第36話

「ふふ、幽霊なんて怖くないし。わたくしがひどい顔で絶叫するとか、あるわけないでしょう」


 幽霊役の泉見いずみ姉妹に追い付いた、火蔵かぐら宮子。

 髪をかき上げ、自慢の美貌はいかなる状況でも崩れないことをアピール……。


「いや、もう遅いですよ、お姉さま?」


「今の悲鳴、こっちがびっくりした……」


 なつめつかさにジト目を送られ、動揺宮子、汗だらだら。


「忘れなさい。忘れて」


 そして静流、なつめの聞き逃せない発言を指摘。


「火蔵さん、後輩に『お姉さま』なんて呼ばせてるのですか」


 仲良さそうな響きがあって、ちょっとジェラシー。


星花うちでは、そんなに珍しくないと思うけど?」


 宮子、にこっと微笑んで、


「中等部の時から、菊花寮で一緒ですもの。まあ、2人とも妹分みたいなものよ」


 そう言って、なつめの頭を撫でる。2人とも背は高めで、宮子の方がわずかに低い。

 潔癖症の司の方は、触られると嫌がる……それを知っているぐらいには、付き合いがあるのだ。


「それよりお姉さま。今年はまた……ずいぶんとレアな相手を釣り上げましたね?」


 なつめ、静流へ視線を送りながら、宮子へ囁く。

 今夜の「お相手」と、誤解しているらしい。


「ふふ、わたくしってば罪深い女よね♡ 氷の風紀委員も獣になっちゃうなんて♡」


「違い、ます、からっ!」


 聞こえてた。


わたくしは肝試しを監視しているだけ! 火蔵さんも、ただの監視対象ですっ」


 顔を真っ赤にする静流に、ニコニコする宮子……話が進まないので、司が痺れを切らした。


「で? その風紀委員さんが、何か用です? 私たち、幽霊役をちゃんとやってますけど」


 風紀委員に睨まれる理由は、何一つないと、司がアピール。


「む。確かに。美滝さんみたいに、皆を気絶させてる様子もないですね」


「何やってるんですかね、あの暴走機関車は……!」


 百合葉のやり過ぎ具合を聞いて、司のこめかみがピクピク。


「観客を気絶させるとか、ほんっと、お馬鹿。演劇という物を、何も理解していない……!」


「まあまあ。とにかく、そんなわけで。私たちは無罪放免ってことで、いいですよね?」


 優等生の演技をしながら、にこっと静流へ微笑む棗。

 静流は納得するが、宮子は今一つ刺激が足りない様子だ。


「つまらないわね。つかさはまだしも、なつめが大人しく幽霊役なんて、良い子ちゃんしてるのは」


 そして、さらっと爆弾発言。


「今年はエッチしないの? 毎年、いっぱい誘われてるじゃない」


 何ですと!?と風紀委員モードに入る静流を前に、泉見いずみなつめが慌てる。

 彼女、宮子や御所園咲瑠えみるの影に隠れて、ブラックリスト入りは免れているが……かなりのプレイガールなのだ。


「ボクは本当に好き合った相手とだけなので。お姉さまと一緒にしないでくれます?」


「よくもそんな出任せを。知っていてよ? 演劇部の墨山さん。わたくしも、ちょっと狙ってたもの」


 くすくすと、悪魔デビルな笑顔で囁く宮子。


「ああ、ちなみに貴女たち双子と寝たことは無いけど。わたくしは、いつでもOKよ♡」


「……お断りします」


 かなりガチなトーンで断られて、宮子ちょっぴり凹むけど、構わずなつめは追い討ちする。


「だって、お姉さまは、誰でもいいのでしょう?」


 愛されたいという願望の強いなつめ。求められるままに、何人もの生徒と付き合っていて。

 一夜を共にするのも、その延長線上でのこと。


 けれど、火蔵かぐら宮子は。


「ただエッチなだけじゃないですかー!!」


「ぐっ……。否定はできないけどっ……」


 星花女子学園で浮名を流す、少女たち。

 「ハーレム全員に本気」と言い切る、博愛主義の御所園咲瑠えみる

 に飢え、求める相手の「理想の恋人」を演じようとする泉見いずみなつめ

 そして、単にエッチな宮子さん。


「リスペクトが無い!?」


「日頃の行いですよ、火蔵さん」


 静流に続き、泉見司も、宮子へ冷たい視線。


「お姉さま、消毒します?」


 スプレーを向けて、心底嫌そうに、


「この話題、やめません? だいたい、この『悲鳴と嬌声の夜』って、私嫌いなんですよね。そんな行為、ただでさえバッチいのに。山の中でなんて、考えただけで……!」


 ああ、おぞましい、と身震いする。

 潔癖症気味な点で通じ合う静流、うんうん、と頷いて、


「とにかく。普通の肝試しとして、盛り上げてくださる分には、わたくしから言うことは有りませんわ。引き続き、幽霊役お願いしますね。カップルが不埒な行為に走りそうな時は、断固阻止を!」


 宮子が文句を言う。


「嫌よ、こんな怖いの! エッチなほうがいい!!」


「だーめーでーすっ!?」


 素顔でぶつかり合う静流と宮子。

 ……こんな相手、自分には。なつめは、何だか胸がざわつくのを感じて。

 少し、静流を怖がらせたくなる。


「先輩は、平気なんですねえ? 私の幽霊、かなり完成度高いと思うんですけど」


 恨めしや、とポーズを取ってみせるけど。

 静流は、何でもないことのように、


「ええ。本物を見慣れてますので」


 そして。心底不思議そうに。


「気付いてませんでしたの? 今だって、いるじゃないですか」


 なつめの背後を指さしながら。


「ほら……貴女の後ろに」


 泉見姉妹と、ついでに宮子は、気を失った。

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