第35話

 肝試し大会前の、昼下がり。ハイキング中のこと。

 泉見いずみ姉妹。芸能一家に産まれた、双子の姉のなつめと、妹のつかさの2人を、美滝みたき百合葉は幽霊役にスカウトした。

 演劇部員かつ、芸能人繋がりである。

 170センチの長身に、切り揃えたおかっぱ頭の、双子の片割れ……左目の下に泣き黒子ぼくろの有る、妹の司を、百合葉は問答無用でハグ。


「やろうよー、肝試しの盛り上げ役! 絶対楽しいよ!」


「うるさいですね。くっつかないでください」


 潔癖症の司に、消毒消臭のスプレーを吹き掛けられる。


「ひどっ!? 私、アイドルぞ!?」


「アイドルでも何でも、人間は皆、バイ菌ですので」


「あはは、司さんってば、当たり強過ぎ」


 双子の姉、右目の下に泣き黒子のなつめが、くすくすと笑う。

 もちろん、それで放してくれる百合葉ではない。


「一緒にやろうよ幽霊役。星花に入学したらさ、泉見さんたちいるんだもん、私びっくりして。でもあんまり絡んでくれないしさ。いや演劇部に顔出せてない私が悪いんだけど」


 同い年と言うことで、子役時代に共演したり、比較されたりした、美滝百合葉と泉見いずみ姉妹。

 正直、彼女のことは苦手だ……泉見司は、心の中でため息をつく。


「部に来られても困るんですよ、現役アイドルでしょう貴女は。脇役にするには目立ち過ぎるし、来ても、和を乱すだけなので」


 和を乱す、ねぇ……と呟くなつめの声を、つかさは無視。

 高1にして演出や監督も務める司や、演技の天才であるなつめも、実のところ、周囲のやっかみが有って。演劇部に溶け込めているとは、言い難いのだけど。


「そう? そうかも。でも、だからこそだよ。肝試しなら演劇部関係ないし。絡もうよ絡みたいんだよー」


「しつっこいですね、貴女は……」


 一緒に来た柳橋美綺が、百合葉をたしなめる。


「もう諦めたら? 泉見さん、どう見ても嫌がってるよ」


「そんなこと無いよー。つーちゃん照れてるだけだよ。ね?」


「……ボクをそう呼んでいいのは、なつめさんだけだから」


 双子の地雷を的確に踏み抜いていく百合葉。とことん相性が悪い!

 姉のなつめが、悪戯を思い付いたような顔で、


「じゃあさ、こうしよう? 今からボクたち、入れ替わるから。どっちが棗で、どっちが司さんか、見破れたら、言うコト聞いてあげるよ」


 司の手を引いて、くるくる回る棗。今日は服装も一緒で、瓜二つの双生児。

 1年1組と2組に所属する彼女たちは、よくこっそり入れ替わってるのだけど……気付いている者は少ない。

 まして双子とクラスの違う百合葉には、どうせ見破れない……そんな思惑が棗には有った。


「ああ、一応、柳橋さんは黙っててね。ヒントは無しだよ?」


 双子を見分けられる数少ない人物の美綺に、釘を刺しておく。

 そして美滝百合葉は、うーん、と首を傾げ、


「分からん! でもやろう!!」


 この間3秒である。


「ちょっとは考えなさいよぉぉぉぉぉ! 疲れますね貴女は!?」


 キレるつかさに、頭を抱えるなつめ


「貴女はさぁ、どこまでも『美滝百合葉』だねぇ」


 棗の言葉につい、毒がこもる。

 泉見司と、泉見棗。双子の彼女たちは、互いを演じるうちに、どちらが司で、棗か。「自分」の顔が、分からなくなってしまうのに。

 百合葉は、「何を演じても美滝百合葉」と評される通り。

 強烈に確立された個が有って。

 自分たちみたいに「皆が求める自分を、演じなくちゃ」なんて、苦しんだことも無いのだろう……双子には、そう見えた。


 思わず気持ちを吐き出すと、百合葉は緊張感の無い笑顔で、


「いやー、照れますなぁ」


「誉めてないよ。嫌いだって言われたんだよ、百合葉?」


 美綺が教えてあげると、そうなの!?と驚く百合葉。

 司も棗も、


「何か、どうでもよくなってきた……」


 結局折れて、幽霊役を引き受けるのだった。


 そして夜。

 泉見司、渾身のプロデュースで幽霊のメイクをした棗、悲鳴を上げて逃げるカップルを見送りながら、


「嫌々だったわりには、気合入ってるね、つーちゃん?」


「……やるからにはね。『泉見棗』はボクの最高傑作だもの。美滝さんに負けるなんて、許さないから」


 執念の籠った瞳を向けられ、はいはい、と肩をすくめる。


「そうお望みなら、がんばりますよっと。……ああ、また獲物が来た」


 近付いて来る、夜道を照らす懐中電灯の光が二つ。

 ゆらゆらと心細げな光と、まっすぐ向かってくる光。

 その動きから、電灯の持ち主の性格を見取った棗は、木陰に隠れて……。

 心細げな方に、後ろから声を掛けた。


「恨めしや……」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 火蔵かぐら宮子があんまり絶叫するので、かえって双子の方がびっくりした。


 ※ ※ ※


【後書き】今回登場のゲスト

泉見いずみなつめ

 高等部1年1組。桜ノ夜月様作「ハレーションに弾丸を」登場(「小説家になろう」にて連載中)。


泉見いずみつかさ

 高等部1年2組。黒鹿月木綿稀様作「木を染めし 泉の司は 天を見ゆ」登場(「小説家になろう」にて連載中)。

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