第30話

 りんりん学校、2日目の朝。

 朝食の前、火蔵かぐら宮子は、後輩たちに声を掛けられる。


「あの、お姉さま。今夜の、肝試しのことで……」


 頬を赤らめ、もじもじする少女たちの態度に、宮子お察し。


「あら、うふふ。わたくしと、楽しみたいのね」


「いいいいいいえ、違います! そんな、おそれ多い!」


 違った。

 なぁんだ、と急激にテンション下がる宮子だけど、とりあえず話を聞いてみる。

 カップルらしい後輩たち、手を繋ぎながら、


「わ、私たち、今夜! その、初めて、しようと思ってるんですけど!」


 あまりの初々しさに、宮子も恥ずかしくなってくるけれど。


「……風紀委員が、今年は厳しく取り締まるって、聞いて。宮子お姉さまは、『氷の女王』と仲良いですよね? なんとか、風紀委員を止めてもらえないかなって……」


「なるほどね。ええ、よくってよ」


 むしろ雪川さんにもエッチの良さを教えてあげちゃおうかしら?なんて発言して、後輩たちを、きゃー!?と真っ赤にさせる宮子。

 気軽に、請け負ったはいいものの。


 朝食の時の、静流と紀香の会話を聞く限りだと、難しいミッションだ。

 例年通り、「夜のイベント」を成功へ導くのは。


「午前は、昨日受けられなかった特別授業に行こうと思うのですけど。どれにするか、迷いますね……」


 朝食の後。静流は2日目のスケジュール表をチェック中。

 今年の2日目は、午前は、1日目の午後と同じ、特別授業を開催。

 午後は山へハイキングが恒例だが、全員参加ではなく、海での遠泳や、ホテルでの料理教室など、色々用意されている。


 宮子、クラスメートたちが話していたのを思い出しながら、


「今年は、モケーレ・ムベンベの授業がすごいらしいわよ。皆、『泣けた』とか、『ノルウェーに行きたくなった』とか」


「西サモア文学の授業とありますが、なんでノルウェー? まったく内容が分かりませんね……」


 静流、考えた末に、


「ええ、同じ授業をまた受けてはダメという決まりはありませんし。やっぱりお父様の歴史の授業を、もう一度受けますわ」


「ファザコン……!」


 思わず、どストレートな感想を零してしまってから、宮子は抗議する。


「昨日は、雪川さんの受けたい授業に付き合ったんだから。今日は、わたくしに付き合っても、よいのでなくて?」


「はあ。ですが……」


 静流が首を傾げる。


「私たち、クラスも違うし。一緒に行動する必要有ります?」


「そこ!? 今さら!?」


 1日目の朝から、ほぼずっと一緒にいるのに!

 今頃疑問を言われて、逆に宮子びっくりする。

 けれど静流、宮子へ憐れみの眼で、


「友達、いないのですね。火蔵さん……」


「な、い、いるわよ!? 咲瑠えみるとか、後は……」


 ……同学年の友達の名前を挙げようとするけど、なぜかあまり思い浮かばない。


「な、なによぅ。お互い様でしょう。雪川さんこそ、わたくしばかり追っ掛けて。友達、いないんじゃないの?」


「い、いますよ!? 紀香とか……」


 反論しつつ静流も、他に思い浮かばない様子。

 世音ぜのん……は後輩だから違うし……などと頭を抱える静流。

 友達の名を挙げるのは、あきらめた。


「わ、私はですね。学園の風紀を護るため、貴女を監視する義務が有りますので。いつも貴女と一緒なのは、友達いないからでは、ありませんから!?」


 風紀の話が出たところで、宮子は考えた。

 肝試しの話題を切り出すチャンスだ。


「風紀と言えば、話しておかないとね。雪川さん、今夜の肝試しだけど……」


 ピ――――――――!!

 思いきり、警笛ホイッスルが鳴った。


「……もちろん、ただの肝試し以外させませんが、なにか♡」


 雪川静流、見たこと無いくらい良い笑顔だ。


「まだ、何も言ってなくてよ?」


 憮然とする宮子だけど、ここで小悪魔モード発動。

 ぺろ、と舌を出して、後ろ手を組んで、静流の顔を覗き込むようにしながら誘惑。


「ふふ、本当に、ただの肝試しでいいの? 貴女が望むなら、わたくしのコト……好きにして、いいのよ?」


「い、いけません破廉恥なのは! 学校行事ですよ!?」


 赤面する静流へ、宮子、ちょっと真面目に、


「でもね、雪川さん? 毎年、恋人たちは今夜を楽しみにしてる……特別な日なの。風紀委員だからって、無碍むげに妨害するのは、どうかと思うの」


「いやダメでしょう。学校行事でこんなの許されるとか、ないない」


 静流、正論をぶつけてくる!

 宮子も負けじと、


「けれど、先生たちもOGだからでしょうけど、黙認してるし……。星花の伝統なのだから、そこは大目に見て、ね」


「それがおかしいのでは? 先生たちが止めない以上、風紀委員がしっかりしなくては」


 真っ直ぐな瞳の静流。


「くっ、意思が固い……!?」


「ええ、雪川家の名に懸けて、りんりん学校の夜も、清く、正しく、美しく! 皆さんには、学生らしく過ごして頂きますわ!」


 ……平行線だ。

 おめめキラキラさせながら宣言する静流へ、宮子は、別方面から攻めてみることにした。

 頬を染め、羞じらってみせながら、


「清く、ね。お風呂では、寝てるわたくしの唇、奪ったくせに♡」


「……!?」


 静流、めちゃくちゃ真っ赤になって固まる。

 実は宮子、冗談のつもりだったのだけど。


「……え? そ、その。触れたような気が、したから。もしかして、本当に……?」


 宮子も本気で恥ずかしくなって、赤くなりながら髪を弄る。


「し、してません。……多分。寝ぼけて、貴女の方に、寄り掛かったけど」


「……」


「……」


 午前の授業開始を告げる、放送が流れた。


「あ、後で話しましょう、後で!」


「え、ええ! まずは授業に出ないと。学生の本分ですものね!!」


 そして受けた特別授業。

 「IT時代における西サモア文学内のモケーレ・ムベンベと人形浄瑠璃」は大変感動的な内容で、2人は号泣するのだった。

 

 

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