第34話

「今の悲鳴は……!?」


 肝試し大会中の、夜の山。

 木立の向こうから聞こえてきた悲鳴は、明らかに尋常でなかった。


「仮にも肝試しなんだから、悲鳴はするでしょうけど……」


 宮子と静流、顔を見合わせる。


「……本物を見た、とか」


 ぽつりと静流が言うので、宮子は背筋がぞくりとする。

 さっき、この山が古戦場だとか、聞いたばかりだ。


「や、やめなさい。幽霊なんていない、いるわけないから」


「とにかく行きましょう。大丈夫、たとえ不埒ふらちな輩が現れたのだとしても、わたくしたち、3人掛かりなら!」


「3人って何!? わたくしと貴女と……あと誰かいるの!?」


 ともあれ現場へ急行だ!

 肝試しのルートを少し外れた茂みの中、開けた場所で、少女2人が目を回して倒れていた。

 その着衣は乱れ、白い肌が露わとなっており……彼女たちが、ここで何をしようとしていたかは明白だ。

 空気を読まない静流の警笛ホイッスル


「むっ、あれだけ今年は普通の肝試しと言ったのに。えっちなコトは禁止ですよ!」


「今それは置いておきなさいよ……」


 宮子、倒れている生徒の一人を助け起こす。

 口元に耳を近付けると、


「お、おばけ……」


 とだけ喋って、ガクッと、気を失った。


「やはり、本物ですか」


「何で、そんなに冷静なの静流は!? いない! 幽霊なんていませんからぁぁー!?」


 すると、今度は、かなり近い場所から。

 またもや悲鳴が。


「近いですね。行きますよ、火蔵かぐらさん!」


「もう、やだぁ……。宮子帰るぅぅ……」


 ぺたんと草むらに座りこむ宮子。

 恐怖でちょっと幼児退行してる。


「……って、置いていくなぁぁー!?」


 構わず駆け出す静流の肩を捕まえて、がっくんがっくん揺する。


「? 別に一人ぼっちじゃなし、いいじゃないですか」


「よくない! 言ってるでしょ、わたくしこういうのダメなんだって!」


 いつになく涙目な宮子。静流の手をぎゅっと握る。

 すると今度は、静流の方が過剰反応。


「きゃぁぁぁぁ何ですかいきなり! 破廉恥な!?」


「くっ、貴女も大概、面倒ね」


 でも宮子も切羽詰まってるので、走る静流の手を、強引に捕まえて。

 一緒に走りながら、恋人繋ぎ。


「……ぅーっ!」


 みるみるうちに真っ赤になって、うつむく静流。

 汗ばんだ掌から、互いの体温と、鼓動が伝わってくる。

 心臓が、驚くぐらい跳ねて感じられるのは、走っているせい……?


 肌を重ねる、体温を感じる、そんな経験豊富な宮子も、小さな掌から伝わる、無垢な乙女の羞じらいには……つい、頬が熱くなる。


「……」


「……」


 そして、悲鳴がした場所へ。

 そこでもカップルらしき生徒が倒れていて。

 助け起こそうとする宮子の両肩に、ぴたっと指の感触がして。


「……うーらーめーしーやー」


「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 口から魂飛び出ちゃう!

 ファンには見せられない顔で、倒れかける宮子……と、静流が冷静に、その背後の幽霊?へ、


「……何やってるんですの、美滝さん?」


 鼻水拭く余裕も無いまま宮子も振り返ると、そこにいたのは。

 映画みたいな特殊メイクでやたらクオリティ高い幽霊……だけど、テレビでよく見る顔。

 高等部1年3組の現役アイドル、美滝百合葉だった。


「えへへ、ばれちゃいました☆」


 ぺろっと可愛らしく舌を出す百合葉。

 喋ると、もう完全に幽霊ではなく、いつもの活き活き輝いているアイドルだ。


「いやー、生徒会に、幽霊役を頼まれまして。本気出してみました!」


「なるほど、この完成度なら……皆さんが本物の幽霊と思うのも、納得ですね」


 百合葉のメイクを見ながら、静流が納得する。


「ふふん。これでもプロ。女優ですのでっ!」


 美滝百合葉といえば、元々子役で芸能界入り。

 「何を演じても美滝百合葉」なんて評されることも多く、演技力は低いみたいに誤解されることも有るけど。

 やはり、一般人とは桁違いなのである。


「……百合葉は、自分をだます天才だもの」


 複雑な表情で零しながら、相方の柳橋やなぎはし美綺みきがやって来ると、


「出たぁぁぁぁっ!?」


 またまた宮子が涙目で悲鳴を上げた。


「え? 何で僕、今驚かれたの?」


「いやだって、貴女の方が雰囲気ありますもの」


 静流が指摘する。

 美綺も幽霊コスにメイク中。星花女子でもトップクラスに長い黒髪とか、たしかに、幽霊らしさが有る。


「まあ、百合葉の分のメイクも、僕ががんばりましたけど」


 自慢げな美綺。それを見て宮子は、


「……天才たちが無闇にやる気を出すと、こう困ったことになるわけね」


 手伝いを頼んだ生徒会も、ここまでやるとは思わなかったのだろう。

 けれど静流は肯定的。


「いえ、美滝さんたちは、肝試しを真剣にやってるだけです。無罪! その調子でもっともっと、カップルたちが不埒な行為に及ぶのを、止めちゃいましょう!」


「あのね。倒れる子が出るのは、やり過ぎでしょう。と言うか、知らないのね、2人とも」


 宮子、大きくため息をついた。

 美滝百合葉も柳橋美綺も、星花女子には高等部からの入学。まだ1年経ってない。

 この肝試しが「悲鳴と嬌声の夜」なんて呼ばれる、恋人たちのイベントであることを……彼女たちは知らないのである。

 その事実を、宮子が2人に耳打ちすると。


「そ、そうなんですかー。それは、そのぅ。ヤバいですね」


 清純派アイドル百合葉、照れて視線を泳がせる。

 美綺も頬を染めながら、


「聞いちゃうと、まあ……大人しくしてようかなって。うん、思いますね」


 この2人も恋人同士だけど、どうやらまだ清い関係の様子。

 とにかくこれで、幽霊騒動はお終いと思いきや。


「きゃぁぁーっ!!」


「な、なに!?」


 また、どこかから恐怖の叫びが。

 百合葉がてへ☆と笑いながら、


「あ、私、いちおう演劇部員なんで。何人か幽霊役の手伝いを頼んだんですよー。双子の泉見さんとか☆」


「余計なことをぉぉぉぉぉぉぉー!?」


 演劇部の天才ツインズを止めるミッション、開始。



 

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