第31話

(き、気まずい……)


 2日目の午後。

 一緒に山へハイキングしながら、宮子と静流の間には、妙な沈黙が。

 朝、温泉で、唇が触れてしまったかも……その話をしてから、互いに、何とも気恥ずかしい。


 真夏の山、林の道。

 セミの声も岩に染み入り、2人の胸のドキドキを隠してはくれない。


「あ、汗かいたわね」


「そ、そうですね。暑いですものね……!」


 会話もどこかぎこちない。

 宮子は、額の汗をぬぐいながら、


「このままじゃ……熱中症ね」


「ね、ねっ、ちゅー、しようね、ですって!?」


 古典的な聞き間違いでオーバーヒート静流。

 蒸気を噴き出して、お目々ぐるぐる。本当に熱中症になりそうだ。


「馬鹿なコト言ってないで。ほら、水分摂りましょう」


 宮子が水筒を差し出すので、静流、露骨に警戒する。


「間接キス……! その手には、乗りませんから」


「意識し過ぎぃ!!」


 ……こんな調子で山を登って来て。

 何だか、2人とも疲れてきた。


「ちょっと、休憩しましょうか。いい場所、知ってるのよ」


 そう宮子が言い出すので、静流も大人しく付いていった。


 通称りんりん学校、臨海&林間学校の場所となる、この保養地は、経営母体である複合企業コングロマリット、天寿の所有物。

 現理事長の祖父の代から有ったのを、数年前に天寿が星花女子学園の経営に乗り出したのを機に、乙女たちのために整備したとか。

 いくつかあるハイキングコースの途中には、休憩用の四阿あずまやが建っているのだけど。


「……ここ、明らかにコースから外れてますよね?」


 宮子に連れられてやってきた見晴台は、山から見下ろす太平洋が青く輝く、絶景スポット。

 とはいえ、登りのコースからはだいぶ、ずれた場所にある。


「ふふ。こういう秘密の場所がいっぱい有るのよ、この山は」


「でも、何のために……」


 静流が首を傾げると、宮子がニマニマと、


「決まってるじゃない。恋人たちが、内緒でイチャイチャするためよ♡」


「なぁっ!?」


「この場所はね、あの姫奏ひめかお姉さまと清歌お姉さまも使った、由緒有る隠れスポットなのよ」


 歴代の生徒会長も秘密の逢瀬に使ったとかいう、見晴台に連れられて。

 静流の警戒レベルがMAXになるのも、致し方なし。


「こ、こここんな場所に私を連れてきて。ナニをするつもりです!?」


「ふふ、さぁて♡ 雪川さんは、ナニを、したいのかしら?」


 舌なめずりしつつ、胸元を、ゆっくりとはだける宮子。

 えっちな肉食ビーストから、清純乙女な静流は後ずさり……。

 けど、もちろん逃げられない。

 頬に、宮子の手が、吐息が掛かり……。


 がぶり。


「痛ぁっ!? 雪川さん噛んだぁぁぁぁぁぁ!?」


「じ、自衛行為ですっ!? 火蔵さんが、悪いんですからぁ!」


 夏。海を見渡す、山の見晴台。

 元気なセミより騒がしい、2人の声を潮風がさらっていく。

 

 汗をかいたので、水分補給だ。

 水筒の麦茶をこくこく。ひと息ついた所で、宮子が切り出した。


「……で。雪川さんってば、ほんとに、わたくしの唇、奪ったわけ?」


「し、してません。してないと、思います」


 いまいち歯切れの悪い静流の頬を、宮子はニヤニヤしつつ、指でつんつん。


「ふぅん? わたくしは、構わなくてよ。雪川さんが、ケダモノになっちゃっても♡」


「なりません。なるわけないでしょう」


 静流は手を振り払うけど。

 夏の魔力か。宮子は、何だかスイッチが入ってしまったみたい。


「本当に? わたくしの唇に、わたくしの身体からだ。本当に、雪川さんは、興味無いの?」


 小悪魔が本性を曝け出す予感に、静流の指は警笛ホイッスルへ伸びる……が、それを素早く捕まえて。


「……ここなら、誰も来なくてよ。夜の肝試しを待つまでもないわ」


 素直になりなさい、と蠱惑こわくな笑みを浮かべて。

 捕まえた静流の手を、はだけたままの、白い胸元へ連れて行く。

 吐息が、熱を帯びていく。


「わたくし、分かるんだから。本当は、興味しんしんなくせに」


 かぷ、と耳を甘噛み。

 見晴台の椅子の上。汗ばんだ身体を寄せ合って。

 静流の腕を掴んだのと、もう一方の手を、震える太股の間へと……。


「……無理。無理なんですッ、こういうの」


 ぼろぼろと静流が泣き出してしまい、宮子も慌てて、体を離した。


「わ、悪かったわよ。けど……こっちも、傷付くわね。そんなに拒絶されると」


 服を直す宮子。

 彼女の背中が何だかしょんぼりして見えるので、静流も少し息を落ち着かせた後で。


「……白状します。私、中学の時から、貴女に憧れてました」


 ゆっくりと、過去のトラウマを、吐き出した。


 

 


 

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