第38話

「はっ……!? わたくし、いったい何を……」


 宮子が意識を取り戻すと、そこは、夜の海辺。

 多くの生徒がキャンプファイヤーを囲んでるのを見ると、まだ、りんりん学校の夜は終わってないようだけど……。


「やっと起きましたか。もうっ、急に倒れるんですもの」


 おかげで、肝試しの監視どころでなくなってしまった……。

 静流としては、結局、風紀委員の任務を断念することになり、とっても残念。


「ああ、静流が運んでくれたのね?」


 海辺の草むらから、宮子は身を起こす。

 と、自分よりふた回り小さな静流の背丈を見て、


「……重く、なかった?」


「と言いつつ、なぜニヤニヤしてるのですか、えっち」


「ふふ。密着しちゃったかしらーと思って♡」


 ニマニマ宮子さんへ、けれど静流はツンと、


「ご心配なく。親切な方が、貴女をおぶってくれましたから」


「……一応聞くけど。その人、足は有った?」


「落ち武者ですよ? 足どころか、頭が」


「あー!? あー!? 聞こえない! わたくし何も見てないし聞こえないー!?」


 真夏の夜の恐怖体験。

 それは、火蔵宮子の記憶から速やかに、消去されたのであった。


 時刻は夜9時過ぎ。

 りんりん学校最後の夜を目いっぱい楽しもうと、皆、キャンプファイヤーの周りで踊ったり、花火をしたり。

 もうじき、夏ともお別れ。


「……静かね、今年は」


 草むらに寝転び、打ち上げ花火を眺めながら、宮子が呟く。

 もはや見慣れた、サキュバスちっくな笑顔で、


「ふふっ。去年は何せ『悲鳴と嬌声の夜』を満喫してたもの♡」


「くっ、風邪さえ引いてなければ……! 去年も、不埒な行為など阻止してましたのに……!」


 そう静流がぐぬぬしていると、


「……でも。今年の方が、楽しかったわ」


 花火の光が、微笑む宮子の横顔を照らした。

 それが、あまりに綺麗で。

 静流は、うっとり見惚れてしまい、そのことに自分で気付いて、赤くなる。


「きっと、静流が一緒だったからね」


「そ、そんなこと……」


 そんな、にこっと良い顔で、愛の告白みたいなセリフを吐かれたら。

 顔が赤くなりすぎて、とても見せられない……上げることもできない。


「静流は? 貴女は、楽しめて?」


 いつものからかうような口調でなく。純粋に、そうだったらいいなと。

 そんな想いのこもった口調で尋ねられ、


「わ、わたくしも、すごく、楽し……」


 うっかり本音が蕩け出すところだったけど!


「なんて! そ、そんなわけないでしょう!? 私はただ、火蔵さんたちが学生として道を踏み外さないよう、監視してただけなんですからね!? 風紀委員のお仕事! お仕事なのです!!」


 ああ、また。また、嘘をついてしまった。

 だけど、仕方がないでしょう?

 素直になんて、なってしまったら。この、溢れるような好きって気持ちが、知られてしまったら。

 どんな顔で接したらいいか、分からなくなる。「氷の女王」のままでは、いられなくなる。


「むぅぅぅ……。貴女、ほんっとに頑固ね」


 宮子、頬を膨らませたかと思うと。

 悪戯モードで、


「温泉でのコトは? ファーストキスですもの、さすがに感想が有るでしょう?」


「そ、その話は、蒸し返さないでっ。私は、してないと判断……」


 ……ちゅ。

 今度こそ、誤魔化しようの無い、宮子からの接吻くちづけは。

 ひときわ派手な花火に隠されて、浜辺の皆には、気付かれることはなかった。

 甘くて。柔らかくて。痺れるほどに官能的。

 体験学習で火縄銃を撃った時以上の衝撃を、静流の心臓へ叩き付けてくる。


「……ふふっ。仮に温泉ではしてなかったとしても。これで、しちゃったわね?」


 ぺろりと唇を舐め、ウインクする宮子。

 今度はじろりと睨んできて、


「いい加減、認めなさい。とっくにバレてるんだから。貴女が、わたくしのコト大好きだって言うのは」


「な、な、何を根拠に……!?」


 えっちなコトを許さない、風紀委員のクールビューティ。火蔵宮子の宿命のライバル。

 そんな、「氷の女王」の鉄の仮面は、完璧だったはず!

 と思ってる静流の髪を、手ですくって、宮子、匂いを嗅ぎながら。


「わたくしたち、同じ香りですもの」


「……?」


 言われた意味が分からず、困惑する静流へ、


「昨日のお風呂でもそうだったけど。貴女、わたくしと同じシャンプー使ってるわよね?」


 静流が「近所でたまたま安かった」と言った……本当は、宮子と同じのを探して、お取り寄せした物。


「あれ、日本では置いてるお店、無いのよ? それに、覚えてるかしら。デートした後も……天寿のモールでしか置いてない、わたくしが買った珍しいのを、貴女、使ってたでしょう」


「ぐ、ぐぐぐ偶然ですよ!? そ、そそそういうことも、あると思います!」


 頬が熱い。顔に全身の血が集まったみたいに赤くなりながら、誤魔化す静流だけど、


「んー。でも、3年ぐらい前から、ほぼ毎日ですもの。そんな偶然、有るのかしら」


「最初から気付かれてたー!?」


 ……終わった。何もかも。

 シャンプーにボディソープに、様々な日用品に。同じものを使いたくて、わざわざ探していたのが、はっきり言えばストーキングしてたのが、バレていたなんて。

 気持ち悪いって、思われてしまう。

 ずっと、ずっと本当は、憧れていたのに。


 けれど宮子、今は茶化したりせず、まっすぐに、こちらを見つめて。


「わたくしは、嫌じゃないのよ。……だから、正直に。貴女の言葉で、聞かせて?」


「わ、私は……」


 今まで火蔵宮子が、見せたこともない、真剣な表情。

 この瞳の前には……自分も、嘘やごまかしでなく、本当の気持ちを、答えなければならない。

 そんな気がして。


 キャンプファイヤーの火も消え、皆が解散していく、静かになっていく夜の浜辺で。

 潮騒の音を聞きながら、静流は、本心を語り始めた。


「同じ香りでいたら、貴女みたいになれるって。そんな、願いだったんです」

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