第27話 男の最後とその後の世界

 心臓が焼け付くように熱い。

 もはや正常な判断ができる状態ではない。

 さっきから、心臓は壊れたように激しく脈打っている。


 これが俺の人生の最後になる。

 成功しようとも失敗しようともそれは間違いないだろう。

 それはよい。


 どの道数か月後には、惨めに死ぬだけなのだから。

 だが、何のための人生だったのか。

 何も残せるものなどなかった。


 だから、残すんだ。

 俺を無視し続けたこの世界に自分の名を刻むのだ。

 手が震えてしょうがない。

 成功するのか。


 いやそれよりも失敗して惨めに捕まる方がはるかに怖い。

 落ち着け。

 後は文字通り引き金をひくだけだ。

 

 こんな凶器を持って要人に襲い掛かれば、いかな平和な日本でも間違いなく殺されるだろう。

 先ほどからやけに廊下が騒がしい。

 人が何人も出入りしている。


 いよいよだ。

 ついに決行の時だ。

 震える手足を押さえつけて、廊下に出る。


 一番奥の部屋の前には、ガタイの良いスーツ姿の男が立っている。

 中に目的の人間はいるのか。

 それが知りたい。


 だが、キョロキョロとあたりを見回す訳にはいかない。

 と、その時、SPがこちらを見た。

 この瞬間、城田の心臓は過去最高超の緊張に達した。


 だが、SPがこちらを見たのは、城田を警戒したからではない。

 警護の対象の人間を部屋にむかい入れるためだ。

 いた。間違いない。

 テレビやネットで何度も見た人間の顔。


 その男が、部屋の中に入っていった。

 城田はなるべく自然にもう一度自分の個室へと戻る。

 ゴルフバックの中にいれたものをおもむろに取り出す。

 これを持って、外に出れば、間違いなく、俺はSPに射殺される。


 だが、どんなに優れた人間でも、受け身の人間よりも、攻撃側の方が動作が早いはずだ。

 大丈夫だ。何度も撃つ練習はしてきたはずだ。

 心臓は先ほどから、馬鹿みたいに脈打っている。


 深呼吸をする。

 おそらく最後の。

 襖を静かに開ける。


 そして、体を横に向ける。

 SPの動きを予想以上に早かった。

 すぐに異変を察知し、有無を言わさず、反撃動作に移っていた。


 次の瞬間、爆音があたりにこだました。

 男が倒れる。

 いや吹き飛ぶといった方が正しいだろう。


 こんま一秒、城田の指が引き金をひねる動きの方が早かったようだ。


 「うわあああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


 城田は絶叫していた。

 視界には、わななき、うずくまる初老の男がいた。

 いた。こいつだ。


 指の引き金に手をかける。

 が、その瞬間、激痛が脇腹を刺す。

 余りの衝撃に、手から猟銃が零れ落ちそうになる。


 だが、なんとか踏みとどまる。

 そして、次の衝撃はほぼ同時だった。

 引き金に手をかけ、爆音が鳴りひびくと同時に、城田の体を経験したことのない衝撃が数回襲う。

 そのまま、視界は暗転する。



 「明日の試験で赤点取ったら、夏休みは返上だぞ」

 

 夏休み前だというのに、洋祐はこの言葉で憂鬱になってしまった。

 教師にそんなことを言われても、どうにも勉強というものをする気にはなれない。 

 なぜなら、やる意味がないから。


 あの教師が学生時代のころは勉強をする意味も見出せたのかもしれない。

 しかし、この時代、知識を自分の頭に詰め込んで何の意味があるのか。

 そして、指をこめかみに軽くたたき、「これで十分じゃん・・まったく・・・」と愚痴をこぼす。

 

 それを合図に、洋祐の脳に大量の情報が流れ込んでくる。

 そうなのだ。

 あえて、自分の頭に頼らずとも、今や自分と外部の知識など一体化しているのだから。

 

 オンラインにならないのは、学校の敷地か刑務所くらいだ。

 無駄だとわかっていても、未だに公立中学では、20年前の勉強方法から脱却することが出来ていない。

 

 今でも、みんなが一斉に同じところに集まって、何かをするということ自体も驚異的に時代遅れだ。

 これも、せいぜい国会くらいなもんだろう。

 まあ・・・あれは儀式だから、いいのかもしれない。

 

 実際に、議論して中身を考えているのは官僚だし、その官僚だって、今では専らAIに依存しているという噂だ。

 すべてが形式主義であり、セレモニーだ。


 だが、この世の中では、そうしたことが重要なのだということを、小学生高学年になれば、薄々気づいてしまう。

 だから、洋祐は、意味がないと思いつつも、とりあえず学校の宿題をこなす。 

 とはいえ、意味がないことをするのにはストレスがたまる。


 ある意味、洋祐が不満に思うのも無理はないのだ。

 実際のところ、昔ながらの勉強とその確認としてのテストなど、教師の雇用確保くらいしか意味がないのだから。

 洋祐はうんざりしながらも、一応教師から言われた明日のテスト範囲の情報をあさる。


 たしか・・近現代史とか言ってたな。

 数学ならまだやる気もでるが、歴史上の出来事の暗記なんて、知識の詰め込み意外のなにものでもない。


 20年前って何か国内で有名な事件でもあったか。

「20年前」「事件」と考えると、膨大な情報が頭の中に流れ込んでくる。


 へえ・・首相暗殺・・・そんな事件があったのか・・・


 記事を参照すると、戦後初めての首相暗殺事件として、当時かなりの話題になったらしい。

 そういえば、両親がどこかでそんな話をしていたな。

 さすがに犯人の名前まではテストに出ないと思うけど。


 えっと名前は・・・


 そう思うと、名前と関連情報が、頭の中に流れ込んでくる。

 特に何の変哲もない普通の男だ。

 動機も結局よくわからなかったらしい。


 洋祐は一瞬だけこの男に興味をそそられた。

 だが、ほんの数分だ。

 洋祐は、すぐにテスト勉強を投げ出し、流行りのVR空間へとアクセスすることに、頭を切り替えた。


 つまらない現実世界など今では大人も子供も興味はない。

 ましてや、その現実世界で起きた昔の事件のことなど、今ではよほどのマニアか学者以外は関心がない。

 洋祐も、この男のことを思い出すことは二度とないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

非モテが無敵の人になったら起こること kaizi @glay220

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ