっと酷いこと言ってませんこの娘?

 だいたいおまえが引いているそのカートの中身はなんだ?

 絶対にあれだろ、男同士がなにやらくんずほぐれつ大人の組体操をしているペラペラの本だろ?

 よく人にそんなことを言えたもんだな? なんだ? おまえは誰カプ推しなんだ? お兄さんがすべて受け止めてあげるから正直に言ってごらんなさい。


「ま……まあ去年までの俺はそうだったんだがな。しかし今年の俺の目的はこれ! 去年の冬コミで俺はこれに目覚めたのだよ! はっはっはー」


 自慢げに一眼カメラを天に掲げて見せるのだが、そんな俺の姿を見て眉を顰める土留は「フッ……」と馬鹿にしたように鼻で笑うと視線を逸らしながらボソリ。


「キモ……」


 うわぁ……。なんか苛っとするわぁ……。


「て、てめえっ! こんちくしょう! だったらお前のそのカートの中身見せてみやがれ、どうせ大量にやおい本が詰まってんだろ? 人のこと言えんのかよこの野郎おおおおっ!」

「ちょっ! やめてください先輩! プライバシーの侵害ですよ! 大体やおい本のなにがいけないんですか? ホモが嫌いな女子なんていないって大野さんも言ってたじゃないですか!」

「二次元の中の人を知り合いみたいに言うんじゃねえ!」

「はあ? どうせ先輩だってモニターの中の女の子を嫁とか言ってるくせにっ!」


 ギャーギャーギャーギャー二人罵り合っていたら、スタッフに「どうしたんですか?」と声を掛けられたので「なんでもないです」とその場から二人、脱兎のごとく逃げ出しましたとさ。

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