第37話

 夜の山の中。

 塩瀬あきらと猫山美月の写真部1年生コンビは、またまた記録係を頼まれ……、


「あれ……? コースに戻れないぞ」


「ん。迷子だね、私たち」


 軽く遭難していた。

 塩瀬晶が筋金入りの方向音痴な上に、野良猫を見つけるとつい追い掛ける猫山美月。

 こうなることは、必然だったのである。


「えへへ。でもおかげで、いい写真撮れたよ。見て見て、『お月様と猫さん』」


「緊張感無いなぁ……」


 とはいえスマホとかGPSとか、文明の利器が有るし、ホテルからそう遠くもない夏山だし。

 無闇に動かず、写真部の先輩にでも連絡を取る方向で、意見が一致した。


 さて、それでもひとつ困るのが、


「1枚も肝試しの写真撮れてないの、記録係としてダメだよね……」


 と言いつつ晶、内心、これで良かったかもと思ったり。

 だって、昨夜ゆうべ聞いてしまった、肝試し大会の正体は。

 頬を染めて、隣の美月にも聞いてみる。


「猫山さんは、そのぅ、知ってるの? この、肝試しのこと」


「ん。カップルがにゃんにゃんするんでしょ?」


 ストレートに言われて、晶の方が赤くなる。


「うっかり撮っちゃったら、気まずいよね。どうしようかなーって思ってた」


「よかった。てっきり、猫しか撮影する気ないかと」


 晶、妙な所に安心しつつ。


「あ。猫山さんも、この前、彼女さんが出来たって言ってたけど。本当は、そ、その。参加したかったとか?」


「にゃっ!? う、ううん、そんな。私と愛結あゆさんとは、まだ、早いというか……! そっちこそ、弥斗みとさんとは……!」


「い、いや。百人一首大会の方に出るって言ってたし、多分、知らないんだと……」


 二人、真っ赤になって。とりあえず、この話題は切り上げることにする。


 そして晶、救援を呼ぶ前に、適当に山の夜景でも撮っておくかと思い立つ。

 パシャリ、とシャッターを切り、画面を確認すると。


 お わ か り い た だ け た だ ろ う か。


「……何これ。浮かぶ……脚? え、ほんとに何これ……」


 急に、氷でも当てられたかのように、背筋が寒くなる。

 まごうこと無き、心霊写真が撮れました。


 横から画面を覗いて美月、


「おー。デジカメで撮れるのはガチだよ。心霊写真って、ほとんどはフィルムの歪みとか、アナログならではの原因だっていうから」


「いや何でそんなに冷静なの!?」


「だって幽霊も人間は人間だし。被写体としては、そそられないって言うか」


 と、急に美月は息を飲み。画面の一点を、震えながら指し示す……。


「こ、これ……。この、葉っぱの影……!」


「な、なに!? もしかして、人の顔が映ってるとか……!?」


 蒼ざめる晶に、美月は、


「猫さんに見えて、可愛いね♡」


「……ぶれなさ過ぎて、ボクは君が怖いよ、猫山さん」


 ※ ※ ※


 一方その頃。

 泉見いずみつかさが目を覚ますと、ホテルのロビーの、天井が視界に入った。

 後頭部に柔らかな感触と、立ち昇る甘い薫り……。


「あ、つーちゃん起きた! ふふん、どう? アイドルの膝枕だぞー?」


「恩着せがましいですね、まったく……」


 天井の次に目に映ったのは、こちらを覗き込んでくる、美滝百合葉の笑顔。

 普段なら、アイドルだろうと膝枕なんて殺菌対象だけど。

 ここまで運んでくれたのは察せられたので、この場で消臭スプレー吹き掛けるのは、勘弁してあげる。


「……記憶が無い。何だか、すごく怖いものを見た気はするけど」


「つーも? ボクも、宮子先輩たちに会ったあたりから、曖昧で」


 先に起きてた様子の、双子の姉、なつめが、額を抑える。

 ホテルのロビーの、ソファー。隣に座っている柳橋美綺に、棗は聞いてみた。


「……ねえ。柳橋さんはさぁ、UFO研とかやってるけど……幽霊は、信じる?」


 膝裏まで有る長い黒髪とか、正直星花でもトップクラスに幽霊が似合う美綺。

 肯定されたらちょっと怖いな、と双子が思っていると、


「いるとは思うよ。けど、存在するからには理論が有って、それが今の科学では解明できてないだけだろ。僕、オカルトは興味無いんだ」


 むしろ捕まえて研究してみたい、とか言い出す美綺。

 一方百合葉は、一瞬だけ哀しい顔をした後で。


「私も霊感とか無いからなー。心霊番組の撮影で爆笑しちゃってさ。その手の番組、出禁なんだよね」


 どうにもホラーと無縁な印象の美綺&百合葉。

 双子も、何か怖いものを見たのは、気のせいだったと、思い込むことにした。

 司、百合葉の膝枕から、身体を起こして、


「とにかく。山で汚れるし、蚊には刺されるし。ひどい目に遭いました」


「でもでもっ。私は、楽しかったよ☆」


 ぎゅっと抱き付いてきて、満面のスマイルを魅せる百合葉。


「また、一緒にやろうよ。ね。ねっ?」


「……ふん。『私は楽しかった』ですか」


 まあ、貴女も楽しかったでしょ?とか、押し付けて来ないだけ、マシですか。

 騒がしいし、無暗に距離は近いし、やっぱり、どうにも苦手な相手だけど。

 まったく、ちっとも楽しくなかったかといえば、そんなことは。


「……まあ。考えてあげても、いいですよ」


 司がほんのり頬を染め、そっぽを向きながら答えると。

 姉の棗から、冷たい視線が飛んできた。


「……つーちゃん、デレ期?」


「ご飯作ってあげないよ、なっちゃん?」


 とにかく、野山の汚れに加え、汗もベトベト。

 お風呂に入って、しっかり消毒して……と司が呟くと。


「お風呂! いいね、いいね。一緒に露天風呂行こう! 裸の付き合いだよー☆」


 瞳を輝かせる百合葉に、双子ともども、腕を引っ張られる。


「ああっ、もう! 強引ですね貴女は!?」


「何だろうね、この逆らえない感じは……」


 呆れて、騒ぎながらも、百合葉に連れられて行く双子。

 後を追いながら、美綺が微笑む。


「泉見さんたちも、どことなくかげがあるけど。百合葉に捕まったら、仕方ないよね」


 この圧倒的光属性!

 自分のパートナーを、改めて好きになる美綺だった。


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